予定外のパーティー
広間を歩くのは、先日とは比べ物にならない上質なドレスを纏った自分。これでもかと言うほど自国製品で身を固めた対外仕様の装いだ。
製品のアピールも兼ねているから、ドレスも希少な宝石が惜しげもなく使われ、贅沢で上質な仕上がりになってる。
ここは黄国と蒼国の国境から少し北西に位置する、ある黄国侯爵領。黄国第二王子の母君であるご側室様の実家にあたる。
そして今開かれているのは第二王子の婚約お披露目パーティーだったりする。
そう。さっさと帰国するはずだったのに、何故かまた戻ることになってしまい、今ここにいるのだ。
事の発端は別チームの黒騎士からの要請だった。基本的に個々のチームのみで行動する黒騎士が、別チームに協力を求めるなんて異例で、つまりはそれだけ重要な任務で異常事態が起こったってことなんだよね。
そんな要請をうけて“私達はもう帰るから~”なんて言えるはずもなく……。
相手の任務とか詳しいことは教えて貰えないから分からないけど、黒騎士を長くやってれば大体の想像はつく。このチームが動いているなら、おそらく墨国がらみだな、とかね。
最近あった諸々で黄国は警戒を強めてるから、このパーティーにどうしても入り込めなかったらしい。
こう言う時、やっぱり王族と言う身分は便利なんだ。主催者の侯爵に『たまたま近くに滞在していて婚約の事を耳に挟んだから、お祝いに伺いたい』って伝えるだけで、向こうは断る事が出来ない。
侯爵からの招待状が届いた事を確認してから、私たちのチームは二手に分かれた。帰国して任務完遂と現況の報告をするアル達と、別チームを伴いパーティーに参加する私達。
任務自体は別チームが行うから、今回うちのチームはあくまでも傍観。私達が純粋に婚約を祝い、場を楽しむ方が彼らにとって何よりの隠れ蓑になる。
出席者と場の雰囲気を確認しながら、今日の立ち振舞いの作戦を頭の中で立てていると、隣にいるキラッキラッした男が話かけてきた。
「今日の姫様は、まるで朝に咲いた花の露の様に儚く美しいですね。どうか、そのお手をとる許可を私に戴けないでしょうか?貴女が夢の様に消えてしまいそうで不安になるのです。」
‥‥うざっ。
このキラッキラッはスティーブだ。いつもならアルがエスコートしてくれるのだけど、先日の件もあってペアを組むのを避けた。残念ながら今回はアルもソラも帰国組。
パーティーの参加メンバーは私とスティーブとファリスの3人と、別チームの3人による計6名。私とスティーブ以外は侍女や御者などの使用人に扮している。
スティーブはエスコートのために近衛の制服を着ているから、驚くほどの美丈夫に仕上がってて、正直言って気色悪い。いやいや、見た目は極上だよ?でもさ、中身を知ってるから何て言うの?ギャップ?あまりにも見た目と中身がかけ離れてるから拒否反応が酷い…。しかもエスコート役が気に入ったのか、変に悪ノリしているし。
勘弁してよね…。
返事もしないで、冷たい視線を送っても、打たれ強いスティーブは嬉々として言葉を重ねてくる。
「あぁ、いい瞳ですね。その黒豹のごとく獰猛で強かな内面に、この儚げで美しい外見は、もはや稀代の詐欺師。」
「‥‥‥‥。」
詐欺師は誉め言葉じゃありません~。ずいぶん雑な美辞麗句もあったもんだ。
「この銀の髪も、触れたら雪のように溶けてしまいそうだ。」
そう言いながらスティーブは、結い上げた髪の遅れ毛を一筋すくう。
今日は本来の姿であるセレシアで招待されているので、髪も銀髪のままだ。いつも変装する時は、洗えばとれるカラークリームを使って髪色を調整しているけど、今日はその必要もない。
「触らないで。」
「うちの姫様はつれないなぁ。」
こんなやつなのに、困り顔で微笑むポーズは魅力的でサマになっているのだから性質が悪い。近衛の制服効果ってすごいんだな。こいつの軽薄さもしっかり隠してくれてる。黙ってさえいれば忠誠心の強い男に見えるんだから不思議だ。
‥‥おまえも十分、見た目詐欺だよ。
なんだかんだと暫く一緒に過ごし、会場に馴染んだタイミングで離れた。
パーティーの参加者には、王子の婚約者と同じ年頃の娘を連れている貴族が多い。おそらく将来の王子妃のお友だち(取り巻き)候補といったところだろう。
さすがに今日は蒼国製品の売り込みまでは出来そうにない。若い娘とご婦人方の嗜好リサーチはスティーブに任せて、私は歩く広告塔としてドレスを見せて回ることにした。
それにしても…、パーティーのスタッフは兵士で揃えたのか、ずいぶんと物々しい配置だ。一応綺麗どころを集めたのか、見た目は華やかだけれど、とても使用人とは思えない鋭い目をしているから違和感たっぷり。
まぁ、婚約パーティーとはただの名目で、本来の目的はジャルナ公爵が起こした謀反に関して、第二王子の身の潔白の証明と不穏分子の一斉検挙なのだからしょうがないか。
先日のあの部屋にあった書類には、第二王子を支持する貴族の名が多数あった。つまり第二王子がそれらの貴族をけしかけて操り、王位を狙ったのではないかという疑いがかけられているのだ。
それに対して第二王子は自身の潔白の証明に、謀反人捕縛の全面協力でも申し出たのかもしれない。本当に潔白かどうかは限りなくグレーだけどね。
でも黄国王は今回、第二王子まで断罪の手を伸ばさないと決めたのだろう。それが温情なのか、証拠不十分なのかまでは分からない。
そんな事情があり、このパーティーでジャルナ公爵側に付いていた者達が一斉に捕縛される事になっている。特にあの書類に載っていた名前の貴族達の胸に、まるで目印のように同じコサージュがつけられているのは、どういう経緯か。
あからさまに物々しい会場の様子と 胸のコサージュの意味に早々に気付いた後ろ暗い者達は、色を無くしつつも 王子が寝返ったことを知らずに必死に平静を装っている。
そんな様子をこっそり観察しながら、顔見知りを見つけては挨拶をして回っていると、向こうから豪華な王族の衣装を着た第三王子が近づいてきた。……ついにご対面だ。バレる訳にはいかない、気合いを入れなくては。
今回、無理矢理参加してきた招かざる客である私。黄国側はそれでも万が一、隣国の王族を巻き込んで国際問題にならないよう気を配らなくてはならない。
つまり、怪我をさせないために、必ず黄国側からも護衛がつくだろうと予想していた。そこに第三王子が出てくるかどうかは五分五分だったけれど、残念ながら当たりを引いたようだ。突然の強引な訪問に警戒したのかもしれない。
ルークス王子は近くまで来ると、悠然と微笑む。
「ルークス=サードニクスと申します。内々のパーティーでしたのに、我が次兄の為、華を添えて下さいまして、ありがとうございます。まさか兄がこれほどまで蒼国の妖精姫に気にかけて頂いているとは存じ上げませんでした。」
うん、やっぱり警戒されてた。でもね、第二王子の後ろに蒼国があるなんて誤解されては困るんだよね。
しょうがないな…。
「セレシア=タイト=スピネルと申します。この度は兄上のご婚約おめでとうございます。とるに足りない我が身ではございますが、喜んで頂けたのなら光栄ですわ。
たまたま近くの保養地に湯治にきておりまして、今回の話を耳にしたものですから。特にこちらを懇意にさせて頂いている訳ではありませんが、おめでたい話ですもの、是非お祝いに駆けつけたいと思いまして、不躾ながら参加させていただきました。
王子殿下のご婚約パーティですもの。どんな余興がなされるのか、とても楽しみにしていますわ。」
はい、喧嘩売って見ました。えへっ。
要するに、第二王子と仲良くはないけど、今日の大捕り物の噂を聞いたから見物にきたんだよ~ってことね。謀反の黒幕と思われるくらいなら、野次馬女だと思われた方がいい。
私の言葉にルークス王子の目が鋭くなった。別に睨まれても怖くないけどね。それより、気を抜くとあの時の裸がチラつくからちょっと目のやり場に困る。
「……それはそれは。ずいぶん好奇心の強いお方のようだ。ところで、一緒にいらした近衛の彼はどちらへ?」
「黄国の美しい花々の処におりますわ。」
私の返事にルークス殿下が眉を寄せる。それはそうだろうね。これからひと騒動起きると言う時に、肝心の護衛が側にいないって普通はあり得ない。
「姫、差し出がましいようですが、他国において護衛が側から離れるなどあってはならぬこと。好奇心に見合う用心と、周りの者に対する教育を徹底なさるべきかと存じます。いずれ、その好奇心に足元をすくわれますよ。」
‥‥ワザワザ危ないのを分かってて見に来たんだから護衛にはきちんと仕事をするように指導くらいしておけよってことだよね。
「ご忠告ありがとうございます。一応、お互いに目の届く場所にいるよう、気を付けてはおりますが、確かにこれだけ距離がありますと、不測の事態が起こった場合にはとても危険ですね。けれど幸いにも今日は名高いルークス王子がこうしていらっしゃるのですもの、不測の事態など起こるハズがありません。」
そもそもスティーブがいなくても、いざとなったら自分のことくらい自分で守れるのだけど、そんな事は流石に言えないから王子を信頼してますアピールと笑顔でごまかした。
「……貴女は見かけによらず、随分と剛胆なんだな。私も、女性にそこまで信頼されて悪い気はしない。良かったら、少しバルコニーへ行かないか?あちらにも飲み物と軽食を用意してある。侯爵の自慢の庭を眺めながらゆっくり話をしないか?」
…………。
何だろう。ルークス王子の態度が急にくだけたものに変わったんですけど?
しかも、スマートに安全な場所にエスコートされちゃうし…。う~ん。
ルークス王子とバルコニーに出て、ウェイターからグラスを受けとる。王子は想像以上に話題が豊富で退屈しなかった。思わず色んなこと忘れてしまいそうになる。
やはり王子は身分を隠してあちこちと走り回っているようで、見識も広く、黄国辺境の話などは初めて聞くことばかりでとても面白かった。
時折、こちらの内情を探るような質問もされたけれど、そこは適当にはぐらかし、代わりに蒼国の流行やイチオシ商品の話をすれば、それはそれで興味深そうに耳を傾けてくれた。聞き上手な男性って素敵。
思わぬ楽しい時間を過ごしていると、ルークス王子の表情が徐々に固くなってきた。そろそろかな…。
バルコニーにいるウェイターにも緊張が走る。ここにいるウェイター達は間違いなく騎士だろう。上手く隠しているけど、フロアにいる兵士達とはまた違う独特の雰囲気がある。
ガシャン!
何かが割れた音とともに会場内で悲鳴が上がった。
……始まったね。
王子をチラッと見ると、安心させるように肩を抱いて引き寄せ、庇うように立つ。
「大丈夫。場内が収まるまで暫くこちらに。」
おぉ~っ!
何これっ!正統派のカッコ良さ!私、こんな風に庇われたこと今までに1度もないんですけど!?
ほらっ、アルはアレだし、スティーブもあんなだからさ。こんな女の子扱いをされたら思わずときめいてしまうじゃないか。先日の手の早さを忘れてもいいくらい紳士的!!
思わず感動しながらルークス王子を見上げると、王子はクスッと笑って腰に手を回し、更にぎゅっと抱き込んだ。
ん?
「姫はいい香りがしますね。」
「…………。」
前言撤回。
この状況で何を言ってるんだ。立場と状況を早く思い出そうか。あまり変な雰囲気にしないように、わざとビジネストークを始めてみる。
「香油の香りではないでしょうか。青色のフラニの花から採取した香料から作られている新商品なのですけれど、まだ量産が難しく、あまり数がないのです。でも、もし殿下のお気に召したのであれば、特別に低価格でお譲り致しますよ。」
余計なこと考える暇があるなら、商談しようか。
「貴女はずいぶん仕事熱心なようだ。しかしせっかくの申し出だが、私が探しているのはコレじゃない‥‥とは言え、確かに貴女にはこの清廉な香りがよく似合うな。柔らかく薫りたつこの香油の様に貴女の肌もさぞ魅力的なことだろう。是非、味わってみたい…。」
わ~っ。ダメだ、戻ってこない。一度スイッチが入ると突き進むタイプの人?ルークス王子が肉食系なのは、これでよく分かったよ。
半ば呆れながら、腕をお互いの間に割り入れて出来るだけ隙間をつくる。腰に回された腕の力が緩まないので、やや仰け反る形で上を向くと、湖面を写したような薄いブルーの瞳に、ますます熱がこもり出しているのが分かった。
うっ‥‥まさか…。
嫌な予感ほどよく当たる。王子の顔がゆっくり近づいてきた。これは非常にマズイ。至近距離まできたルークス王子の両頬を包むように手で覆うと、何を勘違いしたのか更に色気を含んだ笑顔で返された。‥‥でも残念、多分違うよ?
何やら期待している王子の両頬を、そのまま思いっきり力を込めてつねった。
「×☆※#~っ!?」
声にならない声を出し、数歩後ろに下がると、王子は涙目で頬を擦りながらこちらを見る。あっ、その様子はちょっと可愛いかも。
「酷いな…。」
「ふふっ。手の早い殿方には容赦するなと、兄様達から言われているのです。‥‥‥‥でも、そんなに痛かったですか?」
爪の跡がくっきり残る頬をそっと撫でると、その手を掴まれた。こちらを見つめながら、掴んでいる指先にキスをして、そのまま指を軽く口に含む。完全にエロモードが入っているルークス王子からは色気が駄々漏れで、さすがに思わず目を反らした。
その反らした視線の先にスティーブが…って、おまえ、いるじゃないかっ!!
私の殺気を軽く受け流しながら、スティーブは揚々と近付いてくる。何こいつマジでムカつく。
「殿下‥‥どうか、その辺りでお止め下さい。うちの姫様は、こう言ったことに…ぐふっ!っん!慣れて、いらっしゃいま、せんっ。」
スティーブは、ルークス王子の背後から話しかけながら近付き、王子の顔を見るなり吹き出しそうになったのを咄嗟に咳払いで誤魔化したつもりかもしれないけれど‥‥それ、バレバレだから。
今も口がヒクヒクとしてるところを見ると、まだ必死に耐えているのだろう。
残念なスティーブのおかげですぐに冷静に戻れたので、改めて王子の顔を見た…。
……あ~。確かに、これはちょっとね。
つねったところが赤みを帯びてきて、なんとも可愛いらしいリンゴほっぺになっている。
そんな様子につい笑ってしまった私に、王子は一瞬だけ憮然としたけれど、すぐに最初に挨拶したときのよそ行きの表情に変わる。
「どうやら仕切り直した方が良さそうだ。残念ですが私はこれで失礼しましょう。けれど中はまだ危険ですから、貴女はもう少し、彼とこちらにいた方がいい。‥‥ではセレシア姫、また。」
そう言い残すと、あっさり場内に戻って行った。
王子が見えなくなるとスティーブはとうとう耐えきれなくなったのか笑いだす。
「あはっ!つねるって貴女。子供じゃないんですから…くふっ。せめて平手にしてあげてくださいよ。ルークス王子と言えば、軍部で名の知れた名将なんですよ?あんな可愛いい頬っぺたにしちゃって…。」
「……あれは、しょうがなかったのよ。それに、どうせ最初から見ていたのでしょ?来るならもっと早く来なさいよね。」
「いえね?お邪魔かと思って声をかけづらくて。あはっ。」
いや絶対に面白がってたんだろ。アルにしろスティーブにしろ、何で黒騎士はこうもクセのあるヤツが多いんだ。
ルークス王子は騎士達を引き連れ、指示を出しながら会場から出て行く。全てが終わったのを確認すると、第二王子が再び壇上に上がった。保身による逮捕劇だったにも関わらず、第二王子の話を聞いていると、さも彼が弟に指示を出して、不届き者達を捕らえたかのように聞こえてくるから不思議だ。
私達からしたら彼の演説など茶番でしかないけど、不安そうにしていた客たちの顔色は次第に戻り、彼の言葉に安心したように、徐々に落ち着きを取り戻していくんだから、此処はこれで上手くいってるのだろう。蒼国とは随分違うけど、その国ごとの治め方ってのがあるのかもね。
人数が減り閑散とした広間に、その隙間を埋めるように様々な楽器を持った楽団がいつの間にかやってきて、明るい曲を奏でながら会場の雰囲気を一新させていく。
私達はその音楽や歌を十分楽しんでから、任務を無事に終えたらしい3人と共に帰った。蒼国へ帰国することが出来たのは更にこの数日後となった。