ターニングポイント
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(アル)
王宮のアゲートの執務室まで、特殊通路で向かう。本当、この国の王宮って迷路のような造りになってるよな。
誰がこんなこと考えたのか、この城には三つの通路がある。誰もが使う表の広い通路に、限られた王族だけが知っている隠し通路。そして特異なのが、黒騎士だけが利用するっていう、この特殊通路。この三つが混在するこの王宮はまるで蟻塚のようだ。
目的の場所まで立ち止まり、呼吸と身なりを整えていると、すぐに下の部屋から声がかかった。
「さすがお兄様は気付くのが早いですね。」
セレスはアゲートを尊敬の眼差しで見つめている。こいつの兄貴びいきは昔からだ。自分で呼びつけたんだから、来たら気付いて当然だろ。どこがすごいんだか。
そう言えば、アゲートってこの国の軍人達にとったら、カリスマ的存在らしい。正確で無駄のない剣さばきから、剣聖なんて呼ぶヤツまでいる。
女にもモテるし、八侯家の狸じじい達からも一目置かれるくらい有能で、国王に次ぐ発言力だってある。
…………なんか嫌なヤツだな。
けれど実はコイツは周囲が思ってるような聖人君子なんかじゃない。普通に悩むし、あがく。失敗だってするし、後悔だってある。コイツだって他の皆と一緒、ただ必死に生きているだけだ。
「君達の気配くらい、すぐに分かるよ?それよりセレシア、今日はとてもいい匂いがするね?」
「はい。リリィが香油をぬってくれたので…。」
アゲートはセレスに極上の微笑みを向け、そして照れたセレスは頬を染めて視線を下げる。
………兄妹で何やってんの?
近くのソファを勧められたので、セレスを待たずにさっさと腰をかけた。
王宮から引き取ったという歳の離れた妹を、アゲートはそれはそれは目に入れても痛くないほど可愛がっている。もう溺愛と言ってもいいくらいだ。
歳がここまで離れるとそんなものなのかと思っていたが、どうもそれだけでは無さそうなんだよな。
全く、こいつは一体どれだけのものを抱えて生きてるんだか。
三人とも席に着くとアゲートがいつもの穏やかな口調で話始めた。
「リリィはよくやってくれているね。そう思わないかい?ねぇ、アル?セレシア?」
「「……。」」
含みのある言い方しやがるな。さっきのノックの件だろうか。いや、それは流石に早過ぎるな。それなら小川の件か。
アレを知ってて、俺らより先に報告に来たヤツ……スティーブだな。
「二人とも、あまりリリィを困らせないようにね。」
………ハイハイ。気を付けますよ。
俺が、いちいち うるせぇと顔をしかめるのに対し、セレスは驚きと感嘆の混ざった表情で聞いている。
どうせ“兄様はすごい。何故分かったの?”とか考えてるんだろうな。でも、お前本当にそれでいいの?もうこれストーカーの域までいってるだろ。
そして、そんなセレスの様子を見てアゲートはクスッと笑う。
「まぁ、今日はお説教で呼んだんじゃないからね。早速、本題に入ろうか。まずは、任務ご苦労様。これ以降は僕の仕事だ。後は任せてゆっくり休みなさい。そしてセレシア、君のチームは本日をもって解散だ。屋敷にいるアル以外の黒騎士は順次、別のチームに組み込んでいく。
そして今後、君たち2人には御前試合に参加して、ベスト4に入ってもらう。お前達2人と団長クラスの人間は予選から潰し合わないよう、グループを分けておくけれど、それ以外のことはしないから、自力で勝ち上がるように。特にセレシアは優勝か準優勝が望ましい。
この成績を踏み台にして、春の人事でセレシアを第二騎士団の団長、アルを団長付きの副官にしたいから、間違っても第二騎士団の騎士に負けるなんてことするなよ?負けたら…、そうだな…お仕置きかな?」
にっこり笑って放った最後の言葉に、とんでもない悪寒が背中を走った。
コイツのお仕置きは絶対にろくなもんじゃねぇ。兄様信者のセレスでさえ、隣で色を無くしてる。
そら、過去の仕置きを思い出せば誰でもそうなるだろうな。どんなにセレスを溺愛していようが、コイツの根っこは鬼畜だ。
ってか俺が剣をやらないってコイツ知ってるハズだよな?そもそもルールすらまともに知らねぇし。正式な試合っていえば剣を掲げて誓いのポーズやらがあったはず。あれ自分に酔ってるイタイやつみたいでマジ鳥肌立つんだよ…。
異種戦ならまだしも、御前試合なんてガチガチの正統派じゃねぇか……。マジやりたくねぇ…。
俺もきついけどセレスもヤバイんじゃないか?コイツは毎年出場してるけど、今まで決勝トーナメントに上がるのが精々だった気がする。
そもそも女だし。技術はあっても腕力が全然足りてねぇから、専ら小細工専門じゃん。どうすんだよ。
そういえば、足とかって使っていいだっけか?……やべぇ、分からねぇ。
溜め息をついて、アゲートに再び注意を戻すと………こっちを見て笑っていやがった。
黒いわぁ。その穏やかな表情からは想像出来ないくらい、どす黒いオーラが俺には見える気がする。
セレスが隣で聞こえるか聞こえないかってほどの小さな声で“鬼畜”って呟いてた。
それ、もっとデカイ声で言ってやれよ。
それにしても…。いくら自慢の妹って言っても上に立つには若過ぎるだろ。いきなり団長だなんて大抜擢過ぎないか?下手するとセレスが潰れるぞ。何考えてんだよ。
「なぜ第二騎士団か、お聞きしても?」
訝しげに聞けばアゲートはのんびり答える。
「ん~。色々理由はあるけれど、最終的にセレシアは第二騎士団がいいなって“僕が”思ったから、かな?」
全然答えになってねぇ。「色々理由はある」って、それが何かを聞いてるんだろうが。
第二って言えば、団長はギルバート、副団長はクラウドだっけ?どっちもジルコン侯爵家だ。
ここにセレスを押し込むのか?ギルバートの上はさすがに無理だな。なら、ギルバートを押し上げてクラウドの上に置く気か?クラウドね…。どんなヤツだっけ?時間作って今度見に行くか…。
ジルコン家と言えば双剣だっけ?この家のやつらって能力をひけらかす行動を嫌うから、滅多に前に出たりしないけど、強ぇぞ。
超 実力主義のアゲートのことだから、優勝出来なければ、クラウドの上に置くってのも無くなるな。
優勝したら団長、準優勝なら副団長ってとこか?
セレスならやると判断したからこの指示なんだろうが…。要求が半端ねぇ。チビ(セレス)もアゲートに見切られたくないから、また必死になるんだろうけど。このスパルタ野郎が。
………くそっ思い出しちまった。
嗚咽混じりのチビの声。
『――お兄様が作って下さったチャンスだもの。その期待に応えたいの。確かに…お兄様はお優しいから、たとえ出来なくとも、咎めたりはなさらない。けれど、それではお兄様の中で私が“所詮そこまでの人間”と評価されてしまう。それだけは、絶対に嫌だっ!』
あれはチビがいくつの時だっけ…。あの時、歯をくいしばって結果を出したから、あいつは黒騎士としてアゲートの下で動くことを認められた。
今回も、おそらく分岐点だ。優勝すれば団長。けれどもしベスト4に入れなければ…、チビはもう二度とセレスとして動くことを許されないだろう。
故意かどうか分からないが、帰国して以来アゲートはセレスを一度も“セレス”と呼んでない。そのことにチビだって気付いてる。
これは「要求をクリア出来なければ“セレシア”に戻れ」っていう、アゲートからの無言のプレッシャーなんだろう。こいつの愛って厳しいよな…。
「分かりました。必ず勝ちます。」
真剣な顔でセレスが応える。崖っぷちに立っている自覚があるんだろう。声が震えている。
アゲートはそれに鷹揚に頷くと俺だけ残して、セレスを帰した。
あぁ、分かってるさ。まだ俺に言いたい事があるんだろう?アゲート。