春は眠たい
最終章。
第二騎士団に来て半年が過ぎ、商隊の護衛任務も船団との交流も上手く回り始めてきた。
初めは不満げな様子を見せていた騎士達も、実務にあたるうちに不思議と率先して務めるように変化していった。キツくなった訓練メニューにも愚痴を言う者はいない。
さすがギルバート様が育てた騎士達はすごい。性根が真っ直ぐで忍耐強く、考え方はしなやかで偏見が少ない。どうしたらこんな人間が育つんだろうね?
あれから変わった事と言えば、帰国した兄様がアルに剣の稽古をつけるようになった事。交流人員のお礼代わりに、私が短剣の教官をしに船団に赴くようになった事。後はレオ殿が顔を合わせても剣を振り回したりしなくなった事、かな…。
実を言うと、レオ殿とはまだ微妙な関係が続いてる。ちょっと…いや、“結構”レオ殿はしつこい。
そろそろ許してくれてもいいと思うんだけどなぁ。
昨日も私を見つけるなり、カッと目を開いて、半開きの口を片方だけ上げるという、何とも複雑な表情をしてくれた。
……………それ、どういう心境なの?
ふぅ…。
思わず出た溜め息のまま窓の外を眺めれば、フラニの木から花を摘み、ブーケを作っている騎士が見えた。
――あぁ、もうそんな時期か。
南の白国ほどではないけれど、年中温暖な蒼国は、四季がとてもゆるやかだ。
そのなかで際立って華やかな季節。フラニの花弁が通常の水色から桃色へと変化するこの時期は、蒼国の恋の季節でもあり、国中どこか浮き足立つ。
フラニの花は可憐でとても可愛く長持ちするので、普段からよくブーケに用いられる。しかも国中にフラニの木があるから、国民の誰でも気軽に手折って贈れる点では庶民の花とも言える。
(フラニか…、花の時季に合わせて平民向けのイベントを企画したら、町を上げて盛り上がるだろうな。例えば、広いフラニの果樹園を作って、普段は憩いの公園に、春は花見の祭りでもして、公園の中の花は手折るのを禁止すれば、夏に一定の収穫も見込める。あっ、それいいな…。いっそのこと公開プロポーズを募るのは…さすがにやり過ぎか?
ふぁ…っ、眠っ。…あ、どうせなら観光事業もしたいな。桃色の時期は花見で、実の時期は青果の試食とか?う~ん。ちょっと弱いかなぁ。じゃあ、集客するのに商人護衛チームからイケメン騎士を集めて、黄国のお姉様方に売り込ませるとかは?これは悪乗りし過ぎ?う~ん、集客ねぇ…。頭が働かない…。……………………………………。)
…っ!!
いけない、一瞬寝たわ。
やっぱり観光の目玉にするならフラニだよね。フラニは蒼国の固有種だし、プロポーズの際に桃色フラニを贈る習慣もある。
男性から「恋人への贈りもの」や「愛の告白」に使われる定番の花だなんて、売り込む材料としては、うってつけでしょ。
きっとあの騎士も好きな娘にプレゼントするんだろうしね。それにしても…やたらと周りを気にしてるな。そこまでして内緒で取りに来たのに、上から丸見えって……。
まぁ、ハートの形をした桃色の花弁は、確かに男性からしたら恥ずかしいのかもね。ただ、あそこまでコソコソされると逆に目立つけど。
貰う側の女性にとったら桃色フラニは憧れの花。好きな人から、たくさんのハートで出来た花を贈られるって、ロマンチックじゃない?いや、乙女ちっくか。
フラニが桃色になるにつれ、町のみんながどこか浮かれてくるのも、しょうがないよね。いつか私も、桃色フラニを貰ったりするのかな? ………想像出来ないけど。
たらたらと考えごとをしながら、ぼんやり窓の外を眺めていると……どうしてもまた瞼が重くなってくる。
「団長、寝ないでください。」
「…………。」
聞こえない、聞こえない…。
「……セレス? 寝たら襲いますよ?」
「………………………。」
そう。この人、最近オカシイんです……。いや、もしかしたら元々の性格なのかもしれないけど…。第一印象とのギャップがありすぎて受け入れがたい。
初対面の時はあんなにまともだったに何故だ。日に日に言動がタラシになってきている気が…。まぁ、笑顔で威圧してくるとこは変わらないけど。
ほらっ早速、隣の机から目を細めて圧力かけてきたし。………しかし、襲うって何だろうね?
…………。
イヤイヤまさか。突き詰めるとヤブヘビな気がして思考を放棄しがちになるわ…。
そもそも私のこと女だって気付いてるのかな。気付いてるなら、何で何も言わないの?
まさか、男だと思ってて、その台詞を言ってたら……? ‥‥ほらっ、怖いわぁ…。
あぁ…それより、眠い…。
重い瞼を必死に持ち上げながら、首をゆるゆると振っていると、クラウドが書類を指で叩いて催促をする。叩いても書類は仕上がりませんよ~。
せめてもと、腕を上げて伸びをしてみるけれど、どうしても瞼が重い。
……駄目だぁ、やる気が出ない。
眠気冷ましに、ちょっと動いてこようかな?
「ねぇ、今日の騎士達の予定は?」
「従騎士は基礎体力作り。騎士達は第二船団の交流人員を交えて模擬試合をしていますよ。」
おっ!そうだった。今日は船団員が来る日だ。執務室の窓から身を乗り出して鍛錬場を見れば、紺碧の制服に混ざって紺藍の制服がちらほら見える。
船団員が来てるなら来てるって、もっと早く言ってよ。こんな楽しそうなこと見てるだけなんて勿体無いじゃないか。丁度いいし、私も手合わせしてもらおっかな?
「クラウド、私達も行こう!」
席を立ち、扉の前まで行こうとすると、壁のごとくクラウドが立ち阻む。
………………通せんぼ?
一見細く見えるのに、間近で見るとクラウドって意外と胸板厚いのねって、お~い!
お兄さん、そこを退いて下さい。
「貴方はダメですよ。先にこちらをさっさと済ましてください。本・日・中・に。」
「本日中って、まさかこれ全部…?」
凄い量があるんですけど、正気?休憩もなし?あなたは鬼ですか?
唖然としていると強制的に机へ戻され、淡々と追加の書類を運んでくる。
……まだ、あるんかい。
しょうがない。大人しく、せっせと書類を…って、ダメだ。文字が全然頭に入って来ない。
くそぅ。アルは今日、兄様のとこだよね?兄様から個人的に剣の稽古をしてもらうなんて、なんて羨ましいことを…。
何でアルが兄様と楽しく稽古で、私は机に張り付いて書類なのさ。
はぁ……。
何度見ても部屋には2人だけ。
う~、この人、目が合うと微笑むんだよね…。それ、怖いからねっ!笑顔で威圧とか本当やめて。
も~!稽古したい~、走り込みしたい~。スッキリしたい~!アル、早く帰って来て相手してよ。部屋にいるの、もうヤダヤダヤダ。
うだうだ現実逃避をしていると、小さな溜め息が聞こえた。
「これが終わったら、貴女の気がすむまで私がお相手致しますから、さっさと片付けてください。」
……………んっ?
今、何て言った?
「もしかして、クラウドが手合わせしてくれるの!?」
「えぇ。」
それ本当?
「……双剣がいい。」
「ご要望であれば。」
うわっ、やった!
腰が浮きかける私にクラウドが釘を差す。
「“書類が終わったら”ね?」
「………………。」
目の前には机が見えなくなるほどの書類が山となっている。
………これ、終わるのか?