下僕志願者
昨日、溜まった書類を全て片付けたおかげで広くなった卓上を堪能しつつ、今朝 新たに届いた書類に目を通す。
内容は、王宮で行われる『春の宴』期間の大まかな騎士達の配置予定と、宴の日程の通達だ。
『春の宴』というのは離宮の東側にある「珊瑚の間」を中心に、離宮全体を使って行われる式典及び夜会のことで、離宮の庭園に植えられているフラニが、すべて桃色に変わるのを合図に開催される。
毎年この時期に行われているもので、昇進・栄転などの人事。婚約発表や社交界デビューなどの祝い事が延々と続く。
期間は5日間。日が高いうちは関係者が集まり、各式典を順次 催し、その後は夜会へとシフトしていく。
さすがに式典は粛々と執り行われるものの、夜会は一転してくだけた雰囲気となり、貴族であれば誰でも自由に参加できる。
独身者にとってこの夜会は、年に一度の大きな出逢いのチャンスで、良縁を探す人ほど最終日まで顔を出す。
つまり春の宴は、日が進むにつれて飢えた独身者ばかりになっていく…。モチロンみんな肉食系。うん、怖いよ。
普段、男だらけで生活している若い騎士や船員にとっても、春の宴は貴重な出会いの場。
かく言う私だって18歳。春の宴を彩るひとつの花…のハズ。王族としてはさすがに行き後れ感が出てきたけどね。
ちょっと鬱な気分になったところで、背後から忍んだ足音が聞こえた。
……さて、今回は誰だろう?この雑な気配からすると隊長クラスではない。
気付いていないふりをして、近づいてくるのを待ち、間合いに入った瞬間、刀身を抜いて切っ先を喉元に突きつける。
「後ろから忍び寄るなよ。思わず斬りたくなるだろう?」
「!」
侵入者は中腰のまま両手を上げて、あっさりと降参のポーズをとった。
あっ、この人…。カイゼルの隊で見たことある。
最近アルとつるんで、問題を起こしてるのがカイゼルだ。問題と言ってもイタズラに毛が生えた程度の可愛らしいものだけど。
性根の真っ直ぐな者が多いこの第二騎士団で、いい意味でも悪い意味でも新しい風を起こしているのがこのカイゼルなのだ。いやそもそもの元凶はアルかもしれない…。
息を詰めている男から剣を少しだけ下げる。
「じゃあ。所属、氏名、この行為に対する説明を簡潔に言おうか。」
その言葉に、男は立ち膝のまま敬礼を取った――――。
**********
(シャロン)
――遡ること、昨夕。
急遽、始まったセレス団長とクラウド副団長の手合わせ。
興味津々の大勢の団員に見守られながらの手合わせは、恐ろしいほど激しい剣戟となった。
セレス団長が就任した際、ギルバード様とクラウド様以外に負ける気がしないと豪語していた理由も十分に分かった。
確かに、俺もあれに勝てる気はしない。
試合はクラウド副団長の勝利で幕を閉じ、興奮が残る騎士と船員達は、アル副官に連れられて馴染みの店までやってきた。
「今日は大勝ちしたから、ここは俺が出すよ。団長もカネくれたし、みんな好きなだけ食べて飲めよ~。」
アル副官の言葉に皆が沸き上がる。
「よっ!」
「悪いな~。」
「アル副官万歳。」
口々に喜ぶ現金な面々。
勿論今夜の酒の肴は、先程の立ち合いだ。
「俺、副団長の双剣初めて見た。」
「おぅ!凄かったよなぁ!頑張れば俺らでも受けれるようになるか?」
「イヤ、俺だったら秒殺だ。」
「秒殺かよっ!」
しっかりしろ!と、店が笑いに包まれる。
ふと、思い出したように大柄の団員がアル副官の方に寄っていった。
「それにしても、お前よくあんな大金を賭けたよな。どうして団長が負けるって思ったんだ?」
ドカッと隣に座ると、アル副官はニヤッと笑う。こんな表情もアル副官がするととても様になるのがズルイ。童顔で小柄なのに意外にモテるしな。ちくしょう、ギャップか?ギャップがいいのか?
「あれさ、実戦を想定したって言っても、本当に相手を殺すわけじゃないだろ?
もし実戦で相手を殺すって話なら、セレスは体術も得意だから、急所狙って蹴り殺すのことも、首をへし折ることだって出来るけど、それを仲間にやるわけにいかないからな。
まぁ、せいぜい回し蹴り程度?セレスってばスピードはあるけど力は無いからさ。案外、力で押しきっちまえば、あいつは勝てねぇ。」
「おいっ!アル。そんな事をここで話すな。」
三番隊のライアン副隊長がアル副官を睨む。
「大丈夫だって。いくらセレスが力無いって言ったって、レオナルド殿くらいの馬鹿力じゃなければ、簡単に押し負けたりしないからさ。」
隣でライアン副隊長がきつく睨んでいるのに、気にした様子もなく、アル副官はしれっと答える。
「そんな馬鹿力、誰も持ってね~よ!」
ガハハッと大柄の団員が笑った。
俺は我慢出来ず、アル副官に話かける。
「でっ、では実践なら、団長の方が強かったってことですか?」
すると、アル副官は首を傾げて少し考える。
「う~ん。それもどうかなぁ?クラウドの双剣を見たのは初めてだったけど、全部“払い”だったじゃん?“突き”がなかった気がすんだよなぁ。
たとえ刃を潰してあっても、突けば刺さるから、やらなかったのかもな。」
「じゃあ結局、どっちも手加減してたってことかよ。あれで手加減って…。絶対に敵にまわしたくねぇな。」
そう言って大柄の団員が、顔をしかめて酒を煽る。
アル副官は少し肩をすくめただけで、それ以上何も言わなかった。
酒が進んでくると、だんだん話があらぬ方向に進んでいく。まぁ、大体が女の話かな。俺達だって若さ溢れる男だし、その辺りは許して欲しい。
途中で二番隊のカイゼル隊長らが合流すると、話がまた団長に戻った。
「それにしても新団長、見た目はあんなに可愛いのにな。」
「あぁ、近くで見ると、ちょっとした女よりもクル時あるぜ?」
「そうそう。汗をかいた時のうなじ!」
「分かる!!いいよな。しかも団長、絶対に服を脱がないだろ?脱がないどころか、訓練中まで外套を羽織ってること多いし。実は女なんじゃ…?」
「おいおい…、それはお前の願望だろう?あんな強い女がいてたまるか。男の首をへし折る女なんて悪夢でしかねぇよ。」
大柄の団員が眉を寄せる。
「でもな、一回でいいから団長の裸を見てみたくないか?」
見てどうするんだよと失笑がおこったが、俺は内心ドキッとした。皆笑ってるが、何人かはきっと俺と同じことを考えてる。
つまり、女の子だったら?という妄想だ。
「……俺、見たことあるぞ。」
そんな中、とんでもない爆弾が投げられた。投げた相手は、まさかのライアン副隊長だ。
いっせいに視線がライアン副隊長に集まる。
そう言えば団長と副隊長って、入団前から付き合いだって聞いたことがある。でも本当に、あの団長の裸を見た‥‥?
それ、スゲー羨ましい…って。いや、相手は男なんだけど。
「へぇ~。それって覗いたの?」
アル副官が面白そうに訊ねる。
「いや…、覗いたんじゃなくて 試合のあとに一緒にシャワーを浴びたんだ。子供の頃の話だけどな…。」
どうだった?ついてたか?と口々に質問がとぶが、どうやら布を腰に巻いていたようで、肝心なとこは見てないらしい。
ただ、少なくとも10歳くらいまでは半裸のままで手合わせをすることもあったとか…。
子供だとしても女の子が10歳で半裸にはならないよな?イヤイヤ、10歳なら男女の差違はまだない、のか? ………う~ん。
「これは審議だな。」
カイゼル隊長が俺を含めた数人を集めてテーブルを囲むと、すぐさま作戦会議が始まる。しかし、きっかけとなったライアン副隊長は「俺はいい」と別のテーブルに行ってしまった。
作戦会議は夜半まで盛り上がり、場がお開きになるまで続いた。側でアル副官が始終、面白そうに笑って聞いていた。
「…………。」
あぁ、酒の席で立てた計画ほど、クダラナイものはない。俺は背中に汗が流れるのをひたすら耐える。
今、喉元には、よく手入れをされた剣の切っ先が突き付けられている。
「……後ろから忍び寄るなよ。思わず斬りたくなるだろう?」
「!」
こんな状況だって言うのに、セレス団長の妖艶な微笑みから目が離せない。凄んでいる顔が、壮絶に色っぽい。これ…いい。
大人しく、中腰のまま両手を上げて降参を表すと、団長が剣を少しだけ下げてくれたので少し息が楽になった。
「じゃあ。所属、氏名、この行為に対する説明を簡潔に言おうか。」
団長の固い声に思わず反射的に敬礼し、こたえる。
「第二騎士団 二番隊 シャロンであります!団長の性別を確認しに参りました!」
俺の返答に呆れる団長。その呆れ顔まで団長は綺麗だ。
それに引き換え、俺の口から出る言葉の馬鹿馬鹿しいこと。
あの時、この作戦を一緒に考えた全ての騎士を俺は呪う。
「主犯はカイゼルか…。」
団長が小さく呟いた。
もうバレてるし。思わず顔がひきつった。
「ちなみに、どうやって確認するつもりだったのかな?拘束して服でも脱がすつもりだった?」
優しく囁くような尋問。そして、俺の答えはどこまでも救いようがない…。
「む、胸があるかどうかを、後ろから触るのが一番だと“満場一致”いたしました!」
そう、満場一致でこれだったんだ。あの時はこれが完璧な作戦だと思った。誰がやるかで、すごく揉めたんだ。
確かめるのが股間じゃなく、胸と言うのも、万が一男の股間を触るより女の胸を触る方がいいと言う下心を天秤にかけた結果だ。俺も絶対に胸の方がいい。
実行者を勝ちとった時の、あの誇らしい気持ち。昨夜の俺って一体…。あぁ、分かってる、ただの酔っぱらいだ。
「へぇ~・・・。」
団長の怒りと艶を含んだ声に鼓動が早くなる。
剣の腹で、俺の顎を少し持ち上げ、強制的に目が合うようにさせられる。団長の強く美しい、吸い込まれるような青の瞳が俺を見ている。あぁ、この色は…蒼国の海の色だ。このまま、この瞳に溺れてしまいたい。
****************
……何んで、この状況で頬を染める?
想像を超えた馬鹿馬鹿しい内容に、どこまで本気なのか目を合わせて確めようと、視線を上げさせた。
剣先を使った乱暴な行為にもかかわらず、ここで頬を染めるって……。
最近、変な人が増えてない?……誰の影響よ。
私とアルだとしたら、ものすごく凹むわ。ギルバート様に申し訳なさすぎる。剣を鞘に戻すと、深い溜め息が出た。
就任直後から、こういう突撃は間々あった。何て言うか、腕試し的な感じの?
私も別にそういうの嫌いじゃないし、周りも盛り上がるから、今までそれを特に注意をしたことはない。ないけど…、そろそろ必要?
「男か、女か、ねぇ?」
すると、突然シャロンが立ち上がる。
「俺っ!貴方の瞳に惚れましたぁ!俺の剣を受け取って下さいっ!!」
っ!?
あまりの展開に言葉が出ない。この人、昨日のお酒がまだ残っているんだろうか?挙動不審すぎる。
「シャロン、騎士が騎士に剣を捧げてどうする…。」
完全に捧げる相手を間違えてる。普通、国王や領主にするものじゃないのか?
いや、それよりこいつの剣は要らないかも。
そもそも、このタイミングで惚れたって、何?
「お前達は飲み過ぎだ。さっさと鍛錬を始めてアルコールを抜いておいで。」
「いえ、正気です。自分が言ってることも理解しています。ただ、側に置いて欲しいんです!団長、俺、何でもします!」
うわ…必死な目が怖い。正気でこれって、もっと嫌なんですけど…。
ガチャッ!
乱暴にドアが開き、険しい顔のクラウドが入ってくる。
「三ヶ月休日返上の上、今後 走り込みを毎日50本追加。さっさと部屋に戻って反省文を隊長に提出すること!以上。」
シャロンは、あっけなく部屋から摘まみ出された。
茫然とする私にクラウドは作りきれていない笑顔を向ける。
「私の留守中に何をしてるんです?まったく油断も隙もありませんね。もう少し自覚を持ったらどうですか?」
はっ?私のせい!?
あの酔っ払いを見て、一体何の自覚を持てばいいって言うんだ。
何か、わりに合わないわぁ…。




