後日談でした
※少々修正いたしました
────何だかんだで魔王城へと住むことになった、サクラモチことサクですどうも。
あの試合の後、アヴィルの言ってた通りで、リヴィアを含めメイドたちの態度が一変した。俗に言う手のひら返しというやつか。
・・・とにかく、強者に従う───まるで神を崇拝するような、陶酔したあの表情。負けたことにより悔しがるかと思ったリヴィアまでもが、そんな感じだからかなり戸惑った。言わずもがな、私が危惧していた陰湿ないじめなどは起こっていない。
全て試合を計画したアヴィルの思惑通りということだ。・・・なんか悔しい。
あれから数日、お城の生活にも慣れてきた。変わったことと言えば、結構普通に喋れるようになったというくらいか。・・・相変わらず成長は早いようで。
まあ、これでコミュニケーションのために念話をかけ続けるなんて、面倒なことをする必要はなくなった。魔力消費なんて微々たるものだったが、やはり普通に話す方が良い。
そういえば、アヴィルから私専用の部屋も貰った。アヴィルの隣の部屋で内装もよく似ている。当然、一目見てお気に入りに。
───といっても私の住処は自分の部屋ではなく、書斎に入り浸っているが。
そして、何が楽しいのか毎日アヴィルはニコニコと私を見つめている。
もちろん今日もだ。
いつも通り本の山の上に座りながら、いつも通りこちらを眺めているアヴィルに言う。
「アヴィルさんや、私なんかを見て楽しいのかね?」
「もちろん。」
その無邪気な笑顔を横目に、ぺら、と本のページをめくる。
全くアヴィルも暇なもんだ。
「お仕事とかは、ないの?」
「もう終わらせたよ。」
魔王の仕事なんて想像もつかないが、きっと何かしらあるんだろうな。・・・多分。
「・・・へえ、それはそれはたいそう優秀なことで。」
そう言って再び本に目を戻す。
朝起きてから今までしたまともな会話なんてものは結局それきりで、その後は両者ともに無言。
・・・どんだけ読書に夢中だったんだ、私は。
(情報収集は大事だから、しょうがない。うん。)
手元の本にはびっしりとページいっぱいの直線的な文字。
正直、日本語とも英語とも言えないこの文字は読めない。ポチの首輪にもあったが、こんな文字そもそも見たことがない。
───情報収集のために本を読もうと思ったのはいいが、文字が読めないという事実をすっかり忘れていた。
なので、漁った。アイテムボックス内を。───何かあると信じて。
───その結果、偶然にもそれはあった。
課金アイテムでもなんでもない、『トレイシーの伊達眼鏡』というただの依頼報酬で貰ったアイテム。
・・・そういや、勿体ないという理由で残していたんだっけ。結局、そのまま忘れられていたが。───確かEWOでは古代文字とか様々な種族の文字が読めたはずだ。
(・・・それなら使えるんじゃないか?)
意気揚々と眼鏡をかけるとあら不思議、全て日本語に見えるじゃないですか。
かくして、私の情報収集は始まった。
魔法、地理、金銭、国、街、その他・・・ここには様々な本がある。書斎というよりも立派な図書館だろう。
天井まで届きそうな本棚、そこいっぱいに本が詰まっており、入りきれないものは床に積み上げてある。お城の何処にこんな広さがあるのかわからないが、野球場よりも大きい。
辺り一面、本の海。乱雑に見えて何気にジャンル毎に整理してある。アヴィルによると書斎は司書さん1人で管理、整頓しているらしい。それに全ての蔵書の内容と名前を把握しているとか。
本当に凄い。───・・・それに司書さんはリッチというアンデッドの一種。同じアンデッドだからなのか、自分でも結構仲良くなったと思う。
試合が終わった直後からずっと書斎に籠った甲斐があって、かなりの情報が集まった。
地理は名前こそ違うもののほとんどEWOに酷似している。それに金銭的なものはEWOと同じらしい。・・・つまりアイテムボックス内のお金が使えるということだ。これはありがたい。
魔法は言わずもがな。使い方などは当然違っていたが、別に自分が使う分には問題ないだろう。知らない魔法だけ、気をつけておこう。強者には警戒しなければ。
他にも何故か、最新の経済情報や国同士の関係などの本もあり、とりあえず全てざっと目を通しておいた。まあ、生活する分には必要の無い情報だが。
「・・・警戒するのに越したことはない。私みたいにここに来た人たちが味方なんて保証もないしな。」
もう食事の時間なのか、横に座っていたアヴィルはいなくなっていた。メイドも含めアヴィルも食事の必要はないが、嗜好品として行っているらしい。
・・・ちっ、羨ましいなこのやろう。
骸骨である私の身体はスカスカだ。一度試したことがあったが、当然食べ物は骨をすり抜け、下に落ちた。・・・畜生。
───閑話休題。
この世界はEWOをベースしたのかと思うほど似ている。そのため、ある程度の常識などは問題ないだろう。
それに魔王城で自宅警備員というのは味気ない。それに私の他にもプレイヤーがいるかもしれないのだ。
つまり、何が言いたいのかというと。
「元の姿まで成長したら旅に出よう。」
そうと決まれば準備・・・はしなくていいか。成長を待つしかないな。
「・・・とりあえず、本を片付けなきゃな。」
───特殊技術:《下僕創造》
手を前に伸ばせば、ずずず、と影から湧き出るように3体の骸骨───スケルトンが現れる。
(うんうん、特殊技術の方も問題ないようだ。)
魔法とは違い、魔力を消費せずに格下の同族が創造できるのはかなり便利だろう。アンデッドの壁も作れるからな。
私はそいつらに命じる。・・・今まで読んだ本たちを片付けさせよう。かなりの量だし。
「スケルトンA、B及びC。本を元の場所に戻しておいて。あ、場所は大丈夫だよね?終わったら還っていいから。」
そう言うと、スケルトンABCは同時にこくりと頷き───骨の身体のどこにそんな力があるのか、本を30冊ほど積み上げてそのまま持ち上げた。
・・・うん、心配はいらないようだ。
───この調子ならすぐに終わるだろう。
「・・・毎度のことながら、普通のスケルトンには見えないな。何か強化されてるのかな、あれ。」
自身の呟きに首を傾げた私は、いつもの様に飛行の魔法で飛ぶと、書斎を後にした。
───突然現れた新人2人が凄いらしい。しかも一方は勇者様だと言う。
今、そんな噂が冒険者の間で囁かれていた。いや、噂というよりも確固たる情報と言うべきか。
冒険者登録後に依頼をこなし、ランクアップ用の試験を受ける。それがまあ、普通のやり方だ。新人2人とてそれは変わらない。
しかし、そのこなす早さが異常だった。
冒険者の強さ、依頼をこなした数などで分けられる冒険者のランク。それによって受けられる依頼の難易度が決まったり、泊まれる宿屋のグレードも変わったり・・・とにかく待遇がよくなる。それはもうガラッと。
場合によるが、一生遊んで暮らすことも可能ではある。・・・一応。
ランクはざっくりと、Dからアルファベット順でSまでで分けられている。それらは冒険者ギルドという、いわば何でも屋で冒険者登録をした際、身分証としてのカード受け渡しとともに登録されるのだ。
一般的にAランクになるためには───個人の強さにもよるが───約3年以上はかかる。つまり最短で3年間。
しかし彼らは───いや、彼らとそのパーティーは。
───僅か一ヶ月でAランクへと達した。
すぐさまその事は噂となり、人々の耳へと入る。それは際の果にある魔王城も例外ではなかった。
・・・そんな怪しい情報を報告されたのはそれから数ヶ月たってからのこと。
鮮血のような赤の絨毯、繊細な光を放つシャンデリア、黒で統一された調度品、そして髑髏などの細やかな彫りがなされた豪華な玉座。
所謂、玉座の間という場所にはこの城の王であるアヴィルと、居候の私、そして全メイドたちが揃っていた。
因みに、当然この他にも部下はいるが、今は全員アヴィルに命じられた仕事で出掛けてしまっている。残念。
私はさっきリヴィアに聞いたばかりの情報を繰り返す。
「規格外な強さの新人で、片方は勇者・・・それは確かですか?」
「はい、確かでございますサク様。その事で人間どもが舞い上がっておりました。・・・これで魔王様を倒せると。」
愚かな、と頭を下げたまま苦々しくつぶやくリヴィア。自身の主───アヴィルを馬鹿にされ、リヴィアの心の中は憎悪に満ちていた。
それに心底身震いしつつ、表面上は冷静を努める。・・・嗚呼、女は本当に怖いなあ。
「へえ・・・どうするのアヴィル。」
玉座の背もたれに座ったまま、アヴィルを見下ろし言う。玉座に堂々と座る彼は、それを聞いて興味なさげに息を吐いた。
「勇者ねぇ・・・これで何人目なんだろ。」
呆れたようにしながら、続ける。
「それに一ヶ月で冒険者Aランクか・・・遅くない?そんな奴らに俺が倒されるわけないじゃん。・・・ねえ?リヴィ、君は俺がそんな奴に殺られるほど弱いとでも言うの?」
そう言うと冷たい視線で見下ろし、足を組み直した。その様子を見て、先程の発言が主人を貶めるものだと気づき、リヴィアは慌てて謝罪の言葉を口にする。
「そんな・・・とんでもございません!!先程の発言は失言でした、申し訳ございません!!・・・しかし利用価値がある情報故、念のためお耳に入れたいと思いまして・・・アヴィル様を貶めた愚かな私に何なりと罰をお与え下さい。」
必死の形相で許しを乞うリヴィア。それが何とも痛々しくて思わず口を出す。
「いやいやリヴィアさんは謝んなくていいですから!アヴィルもそこで話の腰を折るなって。」
アヴィルは不満そうに私を見上げる。そのまま見つめ返す、と諦めたのかため息とともに目をそらした。
「はいはい、全くサクにはかなわないなぁ。・・・じゃあ、リヴィに罰はないから、その代わりにそいつらの詳しい情報ってある?」
「・・・はい、ここに。」
リヴィアが差し出した紙の束を、近くのメイドが受け取ってアヴィルに渡す。
それを受け取ったアヴィルは、つまんなさそうに頬杖をつきつつ、眺めた。
「ふぅん。やっぱ弱いね、こいつら。」
「ちょっと見せて見せて。」
ほい、とアヴィルから渡された紙には、名前などの個人情報だけでなく、使う魔法や武器などの戦闘方法までもが、女性特有の丸い字で事細かに、しかもわかりやすく書かれていた。
───調べたのはリヴィアなのだろう、毎度ながらいい腕をしている。
リヴィアの優秀さに改めて関心しながら、資料にざっと目を通した。───どんな奴なのだろうか、と思いながら。
・・・それが転生者だとは思わずに。
だから、あまりにも日本人的な名前を見た時、私は───
「ええと、名前は・・・クロノとユウタ。・・・って、ええ!?」
「相変わらず珍しい名前だよね〜」と呑気なアヴィルの声を頭の隅で認識しながら、驚きで目を見開いた。
───もしかしたら同じEWOから来た転生者なのかもしれない。
そのことに気づき、無意識に呟いていた。
「・・・私、そろそろ冒険者になるよ。」
きっかけを、待っていたんだ。