第一話:新米亭主の悲劇
市役所住民課のデスク前。愛妻弁当を白米の一粒まで綺麗に食べ終えた壬生翔一郎は、速やかに箸を弁当箱の中に終い込んだ。
富山県産のコシヒカリ。妻こだわりの一等米だ。新米亭主としては残す訳にはいかない。
薄暗い室内が、アラフォー手前のげっそりした頬に影を落とす。何故だか最近やつれ気味。ひと回りも年の離れた元気な若妻の、徹底した栄養管理で満たされている筈なのに。
新婚家庭である壬生家の毎朝恒例儀式「悶絶!! 朝のももいろチュウちゅうバトル」で、盛の付いた若妻に栄養をたっぷりと奪い取られているのだろうか。
昨今。各地自治体の市役所では、税金の無駄使いとエコ対策として、就業時間外は室内の照明を消灯されてある。その為かランチタイムは、職場の同僚たちは皆、一様に出払っている。
そんな中で翔一郎だけが、いつもぽつねんと取り残されていた。しかしながら、別に職場の人間関係が悪いわけではない。
それもこれも、すべてはこの弁当箱のせいだ。
スバルカラーを彷彿とさせるブルー&ホワイトのツートーンカラーの弁当箱。表面には防水ラミネート加工を施した、妻お手製のイラストシールが貼られてある。
シールのデザインは桃色のレーシングツナギを身にまとったアニメチックな女の子。よくよく見ると、妻の真琴にそっくりだ。ご丁寧に「MIDNIGHT WOLVES」と本格的なロゴマークまで施されている。
そのイタいパッケージに負けず劣らず、これまた中身がイタい。
桃色に合成着色された、巨大なたくあんのハートマーク。はたまた海苔で作った「翔兄ぃLOVE」などなど。連日、痛いイタいのオンパレード。まさに痛車ならぬ痛弁だ。
恥ずかしすぎて、上司や同僚たちの前では絶対に広げられない代物である。
その痛弁シール。やたらと本格的な出来栄えである。素人仕事とは思えない。もしかしたら、どこぞのプロの絵描きにでも発注したのだろうか。
真琴は全国のクルマ好きが集まるインターネットコミュニティサイト「みんカラ」の常連だ。もしかしたら、独自の広い人脈があるのかもしれない。亭主である翔一郎の知らぬところで。
「夏炉冬扇。まさに夏の火鉢と冬の団扇だ。まったく、真琴も無駄な浪費をしてくれて。マイホーム実現へ向けて節約するんじゃなかったのかよ」
イラストシールの真琴とおぼしき女の子が、満面の笑みを浮かべて翔一郎に微笑む。
「まあ、実際よくやってくれているけどな。自戒自粛。ガソリン喰いのモンスターカーに乗った甲斐性なしの道楽亭主がそんなこと言ったら、天罰が下っちまうかもな」
自嘲気味に頭を掻く翔一郎。
「すべては壬生家の再興の為にがんばってくれているのに――」
イラストシールの少女を、神妙な面持ちでじっと見つめる。
「なあ。おまえもそう思うだろ、崇」
自責の念に駆られた彼は、おもわず亡き親友の名前を口にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翔一郎の実家は、元々妻側である猿渡家の隣に存在していた。
「ミッドナイトウルブス」の原作者の石田 昌行さんから素敵なイラストを提供して頂きました。快いご承諾を本当にありがとうございました。http://ncode.syosetu.com/n5321cr/59/
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イラストデザインは漫画家「中垣慶」先生の作品です。
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