笑顔色々
紺碧の制服を着た一団の本部 兼 宿舎の前で足が止まる。
はぁ……。面倒くさい。
蒼国は大陸の最南に位置する小さな国。しかしながら貿易大国であり、軍事大国でもある。
戦える商人の国だと言えば分かりやすいだろうか。
兵士は主に海に特化した
第一船団(輸出入・入出国の管理)【青藍】
第二船団(海上・港湾の警備・検問)【紺藍】
の2つの海軍と、
陸に特化した
第一騎士団(王宮の警備・要人警護)【青碧】
第二騎士団(王都の警備・治安維持)【紺碧】
第三騎士団(諜報・暗殺)【黒】
の3つの陸軍に分かれいて、平常時はそれぞれの任務に就いている。
この他にも、地域ごとに自警団や地方騎士団などもあり、各団は所属の色を纏う決まりがある。
そして今、目の前にある紺碧の騎士服は、王都で一番よく見かける第二騎士団。
つまり…ライアンとの約束で、ちょび髭隊長に報告と言う名の説教?をされに来たところ…です。
あぁ、朝なのに足が重い…。
門をくぐり 案内役の騎士さんに連れられて、建屋の中をトボトボ歩く。ちょび髭の部屋は入ってすぐ左方にあるのに、何故か今日はどんどん奥まで進んでいく。
これ、嫌な予感しかしないんですが…。
最奥の扉まで来たところで、騎士さんは私達に目配せをすると、そのまま後ろに下がって微動だにしなくなった。
……………。
何だ、このプレッシャー…。
これ、中に入っていいってことだよね?緊張しながら扉を叩くと少し間を置いて、中から心地好いバリトンの返事が聞こえた。
私達が扉を開ける前に、向こうから迎え入れてくれたイケメンのお兄さんは、私を見て一瞬驚いた顔をした後、すぐに笑顔を纏い、手前の椅子を勧めてくれる。
目の前に、微笑むイケメン兄さん。
う~…ん。状況が全く読めません。
初対面だから取り敢えず、自己紹介からかな?挨拶した後は、十文字の事を説明しに来たんだから、さっさと話して、さっさと帰ればいいんだよ。うん、よしっ!
「セレスとアルと申します。昨夜の件で報告をするようにと呼ばれたのですが、貴方様にお話すればよろしいですか?」
敢えて、勧められた椅子に座らず、立ったまま話してみる。
「副団長のクラウドです。もう少ししますと団長も戻りますので、どうぞお掛けになってお待ちください。」
……ダメですか、そうですか。
このまま話してすぐに帰りたかったのに…残念です。それにしても、これは団長と副団長が直接聞くって事…?いつものちょび髭隊長は何処へ!?
こんな大物が出て来るような何かをしただろうかとアルに目配せすると、アルはただ眠そうに首を傾げていた。ここで寝るなよ?
「‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥。」
待ってる時間が辛い。何を言われるか、気になって落ち着かないし。
イケメン兄さん改めクラウド様が気をつかって笑顔で世間話をしてくれるけど、正直言って内容なんて頭に入ってこない。だってクラウド様、表情は笑顔なのに目の奥が全然笑ってないんだよ。
何、この緊張感…。
つい、昨夜の兄様を思い出してしまった。まぁ兄様の場合、目までしっかり笑ってて、なのに口から出る内容が容赦ないから凍る思いがするんだけどね。いやいや、クラウド様のこの笑顔も十分怖いな。顔面凶器反対。
思わぬ笑顔攻撃に精神がガリガリと削られた頃、ようやく団長が帰ってきた。クラウド様は団長の荷物を受け取ると、一緒に続き部屋に入り、ラフな格好に着替えた団長と一緒にすぐに出てきた。
「セレス君とアル君、待たせてしまってすまないね。私は団長のギルバート=ゼム=ジルコン。このクラウドの叔父にあたる。
さて、何から話したものか…。実は正直な話、少し前まで君たちに対して少々思うところがあったんだがね…。今朝方、なぜか至急の呼び出しで、驚くところからフォローがあった……。どこからだと思う?」
「さぁ?」
そんなこと突然言われても困る。
団長のギルバート様を呼び出せて、私達のフォローをする人なんて、兄様くらいしか思い付かないけど、兄様の名前を出すのはちょっと…ね。
ギルバート様は、ずっと こちらから目をそらさない。
「アゲート様だ。アゲート統帥が君達の身元を保証するとおっしゃった。しかし‥‥、改めて君達にも確認したい。君達は『統帥の身内』で間違いないか?」
「……まぁ、そうですね。」
私が答えると隣のクラウド様が軽く目を見張るが、ギルバート様の様子は相変わらずどこか淡々としている。
……兄様、どんな話をしたんだろう?
ギルバード様はしばらく私達をじっくり眺めた後、声量を少し落とした。
「……君は、アゲート様の庶子か?」
えっ? はぁ!?
兄様の庶子って、それってつまり隠し子ってこと!?
何だ、それ。 うわぁ……そう来たか。
兄様は『身内』とだけ話して、私が『妹』だとまでは言わなかったのだろう。しかも男装してるから…ギルバート様は私を男だと思うだろうし。
いや、まてよ?本当は全部知りながら知らないふりをして、こちらの様子をうかがっている可能性もある‥‥か?
ん~でも、女だって気付いてないような……それなら…。
「私はアゲート様に『兄様』と呼ぶように言われております。」
こういう腹の探り合いって本当に面倒くさいんだよね。嘘を付かずに、でも事実を限定しない言葉を選ばないといけないからさ。こういうのは兄様が得意なんだ。
「『兄様』ね、なるほど…。『子』ではなく『弟分』だと、君は言いたいんだね?」
あっ、やっぱり男だと思ってたね。
「私は『子』ではありませんので、『兄様』と言う呼び方以外をしたことがありません。」
と言うか、実妹だけどね。
「アル君、君は?」
ギルバート様はアルに視線を移す。
「さぁ?アゲート様が身内っておっしゃったのなら、身内でいいんじゃないっスか?」
アル…、もう少し丁寧に話そうね?アルをひと睨みして補足する。
「幼い頃より、ずっと私と兄弟のように暮らして来ましたので、アルも『身内』で良いかと思います。」
「なるほど、一緒にね。」
ひとまず、ギルバート様は納得してくれたようだ。なのに何故かクラウド様の視線が痛い。
「ところで、君達は商人だと聞いたが、例えばどんなことをしているんだい?」
「私達は主に黄国を相手にした輸出入をしております。他には、蒼国の商人に雇われて、積み荷の護衛をすることもあります。」
実際の話、商売の時だけでなく黒騎士でのお仕事の時も、商人達に混ざって黄国に行くことが多い。前回は、たまたまセレシアとして大々的に移動したけれど、あまり規模が大きくなると動きにくくなるので、やはり商隊くらいがベストだ。
「護衛か…。随分腕がたつようだが、その剣は誰に教わったものだ?」
「兄様に紹介していただいた剣士様より、手解きを受けました。ご本人からは、公爵家に縁のある方だと伺っております。」
剣を教えてくれたのは兄様の師匠でもあるダグラス元将軍。いい歳したお爺ちゃんなんだけど、これが今でも半端なく強い。若い頃はかなり有名な剣士だったといつも自慢している。何でも、自分は伝説の剣士なんだそうだ。まだ生きてるのに…。
「アゲート様、縁の剣士か…。毎年君が御前試合に出場しているのはその方の勧めか?」
「いいえ。初めは、己の実力を客観的に確かめたいと言うのが動機でした。しかし今は、名のある騎士様方の剣を身近で拝見し、立ち合うことで、己を研鑽したく、参加させていただいております。」
真面目だ。質問がすごく真面目だ。
どうしよう。アルじゃないけど段々眠くなってくる……。
眠気を散らそうと視線を少し横にずらすと、うっかりクラウド様と目が合ってしまった。
相変わらず笑っていない目のままニコニコしている。怖っ。
目が合ったからか、今度はクラウド様からの質問が始まる。
「君達が十文字を捕まえたのは偶然ですか?それとも、必然でしょうか?」
誠実で実直なギルバート様に対して、クラウド様はどこか狡猾な匂いがする。返す言葉を1つ間違えただけでも大変なことになりそうだ。
「私達がいた所に、彼の方からやって来ました。随分あっさり捕まえることが出来ましたので、おそらく連日にわたる逃亡で、疲労が限界だったのではないでしょうか。」
よしっ、これなら…。
「捜して捕まえたのでは?」
しつこいな。
「いいえ。」
本当に捜したりしてない。だって、誘きだしたんだもの。
「そう?では、質問を変えますね。君が、今 目標にしてること もしくは、これからやろうとしてることはありますか?」
えっ?それはどういう…?
「……………言えませんか?」
クラウド様はさっきまでの笑顔をすっかり消して、まるで捨てられた子犬の様な瞳で哀しそうにこちらを見詰めてくる。
うっ!何それ。急にどうした!?綺麗な顔でそんなことされたら破壊力が半端ないんですけど!
「あなたの言える範囲で、かまわないのですが…。」
見るからにしょんぼりするクラウド様にどうしていいのか分からない。そんな顔をされたら何か私が悪いみたいじゃないか。いやぁ、別にそれくらい言える、よ?言えるんだけどさ…。脈絡が無さすぎて質問の意図が分からないんだよ。
なのに、あぁ…、やめて。そんな顔で見ないで…。
もぅ、いいやっ、言っちゃえ!!
「次の御前試合で優勝をめざしています。」
「「!」」
ギルバート様もクラウド様もそろってこちらを凝視した。
あっ、やっぱり言わない方が良かったかも…。
「……優勝ですか。なるほど…。では、優勝した後の配属先は、是非 第二騎士団にして下さいね?」
クラウド様が今日一番の笑顔をする。それに対してギルバート様は口の端をあげ、今までとガラッと違う黒い笑顔に変わった。
「御前試合には参加しないが、それなら今年は観覧席から、君達のお手並みを拝見させて貰おうじゃなか。楽しみにしているぞ?」
いやぁあ!!何この人達!ギルバート様も実はお腹が黒いタイプなの…!? マジか…。真面目、実直、誠実を絵に書いた人に見えたのにやっぱり人って分からない……。
下がって良いと言われたので急いで部屋を退出する。何だろうすっごくマズイことをした気がするんだけど‥‥。
軽く放心状態になる私の横で、アルがアクビを噛み殺している。アル、今日 何もしなかったね?
……別にいいけどさ。
さぁ。何か、いよいよ負けられなくなった。でもどのみち後は無いし?ここは有言実行ってことで!
めざせ優勝!! 頑張れ自分。