保護者のところに戻りました
兄様と少し挨拶を交わしたクラウドは、やがて会場の人混みに消えていった。
「お帰り、セレシア。」
「……。」
「いけないね。若い娘が一人でバルコニーに行くなんて。憐れな男達は、目をギラギラさせていたよ?クラウド君が迎えに来てくれて良かったね。」
……あれ?‥‥ってことは兄様はいなくなったように見えて、実はどこかから見てたの?
でもギラギラした人なんていた?声かけただけで固まったり逃げたりするような気弱な人しかいなかったけど…。
「お兄様…。よく分かりません。」
「そう?」
兄様はそれ以上、何も言わない。
しかし、そうか…。夜会においてバルコニーって、そう言う場所なのか。なら、クラウドがキスしたのはバルコニーだったから?
………あっ。でもそれってよく考えたら、ある意味上手くいったってことなんじゃない?
「………お兄様。つまり、私…引っ掛けるのに成功したのでしょうか?」
「ん?誰を?」
「クラウド…。」
………………。兄様の沈黙が重い。
「バルコニーで何かあった?」
…あった。
でも言うのはちょっと…。ごめんなさい兄様。
「いいえ。」
バレバレな嘘に兄様は目を細める。
「ふぅん。まぁ、今回は気付かなかったことにしてあげよう。でも明日から僕はいないから、バルコニーは禁止するよ。いいね?
それからセレシア?“引っ掛ける”なんて言葉は、はしたないから止めなさい。」
「はい…。」
あぁ、初日は散々。
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昨夜の憂鬱を吹き飛ばそうと、今日も早朝から出勤した。本来の姿で宴に行くよりも、男装して騎士団にいる方がずっと落ち着くなんて皮肉な話だ。時間があれば素振りだってしたい。
騎士団に着くと、ちょうどダンが巡回に出ていて不在だったので、代わりにアルから報告を受けた。
「――これで、以上。昨日も特に問題なし。」
「そう。ご苦労さま。アルは昨日夜勤だったんでしょ?ダンが戻るまでは私がいるから今日はもう休んでいいよ。今夜もまた頼むね。」
「了解。……んで、どうだったの?宴。いいやついた?」
「……………。」
婿探しの話、もう聞いてるのか。早過ぎない? 相変わらず私より兄様と仲が良いよね。
ここで収穫なしだなんて言ったら絶対に馬鹿にされそうだ。それにクラウドに女と気付かれてることも言っておかないと。うわぁ……そう言えば、キスもされたんだった。 あ~、言いたくないっ!
言い渋っていると、何かを察したアルが弄ってくる。
「え~?なになに~?もしかして収穫なし?お前、ヘタレだねぇ。」
うっ!
その通りだけど…。遠慮がないな、おいっ。
「どうしても貰い手がいないなら、最終引き受け先に、俺が立候補してやろうか?」
ぐわっ!!何だそれ!ムカつくっ!!
誰がお前の嫁になんてなるか!
「それよりも‥‥」
クラウドのことを話そうとしたちょうどそのタイミングで執務室のドアが開く。
「団長、おはようございます。アルもお疲れ様。宴期間はずっと夜勤で大変でしょう?もう、部屋に戻って休んでいいですよ。」
クラウドの追い立てるような言葉に、アルはアッサリ従って扉まで行くと、振り返りざまニヤッと笑う。
「じゃあセレス頑張れよ!」
余計なお世話だ!!
って、あっ…話し損ねた。
部屋にはクラウドと二人だけ。空気が重い…。アル、やっぱり戻ってきて。
名残惜しく扉を見つめていると、隣から不機嫌な声が…。
「何の話をしていたんですか?」
「別に……、何でもない。」
告げ口しようとしたところを見つかったようで、ちょっと気まずい……。
「はぁ……。本当、あなたは油断出来ないですよね。」
「??」
よく分からないが、結局あれからクラウドは何やら考え込んでいて昨夜の話は一切しなかった。
なのでダンが戻ったのを切っ掛けに、急いで帰宅したのは言うまでもない。