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屋根裏部屋の小説家  作者: 鈴代なずな
43/53

43話

「てめえ、どこに目を付けてやがる!」

「こっちの台詞だ! てめえが避ければ済む話だろうが!」

 夕刻の町――聞こえてきたのはそんな声だった。

 男ふたりの言い争いだろう。酒場の前でよく聞くものだが、ここは酒場から近くもなく、ふたりは酔ってもいないらしい。

 町の北にある宿の上で、女は血のように赤い陽に照らされながら、互いの胸ぐらを掴む男たちを見下ろしていた。上から見る限り、彼らは別に傭兵でもない。この町に居住している人間だろう。

 しかしそうしたやり取りは、実のところ初めてではない。町に入り、南から北に進むまでの間、既に三回ほど似たようなものを聞いていた。

 想像していたような活気溢れる町ではない――少なくとも、前向きな活気には溢れていない。

 原因は、なんとなく理解できる。そのための声も聞こえてくる。

「あの戦争は、結局なんのためにやったんだよ、クソ」

「言いがかりをつけて、力を誇示したかったんだろうよ」

「全部あのガキのせいだろ! あいつがいなけりゃ……」

「そもそも戦争自体に反対だったのよ。どうしてそんなことしなくちゃいけなかったのよ!」

「あの悪趣味な家をぶっ壊しちまえばいいんだ!」

 町には、殺気が満ちていた。剣呑とした空気が張り詰め、乾燥し、常に電流が人を焼いている。

 そこからなんとか逃れようと、屋台や商店では活気のある声を作っていたが、その内実は怒号とも悲鳴とも似ていた。

 全ての者が剣を持ち、弓を構え、息を潜めて目を光らせていた。ほんの指先、それをこの張り詰めた糸に触れさせるだけで、すぐにでも弾け飛びそうに思えてしまう。

 女は宿の屋根からさらに北を見つめた。そこには丘の上に砦が見える。正確に言えば、砦のような巨大な邸宅が。

 それが領主都市ニーベルの大きな特徴であり、今の都市民にとって最大の憎しみの対象でもあった。傭兵たちはそこに集い、出立し、帰ってきたのだ。今はいないが、その気配、その殺気、その怨嗟だけは残り続けている。

 都市はひとりの絶対悪を作り出した。しかしそれが手元から失われ、八つ当たりのように怒りをぶちまけている。誰もが納得していない。その起点にも、結末にも。

 女は人の怒りを知るのも初めてだったかもしれないと、ふと気付いた。人の感情というものに触れたことも、それほど多くない――だからこそ一年前のあの時、強い感情を抱く者に憧れたのか。

 強く、前向きな少年に。

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