童顔の友人
お兄ちゃんの回です。
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(アゲート)
一人だけ先に帰されることに、セレシアは一瞬顔を曇らせたものの、何も言わずに大人しく退出した。それを見送ると、アルが早々に口を開く。
「それで?まだ俺に言いたい事があるんだろ?」
……随分せっかちだな。セレシアが青い顔をしていたからって、1人にするのがそんなに心配なのかい?お前にしては珍しく入れ込んでるけれど、これを聞いたらどうするのかな?
「――セレシアを、お嫁に出す事にしたよ。」
勿体ぶり、ゆっくりと口にしたのに、言われた本人はとぼけた顔で「‥‥そっち?」と呟いただけだった。
何だろうね、その反応…。
「ってか、お前。セレスを嫁に出す気があったの?」
「…………………。」
それは、どう言う意味で言ってるのかな?いつかは出すに決まってるだろ。セレシアだって王族なんだよ?
まぁ、出来る限り手元に置きたくて、今まで散々延ばしてきたのは認めるけどね。
可愛い妹をこのまま手元に置くのは確かに魅力的だけれど、ただでさえセレシアと僕は親子ほど歳が離れてるんだ。今は良くても僕が逝った後、あの子が独りになってしまうじゃないか。
今の黒騎士という立場でさえ、僕がいるから成り立ってるというのが現実だ。勿論あの子が力不足なのではない。『王族の女』という立場が、良くも悪くもあの子を縛り続ける。
本当、せめて男に生まれていれば、今よりは自由に羽ばたくことが出来ただろうに。
まぁ結局は
―――そろそろ潮時なんだ。
アルは小首を傾げ、こちらを見ている。それ、いい歳した男がやる仕草じゃないよ。
「相手って誰?聞いてもいい?」
「候補でも良ければ。」
僕があらかじめ絞り込んだこの中なら誰を選んだとしても申し分はない。そして、それとは別に、絶対に許可出来ない相手もいる。
「ふ~ん“候補”ねぇ。…なぁ?突然、結婚話が出た原因って、黄国の王子がらみ?」
アルが探るような目で僕を見てくる。
黄国の第三王子。
先日、黄国で、かの公爵が企てた謀反を事前に防ぐことが出来たのは、あの第三王子の働きによるものが大きい。あの男の目を見張るほどの行動力と人心を掴む力。王族でなければ蒼国に引き抜きたいほどの人物だ。
あの男を次期王にと押す声も高い。けれど報告によれば、当の本人は第一王子の下に付くことを選んだようだ。
……あの国は一体 何時になったら落ち着くのか。
是非一度、その辺りをじっくり彼に聞いてみたいところだけど、それよりもまず不安材料をどうにかしなくてはね。
「その彼、最近熱心に捜している娘がいてね。」
アルの視線を笑顔で返す。
「あぁ、バレたんだ?」
アルは苦笑しながら前髪をかきあげた。
「いや、さすがにセレシアまで辿り着いてはないけれど、それも時間の問題だろうね。あの後、書類の一部が盗まれたことは、すぐに気付いてたな。国境付近の商人や新興貴族あたりを最初に疑ったようで、そちらを重点的に探していたけど、権利書に関係する土地に正規の管理者が戻り、それが潤滑に回りだしたのをみたら、黒幕が蒼国だって勘づいたようだ。
だけどそれより懸念すべきは、彼の目的が“あの娘自身”だってことなんだ。あの男は鼻が利くというか、直感で動くタイプでね。一目であの娘が気に入ったらしい。いずれ、それがセレシアだと分かれば、手に入れる為に間違いなく正式に求婚してくるだろう。しかしそうなると困る。」
「あぁ、なるほど。でもそう言えばさ、あの王子、既にパーティーの時に“セレシア”の方も気に入ったみたいだって、スティーブが言ってたけど?」
アルの言葉に、思わず舌打ちしたい気分になった。僕、その報告は受けてないんだけどな?どういうことか今度“じっくり”スティーブに聞かないといけないね。
苦々しい気分でスティーブの次の任務を考えていると、アルは更に聞き捨てならない言葉を続けた
「セレスはセレスであの王子はエロモード入ると止まらないから要注意だと言ってたな。でも…確かルークス王子って、何か淡泊って言うの?寄ってくる女はそこそこ相手するけど、自分から女の尻を追いかけたりするタイプじゃなかった気がしたんだけど。」
額を掻きながらしきりに頭をひねっている。
ほぅ?つまり彼は探している娘とセレシアが同一人物とは気付かないまま、それでもセレシアにも興味を示したと。これだから直感タイプは厄介なんだ。一歩間違えばその場で気付かれてたってことだ。
本当にスティーブは何をしてたんだろうねぇ?
「今までの女性遍歴をみれば、確かに女にうつつを抜かすタイプじゃないようだね。だけど、その彼がたった一度会っただけの娘に執着して未だに探してるという事実が、頭の痛いところなんだ。しかも、セレシアにまで興味を示してたって聞くと尚更ね。」
苛立つ気持ちを抑えるように、指先で机を叩く。
セレシアが諜報活動していたことも、権利書を蒼国が奪い返したことも、証拠がない以上、気付かれたところでシラを切ればいいだけのこと。
問題はセレシアに求婚してきた場合だ。
相手は王族、断るにもそれ相応の理由が必要となる。今までと同じように、身体が弱いなどと口を濁したところで、それでも良いと彼が食い下がったら非常に面倒なことになる。
「他の王女(王の娘)ならまだしも、今さらセレシア(王の妹)を他国に嫁がせる訳にはいかなくてね。」
普通、王女が産まれれば他国に嫁ぐことを念頭に、当たり障りのない情報だけ与えて、賢く品のあるお人形さんに育て上げるのが通例だ。しかし既にめぼしい国には、上の妹達が嫁いでおり、その後で産まれた末妹に残された嫁ぎ先なんてもうなかった。それ故に利用価値のない穀潰しの王族だと、幼い頃よりずっと肩身の狭い思いをしてきたあの子が、必死に国内で己の居場所と存在意義を作ってきたのだ。今さら個人的に欲しいと言われて、はいそうですかと渡せるものではない。あの子はもう国の深い部分まで知りすぎている。
「ふ~ん。それで向こうの王子に気付かれる前に、無難なとこに嫁に出そうってわけ?さっきの御前試合の話、成績を残せば、セレスは今の自分を諦めずに済むけど、成績が悪ければ、今までの過去を全部封印して、ただの女として降嫁しろってこと?」
随分トゲのある言い方をしてくれるじゃないか。
「まぁね。騎士団の肩書きがあれば、求婚をゴネる材料にもなるから、少しはあの子の望みを残してやれるかもしれないけど、ダメだった時は、もう諦めさせるしかない。その場合は早急に相手を決めて、その相手と共に山岳民族に伝わる秘湯を二人への結婚祝いとしてプレゼントしようと思ってる。いい新婚旅行になりそうだろ?」
「は?……それって山越か!? さっき言ってたお仕置きってソレ?イヤ、まじ、死ぬって。」
アルは目を見開き動揺して頭を抱えた。
そんなに不安にならなくても、ちゃんとガイドも付けるし、準備だってさせてあげるよ?山岳民族のところまでちょっとお使いに行ってもらうだけだから、越えないしね。
「君が負けた時はもちろんだけど、あの子が負けた時も同行してもらうから、そのつもりでね?僕はあの子が頑張る気があるのなら、それに見合うチャンスを与えるだけだ。それを掴むのも逃がすのも、全てはあの子次第。僕達の自由は限られてるから、せめて最大限楽しまなくちゃね。アル、僕はね、あの子の笑顔が見たいだけなんだ。」
「う~、いやぁ…黒いわぁ……。」
アルは嫌なものでも見たかのように、顔を歪めている。
「本当、君って失礼なヒトだよね?」
「えぇ~?妹の幸せを願う気持ちに、嬉々として実利を盛り込んでくるようなヤツ、十分黒いだろ。それに俺、誰かいる時は、ちゃんと敬語だって使ってるし、全然失礼はしてねぇよ。でもまぁ、やっとこれで空白だった総騎士団長が埋まるってことだよな?良かったじゃん、少しは楽になりそうで。どうせならついでに第三騎士団長の肩書きもギルバートってヤツにあげちゃえば?」
あげちゃえばってお前、随分軽く言ってくれるね?
「第三は清濁合わせて飲み込めるような人間でなければ難しい。その点から言えば、君がやるのが適任なんだけど?」
「嫌だね。そもそも俺、アゲートやセレスと違って、国のことなんか正直どうでもいいし。セレスのお守りで精一杯だっつーの。大事な妹は俺が見ててやるから、お前は心おきなく国の為に身を削れよ。」
「相変わらず、冷たいねぇ。」
「お前に甘い顔なんてしたら最後、あっと言う間に使い潰されるだろうがっ。冗談じゃねぇ。
ところで、何で“候補”なわけ?お前の決定ならセレスは文句一つ言わずに、誰にだって嫁ぐだろ?」
勿論、そうだろうね。王族の習いとして、セレシアも幼い頃から政略結婚を義務と心得ている。
アルの言うように、嫁に出すだけなら僕が相手を決めて、セレシアに伝えるだけでいい。
でも…。
「それだと、つまらないだろ?もとより選択肢がないのなら、それが習いと思えばいい。けれど、国内からであれば好きに選べる自由があるに、それをむざむざと捨てる必要もない。まぁ、いつまでも待てるわけではないから、時間切れになれば僕が選んだ相手と結婚してもらうけどね。」
アルは暫く黙って一点を見つめていたが、ゆっくりと顔を上げて真っ直ぐこちらを向いた。
「……で?俺に一体何をさせたいわけ?お前のことだから、そこまで話すからには何かあるんだろ?」
深く息を吸い込み、腹に力を入れる。改めてアルに向き直ると無意識に拳を握りしめた。
「あの子にこの話を伝えたところで、国にとって一番有益な相手をって探すだけだろう?それでは意味がない。
……つまり、不器用なあの子の背中を君に押してやって欲しいんだ。」
‥‥沈黙が重い。慣れないことを言っているからか、居心地も悪い。そっと目を閉じてアルの反応を待つ。
「……不器用なのは、お前もだけどな。素直に『好きになった男に嫁がせてやりたい』って言えよ。まぁいいや…。でも、その候補とかいうお前の期待に添える相手と、都合よく恋して結ばれるなんて技、俺持ってないからな?」
大丈夫そこまでは望んでないよ。あの子が自分で自身の幸せを少しでも考えられるように、見守ってやって欲しいだけだ。
「あの子が共にありたいと望んだ相手ならそれでいい。」
「…………。」
アルはしばらく考えた後、改めて了承すると、話は終わったとばかりに、さっさと歩き出した。
お前さっきから、王族に対してずいぶん不遜だからね?
部屋を去る直前、その背中に声をかける。
「ねぇ、アル。君は参戦しないの?」
今だってそんなに急いで帰るくらい、あの子を大切に思ってくれているんだろう?
「…………俺が?冗談だろ?」
アルは口の端を歪め、それ以上何も言わずに出て行く。長い付き合いとは言え、その表情を読み解くのは難しい。
「……セレシアは誰を選ぶのかな。」
誰も居なくなった部屋で漏れた声は、思いのほか響き、耳に残った。