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屋根裏部屋の小説家  作者: 鈴代なずな
16/53

16話

 ォオォォオオ……!

 追いかけるように、夜の町にゾンビの咆哮が響き渡る。ハーリットたちはそれを聞きながら、とにかく今は町の中を駆け回ることになった。

 幸いなことに、細かな道には敵の包囲も及んでいないらしい。ふたりは追いかけてくる、そして待ち伏せのように散見されるゾンビを避けて、できるだけ細い道、建物の隙間を狙って逃げ続けた。

 そうしながら、ある程度引き離したかと思うたびに少しだけ足を止め、根本的な対処を模索する。

「彼らは……人間に対して、明確な敵意を持っている。これはつまり、魔物の特徴とも言える」

 アルフレドが切れ切れの息でそう言ってくるのを、ハーリットはそれを周囲を警戒しながら聞いていた。

 町の北東の区画だろう。人がふたりとすれ違えない、木造民家の隙間に挟まって、時折その壁から顔を覗かせる。そこから見える馬車一台分ほどの街路には誰の人影もなく、今のところ死者の雄叫びも、這いずる足音も届いてこない。

 それを確認し、改めて研究家の話に意識を向ける。

「彼らは一定の数を有し、ミゴペインを見る限り、噂の通りこの町にやって来た人間をゾンビ化させる何かがある。しかし他所へ攻め込まず、町の中で待ち構え続けているというのは、ゾンビ化を引き起こす何かは、誰しもが持っているものではないために違いない」

 話すうちに、アルフレドも呼吸を整えていったようだった。少しずつ早口になりながら、考察を展開していき、やがて結論が出たように指を立て、ピッとそれをハーリットの方に向けた。

「つまりそれを引き起こす、親玉のような存在がいる。それを叩ければひとまず被害の拡大は止められるはずだ」

「でも被害の拡大を止めても、現状は解決しないんじゃないですか?」

 ハーリットが聞き返すと、その問いは予測していたとでもいうように、「そうでもないはずだ」と言って研究者は首を横に振った。

「彼らに知性は感じない。しかし組織的な動きは感じられる。それはつまり、そうした指示を行う存在があるということだ。そういうものは往々にして、群れの親玉だ。インストア・ビーストという種の魔物は、高い知性を持って指示を下す王族と、一切の知性を持たず指示に従うだけの奴隷族に分かれている。見分けるコツは背中だ」

「指揮系統を潰して混乱する程度には知性があることを祈る、ってことですか」

 どうでもいい情報まで付け足してくるのは無視して、皮肉げというか自棄気味に呟く。アルフレドはそれに頷いてきた。

「どちらにしても、その親玉を倒すっていうのは必要ですしね。それに――」

 ミゴペインについて気になることがある――と言いかけたところで、ハーリットは口をつぐんだ。それは他でもなく、声が聞こえてきたからだ。

 ォォオォォオ……!

「まずい、早く行きましょう」

「わかっている。しかし問題は親玉の居場所だ。もし魔物が意図的に、町民をゾンビに変貌させるために襲撃を行ったとするなら、親玉はどこかひとつの場所を拠点しているはずだが……」

 思案するアルフレド。それを聞いた時――ハーリットはふと、閃くものがあった。魔物が潜み、死者が集まる場所。そして何より、自分たちが未だ見つけられていないとすれば。

「そうか、教会!」

「なるほど、そこか。恐らく襲撃時には恐怖した人々が集ったことだろう。そこで虐殺を行い、そのまま拠点にしたことは考えられる。加えていえば、裏には墓地もあるはずだ」

「地図では……こっちだ!」

 研究家の納得を得ると、ハーリットはすぐさま頭に地図を思い浮かべ、西の方角に向かって駆け出した。

 アルフレドがついてくるのを確認しながら、しかし足を緩めることなく、置き去りにする心地で先行する。見えてきたのは――薄汚い声を上げて蠢く、死者の集団だった。数にすれば、十ほどか。

「悪いけど、道を空けさせてもらうぞ!」

 ハーリットは剣帯から鞘ごと剣を外し、それを振り回した。先頭にいた中年の男の腹を叩き、返す刃でその横の若い女を薙ぎ払う。しがみつこうとする男を蹴りで押し返し、飛びかかってくる少年は空中で払い除ける。

 そうしながら、広くない道の左右へと死者たちを弾き飛ばしていく。その粗方が済んだところでアルフレドが追いつき、ふたりはまた駆け出した。急ぎ、教会へと向かう。

 しばらくすると、その建物が見えてきた。星明りもない夜空の下で、黒く沈んだ青い屋根。白い壁はそもそも一部が砕け、ヒビが入り、小さな穴が空いている箇所まであり、色味以前に恐怖を感じるほどボロボロだった。屋根の上に乗っていたと思われる金色の神像は、上半身が砕けた姿で地面に散乱している。

 意外なことに見張りの類はいないようだった。それは少年たちの推測が間違っているということか――そうする必要がないという自信か。

 いずれにせよふたりは頷き合ってから、慎重に中へと入っていった。

 荘厳そうな木製の大きな扉が、ギィィと軋む音を立てながらゆっくりと開く。

 急ぎランプをかざして周囲を見回す――広さは、敷き詰めれば百人程度は入るだろう。高い天井と、奥行きのある構造で、入り口からでは最奥までランプの明かりを届けられない。

 しかしそうまでしなくとも、ここが他のどの建物より荒らされていることは明白だった。

 規則正しく並んでいたはずの長椅子は、大半が押し潰されるように砕かれている。そのまま板張りの床まで破砕され、いくつも穴が空いていた。

 そしてそうした床と、さらには白い壁紙の張られた壁に、こびりついた赤黒い染み。それも雫が飛び散ったというより……そこに叩き付けられた、というような大きなものだ。

 それらは明らかに、ここで起きた惨劇を明かしていた。

「っぐ、ぅぅ……」

 沈痛な面持ちで目を背け、口元を押さえて呻くアルフレド。仕方のないことだろう。教会の中にはもう死臭は漂っていなかったが、それを錯覚させ、吐き気を催させるだけの気配があった。

 そして、もうひとつ。

 別の強い気配を感じていたために、ハーリットは嘔吐感に襲われることなく立っていられた。

 少年冒険者は静かに、その気配――暗がりに沈んだ教会の最奥に潜む、悪臭よりも陰険な気配に向けて言い放った。

「出てこい。わかってるんだ……ミゴペイン」

「……っふふ」

 小さな笑い声と共に。少年の声に応えて、暗闇の奥底から。

 女冒険者――ミゴペインはゆっくりと、ランプの明かりの中に進み出てきた。

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