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Lady-Mの悲劇  作者: 祭人
第一章 純愛はひとつの禁忌
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第七話:飼い慣らされた狼(2)

 翔一郎が「まだかよ」と激しく貧乏ゆすりをしながら前方を睨み付ける。


 車内から苛立ちのオーラを含んだ視線のレーザービーム。しかし標的である真琴は、話に夢中でまったく気付く素振りもない。


 若妻の桃色エプロンの胸元にプリントされた、黄色いひよこが揺れている。その上には「PIYO-PIYO」と泣き声の擬音が記されてある。


「まったく真琴ってやつは。このせわしない時間帯。犬の散歩中のよその奥さん引き止めて、何時までピヨピヨさえずってんだよ。陶犬とうけん瓦鶏がけいとは正にこの事だ」


 せと物の犬とかわらの鶏。役立たない無用の長物という意味の言葉で揶揄する。最近、四文字熟語と言葉遊びが止まらない。完全に昭和オヤジの証明である。


「何時まで待たせるつもりだ。役所に遅刻してしまうじゃないか。皆勤賞が台無しになるぞ」


 根が堅物の翔一郎。勤怠には少々うるさい。職場の上司はもっとうるさい。


「まあ戻って来たところで、例の”くだらん儀式”に付き合わされるだけなのだがな」


 先日の車検で、長年親しんだキーシリンダーから変更されたプッシュスターターボタン。翔一郎はそれを恨めしげなな面持ちでじっと見つめた。


 妻を置いてさっさと出勤してしまえばいいのだが。現在の壬生家の事情では、悲しいかなそうもいかない。

 

 かつては「八神の魔術師」とまで称された伝説の走り屋「ミブロー」。だけど今の彼には、自分の意志で朝一発目のエンジンを掛ける権利すら持たされていない。


 狼の如く真夜中の峠を疾風怒濤に駆け抜けた日々は遥か遠い昔。現在の翔一郎は、まさに牙を抜かれ飼い慣らされた犬ころ同然である。


 それもこれも、すべてはこの怪しげな桃色のスタートボタンのせいだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 先日取り付けた『指紋認証エンジンスターター』。


 最新の便利なオプション機能が搭載されてある。妻たってのリクエストだ。


 真琴の説明曰く、指紋認証システムは管理者アドミニストレーター使用者クライアントとに権限が分かれている。


 管理者権限がないと朝一発目のエンジン始動ができない。営業車の休日無断使用や、旦那さんの浮気外泊の防止用オプション設定だ。


 そして管理者権限は、妻の真琴に握られている。


 共謀者は、なじみのクルマ屋「エムスポーツ」の店主、水山みずやま。メーカー開発段階の試作品を、モニターと称した実験台として翔一郎のインプWRXに取り付けたのだ。


 平たく言えば妻が管理者ボス、夫が使用者しもべという訳である。


『ボクに毎朝チュウしてくれなきゃ、エンジンスターター押してあげない』


 朝の出勤前の車内という名の監獄で「行って来ます」のキスを強要される毎日。


 裁判長の真琴曰く、釈放の条件。


『ボクに毎晩、ベッドの上で『愛してるよ真琴』って囁いてよ』


 あるいは。


『照れくさいなら手紙でもいいからさ。毎日『愛してる真琴』ってラブレター書いてよぉ、翔兄ぃ』


 翔一郎の内包する怒りが言葉となって現れる。


「いいかげんにしろよ」

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