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ヒーローは誰?  作者: 花名
春の宴
46/48

丘陵の思い出

二回に分けようか悩みつつ、そのまま投稿。

長いです。


回想です。


これを含めて残り3話。今日から毎日更新します。

**********

(クラウド)



 幼い頃からずっと、嫌になるほど繰り返されてきた言葉。


「クラウド様は弟君なのですから…」


 勉強にしろ、剣術にしろ、馬術にしろ、面白くなってきた頃に突然、教師からストップがかかる。


 最初こそ、そのもどかしさから教師達に抗議をしたが、今では“またか”と思うだけだ。


 今日もそんな“またか”を感じる出来事のひとつだったのだが、今回は憂鬱な気分にさせる理由がもうひとつあった。



 朝食をすまし部屋を出ると、執事長と新しく来た剣術の教師に呼び止められる。


「本日より、しばらく街遊びをいたしませんか?そろそろ市も開かれますし、珍しいものも沢山ありますよ?」


 “遊んで来い”と言う教師なんて、我が家くらいだろう。


 予定では、今日からまた剣術の指南を受けることになっていた。

 他の教師とは違い、俺の事を“弟君だから”と言わない唯一の教師、俺の剣の師匠…。


 8歳の頃、乗馬の練習を始めようとした時、急遽 執事長からストップがかかり練習を延期するよう言われた。兄が馬に乗れるようになったのが9歳だったからと言うのが理由だ。


 この時、師匠は口の端を少し上げると、こっそり馬を用意し、一緒に遠駆けに連れ出してくれた。


 俺がすでに馬に乗れる事をこの人だけは知っていたからだ。なんせ馬の乗り方を教えた張本人だから知っていて当然だ。


 抑圧された俺の世界で、この壮年の師匠との時間だけが、何も考えず、のびのびと過ごせる貴重な時間だった。


 その楽しい時間が、今朝終わりを告げたのだ。


 とうとう師匠のやり方が執事長の耳に入った。剣術の担当は呆気なく師匠から別の教師に変わり、授業自体もしばらく休みになった。


 それで、先程の“街遊びの勧め”に行き着く。



 流石に俺だって、もう分かってる。あの執事長が、要らぬ跡目争いを起こさないようにと、兄と俺の為に必死に根回しをしている事くらい。

 分かってはいるが、今回は少なからず(こた)えたと言うのも確かなのだ。


 2歳違いの兄、ソルジーオと俺は母親が異なる。ソルジーオの母が流行り病で亡くなった後、間を置かず嫁いできたのが俺の母だった。


 兄と俺は、ただ一点を除いて、分け隔てなく育ってきたと思う。


 そう、家の者が“弟が兄より秀でる事を嫌がる”こと以外…。



 歳が離れていれば…


 性別が違えば…


 兄の実母の身分が高ければ…


 同じ母から産まれていれば…



 これほど周りから比べられることもなく、ここまで執事が心配することもなかっただろう。


 一族が兄と俺を比較すればするほど、執事長は過敏になり、教師達に指示を出す。


 ――弟が兄より抜きん出ないように、と…。


 異母兄弟だからと言って、兄との仲が悪いわけではない。むしろ良い方だと思う。温厚で思慮深い兄を好ましく思うし、いずれ兄を助ける存在になりたいと思っている。


 ただ常に目を光らせ、やたらと干渉してくる周囲が煩わしく、窮屈に感じてしまうだけだ。



「はぁ…。」



 今日、何度目の溜め息だろう。


 そもそも、街で遊ぶのだって限界があるだろう!


 ここ最近なんて、定期的に街に追い出されているから、もう魅力すら感じていない。

 朝からどう時間を潰すかと、頭を悩ませているだけだ。


 街の外れをぶらぶら歩いていると、ある小路が目にとまった。普段なら通り過ぎてしまうような、特に何の特徴もない小路を、何故かふと惹かれて足を進めた。


 この時、この小路に気付かなければ俺の人生は全く違うものだったかもしれない。

 なぜなら、この時に出会った少女が、自分の将来を大きく変えたのだから…。





 建物に囲まれた狭い小路を進んでいくと、急に視界の開けたところに出た。


 目の前には広い平野が広がり、その先には港町が、更にその先には海を行き交う商船が小さく浮かんで見えた。


 青い空がどこまでも続く、見晴らしの良い小さな丘陵。


 手前は崖で、袋小路になっているその丘は、広さこそ無いが、野の花が足元に広がり、爽やかな風がそよぐ。まるでここだけ日常から切り離されているような、不思議な場所だった。


「あれ?あなたは誰?」


 不意に後ろから声をかけられる。


 気配を感じられなかった事に驚き、慌てて振り向と、そこには小さな子供がひとりポツンと立っていた。


 この近くに住んでいる子供だろうか?着ている服装はシンプルで、よく見掛けるものだと言うのに、不思議とどこか近寄りがたい清廉な雰囲気を纏っている。


 深みのある青い瞳が印象的な子供。


 女か?それとも男?



「……淋しいの?」


 淋しい?俺が?



 師匠との時間が無くなったことは、確かに残念に思っているが…。

 そんな、こんなチビに心配されるほど、情けない顔をしていたのだろうか?


 俺が口を開かないのを気にする様子もなく、その子供はひとりで話し続ける。


「ここ、綺麗でしょ?秘密の場所なんだ。淋しくなったら、時々くるの。目を閉じる度に、お父様を思い出して辛くなった時とかね?

 ここがとても好きよ…。どこまでもどこまでも広い海と空。そして、この美しい蒼国(サフィニア)。」


 なんだ、淋しいのはお前なんじゃないか…。


「もしかして……亡くなったのか?」


「うん。去年、突然。お医者様にも看て頂いて、朝も夜も『快復しますように』って神様にお願いしたのに…。もう目を開けてくださらなかった。」


 そうか…可哀想に。こんなに小さいのに…。父上が亡くなったのであれば、随分と環境も変わっただろう。苦労しているはずだ。なのにそんな様子は見せず、ただ淋しそうに微笑むだけ。


「ここに来ると、いつも日が傾くまでひとりで眺めるの。今日はあなたの隣にいてもいい?」


 俺が頷くと、隣にストンと腰を下ろし、海の向こうをジッと見つめる。幼いはずのその瞳はとても大人びていた。


 しばらく2人で、風や微かに聞こえる汽笛の音、そして、世界が切り離されたかのようにどこか遠く、街の声を聞いていた。


 ゆっくりと流れる時間に、風が心地好くそよぐ。


 初対面の、しかも年下の子に話すつもりなどなかったのに、いつの間にか俺は長年の鬱憤をポツリポツリと吐き出していた。


 その子は黙って俺の話を聞きながら、丘に咲いていた野ばらを摘む。そして冠を作りながら、時折 子供とは思えない、あの大人びた視線をこちらに向けては微笑んだ。


 あぁ、可愛いな…。


 この場所にたどり着いた経緯まで話し終えると、花の中にたたずんでいる少女が初めて口を開いた。


「そう…。どこか似てるのね。」


「似てる?」


「うん。私も今のままでは、全然足りないから。もっと、もっと…って望むのに、女だからって学ぶことも剣を持つことも止められるの。」


「…そうか。」


 確かに…俺は男だから、兄上のしがらみさえ除けば、わりと何でもやらせて貰える。けれど、もし俺が女だったら、ここまで自由にすることは難しいかったのかもしれない。


 聡明そうなこの子なら、きっと歯がゆいことも多くあるのだろう。俺の悩みは、案外贅沢な悩みなのかもしれない。


 ……しかし、やはりこの子は街の子供ではないようだ。お忍びで街を歩く貴族の娘か、裕福な商人の娘なのだろう。なのに護衛も付けずに出歩くなんて…。


「今はまだ、下のお兄様が独身でいらっしゃるから、お兄様に甘えてお世話になっているけれど、お兄様はとてもお忙しい方なの。

 だから、ただお世話になっているのも、申し訳なくて…。色々な事を学んで早くお兄様のお役に立ちたいのに。」


 なんとも健気だな。


「しかし、それぞれの立場ってものがあるんじゃないか?俺が兄上の次である事を望まれるように、君は君で…」


「それっ!それよ!さっきも思ったのだけど、すごく勿体ないわっ!」


「……ん?」


「だ~か~ら!『勿体ない』と言ったの。貴方がお兄様をたてる事は、別にいいと思うのよ?でも、だからといって貴方が、実力を抑えてくすぶるなんて宝の持ち腐れだと思うの。この蒼国(サフィニア)の未来の、大きな損失だわ!」


「そんな大袈裟な…。」


「大袈裟じゃないってば。あなたは確かに跡取りではないかもしれないけれど、だからと言って、あなたはお兄様の影ではないもの。“あなた”は“あなた”なのよ?」


「……。」


「ねぇ?あなたのお兄様って、あなたが優秀にならないように抑えつけて、暗い優越感に浸るような方なの?」


「いや、兄上も、このやり方は嫌がっておられると思う。」


「当然の反応だと思うわ。だって、そんなことをするより、しっかり学んでもらって優秀な協力者が出来た方が絶対に嬉しいはずだもの。

 建物だって、ひとつの柱だけで支えているわけじゃないでしょ?

 我が家で例えるなら一番上のお兄様は間違いなく大黒柱だけれど、二番目のお兄様だって、欠かせない大切な柱なの。

 うちの二番目のお兄様は、大黒柱の補強材でもなければ、スペアでもない。

 お兄様達は“それぞれが”建物を支える大切な柱なのよ?もちろんお姉様達もそうだわ。

 沢山の柱で支えているからこそ、強い建物でいられるんだと私は思うの。」


 う~ん。きっと、この子の中には跡目争いとか、兄弟で反目し合うとかいう考えは、ないんだろうな。皆で支えるか…、お綺麗な理想だ。


「…君いくつ?」


「6歳。」


 そうだよね、見た目のまんまの年齢だ。大人びてるように見えて、理想を語っちゃうくらいには十分甘ちゃんで…、でも、その理想に惹かれる俺も、まだ子供で…。


「君のその理想は好きだけど。ちょっと考えが甘くないかな?同じ柱が立てれるのであれば、建物自体を二つに分けようとしたがるかもしれない。」


 ちょっと意地悪だったかな?


「………………。つまり、それぞれの支持者が出来て、内部分裂するって言いたいの?兄と弟が擁立した場合、それによって摩擦がおこると?

 ねぇ、でもそれってあなたのやり方しだいじゃないの?

 自分の支持者をどうやって上手く取り込むか、自分がお兄様を支持している事をどうやって認知させるかが、あなたの腕の見せどころじゃないの。

 でも…、そうね。確かにそれが出来ないのなら、ずっと2番でいるべきだわ。」


「うっ…。」


 こいつ、全然甘くなかった。


 何、この子? 本当に6歳なの?


 大人びてるってレベルじゃないだろ。何か俺、負けてる気がする…。


 イヤ、どう見ても見た目は6歳にしか見えないけど……これが普通?俺がガキなの?


 それより…ずいぶん日が傾いてきた。


「そろそろ帰らないと、母上が心配するんじゃない?」


 例えしっかりしていても6歳の女の子だ。いつまでも1人でウロウロするものじゃない。母親だって心配するだろう。


 しかし俺の言葉に、少女は口を濁す。


「お母様も…もう、いないの。」


 さっきとは、うって変わった小さい声だった。


 あ~っ!失敗した。子供が子供らしくない理由なんて、ひとつしかないじゃないか…。

 周りがこの子を子供のままでいさせてくれなかったんだ。


 片親だけでもいれば、この子が子供でいられるように守っていたはずだ。


 クソッ!両親に先立たれてから、この子に何があった?まだ小さいのに、こんなに早く大人にならなければいけない、どんな事があったって言うんだ。


「……ごめん。」


「ううん、気にしないで。」


「いや、もう少し注意していれば…、これが無神経な言葉だったって気付けたはずなんだ。本当にすまない。」


「え~そんなのいいよ。」


「……しかも年上なのに、君より中身がガキみたいだしね。」


 自嘲気味に呟くと、少し呆れたように怒られる。


「もうっ!何言ってるの。それなら、私の悩みも聞いてくれればいいじゃない。そうすればお互い様でしょ?」


「もちろん。君にしてあげられることがあるなら、何だってしてあげたいよ。」


 俺に名誉挽回のチャンスをくれっ!


「ふふっ。ありがとう。あのね、私のお母様、私を産んだ事が原因で亡くなったの。高齢出産だったから、身体が耐えられなかったんですって。産後の経過がよくなくて、私を産んだ後はずっとベットにいらしたんだけど、私が2歳の頃に…。

 それでも、たくさん抱っこしてもらったそうなのよ?なのに朧気にしか思い出せないの。私って薄情でしょ?」


「そんなことあるはずがない。」


 赤ん坊の頃の記憶など、朧気にでもあるだけすごいくらいだ。それに、自分を産んだ事が原因で母親が亡くなったなんて、誰がこの子に言ったんだ…。

 うちの兄上だって幼い頃に母を亡くしてるが、その分周りがとても大切にしている。仮に、もし兄上がそんな事を言われていたらと想像するだけでも腹立たしい。


「……うん。…だけど私は必要のない子供なの。うちにはお兄様もお姉様も十分いらっしゃるから、私の役目なんて何にもない。

 お母様の命と引き換えにする程の価値なんて、私にはないの。なのにお父様は『生まれて来てくれてありがとう』って何度も言って下さったわ…。」


「うん。今日、君に出会えてとても嬉しいよ。」


「……ありがとう。」


 女の子は弱く微笑んだ。


 「必要のない子供」だなんて…。一体誰が吹き込んだのか知らないが、腹立たしいことこの上ない。


「私がお腹にいるって分かった時、ずいぶん周りの人から、諦めるようにって奨められたみたい。

 高齢だったし、子供は既に十分にいたのだもの、私だってもしその場にいたらお母様の身体を心配したと思うわ。

 でも、お母様は『絶対に産みたい』『どうしてもこの子に会いたい』っておっしゃったんですって。

 お父様は、お母様の事が心配で、とても悩んだそうだけど、お母様とたくさん話し合って産むことに賛成したのだって。」


「うん。素敵なご両親だね。」


「えぇ、自慢の父と母だわ。……結果、お母様は早くに亡くなった。でもお父様が、お母様と2人で私を抱いた時、すごく、それはすごく幸せを感じたと言って下さったの。だから、私は自分を誇るべきだと思う。私は今生きていることを、胸を張るべきなの。」


『…セ…レス。…セレス!』

 遠くから、呼ぶ声が聞こえる。


「今でも、役に立たない自分が嫌になったりするけれど、後悔はしたくないの。

 私だって、出来ることがあるはずだもの。早く大切なものを守る力が欲しい。

 私はこのまま、ただのお荷物になるなんて絶対に嫌。」


 ……これって悩み相談って言うより、既に昇華した悩みに対する決意表明じゃないか?

 ただ、聞いて欲しかっただけか?


 ……きっと、この子ならどんなことでも、頑張ってやりとげるんだろうな。


「君も必ず“大切な柱”になれると思うよ。」


『セレス!!』


 俺の言葉のすぐ後に、再び 呼ぶ声が聞こえてきた。さっきよりも、近くに聞こえる。


「ごめん。もう、行かなくちゃ。あっ!これあげる。今日の事はお互いに秘密よ?女同士の秘密なんだから、誰にも話したらダメ。ふふっ。またね?」


 そう言い残すと、さっと身を翻して走りだす。


「えっ?…いや…、おいっ!」


 待てっ!


 いや俺、女じゃないぞ!?服だって男ものだろ!最後の最後で、とんでもない誤解を落として行くな。


 しかし、もう女の子には届かない。まぁ、またここに来れば、会えるかもしれない。“セレス”ね。また会いたいな。


 何だか、あの子のおかげで今日は久しぶりに有意義な1日だった。赤く色付きだした海をもう一度眺めて、帰宅の途につく。


 手には女の子に貰った野ばらの花かんむり。


 心には女の子が語った理想。


 俺はこの日から半年後、周囲の反対を抑え込んで騎士団に入団した。スペアの人生ではなく、自分の人生を歩むために―。


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