余興 開始
ようやく着いた離宮。会場には今まで以上に人が溢れていた。今日は宴の中日。昨日までのような式典はなく、余興がメインとなる日だ。
〈パッパラッパ、パ~ラッパ~。〉
〈パッパラッパ、パ~ラッパ~。〉
軽快なトランペットが鳴り響く中、王太子のラピス殿下が壇上に現れた。
ラピス殿下は皆の視線が自分に集まるのを確認してから、ゆっくり話し始める。
『昨夜、何者かが王宮の宝石を盗みだした。第一騎士団は、全力で犯人を捕まえよ。
しかしどうやら、この盗賊は既に他にも盗みを働いているようだ。ご婦人方はどうかもう一度持ち物の確認をして欲しい。
なお、盗賊は盗み出した王宮の宝石を、この離宮のどこかに隠したらしい。もし盗賊より先に見事見つけることが出来た者がいたら、褒美としてその宝石を与えよう。』
「「「お~っ。」」」
会場から歓声が上がった。
今年の余興も楽しそうと囁く声も聞こえる。
アクセサリーがなくなった御令嬢達はきゃあきゃあと騒ぎ、これから何がおこるかと期待いっぱいに頬を染める姿もまた可愛い。
「…あっ。もしかして、私のイヤリングも?」
落としたのかと思ったけれど、よく考えればレオ殿から離れた直後にドレスを直したときにはまだあった気がする。
「無くしたのが昨日なら、おそらくそうだろうね。クラウド君、ずいぶん手際がいいよ。
年頃の、めぼしいご令嬢は殆ど盗まれてるんじゃないかな?しかも、盗んだものをひとつ残らず、きちんと名前と一緒に提出しているらしいし、彼はずいぶん優秀だね。」
確かに、クラウドは常にそつがなく、相手の心の機敏にも長けている。体力もさることながら、デスクワークも難なくこなすし、人望もある。
……いけない、何か凹んできた。
「“宝飾品を変えない”という条件は、この為だったのですね。」
出席者が日によって宝飾品を変えてしまえば誰の持ち物か分かりにくくなる。
おそらく盗んだ宝飾品を返却することも考えての処置なのだろう。
そしてクラウドは今日、ひたすら走って逃げるのか…。
見せ物にもなるし、もしかしたら離宮の警備の訓練も兼ねてる?
やがて会場の全ての窓の暗幕が一斉に下がり、部屋は一気に暗闇に包まれた。闇に動揺した者達が騒がしく声を上げる中、頭上から声が響く。
「何?」「どこだ?」と客がざわめく。するとその中心にいる誰かが、よく通る声で「あそこだ!窓にいる!」と叫んだ。あれはおそらく招待客に紛れた第一騎士団の騎士だろう。
皆の注目が集まる指の先には、一人の男性の影。逆光で顔は見えないが、間違いなくあれはクラウドだ。
聞きなれた、落ち着いた声が暗闇に響く。
「本日お集まりの皆さん。今、この手にある宝は全て、美しい淑女の皆さんを彩っていたもの。」
盗賊は手に持ってる1つのイヤリングに唇を寄せる。
「キャー!」と黄色い声が上がった。
「取り返したくば、私を捕まえることだが…。レオナルド、私を捕まえることが、本当に貴殿に出来るだろうか?」
ん?何か挑戦的な盗賊だけど、これ大丈夫?演出?
盗賊が身を翻して消えると、一斉に暗幕が上がり、その眩しさに誰もが暫し視界を奪われる。そこにレオ殿の声が響いた。
「盗賊を捕まえろ!!」
ついに、余興と言う名の公開鬼ごっこが始まった。
騎士達がクラウドを追いかけて会場を出ていくと、楽団による演奏が再開され、ホールは元の舞踏会の雰囲気が戻ってくる。
ざわめきはやがて歓談に変わり、これからどうなるかと、それぞれ予想し合い楽しんでいるようだ。
ひと通り客の間で話が弾んだ頃、入り口に近い客から順に、案内役の騎士の誘導のもと、少人数にわかれて会場を後にしていく。
どうやら宝石探しがメインで、鬼ごっこ見物はオマケのようだ。すっかりまばらになったホールを兄様と一緒に歩く。
壇上に用意されたソファに座り、会場をにこやかに眺めている従兄の側まで行くと向こうも笑顔で迎えいれてくれた。
「ラピス、今年も随分凝ってるね。」
「お疲れさまです、ラピス殿下。」
殿下は一度立ち上がると、私達にも座るように勧め、再びソファに腰を下ろした。
「叔父上、畏れいります。セレシアも、その姿で話すのは久しぶりだね。今日はまたずいぶん愛らしいじゃないか。」
あぁ、このドレス…。日によってここまで方向性が違うと情緒不安定なのかと疑われそうだ。ラピス殿下の言葉を曖昧にかわしながら、先ほど気になった事を聞いてみた。
「盗賊ですが、少し好戦的に思えたのですが、あれは演出ですか?」
するとラピス殿下が、少し意地悪く笑う。
「雇われ盗賊はね、反旗を翻したんだ。まぁこれで、生ぬるい訓練にならずにすむから、僕はそれでもかまわないけどね。」
やっぱり訓練も兼ねてたのか。それにしても反旗を翻したって、クラウド何やってるの。
兄様もどこか意味ありげな視線を向けてくる。何か面白がっているようだ。
「原因は君じゃないかな?」
…えっ?私?
思いがけない言葉に二人の顔を見比べると殿下もわざとらしく神妙な顔を作って頷く。
「叔父上、私もそう思います。初日は女神のように神々しく近寄り難い雰囲気で周囲を圧倒しておきながら、昨日は一転して、女性の視線すら奪うお色気路線でしたからね?昨日の彼は面白いくらいピリピリしていましたよ。」
「はぁ…。それは申し訳ありません。」
釈然としないまま取り合えず謝ると、ラピス殿下は少し驚いた様子で兄様に目配せをする。殿下の視線を受けた兄様は苦笑いだ。
「必要があれば、巧みに男心を掴む事が出来るから、今まで気付かなかったけどね。どうやら普段のセレシアはそうとう男女のことに疎いようだよ?危なっかしいったらないよ。」
「へぇ。」
ラピス殿下が不躾なほどこちらをジロジロ見てくる。非常に居心地が悪い。
こう言う時はさっさと話題を変えてしまおう。
「盗賊が反旗を翻しては、予定に支障が出るのではありませんか?」
「大丈夫だよ。アレは律儀な盗賊でね、私のところにきちんと反乱予告に来ている。第一騎士団の顔を潰すことになっても、絶対に捕まるつもりはないってね。けれど逃げ切る際は、必ず宴が終わる前に盗品をここに落としにきてくれるそうだ。
まぁ、もし捕まえられなければ、レオが恥をかくわけだから、盗賊役が第二の副団長だとしっかり公表はさせて貰うけどね。どちらが勝ったとしても二人とも我が国の人気騎士だし、ご婦人方は喜ぶんじゃない?」
なんてことだ。クラウドは予告してから反乱したのか。それはそれですごいな…。
「そうですか。殿下に迷惑をおかけしていないなら良いのです。」
「ところで…、セレシアに心当たりはないの?彼、ずいぶんレオに腹を立ててるよ。そうそう。昨日、庭でレオを沈めたのって誰なんだろうね?」
・・・・・・・・・。
固まる私の隣で、兄様が笑顔でこたえる。
「さすがの彼も誘惑に耐えきれなかったみたいでね。」
「それはそれは。あの堅物を夜の庭に連れ出しただけでもすごいのに、陥落させましたか…。
クラウドとレオね…。この話を聞いたら父上も喜びそうですね。」
「あぁ。この末の妹は、なかなか隅に置けないからね。兄弟の話題だって事欠かないよ。」
何かまた居心地悪くなってきた。話題、話題…。
「そう言えば お兄様、黄国はあれからどのような様子でしょうか?」
第三騎士団(黒騎士)での最後の仕事を途中で抜けてしまったから、最終的にどうなったか知らされていない。オランジェスタ伯爵もお元気だろうか?
「黄国ね、ここで詳しいことは言えないけど、念の為、もうしばらく身辺には気を付けなさい。
それより今、問題なのは“三の君”かな。ずっとある女性を探し続けているよ。とうとう、蒼国にまで入ったようだしね。その女性は“リコリスの君”とか呼ばれてるって知ってたかい?」
なにそれ。
「あの黄国の王子を虜にしてしまうとは。リコリスの君と呼ばれる女性は、相当魔性の女なのでしょうね、叔母上?」
もう、なんなんだ。どうやっても話が戻ってくる。
「殿下、盗賊の決着までどのくらいの時間を想定しているのでしょう?」
「ん~、一刻からニ刻後くらいかな。」
「では、私はそれまで離宮を散策してきますね。」
ニッコリ笑い、立ち上がると、足早に立ち去る。
残された二人の男はお互いを見て、クスクス笑い出した。
「逃げたな。」
「えぇ、逃げましたね。」
アゲートとラピスは互いに笑いながら、セレシアの背中を見送った。