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Lady-Mの悲劇  作者: 祭人
第一章 純愛はひとつの禁忌
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第四話:淑女【Lady】の名は倫理(2)

「いい加減にして下さい店長、仕事中ですよ。わたし、そういうの興味ありませんから」


 倫子は作業の手を止めて、水山の方を振り返った。


「たしかに花里さんは、わたしには勿体無いぐらい優しくて素敵な大人の男性ですけど」


「けど?」


「けど、まだ出会って間もないし。好きかどうかもよく分からない男性とお付き合いするなんて、そんな不誠実なことわたしには死んでも出来ません」


「ほう」


「それに、亡くなられた奥様をそんなに早く忘れられるものなんですかね。キングだか何だか知りませんが、大切なクィーンである奥様を心底愛していたのなら尚更です。小兵ポーンのわたしの感覚ではちょっとありえませんね」


 店主の言葉を真似て揶揄する倫子。経営者に向かって、大きなお世話と言わんばかりの態度だ。右手には大口径のスパナがしっかりと握られてある。


「ハハッ、こりゃ三澤に一本取られたな」


 水山は白いものが混じり始めた短い頭髪を掻いた。


「経営ってのは何かと大変なんだよ。俺だってカミさんには随分と苦労を掛けっぱなしだ。彼女なくしてMスポーツの存続はありえない」


 水山の妻の陽気な笑顔を思い浮かべる倫子。


「愛妻家ですものね店長。仕事の面とそういう所は尊敬していますけど」


「"は"と"けど"は余計だがな。ともあれ花里さんみたいな大規模のグランドホテルとなると尚更だ。しっかり者の配偶者は、業務上必要不可欠なメンテナンス・パートナー。独り身ってのは経営者にとって死活問題なんだよ」


「そういうものなんですかね」


 仕事の話となると倫子も真剣に聞かざるを得ない。


 将来は独立して自分のカーショップを構える。それは倫子の漠然とした夢のひとつではあった。


「ああそうだ。だから花里さんは女を見る目があるよ。三澤のしっかりした仕事ぶりは、店主の俺が他の誰よりも知っているからな」


 苦笑する倫子。仕事を褒められて悪い気はしない。


「なあ三澤。お前さんがウチで働き出して、かれこれ何年になるかな」


「そうですね、もう五年ぐらいでしょうか」


「スタート・フラッグからカウントしたら、両手の指じゃ俺とお前さんの分を足しても全然足りないぜ」


 店主が、さりげなく話を蒸し返す。倫子が店舗で男性に断りを入れた回数の事だ。


 水山の誘導尋問に無言の倫子。その手には乗らないと言わんばかり、迷惑そうに切れ長の目尻で水山を見る。


「三澤はメカニックの腕も立つし、クルマの知識も豊富。そうやって熱心に仕事に励んでくれるのは、経営者としてはありがたいんだが」


「だが?」


「お前さんも年頃の娘なんだし。いいかげん、いい人見つけたらどうなんだ」


「わたしの恋人は仕事ですから」


 水山の直球勝負を即答で打ち返す。彼女は、すっと通った鼻筋の下をオイルまみれの袖で拭った。


 油に汚れたその手には、いくつもの火傷や創傷が刻まれている。それは、同年代の女性たちには決して付かない痕跡きずあとだ。


「嘘付け。本当の心の恋人は”あの人”って、密かに何年も想い続けているくせに」


 倫子の胸がどきりと高鳴る。


 チャックを下ろしたネイビーブルーのツナギの胸元。無表情を装いながらも、はだけた黒いタンクトップを左手で軽く押さえる。


「そう顔に書いてあるぜ。その綺麗なお顔にしっかりとな」


 水山がニヤリとほくそ笑む。何時になく意地悪そうな表情だ。倫子のそっけない対応への仕返しのつもりだろうか。


「まあ三澤が幾らべっぴんさんでも。お前さんがあいつと結婚するのは、どだい無理な話だがな」


 内心、狼狽する倫子。何故悟られたのか、何処で見抜かれたのか。態度には絶対に出していない筈なのに。性急に記憶の糸を辿る。


「隠したって無駄だ。おじさんはちゃーんとすべてお見通しなんだぞ」


 水山はショップの駐車場の方向を指差した。

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