お説教
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(アル)
床から視線を上げないセレスと、その前で凍りつくような微笑みを浮かべながら、穏やかな口調で話しているうちの副団長のクラウド。
そして何故かセレスの隣に座り、一緒に項垂れる 褐色の肌の青年。
その様子を目の端に止めながら、俺は高みの見物をきめこむ。セレスの隣が自分じゃないってのが、何か新鮮だ。
あの時、駆け付けた七番隊(医療チーム)の騎士達に、怪我をした男を引き渡した。応急措置をした感じでは、さほど酷い傷ではなかったから、適切な治療さえ受ければ大丈夫だろう。
問題なのは、拐われた娘達だった。意識を取り戻した怪我人いわく、拐われたのはこの青年を追いかけてきた妹だそうだ。つまり侯爵令嬢。
国からの迎えが来るまでの間、宿の部屋で反省を促していたところ、目を離した隙に抜け出したらしい。
慌てて追いかけたけれど、見つけた時には既に囲まれ、そのまま犯人と揉み合って傷を負ったというわけだ。
第二騎士団によって娘達は無事に解放されたが、親はあの辣腕で知られるドラコ侯爵。今回の事を知れば、難癖をつけてこないとも限らない。頭が痛い話だよな。さぁて、クラウドはどうするんだろうな?
視線を例の3人に戻すと、クラウドがゆっくりとセレスに詰め寄っていた。
「――そもそも何故、自ら対象に接触する必要があったのですか?あなたは顔の確認に行っただけでしたよね?」
お~っ、笑顔で威圧出来るってすごいよな。セレス顔がひきつってるし。普通に怒られるよりも追い詰められてるんじゃね?
「あっ、うん、そうだよね。えっと、何て言うか、つい…。」
「『つい』?」
「あ~…、グレオスが白国の貴族だって事は、すぐに分かったんだけど…。
観光に来たようでもなくて、仕事や用事もなさそうだし?だからと言って諜報するにしては要領が悪いと言うか、悪目立ちしてて。一体何だろうな~って考えてたら…、ヤハウェにカモられてて、思わず…。」
「『思わず』声をかけたと?」
「………はい。」
グレオスが驚いた顔でセレスを見るが、セレスは変わらず床を見つめている。クラウドが今度はグレオスに話しかけた。
「グレオス殿、貴方がドラコ侯爵家の方だということは、白国側からも確認が取れました。大怪我をした男性が貴方付きの執事、女性は妹君とその侍女殿、殴られた少年が侍女殿の幼馴染みの商人で合っていますか?」
「あぁ…そうだ…。しかし…何故、俺達は警戒されていたんだ…?」
クラウドは微笑んだまま、あの笑っていない目でグレオスを見て言う。
「商人でもない者が港町の商人宿に泊まっていれば、目立たぬわけがありません。しかも用がある様子もなく、毎日フラフラと彷徨いていれば、不審者以外の何者でもありませんよ?
それでも、貴方が貴族かもしれないと推測されたからこそ、セレスがわざわざ確認に行きました。そうでなければ、貴方は妹さんの腕を掴んだ時点で第二船団に拘束されていたでしょう。
それはさておき、セレス?近衛が駆けつけるまでの間に、侯爵令嬢が何故あのような目に遇うことになったんです?あなたが側にいて防ぐことは出来なかったのですか?」
クラウドは再びセレスに向きなおると、微笑んだまま声のトーンを下げた。セレスは顔をひきつらせながらこたえる。
「ドラコ侯爵の子息だって分かって、十文字との関係はまず無いと思った。そうなれば、娘達のことも緊急性はないだろうし、グレオスの様子を見ながら、おいおい確認をしようと思ってて…。まさかその一人が妹君で、娘達に付けていた監視まで振り切られるなんて、正直 予想してなかった。私がもっと配慮出来ていたら…」
肩を落とすセレスを、冷たい目でクラウドが見下ろす。その空気に耐えきれなくなったグレオスが割って入った。
「クラウド殿、セレスは悪くない。どこの国の令嬢が、娘達だけで他国の街を無防備にフラフラと出歩いたりするだろうか。そんなのうちの妹くらいだ。予想出来なくてもしょうがなかった。」
へ~?ご令嬢って無防備にフラフラと出歩いたりしないんだ。そういえば、うちには王族なのにフラフラしてるやつがいるよなぁ…と考えていると、部屋の隅に立っていたユリウスがいつの間にか話に加わっていた。
「例え公式な訪問ではなくとも、友好国の侯爵家の方々が、我が国を訪れてくださったのです。我々騎士団はそれをきちんと把握し、お守りするのもまた大切な職務。
しかし駆けつけてみれば、片や大怪我を負い、片や拉致され行方不明とは…。」
「いや!だから!それだってセレスの責任ではないだろう。フィー達には反省させる為に、宿からの外出を俺が禁止していたんだ。見張りにバインもつけてた。そのバインの目を盗んで、女子供だけで勝手に出歩いたのはフィーだ。言いつけを守っていれば、拐われることも、それを助けようと追ったバインが斬られることもなかった。」
おっ、かかったね。
グレオスの言葉を聞き、クラウドが僅かに目を細めた。
「そうですか…。つまり、妹君達は完全に貴方の管理下にあったと。それを抜け出した責任は、本人とその保護者である貴方にあったと…?」
「ん?…あ、あぁそうだな。」
「執事の青年のケガも、見張りの役目を全う出来なかったことによるものだと、貴方は仰るんですね?」
「そう、なる な…。???」
よし。“言質”取った。クラウドとユリウスもお疲れさん。セレスの尻拭いも大変だな。
これであのドラコ侯爵や白国から、いちゃもんをつけられる心配は無い。
そもそも最初から、セレスへの説教に見せかけた、誘導尋問だったんだ。
セレスはこれ系が苦手だから、邪魔しないように床ばっかり見ていたんだろうけどさ。
「それを聞いて安心致しました。帰国なさったら、ドラコ侯爵に“くれぐれも”その旨をお伝えいただきますよう、お願いいたします。」
「あ、あぁ………あれ?」
やっと気付いたか。遅ぇよ。これで、今回の騒動の責任は白国側にあったことになる。
「これで心置き無く本題に入ることが出来ます。私共と致しましても、今回の事件を未然に防げなかったことを、誠に遺憾に思っております。
例え原因が蒼国側になくとも、セレスの行動には容認出来ない部分があったことには変わりありません。」
あ~…。つまり、ここからが本当の説教になるってわけか。
「セレス?あの時、私達の到着を待たなかったのは何故ですか?その上、あの建物に何の準備もなく、独断で押し入ったの理由は?その行為が一歩間違えば大惨事になると、分からなかったとは言いませんよね?」
セレスはようやく顔をあげて、クラウドを真っ直ぐに見た。
「……十文字の時は、人身売買のルートは南だったよね?あのルートはもう全部潰してあるから、今は流せないんだ。おそらく今回、奴らが新しく作ったルートは黄国方面。だとすると、黄国への交通手段は荷馬車になる。大物を拐った後だし、検問が設置される前に、すぐに国外逃亡することが予想できた。でも、そうすると時間がない。」
「時間がないと言っても、私達が追い付くまでの時間など、たいして変わらないでしょう。既に荷馬車が用意され、入口に横付けでもされていたのですか?
拠点を突き止める為に先行することは理解できます。しかし、たった2人で突入した理由は?
そんなに私達は信頼されていなかったのでしょうか。それとも…全て団長自ら行おうとするのは、私達など不要だと思っているからですか?」
クラウドの言葉に、何故かセレスよりもグレオスの方が慌て出した。
「それは!俺が!セレスの制止を受け入れなかったから…っ。」
そんなことクラウドだって予想してるさ。それよりも今、セレスを団長って言ったの聞いてたか?そっちはスルーなの?
「グレオス殿、我らの“団長”を見くびらないでいただきたい。“団長”が『否』と判断すれば、その瞬間にでも貴方を力強くで黙らせることが出来たでしょう。」
「は?………えぇっ??」
気付いた!!
「え?お前が団長?」
「…………。」
グレオスは恐る恐る声をかけるが、セレスはその問いに答えず、クラウドを見る。
「うん、ごめん…。ちょっと甘えちゃったんだ…。アルなら印を追って、すぐにたどり着いてくれるとか、クラウドなら皆を連れて、絶対に助けに来てくれるとかって…。
妹君達も、無事だとは思ってたんだけど、十文字がいない今はさ、きちんと統率がとれてるかどうか疑問があって、不貞を働く奴がいないと言い切れないと言うか‥‥。
皆ならきっとすぐに来てくれるだろうし、先に入って被害者達と一緒に待った方がいいかと思って…。」
「……それで私達が遅れたり来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「ん~。来なかったら来なかったで、何とかするしかないけど…。皆なら必ず来てくれるような気がして。……ごめん。」
「「「………………。」」」
マジか。コレ、こいつらにとったら殺し文句じゃねぇ?セレス、こういうの計算で言ってんの?それとも素か?だとしたら信頼しきっちゃって まぁ…。
思わず、クラウドをチラ見する。
「……そ、れは、確かに…。」
あっ、やられたな…。
クラウドは弛みそうな顔を必死に引き締めながら言葉を続ける。
「まぁ、いいです。その辺りのことは後でじっくりお話ししましょう。今晩、予定を空けておいてくださいね?」
「ぐぅ!」
セレスが眉間に皺を寄せてうめくような声を出した。確かに俺もクラウドとのサシ飲みは遠慮したいな…。セレス、ご愁傷さま。