おっちゃんでした
───アヴィルに「行ってらっしゃい。」と、何かを企んでいるような怪しい笑顔と共に送り出された私は、丁度今、ラクシアの転移で近くの国に着いたところだった。
───第2階級魔法《転移》
《瞬間移動》とは違って、難易度は低い。その為、一般の魔法使いの移動手段に最もポピュラーな魔法だ。
それでも、距離によって魔力消費が変わるので必ずしもオススメとは言えないのが難点。
また、移動先に一度以上行っていないと発動せず───当然ながら新たな地に向かう時には使えない。
(便利だから結構使えるんだけどな・・・下手したら魔力切れを起こして空間の移動中に気を失っちゃうから危険なんだよなぁ・・・。)
そうなってしまっては、気を失ってしまったままどこか見知らぬ土地に放り出され、魔物か何かに喰われ・・・まさに一環の終わりだ。
だからこそ、距離に対する魔力消費の量を知らなければならない。もちろん目的地までの直線距離も、だ。
「サク様、着きました。」
「おー、お疲れ様。よく魔力が足りたね、大丈夫?」
頭を下げるラクシアに労いの声をかける。本当に、よくまあ、魔力が足りたものだ。
本によると、魔王城からここまでは地球の約半周くらい・・・つまり、2万kmだったはず。
そうなると、人間が転移で移動しようとすると個人差にもよるが、大体第13階級魔法を約3発ぶっぱなしたのも同然の魔力が消費される。
当然、他よりも魔力量が低めな種族である人間では気を失って、自分の魔力分の距離である何処か見知らぬ所に転移してしまうだろう。
最高位魔法の魔力が3回分・・・魔力も高い魔族であっても厳しい所か。
だが、ラクシアは涼しい顔で微笑んでいる。
「お気遣いありがとうございます。この程度ならば、まだ大丈夫です。」
「・・・そ、そう。無理しないでね。2人分だと余計に魔力消費しちゃうはずだから。」
そう、ラクシアは私を連れてここまで来たのだ。消費魔力は単純に2倍ではなく、それ以上。魔力量だけ見ればリヴィアと同じくらいある。・・・本当に末恐ろしい魔力量だ。改めて感心する。
「ですが、この国を勧めたのはこの私。途中で魔力切れなんか起こしでもしたら、サク様に顔向けできません。ご迷惑をお掛けした償いとして、この命を捧げるつもりでした。」
「いやいや、命大事よ!?」
真顔で言うラクシアに、思わず声が大きくなった。肥大しすぎた忠誠心や崇拝心からか、ラクシアに限らず、アヴィルのメイド達はすぐに命を捧げようとする。何故、そのような発想に至るのか全くわからない。
確かに、私の武器の中には生物の生命を吸って成長する武器もあるにはあるが、流石に味方から貰うつもりは無い。
ラクシアに、命は不要だと何度も念を押してから、前方に目を向ける。
やや遠くの方に壁に囲まれた何かが見える。
「えっと、あそこがヴァイシャ?壁しか見えないけど・・・。」
「はい、仰る通りです。魔王城とは違い、分厚い壁があるのは魔物が入るのを防ぐ為です。特に人間の国は皆そうですよ。・・・弱いなりの知恵、ですね。微笑ましく思えます。」
言葉通りラクシアは微笑んでいたが、それは正しく嘲笑と呼ばれる笑み───弱者を嘲る微笑み。慈しむ天使の微笑みとは正反対のものだった。
私に再び、寒気が背筋に襲ったのは多分気のせいではないだろう。
「ほう、ここがヴァイシャかぁ。」
悪寒を誤魔化すようにして、しみじみと言う。
初めて魔王城も森以外の景色を見た。
(本当に異世界・・・だなぁ。)
───《世界の何でも屋》とも呼ばれている国、『ヴァイシャ』。商業が盛んでおり、海に接していることから他国との貿易が発達している国である。
つまりここに来れば───他国の珍しい食べ物も、花も、魔道具も、武器も防具も、家具も生活用品も、更には、希少で余り出回らない魔物の部位だって買うことが出来る。
噂によれば、人体オークションとかもあるとか無いとか。
───金さえあれば何だって買えるのだ。
そう、金だ。この国は他と比べ、物価が高い。それ故、いや当然の事かもしれないが、この国に住む者はある程度の財力がある。訪れる者もまた然り。
そして、今、私の手元にはEWOの時にコツコツと貯めてきた大金がある。城の図書室で、このお金が使える事は確認済み。大体の相場もEWOと同じなのも確認済み。
万事抜かりはない。完璧だ。
「よし、まずは買い物だ。遠慮しないで、ラクシアさんも何か好きな物、言っていいからね?何でも買ってあげるよ。」
「・・・えっ!?そんな、買っていただくなんて大それたことできません!」
一拍遅れてラクシアが反応する。
意外にもラクシアは普段見せないような驚きの表情を浮かべ、声を荒らげた。
私としては軽く───そう、まるで風俗嬢を口説くパトロンかの如く軽く言ったつもりだったのだが、彼女にとってはとんでもないことだったらしい。
・・・いつもは優しい微笑みをただ浮かべているだけなのに。
もはや面白く見える程のオーバーリアクションに、自然と笑みが浮かんでくる。
「いいの、いいの。私からの贈り物として受け取って?必ず、1個以上買ってあげるからね。命令だからね?」
「はい・・・。」
《命令》として言えば、ラクシアは渋々という風に頷く。
卑怯?私の辞書にそんな言葉はない。
「・・・サク様が私に贈り物・・・ああどうしましょう。家宝として一生大事にしなければ。」
───それに、私には見えている。ラクシアさんの口の端が緩んでいるのを。・・・思いっきりにやけているのを隠せてないぞ、おい。
あと、小声で呟いているつもりだろうけど、全部聞こえてるからな。家宝とか。
壁の前まで来ると、目の前には壁の3分の2程の大きさの門、そしてガッチリした鎧を身にまとった門番が二人。
日本では一生見る機会がないであろう光景である。
「・・・サク様、前に立つ私をお許し下さい」───ラクシアが断りの言葉と共に門番の目の前に出ると、口元に優しげな微笑みを浮かべながら声をかけた。
普段お目にかかれない程の美女の微笑みによって門番たちの警戒も緩んだのが見て取れる。
・・・微笑み(これ)で警戒する者が居たら見てみたいものだ。
「すみません、入国したいのですが。」
凛、と響く美しい声は更にラクシアを引き立てる。
ラクシアの人間離れした美貌に、再び息を飲んだ門番だったが、すぐに表情を引き締めた。
「・・・見たところ、冒険者ではなさそうだが・・・身分を証明するような物はあるのか?もし、ない場合には、あそこで一人につき一枚書類に必要事項を記入の上、入国料を支払って頂きたい。」
マニュアル通りに話しているのか、男の言葉は事務的に淀みなく続いていく。
門番が指し示した先には、3m程の扉があった。どうやらその先に部屋があるらしい。
頷くラクシア。
「わかりました。代筆でも大丈夫でしょうか?」
構わない、と返した門番に会釈すると、ラクシアはちらりとこちらを見た。
「サク様。」
ラクシアも気づいているのだろう。
「・・・わかってるよ、行こ。」
────部屋の中に強者がいることに。
恐らく、人間離れしている強さ。
だが、所詮それだけの強さだ───もし、強さを隠しているつもりでも素人並にダダ漏れだし、隠していないにしても、私達からすればそこまで強くない。
でもこれで、門番の少なさの理由がわかった。
人間からすればとてつもない強者が、奥に控えているため門番二人でも超安心!・・・こんなところか。
この体制が今まで取られていたのだとすると、凄い。破られたことがないのだから。
───強者が強すぎるのか、攻め込む者が弱すぎるのかは不明だが。
まあ、何にしろこの体制は結構無理がある。敵によっては攻め込まれる可能性があるからだ。・・・一応、何かしら作戦はあるのだろうが。
ラクシアが部屋の中へと続く扉を開ける。
「お、いらっしゃい!」
部屋の中で待っていたのは、無精髭を生やした笑顔が眩しいおっちゃん・・・と木の机ひとつに木の椅子がひとつ。
まさに何処にでもいそうな、何の変哲もないおっちゃんだ。平凡の代名詞にもなりそうな程、何処にでもいそうな・・・。
「いやもう、ほんと何の変哲もない平凡なおっちゃんだ。」
「おいおい嬢ちゃん、初対面なのにその言い草はないだろ・・・。」
どことなく悲しげな表情のおっちゃん。その表情も平凡そのもの。
それにしても、いつの間にか声に出していたんだな。不思議。超不思議。
「いつから?」
ラクシアが後ろを振り返り、答えてくれる。
「最初からです、サク様。」
「そうそう、部屋に入るなり平凡やら何の変哲もないやら。嬢ちゃん、まだ幼いのに酷過ぎやしないかい・・・?」
「ありゃ、それは失敬。ごめんね、平凡なおっちゃん。」
「・・・何も変わってないよ嬢ちゃん・・・。」
おっちゃんの言葉に私は心の中でぺろりと舌を出した。
ええ、そりゃあ変わるわけがないでしょう。もちろん全て、わざとですから。
「ったく、最近のガキは・・・。」
まあいいや、と立ち上がっていたおっちゃんが椅子に座る。
そして懐から羊皮紙を2枚取り出すと、インク壺と羽ペンと共に机の上に置いた。
「本当は茶でも出したいところだが、生憎ここには何も置いてなくてね。早速で悪いが、必要事項を書いてくれ。」
なら、とラクシアが紙とペンを持ち上げる。
字は読めても書けない私の代わりに書いて欲しい、と事前に頼んでおいたのだ。
「私が2枚分書きますね。サク様はお座りになってお待ち下さい。」
一つだけしかない木の椅子を勧めるラクシア。それは用紙を記入する人の為に用意された物。
そこに私が座ってしまったら、書くものも書けなくなってしまうだろう。
流石に駄目だ、とラクシアの背を押す。
「私はいいよ。ラクシアさんが座って。」
「で、ですが・・・。」
「いいの、いいの。ほら、座って。」
「・・・承知致しました。失礼します。」
そう言っても尚も渋るラクシアを無理矢理座らせ、ふと前を見ると、おっちゃんがじっとこちらを見つめていた。
幼女と美女を見つめる平凡な中年男。
───この光景だと、おっちゃんが凄く怪しく見えるな。
例えるなら、ストライクゾーン広めのストーカーというところだろうか。
「・・・何ですか?文句あるんですか?変態ですか?ストーカーですか?ロリコンですか?気持ち悪いんですけど。」
「いや、それ酷くない!?え、どんだけ俺嫌われてんの、ねえ。確か、嬢ちゃんとさっき会ったばっかりだよね!?」
「すみません・・・余りにも平凡だったもので、つい。」
「平凡!?それだけで!?それに、ついって何!?つい言っちゃいました的な?心の声が漏れちゃったみたいな?・・・どんだけ平凡引きずってんの・・・もー、おっちゃん泣きそうだよ。」
目に手を当てて泣いたフリをするおっちゃん。
よし、正直に言おうか。
気持ち悪いということを。
私は息をゆっくりと吸ってから、一息に、
「え、気持ち悪。え、え、気持ち悪。おっちゃんの泣き顔とか需要なさそう。というか、絶対ない。」
「いやいやいや、何で2回も繰り返したの、ねえ!?泣き顔の需要は・・・あるかもしれないじゃないか、ほら世の中広いからね!!」
「・・・需要あると思う?ラクシアさん。」
「絶対ないですね。」
「だよね。」
ラクシア、いい笑顔と共に即答。私は「ほれみろ」と言わんばかりにおっちゃんを見る。
「その人に聞いちゃ駄目だろ・・・。」
「じゃあ、おっちゃんは何で私達のことを見つめてたの?ラクシアさんに惚れた?」
「いやいや、俺には妻も子供もいるから!!結婚してるから!!・・・ただ、嬢ちゃんが相当大事にされてんなーって思っただけだよ。どっかの貴族サマのご令嬢とか?」
「まあ、その解答でもあながちハズレでもない。・・・それよりも結婚してたんだね、凄く意外。」
「失礼な、こう見えて若い頃はモテモテだったんだぞ!浮気の一つや二つ、三つや四つ・・・。」
「浮気は駄目だろ。」
「ほら、若気の至りっていうやつだよ。しょうがない。」
うわぁ・・・、と私を含めた女性陣ドン引き。
「年寄りがよく使う言い訳だね、それって。」
「年寄りですもの、仕方ないですよ。サク様。」
図星を指されたか、おっちゃんが「ぐっ」と言葉を詰まらせる。
一拍間を置いて、
「・・・ご令嬢とは思えんほどの言葉の暴力だ。」
「言葉の暴力?・・・おっちゃんの言う通り、世の中広いからね。私みたいなのも何処かにいるんじゃないの?泣き顔の需要みたいに。」
「そこでそれを返すか・・・ガキのくせにやるな。」
ニヤリと笑うおっちゃん、私もニヤリと笑って返す。
「ありがと。おっちゃんはもの凄い平凡で、もの凄いと思うよ。」
「おい、それって褒めてんのか貶してんのか?」
「もちろん、貶してるに決まってるじゃないか。」
「おい。」
ラクシアがもうすぐで書き終わりそうなのを確認する。
そろそろ、本題に移ろうか。
「それはそうと、おっちゃんの名前は?」
「ジルだ。職業は言えねぇが・・・まあ、いずれ会うことがあるかもしれねぇな。」
「そっか、私はサクラモチ。サクって呼んでよ、おっちゃん。」
「おう、よろしくなサク。・・・ていうか、何で名前なんかを。しかも呼び方おっちゃん固定!?教えた意味って・・・。」
「あーいや気にしないで。ちょっと訳ありで人を探してるんだ。」
そう言うと、おっちゃんは「そうか・・・」と言ったきり黙ってしまった。どうやら、訳ありと聞いて相当深い訳を想像してしまったらしい。
そこまで深い訳ではなく、ただ転生者かどうか知りたかっただけなのだが。
長い沈黙。ラクシアはこちらを伺いながら、静かに佇んでいる。───主である私を待っているのだ。
ラクシアに笑みを返すと、話を変えるべくちょっとした確認をする。
「おっちゃんってさ、実は人間離れした強さだよね?」
「・・・なんでそれを。」
まさかこんな子供に言われるとは思わなかったのか、椅子がガタン、と音を立てる。表情も先程の飄々としたものとは違い、本気の驚きに満ちていた。
───余程、自身の隠れ蓑に自信があったらしい。
「・・・。」
一拍以上の間が開く、ややあっておっちゃんが声を絞り出すようにして言う。
「・・・嬢ちゃん、俺が強いっていつ気付いた?」
「転移でここに着いた時から。因みにラクシアさんも気づいていたよ?ね、ラクシアさん。」
「この程度、当たり前です。」
当然だ、と頷く。唖然とするおっちゃん。
「おいおいまじかよ・・・そこのお姉さんならまだしも、嬢ちゃんに・・・。」
「何で私だと驚くの、失礼だね。おっちゃん。」
見た目で判断するといつかは痛い目を見る、と是非注意したい。
───そういえば、EWOにも見た目で弱いと決めつけていた奴もいたな・・・。
「そりゃあ、強い奴ってのは相手の強さもわかるからさ。お互いにな。───だが、嬢ちゃんから強さはさっぱり感じねぇ。」
「なるほど、なるほど。」
───それはアクセサリーによって隠してるから当然っちゃ当然。
ポン、と手を打つ。おっちゃんは強いから第六感か何かが働いて、ラクシアの強さを知れたわけだ。
ラクシアもまた然り・・・私が知れたのはただの魔法のお陰だけども。
少し納得。
「サク様、そろそろ。」
ラクシアが外に目配せをする───人が来たらしい。
長話をし過ぎたみたいだ。私はおっちゃんに向けて小さく手を振る。
「うん、そうだね。・・・じゃあ、私達はもう行くね。」
「お、おう・・・。」
おっちゃんの困惑したような声を聞きながら、ラクシアが開けてくれた出口の扉を潜る。
これが初めての遠出だ。
「楽しみだなぁ、ラクシアさん。」
後ろを振り返って聞けば、ラクシアが微笑む。
「そうですね。」
───二人が出ていき、部屋には元の穏やかな空気が流れ始めた。
男が安堵のため息と共に、机につっ伏す。
「なんて2人組だよ・・・俺の強さに気付いたのは高ランクな冒険者か、相当の強者だけだぞ。お姉さんならともかく、あんな小さな子供が・・・。」
脳裏に黒髪の華奢な少女が浮かぶ。あれのどこに強さがあるのか、検討もつかない。
もしかしたら、自分は化物を国に入れてしまったのかもしれない───ふと、思う。
しかし、これこそ仕方が無い事だろう。それに気付いた所で何ができるというのか。
記入してもらった紙を見た限り、不審なところは全くなかった。それにどちらも人間。化物ではない。
「俺の思い過ごしだったらどんなに嬉しいことか。」
どちらにしろ、敵意や殺意は欠片程も感じなかった。あとは騒ぎが起こらないのを祈るばかりだ。
はあ、と大きく息を吐いた男は背筋を伸ばすと、扉を開けて入ってきた一般人に声をかけた。
「お、いらっしゃい。」
人物同士の絡みって難しいですね...




