友人の帰国
あっという間に日にちが過ぎた。あれからグレオスの質問攻めは、すごかった。質問の内容は素人ならではの素朴なものから、本質を穿ったものまであり、今までとは人が変わったような思慮深い意見まで飛びだした。
今まで、こんなことを話し合える同世代の相手がいなかったからか、グレオスとの話はとても楽しく、お互いの夢や想いについて毎日、白熱して討論をしたのはいい思い出だ。
「淋しくなりますね。」
港町の船着き場まで見送りに来たが、こんなに名残惜しい別れは初めてだ。
いつの間にか側に来ていたクラウドがそっと肩に手をおく。
乗客船の船着き場まで来ると、グレオスが振り返った。
「本当に何から何まで世話になった。クラウド殿にも礼を言わなければ。長い間、セレスを借りてしまい申し訳なかった。おかげで充実した時間が過ごせた、ありがとう。」
「次回は是非、公式訪問で来て下さい。」
「あぁ、そうする。」
クラウドとグレオスが爽やかに笑いあう。改めて見ればどちらも種類の違う爽やかイケメンだ。おぉ~、眼福です。
グレオスがこちらを向き、手を差し出すと、握られた大きな手の中からコロンと何かが出てきた。
「セレス、これを…。」
両手で受けとったそれは、意外とずっしり重さのある指環だった。
「指環?」
「あぁ、それはドラコ家ゆかりの指環だ。それを見せれば、うちの侯爵領の者なら誰でも、ドラコ家に縁のある者だと分かるだろう。それがある限り、誰もがお前に誠意を尽くすはずだ。次に会う時までそれを預けておく。だから、ぜひ白国にも訪れて欲しい。その時、今回の御礼をさせてくれないか?」
うわっ!それ、何か大切そうな指環なんだけど!?無くしたらどうするのさ…。せっかく渡してくれたけど、さっさと返したい気分だ。
「ありがとう。あの…ちなみにその御礼を受け取るのって私じゃなくてもいいかな?指環もその人に持っていってもらうから。」
「どうゆうことだ?」
グレオスの顔が分かりやすく強ばった。
「実は…、近々 兄が白国に行くんだ。仕事で行くんだけど、色々大変そうで……。もし良かったら力になってあげて欲しいなって思って‥‥。」
兄と言う言葉に、今度はクラウドの表情が固まった。
「なんだ。そういうことなら構わない。お前の兄なら信用出来るだろうしな。そうか、セレスには兄がいるのか…。」
グレオスはクラウドの様子に気付くことなく微笑んでいる。
よしっ!これで指環も早く返せるし、兄様の手助けもしてもらえる。
「そうだ、私達からも贈り物があるんだった。」
後ろにいた騎士達に合図を送ると一人ずつ順番に贈り物を持ち、フィオリアに近づいていく。
一人目はグレオス達の護衛に付いていたユリウスだ。ユリウスは丁寧にたたまれた布を侍女に渡すとフィオリアの手を取り、手の甲にそっとキスをする。
「またサフィニアにいらっしゃるのを心待ちにしております。」
「なっ!」
グレオスの顔色が変わるが、何かを言い出す前に贈ったものの説明を補足する。
「あれは、蒼国特産の生地だよ。好きな色に染めて仕立ててね。」
私の説明が終わる前に、次の騎士のアルがフィオリアに向き合い、髪飾りをつける。そして髪を一房すくって口づけた。
「次は兄貴を置いて来いよ。」
「オイッ」
グレオスの声が地を這うように低い。まぁそれもしょうがないか、フィオリアは顔を真っ赤にして俯いている。う~ん、やっぱり可愛い。
「あれは、青のアイスストーンを使って作った髪飾りだよ。濃淡の違う小さいものをグラデーションに配置してあって綺麗でしょ?色が豊富なアイスストーンだからこそ出来る技だね。」
最後にクラウドが、手の平にすっぽり入るほどの小さな箱をフィオリアに握らせて、その手ごと両手で包み、顔を覗き込んだ。
「無事の航海をお祈りしております。」
フィオリアはとうとう涙目で、ぷるぷると震え出している。あぁ抱き締めたい。可愛い過ぎる。
「セレス!これは、どういうつもりだ!!」
ついに掴みかかってきたグレオスを宥めながら、笑顔で答えた。
「別に?優秀なバイヤーへの売り込みは商人の基本だからね。それに、せっかく訪れてくれたんだから、嫌な記憶は置いて行って欲しいと思っただけだよ。やっぱり最後は、素敵な想い出を胸に帰国して欲しいだろ?それに彼らはファンクラブがあるくらい、ご婦人方に人気なんだよ?」
ユリウスもアルもクラウドも、社交界だけでなく町でもモテモテなんだ。みんなどこまで本性を知ってるか聞きたくなるよね。まぁ、不動の人気はレオ殿らしいけどさ。あの人は派手な見た目してるからなぁ。
「フィーは絶対に渡さないからな!!」
必死に妹を隠すグレオスに、つい笑ってしまう。本当に仲良いなぁ。
「あっ!最後のそれね、試作品。桃色のフラニから抽出した香水で、まだ数本しかないんだ。今、この香水の商品化を目指してる最中でね。フィオリアには特別に譲りたくって。これレア物だよ?」
「……お前、騎士団長なんだよな?」
「うん、団長だね。団長が香水を作ったら、いけない?」
「いや…、正直分からない。お前は何か、ぶっ飛び過ぎてて…。それにしても、騎士団の仕事は大丈夫なのか?」
グレオスはこちらを通り越して、クラウドに視線をおくる。
「この方のぶっ飛び具合は、まだまだこんなものではないのですよ…。振り回されるこちらは身が持ちません。」
「聞くのが怖いな…。」
クラウド、最近私の扱いがぞんざいになってきてない?‥‥別にいいけど。
「思っていても行動に移さなければ意味がないからね。他にもやりたい事は沢山あるけど、まだ話せる段階のものはこれくらいだよ。グレオス、お互いに母国の為に頑張ろうね。」
「あぁ。お陰で俺もやりたい事がハッキリした。」
スッキリした顔をしたグレオスを見送る。明日からは、またいつもの生活が戻ってくる。
いつか、私も白国に行ってみたいな。