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屋根裏部屋の小説家  作者: 鈴代なずな
45/53

45話

 城内の騒がしさは、謁見の間にも聞こえてきた。

 老人と男も当然、それを聞いていた――王と、王国軍司令官である。

 数段ほど上がった先で玉座に座る老人、コールウッド王は、漠然と周囲を見回した。といっても、周囲には変わったものなどない。謁見の間はいつもと全く変わりなく、ただ高い天井と無闇に広い空間を見せていた。入り口から玉座まで敷かれた絨毯は高級なものだろう。多くの者に踏まれてもその赤色を薄れさせてはいない。

 燭台と共に壁際に点々と並ぶ甲冑を着込んだ兵士は、人形のように身動き一つしなかった。有事の際には王を守るのだろうが、今までその役目が回ってきたことはない。今もだ。

 ともかく謁見の間は音を発するものなどなく、代わりにその外から、どたばたと城内を駆け回る音や、兵士たちの叫ぶ声が微かに響いてくる。王はその根源を探そうとしていたのかもしれない。

 一方で男、軍司令官はそんな国王をじっと見つめていた――自分とは正反対と思える老人だ。長身で屈強な体躯を持つ大木のような自分に対し、老人は枯れ枝のようにか細い。赤を基調とした豪勢な王衣を纏い、それを少しでも補おうとしているが、無駄な努力ではあった。髭を生やしている点は同様だが、頑強な土色を持つ自分に対し、老人は萎れた白色に染まっている。

 そうして観察するうちに、王は視線を散らしながら口を開いた。

「これは……何事だ?」

 返事を期待しない、独り言のようなものだっただろう。しかし司令官は答えた。

「聞いての通り、騒ぎがあったものと思います」

「その内容だ」

「私には推測することしかできません」

 焦れるように、王は司令の方に向き直った。軽く目を伏せるその男を見下ろし、まあいいと吐息する。

「それで……改めて儂に話さねばならぬことがある、という話だったな」

「はい、火急の用件で」

「今朝のことであれば、間もなく会議が始まる時間だ。対応はそれから決める」

「いいえ、そうしたものではございません。さらに火急を要するもので」

 不快な顔を見せた王だったが、あっさりと司令官が首を横に振ったことで、その表情が訝るものに変わった。

 しかし同時に、彼は何かを予感したのかもしれない。瞳の奥に、得体の知れない恐怖、あるいは忌々しい邪悪な行いから逃れたがるような、怯んだ意志が見える。それでも確証には至らず、促してくる。どこか震えるような声ではあったが。

「……なんだ、言ってみろ」

「実は、この騒乱についての推測です」

「……?」

 そのようなものが、と言いたげな表情を見せてくる。軍司令官は、下げたままの顔に微笑を含み、

「恐らくこれは……マリセア国のスパイが現れたものだと思われます」

「スパイだと!?」

 その言葉に喫驚し、勢いよく玉座から立ち上がる国王。しかし司令官はあくまでも落ち着き払い、淡々として、さらに続けた。そこでようやく顔を上げて。

「そしてコールウッド王。貴方もここで、スパイによって殺されるのです」

 司令官はその言葉を共に駆け出した。数段ほどの段差を一足で飛び越え、王の座る玉座の前に立つ。

「何を――!?」

 その言葉も聞かぬうち、剣を抜き放った。首を狙った横一文字の一閃である――しかし王は老人らしかぬ咄嗟の動きで身を縮め、それを避けていた。玉座から転がり落ち、尻餅をつく格好で男を見上げる。恐怖に顔を蒼白とさせながら、

「まさか……お主がスパイだったのか!?」

「正しいとも、間違っているとも言える。しかしマリセア国のスパイではない」

 司令官は剣を突き立てた。しかしまたしても、驚異的な生存本能によって老人が逃げ出す。四つんばいになりながら、彼がなんとかすがりついたのは玉座の奥にある、執務室へと続く扉だった。

 しかし……その扉は、押しても引いてもびくともしなかった。ギィとも言わず、動く気配を見せない。その代わりとばかりに、後ろから男の声。

「そこは既に封鎖してある。お前がここへ入った直後にな」

「そ、そんな……そうだ、兵は! お主ら、何をしている! 早くこの男を……!」

 老人はそう言って、扉の側に立つ甲冑を着た兵士にすがりついた。

 しかし直後、甲冑は鉄のけたたましい音を立てて、床に崩れてバラバラになった。……その中身ごと。

「朝の時点でこの部屋には兵士などいない」

「あ、あ……あぁ……」

 老人が意味のない、絶望の呻き声を発する。司令官は今度こそ外さぬよう、扉を背にして座り込む老人に向け、ゆっくりと剣を構え、狙いを定めた。

「な、何が、目的だ……」

「人間の、殺し合いだ」

 司令官は告げると同時、剣を振るった。その刃は今度こそ、王の身体を斜めに切り裂いた……老人が断末魔の悲鳴を上げ、赤い王衣を鮮血に染め上げる。

「誤らぬ脳が死に、誤った情報が伝えられれば、身体はやはり誤るだろう」

 誰にでもなく司令官が呟く。その時――不意に謁見の間の大きな入り口が、強く開かれた。

 そこには、ひとりの人間が立っていた。

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