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屋根裏部屋の小説家  作者: 鈴代なずな
41/53

41話

「その話……間違いはないのか?」

「調査報告は先にお渡しした通りです」

「…………」

 その言葉に、絢爛な椅子に座る老人は沈黙した。皺の深い頬から、蓄えられた白い顎髭まで指で撫でる。彼は眼前に立つ男――焦げ茶色の軍服に身を包んだ男、その胸元で金色に輝く刺繍を見つめる心地で。

「しかし、容易には信じられん……マリセア国が魔物を送り込んでいたなどと」

 呟きながら、老人は赤を貴重とした質のいいマントの下から紙束を取り出した。『調査報告書』とだけ書かれたその書類に、改めて目を落とす。

 そこには隣国、マリセア国の秘密裏な動き――あるいは陰謀と言った方がいいか――が記されていた。

 容易には信じられない。マリセア国は唯一コールウッドと隣接する国であり、両者の間には少なからず交流がある。それは海路が発展して、他国へ向かうのに陸路を使う必要が薄れたとしても、だ。

 それが魔物を送り込み、コールウッド国内である種の破壊活動を行わせていたなど、信じられるはずもない。これではまるで……

「これは明確な侵略行為です」

「…………」

 男の言葉に、老人はやはり沈黙を返す。その間に男が続ける。

「恐らくは我々の持つ海路を必要としているのでしょう。彼らは近年、周辺諸国との関係が悪化しています。それらを牽制する目的ではないか、と」

 コールウッド国は三方を海で囲まれている。このため、ここを侵略しても新たな危険を増やすことがないのだろう。というのが、男の主張だった。

 さらに言うなら男は――もっと別の主張を含んでいた。

 それを口にされる前にと、老人がようやく口を開く。

「マリセア王と話をする必要があるのではないか」

「そのような悠長なことをしている余裕はないでしょう」

 提案に、しかし男はあっさりと首を横に振った。

「彼らは既に侵略行為を開始しています。まして会談を開いた場合、こちらがそれに気付いたとして、今度こそ表立った大規模な攻撃を仕掛けてくるはずです」

「しかし儂にはどうしても信じがたい。調査報告を疑うわけではないが……そも、魔物の使役は不可能のはずではないか?」

「使役ではなく、捕獲したものを解き放っているだけでしょう」

「被害は南方から発生している。一方で、魔物の経路であるはずの国境側では、被害が確認されていない」

「漁師町で盗賊騒ぎが起き、交易船が襲われるという被害が起きています。もしもあれが、海路で魔物を運んでいたものだとしたら、いかがでしょう」

 老人の疑念に、男が即答していく。答えを用意していたかのように。

「マリセアにも海路が全くないわけではありません。それを利用し、盗賊騒ぎに紛れて魔物を運び込んだのだとしたら――漁師町自体が襲われなかったのは、そうした経路を推察されにくくするためでしょう」

「しかし……」

 老人はそれでもまだ渋るように呻った。と――

「お父様」

 そうやって老人を呼びながらやって来たのは、ほんの幼い少女だった。ゆっくりと波打つ白金の髪を持つ、美しい少女。老人にとってはようやく生まれた第一子だが、あまりに遅かった。老人は娘の婚姻相手探しに苦心している。

 しかし今は、そうしたある意味で前向きなことを考えられる状態にない。老人は娘に聞かせたくないという顔をしながら。

「どうした。儂らは今、大切な話をしているところだ。入用であれば後で――」

「ええ、わかっています。だからこそ参りました。お父様を説得するために」

「説得……?」

 怪訝と、不穏な気配に顔をしかめる老人。少女はそれを真っ直ぐに見つめて。

「事情は全て理解しています。このような暴虐、どうして見過ごせましょうか? 今すぐ徹底的に抗戦するべきではありませんか?」

「しかしだな……」

「心配する必要はありません。これは侵略ではなく、抗戦なのですから。私たちが平和な羊でないことを示したら、改めて和平を結べばいいだけのことです」

 そう言って、少女は美しい顔で微笑した。

 老人は、愛娘の言葉に多少なりとも心を動かされたのか、あるいはこれ以上、娘の前でこのような話をしたくなかったのか――いずれにせよ、最初からずっと隣に立っていた別の男に向かって言う。

「緊急会議を行う。主要な者たちを集めよ」

 指示を出して、老人は椅子から立ち上がると、奥の扉に引っ込んでいった。

 そうしてその場には、軍服の男と少女、そして壁際に並ぶ甲冑しかいなくなる。

 老人がいなくなったあと、男と少女は共に踵を返し、老人とは反対の方向にある大きな扉へ向かった。そうしながら、少女の方が口を開く。隣にだけ聞こえる声で。

「……『お父様』の方がよかったのではありませんか」

「目的は支配ではない、誘発だ。そのために、誤った頭脳は存在し続けなければならない」

「ですがこのままでは、臆病な脳は誤らないでしょう」

 その言葉に、男がちらりとだけ視線を向ける。

「策があるのか」

「全ては、『ディミーター』の手の内に」

 他の誰にも聞こえぬ会話を残しながら。ふたりは――謁見の間を後にした。

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