マーメイド
せっかく騎士団に行ったのに、たいした気分転換にもならず。時間は無情に過ぎて行く。
屋敷に戻ると、リリィが待ち構えていた。今日は朝から準備をするそうだ…。
昨日以上に気合いが入ってる様子は、気のせいであって欲しい。
――昨夜
離宮から戻るとリリィは目を輝かせながら夜会での反応を窺ってきた。私も最初は当たり障りなく、上手く答えていたと思う。
「夜空に溶けてしまいそうですね。」なんて言われたと話したときは、とても嬉しそうにしていたのに…。
クラウドの話しだったからか、バルコニーでの事を気取られないようにとばかり気をとられて、ついポロっとフロアでのやり取りがこぼれてしまった…。
そこからはリリィの嵐のごとき質問攻めにあい、どうすることも出来ず芋づる式にポロポロと隠してたことを吐かされた。バルコニーの一件だけは何とか死守出来たけど、それ以外は…押して知るべし。
昨夜の散々たる結果は、間違いなく私の社交力不足だと言うのに。リリィの凹みようは見ていられないほどだった。
せっかく素敵な装いにしてもらったのに申し訳ないと謝ると、突然リリィは何やら考え込み始め、それ以降、話かけても反応しなくなってしまったのだ。
この時、何か嫌な予感はした。
どうやらそれが当たったようだ。さっきからドレスを選ぶリリィの目が本気で恐い…。
「リリィ?何度も言うけど、あれはドレスのせいでも、メイクのせいでもなくて、私の力不足だからね。たとえ素敵な装いをしていても、中身がダメなら、相手にされないのは当り前でしょ?
もっとリリィの腕に見合う人間になれるように、私も努力するから……」
何とか落ち着いて貰おうと、言葉を重ねるけれど、上手くいかない。
「もう!黙っていてください!まるで違いますわっ。そう言う問題ではないのです。もちろん、せっかく姫様が淑女になる努力をなさると言うのであれば、止めたりは致しませんが、ソレとコレは別なのです!」
そうですか…はい。
「それならリリィ、ここまで力を入れなく…」
「『黙っていてください。』と私は申しあげたはずです。」
「………はい。」
惨敗。
王宮にいた頃から、お付きの侍女として、ずっと支えてくれているリリィにはどうしても頭が上がらない。
昔から、女らしく、可愛らしく、そしてセンスのいいリリィ。
私が着飾ることに無頓着だった分、余計に私を飾り立てることに情熱を燃やしているところがある。
最近なんて、とうとう服まで作りだしたくらいだ。
唇をきつく結び、大人しく黙っている私を見てリリィが溜め息をつく。
「姫様、あのですね?よく、考えてみて下さいませ。病弱でほとんど姿を見せない深窓の姫が、下手に世慣れていて、話上手だったら、そちらの方が不思議ではありませんか?
本来であれば、女性が恥をかかぬよう、殿方が上手くリードして下さるものです。まして、昨夜などは姫様が一切口を開かなくとも、殿方の方からすすんで手となり足となり、喜んでお側に侍っている予定でした。
そのために私、姫様を一目、拝見したものなら、畏れ多く光栄に感じるような装いを目指したのですもの。
けれど、逆にそれが仇になったのですわ。春の宴なのですから、清廉で高潔な装いよりも、魅惑的な装いにするべきでした。
言ってみれば、昨夜の装いは女性として控えめ過ぎたのです。お美しい姫様が、他の女性方に押されていたなんて!考えるだけでも耐えられません。どうぞ安心なさってください、大丈夫ですわ。どのような女性が揃おうとも、絶対に姫様が一番となるように致します。全てリリィにお任せ下さいませ。」
「………はい。」
ダメだ。全然大丈夫な気がしない。
「うふふっ。今日のドレスはこちらですのよ。」
「!!」
きたぁ~!なんだ、その派手なドレス!キラキラ眩しいわっ。ラメにスパンコールってやり過ぎ。おぉう、目が、痛い…。
「姫様はよく運動されているので、身体がとても引き締まっておいでです。
ですから、このデザインも着こなせますの。こちらは、緩んだお身体の方にはとても着られませんのよ?ふふっ。これで間違いなく他の方々と差がつきますわ。
ただ、コルセットをつけますとコルセットの厚みと背中のヒモが、せっかくの美しいラインを崩しますので、こちらの柔らかい生地の下着をお召し下さいね。」
無言で何度も頷く。コルセットは動きにくいから苦手だし、着けなくていいならそんな嬉しいことはない。
「今回、靴は少しヒールのあるものにいたしました。それほど高くはありませんので、我慢して下さい。」
「はい。」
それくらい、いくらでも我慢する。靴なんて、いざとなったら脱げばいいんだ。
ウキウキしていると、いつの間にか他の侍女達が色々持って集まっていた。
「リリィさん、髪はどうしますか?」
「ゆったりと結いながら左に流して。」
「さすがリリィさん。確かに結い上げるよりも清楚なイメージになりますわ。」
髪の結い方を指示しながら、リリィはメイクを担当する。今日は目元と唇がポイントなのかもしれない。やたらとそこに時間をかけている。
それでも、今日は比較的楽な装いかな。髪は重くないし、ドレスは派手だけどシンプル。身体も動きやすく……は、ないのが残念。コルセットの締め付けがなくて嬉しいけど、このドレスは思ったよりも歩幅が狭い。うっかり忘れていつも通りに歩いたら服が破れてしまいそうだ。
「素敵ですよ、姫様。まるで人魚のようですわ。」
「その通りですよ、マリン。今日のドレスのイメージは、まさにマーメイドなのです。
姫様の細い腰と豊かな胸に、どんな殿方だって悩殺間違いなしですわ。淑女を意識し過ぎて、今まで私達は隠し過ぎていたのです。姫様はもう、適齢期の女性なのですから、これくらいの冒険をしたっていいと思いますの。
けれど、魅惑的でありながら、品もありますでしょ?ポイントは出し過ぎず、隠し過ぎずですわ。殿方の想像力を掻き立てるのです。
ほら、マリンもニコもこちらを見て。前身頃を首の後ろでリボン結びしてありますでしょ? これを引けば服が落ちるような、気がしませんか?もちろん、縫いつけてありますから実際には絶対に落ちませんけどね。想像した時のドキドキ感が良いのです。
あっ!そうでした。言い忘れていましたわ。姫様、昨日のドレスは足が見えないので安心でしたが、こちらのドレスは足さばきがよく分かります。ですから、くれぐれもがさつな動き方はお止めくださいね。」
うっ!
これで、うっかり裾を破ったりしたら後が怖い。絶対に破らないように気を付けないと…。
「あれ?そう言えば、このネックレスって昨日と同じ?」
これほど拘るリリィが使い回すなんて珍しい。何をどれだけ付けていたかなんて、覚えていないけれど、このネックレスはくすぐったかったからよく覚えてる。長さ間違えてない?ってくらい鎖が長いんだ。
もちろん、そんなことをリリィには言わないけどね。
「えぇ、同じものです。今回の余興の1つだそうですよ。招待状に『宴期間は同じ宝飾品をつけること』とありました。きっとまた殿下が何か考えていらっしゃるのですわ。」
同じ装飾品に、走るクラウドか。本当にどんな余興なんだろうな。
侍女達と今年の余興について、予想をしあっていると控えめなノックが響いた。
「準備はお済みでしょうか?姫様、先程からお客様がお待ちです。」
あっ!忘れてた。今日は兄様ではなかったんだ。待たせたちゃったかな。しまったな、でも結局、誰になったんだろう?
これでやっぱりクラウドだったら…。いやいや、クラウドは余興の手伝いがあるから。そんなことより、これ以上待たせるのは悪い。急がなくちゃ。
その直後、待合室の扉を開けてすごく驚いた。そこに居たのは何と、レオ殿だったのだ。