赤ちゃんでした
掛け持ちです。構成も甘く拙い文ですが、よろしくお願いいたします。
あくまで、趣味程度の自己満足なのでさらっと読み流していただけたら幸いです。
「あれっ?桜もち@粒餡さんはまだ残るんですか?」
不思議そうな顔をしてエルフが訊く。それに対し、私は苦笑いを浮かべて答えた。
「ええ、もう少しだけいたいと思います。⋯⋯そういう愛羅☆さんはログアウトですか?」
「はい、明日仕事なので。」
ふと、時計を見るともう23時を超えている。これ以上のログインは明日の仕事に支障をきたすだろう。
──── ⋯⋯私も明日は仕事だっけか。
頭の片隅でそんな事を考えながら、愛羅☆さんに向けて答える。
「そう、ですか。お仕事頑張ってくださいね」
「ありがとうございます。⋯⋯では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
そう言って目の前にいた赤髪の仲間は手を振り、すっと消えてしまった。
私はそれを見てため息をつく。
────だいぶ以前と変わってしまったな。⋯前は皆、仕事をそっちのけで夜遅くまでプレイしていたものだが⋯。いや、それはそれで可笑しかったか。それでも⋯
「⋯⋯飽きが来たんだろうなぁ」
周りの人は片手で足りるほどしかいない。
それも見えるのは、装備からして新規であろうプレイヤー、NN勇者という中二病らしき者や、はたまた未だに初期装備である新規の者などという新規プレイヤーばっかりだ。
「⋯その人たちもいつかは飽きるんだろうなぁ」
閑散とした街の中、私はしみじみと呟いた。
『Esutoria world Online』────通称『EWO』。VRMMOであるそれは、圧倒的なグラフィックと風をも感じるリアルな感覚、計200を超える職種、様々なスキル、そしてPK、同士討ち等は禁止されているものの、釣り師や商人、貴族、農民などにもなれるという自由度の高さ。思いつき次第では何にでもできる。
ヴァーチャル・リアリティー・ゲーム。いわゆるデジタルデータで構成された仮想世界を体験するゲームということだ。
だが、実際に仮想世界に行く訳では無い。電気信号によって作り出された偽りの情報をプレイヤーの脳が受け取り、まるで本当に見たり、触ったりしているように感じるという仕組みだ。
そのため少々値は張るが、それでも売り上げは右肩上がり。これまでに無いスタイルという事もあり、人気は絶えなかった。
実際に体験しているようなリアルな感覚、綺麗なグラフィック、何でもできると言われる程の自由度の高さ。
だから毎日人々は集まり、夜中まで賑わい、中には課金してまで楽しむ人もいた。私もそのうちの一人だ。
ギルドを作り、仲間同士でボスを倒したりダンジョンを攻略したり、ダンジョンNPCをデザインしたり、それについて文句を言い合ったり喧嘩したり。
どこへ行っても周りには大勢の人がいた。NPCなどではない、人が。
⋯⋯だが、人は飽きやすいもの。しかも新作ゲームはどんどん出てくる。
初めこそ賑わい人気だったコレは、時が経つにつれプレイヤーは減り、5年経った今ではもう少ない。いや、むしろよく5年ももったと言うべきだろう。
仲間も随分減った。それでも私は、私と同じような数名の友人と共にさらにのめり込んだ。
理由はよくわからないが、飽きはしなかった。
「⋯まあ、それでも人がいないのは寂しいかな」
ぽつんと一人残った状態で私は再びため息をつく。何気ない動作でアイテムボックスを弄り、その中にある数々のレアアイテムを眺めた。
桜もち@粒餡といえば、かなり名の通ったプレイヤーだった。
チートを使っているのかと疑われるほどの強さを誇り、課金ガチャで集めたレアアイテムは数え切れないほど。
噂によれば最高位ランクに位置するドラゴンをも素手で倒したとか。
魔物の最高位であるドラゴンは当然Lv90越えが殆どだ。素手で、なんて自殺行為に等しい。
なにがどうなったら、こんな突拍子もない噂がたつのだろう。
「私はそんな化け物に見えるかってーの。いや、まあ種族的には化け物なんたけどさ。⋯⋯ステータス」
苦笑混じりにそう一言呟けば、目の前に青白く半透明な画面が浮かび上がり、数字が羅列する。
正直に言って私はかなりやり込んでいたと思う。
地道な努力、課金ガチャなどの課金、薬草などの採取、ボスのドロップ狙い⋯それこそ何度も何度も繰り返し挑み続けた。
その結果、
「⋯⋯相変わらずの規格外っぷりで」
確実に上位にくい込める程のステータス、そして下位とは段違いのスキル量。⋯⋯スキルに関しては耐性などが多いものの、その分自動で発動してくれているので攻撃系のスキルが無くとも強い。
更には種族によるスキルやスキルボーナス。これがなかなか大きい。私の種族は女性の人気度ワースト1位を獲得している。
もう一度言おう。ワースト1位だ。
────それが私の種族、『不死者』。
まあ、当然と言うべきだろう。なんせ、見た目が骸骨なのだから。余程の変人でない限り、女性はなろうとは思わないだろう。
だが、魔法詠唱者を極めようとする者なら必ず行き着く種族だ。
この種族は魔術に関するスキルが特化しているだけでなく、無食不眠不休のスキルがある他、種族の中では滅多にない特殊技術、下僕創造というのもある。
⋯⋯だが、当然ながらその分デメリットも多々ある。
打撃に弱いとか、物理防御が低いとか、炎や聖魔法に弱いとか、水薬を使用すると逆にダメージを受けるとか、回復は自身で行うか負の魔法をかけてもらうしかないとか⋯⋯。
それらを無くそうと思えば莫大な時間と資金が必要だ。私のようにデメリットを粗方無くしたプレイヤーは少ないだろう。その点も不人気の理由の一つである。
実際、不死者になったものは2桁いくかどうかだったらしい。ステータスランキング上位にいるプレイヤーの中に不死者族はまずいない。
────このままではまずい。
その事に頭を抱えた運営は解決策を投じた。
それが、見た目を変えるアイテムデータ『マジック・スキン』。ちなみに別売りで税込15250円。このアイテムを身につけることにより見た目──主に顔──が自由に変えられる。
それに自己修復機能も付いており、半永久的に使えるという優秀さ。そして防御力もプレイヤーのステータスに依存し、雀の涙程はステータスを上げてくれる。それに身につけていても感覚には何ら影響はなく、ゲームを今まで通りに楽しめる。その分多少は値段が高いが、妥協範囲だろう。
種族による見た目が気に入らなかったプレイヤーたちが次々に購入していく姿を見ると、運営の思い通りだと感じざるおえない。
結果、不死者族は増えていった。ただし、爆発的ではない。種族は途中で変えられるものの、ハーフなどの混合は出来ないため変える者は少ない。古参者ならば尚更だ。
⋯⋯新参者は不死者で最強になると息巻いている者が多く見られたが。
「私みたいに、マジックアイテム発売前から不死者だったプレイヤーに追いつくなんて無理な話だろ。⋯⋯何、息巻いてんだか」
目を伏せ、独り言のようにつぶやく。サービス当初は最強とも謳われた種族だったが、今は改善され他の種族と同じようにデメリットがある。
⋯⋯それにこのステータスは苦労して造り上げたものだ。簡単に抜かれては困る。
(それでもまあ、無双⋯⋯とまではいかないけどな。実際、私より上がいるし)
久しぶりに見た自身のステータスに苦笑する。自分的には中の上と言ったところか。正直、そんなに強くない気がする。そもそも、数字だけで強さはわからない。PSも大事になってくるからだ。
⋯⋯しかしこんなステータスは新規の人から見れば化け物なのだろう。
実際、始めたばっかりの友人に見せるとドン引きされた後、
「⋯⋯あんた、いくら課金したの?」
⋯⋯⋯この質問は、結構痛かった。
初期ステータスは全て1桁、カンストレベルでようやく3桁、課金と条件クリアで4桁以上、そしてそれに加えて装備や種族、職種レベルによっては5桁⋯⋯になるかもしれない。⋯⋯あくまでなるかもしれないだけで、なれるのは一握りもないかもしれない。
そう考えると私の装備無しステータスが4桁というのが凄い⋯⋯はずだ。だが、課金者の間ではそう珍しい事ではない。ただし、装備有りの4桁だが。
それに比べると、 5桁は違う。
実際、5桁に届いた強者は数千万人中数百人と言われている。珍しいものなのだ。
一応、私にも装備有りで5桁には届くが、他の強者に比べると僅かばかり届かない。⋯⋯それでも規格外に変わりはないが。
⋯⋯あれ、だから噂になるのかな、あれ?
「⋯⋯まあ、うん。それはいいや」
うーん、と頬をかきながら、次にアイテムボックスを開いてみる。
何か欠けていないかを見るためだ。
上位の盗賊スキルや盗賊特化スキルはアイテムボックス内のアイテムを盗めるらしい⋯⋯それも気づかれずに。
────瀕死の状態で回復薬を使おうとしたら、全部盗まれていることに気づいて狼狽えているうちに、スライムに殺された被害者を私は知っている。
(⋯⋯さすがにスライムには殺されたくはないな)
スライムに取り込まれ、酸で徐々に溶かされるところを想像して身震いする。
酸を使い、鉄をも曲げる力を持つ高レベルのスライムは侮れない。
まあ、それがどうあれ、盗まれるのは気分が良くない。それにもしかしたら、あの憐れな被害者以上のような事になってしまうかもしれない。
それを知ってからは毎回こうして確認している。もはや習慣となってしまった。
数が多いため時間がかかる⋯⋯普通なら。
────しかし、武器、アイテム、素材ごとに綺麗に整頓されたそこは探し物も1発でわかる程。それ故、時間がかかるこの作業もスムーズに終わる。
整理整頓は大事。
「よし、欠けてないな」
MP回復薬などの消費アイテムまで見終わり、満足する。そして、人差し指を上へスライドさせると、アイテムボックス欄の上に重ねるようにして、メニューを開いた。
メニューもステータス画面と同じように半透明で浮かび上がる。
ステータス、装備、チャットなどの項目が並ぶ中、私の指は一番下の項目────ログアウトの真上で止まった。
「⋯⋯帰るか」
ここを押し、再び目を開けた時にはいつも通りアパートの白い天井が見えることだろう。そして、「知らない天井だ」と言ってから起き上がるのだ。
「さて明日も仕事あるし、さっさと寝よう」
何処か名残惜しい気もするが、溜まった仕事を思い出し首をふる。あの量は流石にやばい。
指がログアウトボタンに触れると同時に、意識がふっと途切れた。何の問題もない、いつも通りだ。
────⋯⋯起きたらシャワーでも浴びようかな。
そんな事を考えた時だった。
「⋯⋯⋯っ!!」
突然、意識が浮上した。⋯⋯早すぎる。ログアウトには最低でも15秒は必要だ。───だが、今は⋯⋯。
───すぐに意識が戻った。
何かがおかしい、と脳内で警報が鳴る。急いで私は目を開けた。
「⋯⋯⋯」
まず視界に飛び込んできたのは、深い緑。白じゃない。よくよく見ると木の葉が密集して深い緑の塊になっている。⋯⋯それは陽の光を遮るほど。
───ここは⋯⋯⋯森?
それを理解した途端、頭の中に戦慄が走った。
「⋯⋯っ!!」
声にならない叫び。つぅっと冷や汗が流れた。
────え、え?いやいやいや、そりゃ無いって!?え、いつの間に森と思しき所にいるの私?
当然、パニックになる。ゲームのバグだとしても、ログアウトしようとしたら森にいました、というログアウトシステムのバグなら大問題だ。
────⋯⋯でも愛羅☆さんは普通にログアウトしてたよな⋯⋯。
何故だろう、と首を捻り、改めてメニューを開こうと腕を動かそうとする。
が、動かない。えっ、と思わず声をあげた。
⋯⋯⋯身体が硬直したように動かない。視点からして仰向けなのはわかるが、寝返りすら思うようにうてないのだ。
────⋯⋯これもバグ?
ゲームのシステム上これは致命的なバグだ。操作不能と同じなのだから。
────こうも立て続けにバグらしき事が起こるとは⋯⋯。
「⋯⋯うー」
だからってどうこうできる問題でもなく、ただ運営の対応を待つしかない。
はあ、とため息をついた時、ふと寒さを感じる。肌寒いような、すーすーするような寒さだ。
⋯⋯それは、おかしい。
ゲーム内では感覚こそリアルなものの、快適プレイを楽しむために暑さ寒さなどの温度は感じない仕様になっている。
(でも、寒いってことは⋯⋯現実?)
ありえない想像が頭に浮かぶ。しかし、ゲームシステムを変えない限り、温度を感じることは出来ない。そして、ゲームシステムを変えることはほんの数秒で出来ることではない。
(それにしても、寒いな。まるで、お風呂上がりの様な⋯⋯あ?)
気づいた。まるでお風呂上がり、つまり服を着ていないような⋯⋯。
「⋯⋯⋯あ!!」
視線こそ下には下げられず、確認はできないがわかった。⋯⋯わかってしまった。
────裸だ。間違いなく。
つまりそれは、森の中裸のまま横たわっている女性という事で⋯⋯。
人気の無いことが幸いした。そうでなかったら今頃私は変質者だ。いや、それ以前にあまりの羞恥で生きていけない。
ありがとう私、さようなら我が人生。
ここが現実らしい事と、今裸の状態だという事。二つの事実が判明した。
そこから導き出せる事は⋯⋯。
学生時代、そんな感じの本を読んだことがある。
「⋯⋯」
(⋯⋯⋯いやいやいや、さすがに現実味がないって⋯⋯)
────転生した、なんて。
決して納得がいく答えではないが、それ以外に考えようがない。
しょうがないか、と呟こうと口を開いた。
「⋯⋯う?」
喉に謎の違和感を感じる。上手く言葉がでない。
(ちょっと待て、現実なら私は成人しているはずだ。それに言葉だって話せるし、障害もないはず⋯⋯⋯なんだけど)
「あうーおぎゃ。ううー?」
確かに自分の口から出ている声だ。間違いない。しかし、その声は言葉になっておらず、虚しく空気となって消えていく。
(まさか⋯⋯⋯)
ある推測が浮かんだ。いや、事実かもしれない。
────どうやら、私は赤ん坊になってしまったらしい。
こんなの若返りどころじゃない、とか非科学的だ、とか夢を見ているかもしれない、とかその他諸々はこの際、もういい。
それよりも、この混乱した頭を何とかしたい。
(よし、こんな時は叫ぶのが一番だ)
そう思った私は、すぅっと思いっきり息を吸うと、
「おぎゃぁぁぁぁぁあああああ!!」
────森の中に悲痛な叫び声が木霊した。
説明回なので長くなりました。