仕事しようよ
蒼国のはずれにある貧民街。街灯もない暗い路地に、臭い立つ二人の若者が地面に直座りしている。
「………お風呂に入りたい。」
「まぁね。」
「公共浴場とかあったら、もう少しこの辺りもマシになると思う?」
「いや、思わねぇ。その気があるヤツなら、そこに川があんだからさっさと身綺麗にしてるだろうよ。」
だよね~。問題は意欲か。
大体、貧民用の就職斡旋所も、やれる仕事だってあるのに、なんでここでダラダラしてるんだろ。本来の目的を忘れて一人一人の尻を叩いてやりたくなる。
今からおよそ三ヶ月前、第二騎士団と第二船団が王命を受け『人拐い団の検挙』に動き出した。現在、一味はその親玉を除き、既におおよそが捕らえられている。
私達がこれに加わったのは半月ほど前。まぁ、加わったと言っても、黒騎士自体が諜報・暗殺・情報操作などを担当するところだから、他の騎士団や船団と連携を図るわけでもないし、それ以前に面識すらない。黒騎士は言わば正規の仕事では手の届かない暗部な方面からのフォローがメインだ。
これが黄国から帰国後、国内に役目をシフトすることとなった私達チームの最初の任務である。
アルと2人、この貧民街で張り込みを始めてから、はや10日あまり。流石に自分が臭いし、あちこち痒い。
これでも年頃の娘なのに…、この臭いってどうなの?
…わりと凹むし、鼻も曲りそうだ。
「う~ん。別ルートで逃げたかなぁ…?」
「イヤイヤ、あいつ白国のヤツなんだろ?海しか知らないのに山や砂漠へ行くなんて自殺行為だろうが。」
まぁそうなんだよね。蒼国は国土こそ小さいけど、四方の国境を天然の要塞で囲まれた、とても恵まれた地形をしている。
誰もが行き来できる道なんて2ヶ所しかない。北東のオランジェスタ伯爵が治めているポートガス領を通って黄国に続く街道と、南海岸の港町から定期船等に乗って南方へ抜ける航路。
現在は、そのどちらも第二騎士団と第二船団によって厳しい検問がしかれているから、これを抜けて逃げるなんてまず無理。
国外に出る裏ルートとしては、西の山脈を越えるとか、北の砂漠を突っ切るとかも一応あるけど、正直言ってどちらも現実的じゃない。
山越えも砂漠越えも、大掛かりな準備とその土地を熟知した者の引率がなければ、あっさり死ぬだろう。
この自然の要塞があるからこそ、蒼国は小さいながらも、他国に侵略されずに ここまで栄えてきた。
残る裏ルートはひとつ。小舟で港町以外から出港して、検問を避ける方法。
陸と違って一旦、海に出られてしまうと拿捕が難しくなる。警戒船の包囲網をかいくぐって小舟で沖にさえ出られれば、逃げ切ることは可能だろう。特にそれが闇夜であれば、その可能性はグッと上がる。
相手がそれを狙うなら、第二船団の目を盗んで船を出せる絶好のポイントはここだ。だからヤツは必ず来る。
港町以外の海岸は岩礁が多くて、海流の流れも複雑。舵取りをひとつ間違えるだけで、岩にぶつかり大破・転覆するような難所ばかり。だが、ヤツは海流を扱うのが上手い白国の男だし、流れさえ見極めることが出来れば十分逃げ切れる可能性がある。
「馬鹿でなければ、ここに気付くんだけどな~。警戒して、まだ潜伏してるとか?スティーブ達、もう少し時間かかると思う?」
「あっちも、そろそろだろ?」
スティーブ達には潜伏先になりそうなところをひとつずつ奇襲して、隠れる場所を潰して回って貰っている。
もしヤツが街に潜伏していたとしても、段々と追い込まれてこちらに向かうように。
そして私とアルは、その間ずっと貧民街で待ち伏せてるという訳だ。いや、これはもう待ちぼうけだな。暇すぎるったらない。そして臭い。絶対、奇襲チームの方がよかった。
「なぁ。そう言えば、パーティーで王子と会ったんだろ?どうだった?」
「うん?言わなかったっけ?大丈夫だったよ。」
拍子抜けするほど、気付かれなかったんだよね。…と言うかあの人、女なら誰でもいいんじゃないかな。
「まぁ、お前の場合、詐欺に近いからな。」
……何だろ、ムカつく。
「あっでも、あの人これからは要注意ね。エロモード入ると止まらない。」
あの手の早さだし、社交嫌いとかじゃなくて、実は女性問題で出入禁止になってるんじゃない?
「へぇ。硬派なタイプかと思ってたのに、意外だな。英雄色を好むってやつ?」
「世の中には腕はたつのに枯れてるヤツもいるけどね~。」
「俺は枯れてねぇ!」
うししっ。血相を変えて訂正するアルを見て溜飲が下がる。言われた分は言い返してやる。
「どうだか。」
更に続けようとした時、向かいから歩いてくる男に気付いた。アルもすぐに気付いて一言もらす。
「ようやく十文字殿のお出ましか。」
ニヤリと笑う。
「本当やっとだね。待ちくたびれたよ。手っ取り早く、麻酔針吹くから誘導よろしく。」
「了解。」
アルは十文字に気付かれないように、距離を詰めると、後ろに回り込んだ。
あれが人拐いの親玉かぁ。顔に走る刀傷が十字になってるから、通称“十文字”。引き際の読みと勘が良い、用心深い男。
その為、逃げ足が常に一足早くて、蒼国が誇る騎士団・船団でも、今まで捕まえきれずにいた。幹部クラス以上で捕まっていないのは、もうコイツだけだ。
「旦那っ。何か割の良い仕事くれよ。俺、結構やれるぜ。」
浮浪者に扮したアルが十文字の後ろからにじり寄る。忌々しそうに薄汚れたアルを追い払いながら、自然にこちらに近づいてくる。
射程圏内に男が入ると、アルに気をとられてる隙をみて針を放った。十文字を見つけてから、ここまでたった数分。崩れ落ちる十文字を見ると、この10日間はいったいなんだったんだと思えてくる。
アルも同じ事を思ったのか「何か呆気ないな」と呟いた。
…まぁともかく、これでやっと帰れる。
アルと二人で男を簀巻きにすると、繁みに隠しておいたリアカーに乗せた。
大通りまで来ると、紺碧色の制服を着た男が向こうから歩いてくるのが見えた。まだ暗いうちに騎士団の宿舎近くにでも捨てて行く予定だったのに、鉢合わせるなんてタイミング悪っ。
「お前ら何やって…。あ?誰だこいつ?
…おいっ!、これ十文字じゃねぇか!」
あ~ぁ。
「あ"~…。何かヨロヨロ歩いてるおっさんがいるなぁって思ったら、いきなり倒れたんだよね。よく見れば何か悪そうな顔してるし?もしかしたら賞金首かな~っ。なんて……?」
「賞金なんてかかってねぇ。」
「え~?せっかく運んで来たのにぃ。賞金無いなら興味も無いから、これはライアンが引き取ってよ。」
頼む何も言わずに受け取ってくれライアン。私は早く帰りたい。
「お前らな~、そんな嘘くさい話が通るわけねぇだろ?何やってんだよ。国の為に働く気があるんなら、こんな中途半端なことしてないで、いい加減に騎士団に入れよ!…ってか、お前ら臭い!」
やっぱり臭いよね。でもこれだけ離れてても臭うってどんだけだ。
ライアンの言葉に軽く凹む私に対し、アルは今まで黙っていたのに急に水を得た魚のように生き生きとすり寄って行く。
「へ~。それってどんな臭い~?」
アルそれ性格悪いから。この臭いはもう暴力だからね。
結局、ライアンに朝イチで第二騎士団へ報告に行く約束をさせられた…。
もうっ!面倒くさっ!