春の妖精
しかし、どうしてあの後“あぁ”なったのか分からない。
クラウドの小言に、アルがいちいち反応して私を茶化し出し、そのアルの挑発に乗ってつい乱闘となった。これはある意味、いつもの事…。
細身のドレスは脚が動きにくく不利なので、裾を適当に纏めて括れば、何故かカイゼルが嬉々として参戦してきた。そして、そんな様子を他の隊長は面白がって囃し立て…。
苦戦しつつも、カイゼルとアルを床に沈めれば、何故か隊長達のスタンディングオベーション。
その中でたった一人。無言のクラウドから放たれる凍るような視線に思わず後ずさった。その後、クラウドによって問答無用で引きずるように、うちの屋敷まで強制連行されたのだ。
馬車の中の沈黙が気まずいって言ったらなかった…。怖くて一度も直視出来ず。
屋敷に帰った後、昨日の失敗で十分懲りていたので、宴での経緯は予め考えておいた(完全にオブラートに包んだ)内容でリリィに伝えたのだけど…。何やら随分違う風に伝わってしまった気がする…。
一体どんなラブロマンスを想像したの…?目をキラキラとさせるリリィに困惑が隠せない。
私が話した内容は要するに、あのドレスは刺激が強いらしいって言うのと、クラウドが送ってくれたのは騎士団に全部話したからだよってことだけなのに…。
何故か「節度をもったおつきあいをして下さいませね。」って…。
絶対に違う。違うけど…、もういい。もう無理。
お風呂から出ると、恒例となったドレスの山に出迎えられた。
マリンとニコがキャッキャと楽しそうに話している。
「こちらはどう?」
「それも素敵。でも、どうせなら、今度はうんと『可愛らしく』してみたくありません?」
「んふふっ、それもいいですわねっ。なら、こちらとか?」
「まぁ それ、すごくいいわ!」
今日は初っぱなから三人のようだ…。貴女達、私で遊んでないか…?
「ズロースはどちらにします?」
「姫様は短い方がよろしいわ。長いものにすると捲ったりなさるから。」
それは今朝のことでしょうか…?
捲ったドレスの裾は、ちゃんと戻したけど、どうやら皺になっていたらしく、すぐにリリィにバレた。そして、原因がアルだと言うのも見抜かれていた。まさかの千里眼!
「では、こちらのフリルの可愛いズロースにしませんか?それで靴下を膝上までの長いものに…。」
「あっ!いいわね。では、こちらの靴下がお勧めですよ。ズロースのフリルがふわっとしてますでしょ?ですから靴下のレースは太ももにぴったり添う方が似合いますわ。」
今日は下着まで討論するの?そんなことしてたら、いつまでたっても終わらないじゃないか。
身支度が終わるまでの道のりの長さを感じ、辟易して、思わず口を挟んでしまった。
「見えないとこは、別に何でも…」
「今、 何とおっしゃいました?」
あっ、ヤバイ。地雷 踏んだっぽい。
「姫様のドレスをご用意出来る日が、年に一体何回あるとお思いですか?今年なんて、この春の宴が“初めて”なんですよ?私、姫様に着ていただこうと、心を込めてたくさんのドレスを作りましたのに!姫様がちっとも帰ってきて下さらないから、一度も袖を通してない服がドンドン増えていってるのです。それを………何でも、いい?」
「ごめんなさい!!私が間違ってました。」
これは絶対に長くなる。早く終わらせたいなら、ここは逆らうべきじゃない。
「もうっ。姫様は黙っていて下さい。」
はい。そうします。
それにしても、ここにあるやつ全部リリィが作った服だったのか…。今すぐにでも店が開けそうだ。
「では、ベビーピンクのドレスにズロースと靴下。手袋は肘まである、こちらのもの。靴は平らですがビジューとリボンのついたこちらの靴でよろしいかしら?」
リリィの言葉に、他の侍女達はYesとばかりに一斉に微笑んで頷く。
「では、下着はコルセットパニエで“ふんわり きゅ”っとさせましょう。デコルテは残念ですが、レースのつけ襟を重ねて谷間を隠しましょうね?ふふっ。殿方をイタズラに刺激してはいけませんもの。」
……そのセリフ、出来れば昨日、聞きたかったよ?
「髪はふんわり春のイメージで、メイクは少し幼顔に。」
出来上がった姿を見て、侍女達は目を輝かせる。
「「「可愛いですわ!!」」」
あぁ、もう。好きにしてください…。
ようやく支度を終え 扉を開けると、待合室にはアゲート兄様がいた。あれ?エスコート出来なかったんじゃ…?
疑問に思いながら差し伸べられた手をとり、一緒に馬車に乗った。
向かい合わせに座り、改めて兄様を見ると、若干ではあるが、目が険しい。
……これは、怒ってるのかも。
「お兄様、ご用事はもうよろしいのですか?」
「あぁ、それどころではなくなったからね。セレシア、昨日はいつ帰ったんだい?」
うわぁ…。
「…昨夜は騎士団の方で、少し用事が出来ましたので、早めに下がらせてもらいました。」
嘘じゃないよ?でも、馬鹿正直に言う必要もないよね?
「そうか。そう言えば昨夜、庭で“体調を崩した人”がいたそうだ。もしかしたら身体の弱い君が、倒れたんじゃないかとずいぶん心配したよ。」
ぐはっ!聞くまでもなく完全に知ってるじゃないか!本当、兄様って一体どこまで把握してるの…?流石に盗聴でもされているのかと疑いたくなってきた。
これはどうしようかと考えていると、兄様がにこやかに笑う。ヤバイ、これは相当怒ってる。
「“また”僕に内緒?」
うわぁ、どうしよう。どこまで話す…?
あぁ、どうしよう。…どうしよう。
逡巡するうちに兄様の笑顔が更に深くなる。
怖っ!!
ダメだ。これは全部 話すしかない…。
・・・・・・・。
馬車は道が混んでいるのか、予め指示が出ているのか。やたらとゆっくり進む。
馬車の中には、表情を消した兄様と顔を上げることの出来ない私。
「僕は、バルコニーを禁止したよね?なのに、どうして庭ならいいと思ったのかな?」
「離宮のお庭は広いですし…。」
バルコニーは狭いから逃げれないけど、庭なら逃走経路も多いし、人目を避けれる分、ある程度の立ち回りも出来るよね…?
お兄様は深い溜め息をつく。
「庭に誘った時点で、普通の女性なら男に襲われる可能性を予想出来るんだけどね?
君が庭に誘い出した事で、レオは君にそういうことをしませんかと誘われたように感じたと思うよ?これではレオを責められない。どう考えても、お前がいけない。
それにしても…、そんなことも分からないなんて、アルはお前をずいぶん大切に守ってきたようだね。」
え?何でここでアルが出てくるの?
「それで?レオを庭に誘ってまで話したかった内容は何だい?」
うっ、すごく言いにくい…。
でも、これ以上 兄様の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「実は……。まだレオ殿ときちんと仲直りが出来ていないのです。
今後、騎士団や船団に私の素性が明るみになった際、それを知ったレオ殿がどう出るのか、やっと向上して来た関係がまたこじれるのではと、心配で。
今回、せっかくゆっくり話が出来る機会に恵まれましたし、それならセレシアとしての方面から、私を理解をしていただけないかと…。結局、上手く行きませんでしたけど。」
まさか襲われるとか思わなかった。普段、凄い顔で私を見てたし。セレシアの時だって、今までレオ殿は特に関心すら持ってなさそうだったのに。
レオ殿のなかで、まだ印象がマトモなセレシアの方から親しくなって、少しずつそこにセレスをシンクロさせていけたらって、柄にもなく慎重に言葉を選んだつもりだったんだけど…。
俯く私に、兄様は小さい溜め息をつくと、優しく話しかける。
「セレシア、もっと僕を頼っていいんだよ?レオは少し直情的で頑固なところがあるからね。
この件は僕が預かろう。それでいいね?二度と、庭などに誘わないように。」
「でもっ!忙しいお兄様の仕事を増やすわけには……。そうだっ!次は庭でなく、控え室で話してみますから。」
「却下。」
瞬殺ですか…。
「尚、悪いよ。それは絶対に僕が許さない。大人しくこちらに任せなさい。僕からの指示がない限り、一人でレオと接触しないように。いいね?念の為言うけど、セレスとしても、駄目だからね。」
「はい…分かりました。よろしくお願いします。」
あ~情けない。結局、兄様を煩わせるのか…。瞼を閉じて不甲斐ない自分を反省するしかなかった。