嘘つきな町
流血表現があります。
苦手な方はご注意下さい。
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(グレオス)
正直、蒼国に来てからというもの、踏んだり蹴ったりだった。港町は思っていたものと全く違うし、フィーが追いかけてきたことはもう悪夢としか思えない。買物に行けば詐欺に合いそうになるし…。
唯一の幸運は、このセレスという少年と出会えたことだな。もしこの少年がいなかったら、帰国してから頭を抱えていただろう。
しかし知れば知る程にこの少年、不思議な存在に思える。線が細いのは蒼国人の特徴だとしても、歳に見あわない 落ち着いた話し方に、堂々とした様子。身なりは普通の平民なのに、時々ハッとするほど綺麗な身のこなしをする。そしておそらく、この少年も剣を扱う人間だ。
まぁ素性は、飯を食べながらでも聞けばいいか。全てはバイン達と合流してからだ。フィーも今日1日部屋に閉じ込められたことで、反省してるといいがな。多少拗ねてるかもしれんが、あいつのことだし、セレスみたいな小綺麗な少年と旨い飯を与えておけば、あっと言う間に機嫌を直すだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、急にセレスに緊張が走った。その顔が強ばったかと思うと、急に走り出す。
どうした?と問えば、短い言葉が返ってきた。
「何かあったみたいだ。急ごう。」
よく分からないが、セレスには町の様子がおかしく感じるらしい。あちこちと周りに注意を向けながら、まるで誰かに導かれるように進んでいく。
噴水のある広場まで来ると、人だかりが見えた。セレスはそのまま人混みに突っ込む。
「騎士団だ!道を開けろ。」
突然張り上げたセレスの大声に、集まっている人達は「セレスだ!セレスが来た。」と口々に呟きながら左右に分かれていく。
本当、こいつ何者だ。
それにさっきは自分のことを商人だって言ってたのに、今は騎士団と名乗ったではないか、一体どう言うことなんだ。
くそっ!イラつくな…。この国は嘘つきばかりだ。
心の中で悪態をつくが、そんな余裕があったのはここまでだった。
人だかりの中心で倒れていたのは―。
「バイン!」
呼んでも反応がない。バインの身体は真っ赤な血で染まっていた。
「バイン、何があった!?フィーは何処だ!」
意識のないバインを起こそうと、肩を持ったその時、セレスに強く腕を掴まれた。
「グレオス落ち着け。この人は大丈夫。だけど、下手に動かしてはいけない。」
「あ゛ぁ?こんなに出血してるのに、どこが大丈夫だ!お前も、何が商人だ。この国のヤツらなんて嘘つきばかりだ!誰も信じられるか!!」
頭に血が上ってるのは分かっている。けれど、止められない。
目の前にバインが血だらけで倒れていて、フィー達は行方すら分からない。この国に来て初めて気が合いそうだと思った相手にすら騙されていたという事実が更に感情を逆撫でする。
ちくしょうっ!最悪だ!!
「落ち着け。確かに酷い傷だが、すぐに治療をすれば間に合う。バイン殿は持病や特別な体質はあるだろうか?」
「………コイツはしぶといくらい健康なのが取り柄だ。」
「それは結構。なら間に合うよ。大丈夫、必ず助ける。私達が助けてみせる。」
くそっ!何なんだよ!
俺はコイツを許せないのに…、なのに…。
頼む、バインを助けて欲しい。
どうかフィー、無事でいてくれ。
「バインと一緒に、妹と侍女と若い商人がいたはずなんだ…。」
うわ言のように呟くと、その言葉を拾い、セレスが穏やかな声で返す。
「連れの女性達は拐われたようだね。若い女性が二人、男達に拐われたところを目撃されてる。おそらくバイン殿はそれを助けようとして犯人に斬られたのだろう。アル!いるんだろ?」
「ここにいる。」
何処からともなく、セレスと同じ年頃の少年が現れる。
「第二には連絡してあるようだ。もう少しすれば、かけつけるだろう。アルはここで応急措置をして待って、第二がきたらクラウドに詳細を伝えて。私は女性達の救出に向かう。例の場所を近い所から順に洗うよ。いなければ白。追いかけてきて。」
「了解。セレス、俺が追いつくまで、向かってくるやつは捕まえずに殺せ。それが俺がここに残る条件だ。」
「………分かった。」
突然現れた黒髪の少年も、セレスの話も、何が何だか分からない。
ただ、フィー達が拐われて、セレスが救出に向かうということは分かった。
「グレオスはどうする?」
セレスが問いかける。
「勿論、行くさ。」
そう言うと思ったよと、セレスは少し笑って走り出した。
そこからは、ひたすら走った。途中、セレスは建物の地下や、倉庫に押し入っては入口に白い印を残し、また走る。何度、それを繰り返しただろうか。ある場所で、急に立ち止まった。
「どうした?」
「……おそらく、あそこにいる。」
「なら、早く行くぞ!」
いるのが分かったなら、何故立ち止まる?
「待て!!……おそらくアイツらは、拐った娘達を黄国の売人に売るつもりなんだと思う。商品の価値を落とすような事はしないから、たぶん二人は無事だ。
アル達が来てから突入すれば、全員を捕らえることも出来る。それに、このまま強引に突入して徒に刺激すると、逆に娘達が危ない。」
はぁ?何を言ってるんだコイツ。今更怖じ気づいたのか?
「ふざけるなよ?あの黒髪が来るまでにフィー達が無事でいる保証がどこにある?お前が行かないなら、俺だけでも行く!」
胸ぐらを掴んで、睨み付けるように言うと、セレスが小さくため息をついた。
「…だよね。分かったよ。ただ、突入する前に、言っておく事がある。」
「あぁ?」
この期に及んでまだ何かあるのか。
「拐われたのは2人だけとは限らない。妹君達だけでなく、他の被害者の命も考慮して欲しい。
あと、犯人は捕らえなくていい。逃げる奴は追うな。そして向かって来た奴には容赦するな。グレオスは被害者と自分の身を守ることだけを考えて。いいね?」
「分かった。さっさと行くぞ。」
これ以上ぐずぐず言うようなら、殴ってでも先に行くつもりだったが、セレスは剣を構えた途端、目付きを変える。
…上々だ。それに満足して共に走り出した。