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ヒーローは誰?  作者: 花名
春の宴
43/48

袋小路

 二人から解放されたことにホッとするも、特に用があるわけでもないので、行き先もないまま廊下をただのんびり歩いた。


 歩くうちに宝石探しに夢中になっている何組もの男女(ペア)とすれ違っ………て、いつの間に!?


 気が付けば、あちこちで楽しげな雰囲気が漂っていた。ぼっちで歩く孤独感が半端ない。うわぁ、完全に出遅れた。


 中庭に沿った廊下までくると一段と賑やかになり、多くの人が集まっている。どうやら客を退屈させないようにと、色々と趣向を凝らしてあるようだ。


 コニーの木には可愛いリボンでキャンディが結ばれ、昨日までバードバスが置いてあった場所には、チョコレートフォンデュが鎮座している。


 廊下にある天使のモニュメントには金貨をくるんだレイがかけられ、天使の隣にいる可愛いウサギの頭には花の冠が乗っている。


 その小さな花かんむりを手に取れば、懐かしい記憶が浮かんでくる。お父様がまだ元気でいらした頃、何度もこの離宮を抜け出し花咲く丘で一人、海を眺めながら花かんむりを作った。誰にも受け取って貰うことのないそれは、いつも部屋で静かに萎れていくだけだったけれど…。


 いや。そう言えば一度だけ、受け取ってくれた子がいた。可憐な花が似合う可愛い女の子――。


 ゴーン、ゴーン…


 過去から現実に引き戻すかのように、時を報せる鐘が鳴り響く。


 あと一刻…。


 始めは集団でバタバタと追っていた騎士達も、今は2、3人ずつに別れ、せわしなく視線を動かしている。この様子からすると、クラウドは騎士達をまき、どこかに隠れているのかもしれない。


 中庭を眺めながら、長い渡り廊下を歩いていき、今度は離れの塔に続く小道にと出る。


 ここも私にとって懐かしい場所だ。離れの塔は幼い頃、アゼーとラズと私の三人が勉強部屋として使っていたから。


 これではまるで、思い出巡りだな。


 引き寄せられるように小道を進み、離れの塔まで着くと、慣れ親しんだ光景に顔が綻ぶ。この塔はあの頃から何も変わっていないようだ。調度品のひとつひとつまで、あの頃のまま。


 全てのものが、記憶よりひと回り小さく感じ、どこかくすぐったい気持ちにさえなる。


 あ‥‥この突き当たりの部屋ってもしかして… あぁ、やっぱりそうだ。


 通称“監禁ルーム”


 声楽やダンス、それからピアノのレッスンを主にしていたのが、この部屋だった。


 ダンスはともかく、声楽とピアノは苦手で3人でよく逃げ回っていた。あまりにも私達が逃げるから、この部屋は特別改装され、開かない窓にひとつしかない出入り口、天井の近くの換気窓にすら、全て格子が入っているという徹底ぶり。


 勿論それは私達が脱走を繰り返した結果の産物なのだけど、中に入ると“逃がすものか”という圧迫感がすごい。


 ……さすがにこの部屋までは、飾りつけてないか。



 そろそろ会場に引き返そうとした時、誰かが駆け込んでくる音が聞こえた。ずいぶん息が切れているその人物は、今日の主役の一人だ。


「はぁ、はぁ…。ちょうど、良かった…。招待客を避けながら走るのは、案外…疲れますね。どうか、しばらくこちらで、匿って下さいませんか?どこに行っても人が多くて…。」


 そう言いながら、よれよれになったシャツとタイを整える。上着はない。そうとうの攻防があったことが想像できる出で立ちだ。


「ずいぶん大変そうだね?」


「えぇ、酷い目に合いました。本当にしつこくて。しょうがなく何人か当て身をして撒いてきましたよ。」


 え?ちょっと、今、何て言った!?当て身?


「余興なのに反撃したの!?怪我させてないよね?」


 焦ってそう尋ねれば、クラウドは飄々とこたえる。


「まぁ、していたとしても大したことはないでしょう。逆にあれくらいで怪我をするようなら、日頃の鍛練不足を笑ってやりますよ。本来、丸腰の盗賊なんているわけないですしね?多少の反撃くらい許してもらわなければ、私の分が悪過ぎます。

 ところで…、今日はお姫様らしくしなくていいんですか?」


 ん?お姫様?


 あっ。つい、セレスの口調で話してたかも。焦って口に手を当てる。


「ふふっ。そう言えば、あなたを見つけたら、ご褒美を貰える約束でしたよね?」


 寄りかかるように抱き締め、すっぽり腕の中に入れられる。なんだろう、こうされることに段々抵抗がなくなってきた。


「その話、まだ生きてたの?」


「……忘れたなんて言わせませんよ?

 それにしても、今日はまた一段と可愛らしい格好をしていますね。

 団長かと思いましたが、私が捕まえたのは、フラニの妖精だったのでしょうか?」


 そんな恥ずかしいセリフ、よくスラスラと言えるな…。


「勘弁して。それより、捕まることを拒否したって聞いたけど、あんな挑発までして一体どうしたの?らしくないよね?」


 そう言うと、クラウドはどこか憮然としてこたえる。


「そんな事決まってるでしょう?もちろん頭にきてるからですよ。それに、私は貴女に対しても怒ってるんですよ?簡単に押し倒された上、あんな挑発的な姿のまま騎士達の前に出るなんて…。

 そもそも、レオナルド殿にはキスをしたのに、私には蹴りを入れるところから、もう酷いですよね?」


「はい?」


 何の話?


「ボヤボヤしている彼に、美味しいところを持っていかれるのだって嫌なのに。

 人がせっせと距離を縮めようと努力している間、何もしてこなかった男が、たった1日も我慢がきかずに襲うだなんて、許せるハズがないでしょう?私の今までの我慢はどうなります。」


 はぁ……。


クラウドは大きく息を吐くといつもの微笑みを浮かべる。


「…と、言うことで、絶対に逃げ切りますので強力してくださいね?」


 う~ん。内容がよく理解出来ないのだけど‥‥。


「まぁ、殿下も了承されていたし、協力するのは構わないよ?

 でも絶対に逃げたいなら、この部屋は不向きだね。出来れば、この塔自体からも出た方がいい。

 ここは立地的にも行き止まりになっているし、その中でも特にこの部屋は最悪だ。窓すら開かないから…」


 クラウドにここから出るよう話していると、外から複数の声が聞こえてきた。


 あぁ、まずい。


 塔の入り口は、あの渡り廊下に続く小道だけ。この部屋を出たとしても、もう上に逃げるしかない。だけど、そんなことをすれば、それこそ追い詰められてしまう。


 声の感じからすると結構な人数いるし。これを振り切るのは厳しいよね。どうすれば…。


「……追って来ましたね。抜け道も隠れる場所もないなら、強行突発するしかないか。」


 クラウドはアッサリ腹を決め、扉に向かう。


「あっ、待って!さすがにクラウドでも、あの人数は無茶だって。私もこの姿では、応戦出来ないし。」


 ・・・ん?この姿?


「あるじゃない!絶対に見つからない場所!!」


 パニエで広がったスカートを更に広げて見せる。


「はっ?………まさか、そこに入れって言うんじゃないでしょうね?」


 うわっ、思いっきり睨まれた。


 いい案だと思うんだけど?チラッと様子を伺えばクラウドは、「その中に私を入れて何もないと思ってるんですか?」と凄んでくる。そんな大仰なことでもないだろうに。


「ほら、『せっかく築いた信頼を失うような真似はしない』んでしょ?ズロース履いてるから大丈夫だって。」


 そう言ったのに、クラウドは頭を押さえて黙り込んでしまった。


 そうしてるうちにも、遠くから扉を開ける音とバタバタと歩く複数の足音が徐々に近づいている…。入口から順にひとつひとつ部屋を検分し始めたようだ。


 動かなくなったクラウドを部屋の奥まで引っ張って行くと、ピアノの前でスカートの裾を持ち上げた。早くしろと急かしてみるが、渋い顔をしたまま なかなか動かない。


 だんだん近づく足音に焦れて、無理矢理 頭を押し込もうとすると、流石に観念したのか、おそるおそる身を屈める。なんとか潜り込ませて、全身を隠すと、クラウドがスカートの中で深い溜め息をついた。


「ねぇ、クラウド。そこで溜め息つかないで。息があたって、くすぐったい。あ、…そろそろ来るよ?」


 立った姿勢のまま、鍵盤を片手で少し鳴らす。曲と言えないくらい短い音階が部屋に響いた。すると、扉の外で大きな声が上がり、何人かが足早に近付いてくる。


 バンッ!


 勢いよく扉を開けて入ってきた騎士達が、こちらを見て驚き固まった。


「えっ?あっ、しっ、失礼致しました。こちらにいらっしゃるとは、思わず…。」


「おいっ!どうした。って、え?姫様?」


 ピアノの音を聞きつけ、駆け込んできた騎士達は、中に居たのが私だと知ると、勢いをみるみる失う。


 入ってきた騎士の中に、これまた懐かしい男がいた。今日は やたらとノスタルジックな日だ…。


「……お久しぶりですね、ラズ。騎士になられたのですね。」


 この男は現王妃の実家であるカリム侯爵家の次男。私とアゼーの1つ下の幼馴染みだ。アゼーの従兄弟でもあり、この部屋で共に学んだ学友でもある。


「えぇ。ご無沙汰しております。一昨年より近衛に配属されました。今は主に王太子様の警護をしております。……少し、部屋を(あらた)めさせてもらいますよ?」


 ラズリムが断りを入れると、更に5、6人の騎士達が入ってきて、カーテンの裏や続き部屋、クローゼットや保管庫まで、くまなく探し始めた。


「ところで…、セレシア様は いつからピアノを嗜むようになったんです?可愛いらしい音色が廊下まで聞こえてきましたが…。」


「………。」


 私がピアノ苦手なの知ってるくせに、よく言う。片手で鳴らしただけの音のどこが可愛いんだ。相変わらず、嫌味がきいてるじゃないか。


「意地悪ですね?ただ、この部屋に入ったら…少し懐かしくなってしまって。」


「あぁ。確かに懐かしいですね。よく足を踏まれました。」


 だ~か~ら、嫌味を挟むな。


「それはお互いさまでしょう?」


 相変わらずな可愛いくない話し方。何度も第一騎士団に足を運んでいたのに一度も会わなかったのは近衛だったからか。


「それにしても、官吏ではなく騎士になられたのは意外でした。」


 文官を多く抱えるカリム侯爵家なら、コネも十分あるだろうに、どうして官吏にならなかったのか。タイプ的にも文官なんだけどな。


「えぇ。貴族の習いにと武芸を嗜んでいただけなのですが、いつの間にか強くなってしまいまして。勿論、官吏にと未だ多く誘われますが、この腕をみすみす遊ばせておくのは勿体無いでしょう?もうあの頃とは違い、貴女に負けはしませんよ。なんせ私は近衛です。今は貴女を守る立場ですから。」


 ……それってさぁ、子供の頃、私に負けてばかりで悔しくて鍛えてたら、そのまま騎士の道が開けました~って事?


 なんだろう。本来は文武両道の凄い人なのに、この漂う残念感がやっぱりラズだよ。しかも私のセレスの姿をラズは知らないから、上から目線がすごい。


「ラズの勇姿、ぜひ拝見したいですね。機会がありましたら、また昔のように手合わせして下さいますか?」


「えぇ、構いませんよ。手加減だってして差し上げますから安心してください。貴女に怪我をさせるわけにはいきませんからね。それに、今日の妖精のような姿も可愛いですが、昔のような、やんちゃな貴女も俺は大好きですよ。」


 おぉっ!ラズがデレた。


 いつの間に、そんなことを言うようになったんだか。何か複雑な気分…。


「ずいぶん、口が上手くなられたのですね?」


「こんなの社交辞令です。常識ですよ。」


「………。」


 やっぱりラズはラズだったか…。


 そうこうしているうちに「いません。」と口々に言いあう騎士達。


 ラズは小さく頷くと扉に手をかけた。


「こうしてお話しするのも久しぶりですし、ゆっくり語り合いたいところですが、なにぶん立て込んでおりまして、それはまたの機会に。では、失礼いたします。」


 騎士達が一人ずつ頭を下げて扉から出て行く。待ちきれないのか、ドレスの中で早々に動き出した人の、頭のあたりをさりげなく押して元に戻す。出るのはまだ早い。


 押されてバランスを崩したのか、膝上あたりを掴まれた。髪が脚にかすって、くすぐったい。


 最後の一人が扉から出ていったのを見届けて、ようやく声をかけた。


「もう、いいよ。」


 ヨタヨタと出てきたクラウドは、どこか様子がおかしい…。


「…大丈夫?」


「いえ。女性の脚を抱えて膝まづくなんて、今までに経験したことのない、背徳的な時間でしたとも。」


 ………も、もしかして、…怒ってる?


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