第二話:ポニーテールの若妻日記
翔一郎の実家は、元々妻側である猿渡家の隣に存在していた。
実は数年前。翔一郎の両親が経営するパン屋が店舗経営に困窮。多額の負債を背負った壬生家は、持ち家の権利を抵当に渡すことで、自己破産と店舗閉鎖の危機を免れた。
その為に両親と翔一郎夫婦は、現在2DKコーポで別々の生活をしているのである。
旧壬生家は老朽化した家屋を建ち壊され、現在は更地となって売却中だ。
妻の真琴は、売りに出された旧壬生家の土地を買い戻し、そこに新築のマイホームを建てるべく日々の節約に紛争しているのである。
家庭を守る主婦としての業務は元より、幾つものパートを掛け持ちしている。まさに八面六臂の大活躍だ。
「しばらく俺が真琴の実家のお世話になってもいいんだけどな」
そんな翔一郎の提案を、毎度のこと妻はポニーテールをぶんとなびかせながら「できませーん」と却下した。おそらく新米亭主の翔一郎に、余計な気を使わせたくないとの彼女なりの配慮だろう。
「まったく頑固なやつだ。じゃじゃ馬姫とはまさにこの事。まあ、おまえのそういうとこ、俺も嫌いじゃないけどな」
【まあ、翔兄ぃのそういうとこボク嫌いじゃないけど】
妻の艶やかな毛並みのポニーテールと、先日の「ももいろバトル」でのやりとりを思い出しながら、翔一郎はひとり静かに苦笑した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事を終えた翔一郎は。先ほど自分で入れた溜息まじりのコーヒー片手に、ポケットからiPhoneを取り出した。
食後のお楽しみ、ネットサーフィンの時間である。それが小遣いの少ない新米亭主に与えられた、ささやかな娯楽なのだ。
会社のPCは管理者権限により、休憩時間など業務時間外の使用は制限されている。役職の付かない翔一郎のような平職員は、利用者権限しか持たされていないのである。
「さてと、例の怪しげなサイトでもチェックするか」
親指がiPhoneの指紋認証ボタンに触れる。職場の仲間や夫婦といえど、プライバシーは重要だ。液晶パネルが指し示しているのは午後十二時三十分。
インターネットブラウザのアイコンをタップし、お気に入りをスクロール。そこから「あるサイト」を選び出し、再びタップする。
翔一郎の指先は「例の怪しげなサイト」にたどり着いた。
サイト上部には、彼のイタい弁当箱と同じ白地にブルーの文字で『みんカラ ~みんなのカーライフ。日本最大級のクルマSNSサイト。クルマに関するレビューや口コミ情報が満載!』と記し刻まれている。
更にスクロール。そこには「整備手帳」と称された、個人のブログが表示されている。それが前述の翔一郎曰くの「例の怪しげなサイト」である。
各個人で設定できる背景ラベル。この手のサイトではよくある仕様だ。
ラベルのデザインは、桃色のレーシングツナギを身にまとったアニメチックな女の子。よくよく見ると、妻の真琴にそっくりだ。ご丁寧に「MIDNIGHT WOLVES」と本格的なロゴマークまで施されている。
ラベル左端には、ももいろの大きなフォントで、個人のブログ名が表記されている。
例の怪しげなサイト、その正体は。
『ダーリン翔兄ぃとインプWRXのももいろ整備日記』
真琴のブログだ。