過保護な人
―キキンッキキンッキガッ
―キンキンッキキンッ
剣の交わる金属音が世話しなく響く。
速いだろうと想像はしてたけど、これは予想以上に速いっ!
繰り出される剣をかわしたり受けたりしながら、時々斬り込んでみるけれど簡単に受け止められてしまう。なのにこっちは、もう受け流すだけでいっぱいいっぱいだ。
それでも、高揚感が凄い。まるで剣戟を手拍子に命ギリギリのダンスをしてるみたいな?
気を抜けば隙が出来たところを的確に狙ってくる。そんなとこにクラウドの性格が出てる気がする。このスマートなのに容赦ない感じ。
レオ殿が叩き潰す豪の剣なら、クラウドは風を斬るような迅の剣。刃が無くたって丸太だって切り落とせそうな気さえする。
ヒヤヒヤするけれど、強い相手と剣を合わせる緊張感は堪らない。
最近アルはいつも疲れてて相手してくれないし、レオ殿も斬りかかってこなくなったから、毎日に張り合いがなかったんだよね。
このままずっと打ち合ってたいくらい楽しいけれど、残念なことに体力の問題で、時間がたつほど分が悪くなるんだよなぁ。
レオ殿の時ほど力の差がないにしろ、やっぱり押し負けてるし…。
なら、そろそろ仕掛けてみる…?
双剣が一点に集まるタイミングを狙って、二刀同時に受け止める。
うわっ。重たっ!
力一杯 はじき返して、その瞬間に身を低くして膝裏に回し蹴りを入れる。観客席から、ひと際大きな歓声が上がった。
これでバランスを崩して倒、れ……ない!?
え?何んで!?
って、やばっ!足!
わっ!間に合わない。
剣!きたあぁぁぁぁ!
クラウドは蹴られた姿勢のまま腰を落とし、バランスをとり反転、そのまま剣を叩きこんでくる。
片方の剣だけは何とか受けれたけど、もう片方の剣がどうにもならない。そのまま首ギリギリで土に刺さった。
ワァアアアアアアア!
割れんばかりの歓声が鍛錬場を包む。
あ~ぁ、負けちゃった・・・。
少なくとも今回の手合わせで、クラウドの脚力が半端なく強いってことは分かったな。ってか、双剣を操るくらいだから、腕力だって凄いんだろうし…。細いのにどこにそんな力があるんだろう?なんて羨ましい。
力を抜いてそのまま薄暗くなった空を見上げた。
クラウドは剣を鞘に納めて息を整えると、頭の近くで膝をついて覗き込む。クラウドも復活が早いんだね。本当みんなタフだわ…。
私はまだ無理。息だってまだ元に戻らないし…。あぁ、もっと体力が欲しいなぁ。明日から走り込みでも増やそうかな。
「大丈夫ですか?立てますか?」
クラウドが差し伸べてくれた手を遠慮なく掴んで、身体を起こす…。
ん、あれ?
……痛い?
「ごめん。足を捻ったみたい。悪いけど、肩も貸してくれる?」
クラウドに体重を預けながら、ゆっくり立ち上がり歩き出す。
「はぁ…。転がすつもりで蹴ったのにな。耐えられたの初めてだよ。どんな脚力してるの。」
クラウドは少し肩を竦め、苦笑する。
「体力戦になった場合、あなたならきっと何かを仕掛けてくるだろうと思いまして。来るのを構えていたからですよ。」
うわ……。
それはそれで悔しい。完全に読まれてたってことだ。
速さも力も押されて、私が足を出すのを待ってたのか…。ちくしょう、完敗。
「あなたとの付き合いも、そろそろ半年になりますからね。」
…………それでも、やっぱり悔しいって。
「「「「セ~レ~ス~~~~!」」」
遠くから船団の面々が叫んでいる。声に応え、手を振る。
「「「うぉ~~~~~~!」」」
窓があれば揺れそうなくらいの雄叫びがあがった。第二船団の熱烈な声援に顔が緩む。元気なヤツら。
ほんわかした気持ちになる私の隣で、何故かクラウドが顔をしかめた。
「いつの間にか、大変な人気者になっていますね?貴方に怪我をさせたことを知られたら、恨まれそうで怖いですよ…。」
憂鬱そうに溜め息をつくクラウドが面白くて声を出して笑う。
本当、何を言ってるんだか。
執務室に戻れば、船団からの交流人員のうち20名程が見舞いだなんだと理由を付けて押し掛けてきた。みんな短剣の指導の時に会う顔ぶれだ。
誰もが興奮冷めやらぬ感じで、いつになく饒舌だった。負けちゃったけど、楽しんで貰えたのなら良かったかな?
賑やかだった部屋も時間がたつにつれ、一人また一人と波が引くように部屋を出ていく。
「全員、このまま帰してしまって良いのですか?」
クラウドの言葉に小さく頷く。せっかくだから食事でも誘いたかったけど、足も痛いしね。
「いいよ。アルに行きたい人は全員、エイダの店に連れて行くように頼んでおいたから。」
エイダの店は他よりも値段が少し高めだけど、その分美味しい料理とお酒を出してくれる騎士団馴染みの店。
花街にも近いし、行きたい人はその後も好きにするでしょ。お好きにどうぞ~。
「なるほど…。アルは今回の賭けで、ずいぶん儲けたそうですからね。」
「…………。」
何それ?初耳なんだけど。
いつの間に賭けなんて…。しかも、儲けたってことは……あいつ、ムカつく!
儲けた上で、更に金欠で飲み代が足りないとか嘘言って、私の財布をまるごと奪っていくなんて、本当にいい根性してる。
一晩でいったいどれだけ使うつもりなんだ。店に迷惑かけるなよ。何かすごい不安。ろくなことしない気がする。
目線を上げると、未だに心配そうな顔をしたクラウドが私の足を見ていた。
「大丈夫だって。もう一人で歩けるし。大人しくしてれば、すぐに治るよ。これくらい、よくあることでしょ?」
「そうですが…。」
どうも歯切れが悪い。強がってるとでも思ってるのかな?
「クラウドって、意外と心配性なんだね。それなら、クラウドに手当てして貰おうかな?」
自分の目で具合を確かめれば、納得できるでしょ?
一応部屋に戻ってから、自分で手当てしようと準備していた治療箱をクラウドに押し付けて、一人掛けソファに腰を下ろす。
裾を捲って患部を出し“さぁ、どうぞ”とばかりにローテーブルの上に足を乗せた。ちょっとお行儀悪いけど、これくらいはいいよね。
クラウドは、一瞬 躊躇しながらも、すぐに慣れた手つきで処置をしていく。足の状態をみて、明らかにホッとしているのが分かった。
「ほら、嘘ついてないでしょ。」
「ええ、それは安心しました。………ところで、アルも一緒に出してしまって、本当に良かったのですか?」
「?」
それ、どういう意味?
「………いえ、なんでもありません。それよりあなたは細過ぎですよ。次は速さより、力押しでさっさと決着をつけてあげますね?」
いい笑顔で紡がれる言葉はなかなかに辛辣だ。
「………………。」
容赦ない言葉に引きつつも「次は…」の台詞に頬が緩むのは内緒。
ふと影がかかり顔をあげると、いつの間にか立ち上がっていたクラウドが、囲いこむように椅子の肘置きに両手をつき覗きこんでいた。
うわっ。いつの間に?
思わず焦ると、それを見てクラウドはフッと笑う。
うわぁぁぁ、何? 何か色気が凄いっ!
至近距離でのソレ、すごく心臓に悪いんですけどっ!
心拍数が異常に上がったのが分かる。心臓が痛い、もう少し離れて!
顔を軽く手で押し返すと意外に抵抗なく離れ、た、けど……。
あれ?クラウドの唇に当たった指…。今、舐め…いやいや、そんなわけない。たまたま口に入っちゃっただけだよね。気のせい。うん。すごくこっち見てるけど、多分、気のせい。
クラウドって、身体は筋肉でカチカチなのに唇は柔らかい……って違う!!忘れろ!
もうっ、変な雰囲気にのまれてどうする。やっぱりクラウド、オカシイ…。
今度アルに相談してみる?
「足、痛みますよね?部屋まで送ります。」
……いや、絶対に面白がられるだけだ。相談する相手を間違ってる気がする。
う~ん。
…………ん?何か言った?
クラウドが再び近づき、ふわっと視界が高くなった。
はっ?何これ。
抱っこ?って、いやいやいやいやいや!
「歩けるからっ!下ろして!」
ない!ないから!ちょっと!これ、凄く恥ずかしいって。慌てて降りようと動けば、クラウドの唇が耳元に当てられる。
「暴れると落ちますよ?」
ひぃぃぃぃぃ!
ゾワゾワする!
いっそ落として下さい。クラウド、本当にどうしたっ!