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ヒーローは誰?  作者: 花名
褐色の青年
22/48

商人が信じるモノ

 第二船団から『二人組の男が、娘達を強引に連れて王都に向かった』との連絡が届いた。


 一人は20代前後、もう一人は30代男性で、見た目は貴族または裕福な商人らしい。


 初めは港町で不審人物として第二船団がマークをしていたのだが、今朝方 若い娘達と接触したことで、一気に警戒対象となった。


 勿論、娘達と知り合いという可能性もある。しかし、つい先日まで白国(オパーリア)出身の人さらいが町を震撼させていたのだ。


 ただでさえ最近、十文字(クロス)の残党が動き出した気配があるのに、連れて行かれたのが年若い男女だと聞けば、余計見逃すわけにはいかなかった。


 連絡が第二騎士団に届いてすぐ、男達がいるという場所に向かう。貴族か商人だというのであれば、顔を見たことがあるかもしれない。


「セレス団長、あれがそうです。」


 港町から追ってきた第二船団の団員が指し示す先には、褐色の肌をした精悍な青年が一人。


「あれ?一人?」


「えぇ、もう一人の方は娘達と一緒に、まだ宿にいます。」


「そっか。ありがとう。ふ~ん。あの男…、うん、見たことある……。えっと確か、白国(オパーリア)の貴族で………名前、何だったっけな?え~と…。」


 モヤのかかった記憶を必死に探っていると、案内してくれた団員が囁いた。


「港町では『グレオス』と呼ばれていました。」


 グレオスね。グレオス……。


「……あっ!分かった。グレオス=ドラコだ。ドラコ侯爵家。」


 モヤが一気に晴れる。そうだ、あれグレオス=ドラコだ。何年か前に王宮の晩餐会で見たことある。白国(オパーリア)最大の領地を治める侯爵家の一人息子。


「貴族確定ですか…。」


「うん。娘達と、どんな関係かは分からないけど、間違いなく貴族だね。しかも、侯爵家の跡取りだよ。何でこんなとこに居るのか…。何にしろ、早めに第一騎士団から近衛をつけた方がいいね。最近、十文字(クロス)の残党の動きがキナ臭いし、侯爵家の跡取りに何かあったらマズい。

 おそらく十文字(クロス)と繋がってるって線は“なし”。でも娘達との関係がハッキリするまでは、念のために第二騎士団からも監視をつける。

 とりあえず、このまま様子を見ておくから、悪いけど今度はギルバート様に報告に行ってきてくれる?」


「分かりました。」


 団員を見送り、視線をグレオスに戻す。一時は警戒対象とまでなった男は呑気に買物中らしい。


 それとも、買物はカモフラージュで何か別の目的でもあるのだろうか?例えば、この呑気な雰囲気は演技で、実は裏で極秘の何かを………とか、目立つ行動は実は囮で、他に別グループが……とか。


 う~ん。どれもしっくりこないなぁ…。




 少し近づけば、店先から声が漏れて聞こえてきた。


「……60万マルクだ。」


「60……。耳飾りと腕輪にするのに、8個で480万マルク!?」


「気に入らないなら、余所に行ってくれ。これ以下じゃ売らねぇ。」


「う~ん…。」


 ……この人、何してるんだ。


 そもそも、ここはリガード街の宝石店だ。主に原石を扱い、業者が仕入れにくるような専門店であって、一般の客が来るような店ではない。


 なのに何故ここにいて、しかも完全にカモられてるんだよ。

………もう、しょうがないなぁ。


 店のドアを開け、店主を見ると、此方に気付いた店主のヤハウェが渋い顔をする。


「やぁ?」


「……何だよ、セレス。」


 先程までのよそ行きの顔はスッカリ消えている。


「さすがにねぇ?ちょっと見逃せなくって。ヤハフェ、これ偽物(フェイク)だろ? 60はふっかけ過ぎなんじゃない?」


「…ちっ!お前だって知ってるだろ?それが妥当かどうかを決めるのは客なんだよ。俺は本物だなんて、一言もいってねぇ。」


 あっさりヤハウェが白状すると、グレオスの顔色が変わった。


「何だとっ!これは偽物なのか!?」


 ……本当、この人は何しに来たんだろうね?観光の割には訪れる場所がマイナーだし、かといって諜報してる雰囲気もなければ、商人にも向いてなさそうだ。


「失礼ですが、一般の方でしたらこの辺りの店よりも中央市場の方が安心して買物が出来ると思いますよ?」


「いや…港町の宿に泊まっていた時、良いものを探したいならリガード街が一番だと薦められたんだ。」


 あぁ、なるほどね~。港町の宿なら商人しか泊まらないからな。商人ならここは掘出し物を腕試しがてらに探せるいい場所だ。国の認可も税も不要だから、中央市場より割安で手に入るし、品揃えも格段にいい。


 ただし、ここは良いものから悪いものまである。その売買に国は関知せず、全てが自己責任だ。だから、ここは素人には向かないんだけどな。


「……何か、探しているのですか?」


「あぁ。両親に、何か贈ろうと思って。出来れば少し珍しくて、誰に見せても恥ずかしくないものがいい。間違っても偽物など買うつもりはない。」


 グレオスは店主を睨みつけるが、ヤハウェは無視を決め込んでいる。


「なるほど。“息子から貰った”と御両親が皆に自慢出来るようなものがいいのですね?そして出来れば、それを見た人が羨ましい、もしくは珍しいと目を惹くようなものであれば、なお良いと。」


「あぁ、こういうのを選ぶのは妹の方が得意なんだが…。今回は自分で選びたくてね。だが、入る店を間違えたようだ。」


 ヤハウェはそれを聞き、グレオスに対して嘲るような笑みを浮かべるが、そのまま黙って広げた商品を片付け始めた。


 そんな二人の様子を見ながら、グレオスに更に話かける。


「それは是非、妹君に一度お会いしてみたいですね。ところで、黄国(シトリア)の女性にはピンクパールや珊瑚などが今とても人気ですが、白国(オパーリア)ではどうなのでしょうか?」


「確かにうちでも人気はあるが…、特に珍しいものでもないだろ。」


「なるほど…。原産国である白国(オパーリア)の方が種類も多いでしょうしね。…では逆に、黄国(シトリア)原産の『月砂』は、いかがですか?」


「月砂?」


 よし、話に食い付いた。そっとヤハウェに目配せする。


「ヤハフェ、『月砂』ある?」


「あぁ。そこの棚にあるだろ。」


 商売を邪魔され、少し機嫌が悪いようだ。


「これだけ?他の色は?」


「………………奥にある。待ってろ。」


 ヤハウェが渋々といった様子で、店の奥に姿を消すと、グレオスは掴みかかる勢いで詰め寄ってきた。


「オイッ!まさかこの店の商品を勧めるつもりか?偽物を出すような店だぞ!」


 う~ん。完全に素人さんだ。


「どうやら認識に相違があるようですね。ここはリガール街ですよ?信用すべきは、店主でなく自分自身の目。価値を見極めることが出来ない者は、ここでは何一つ得ることなど出来ません。」


「…………。」


 言葉を無くす男に、ニッコリ微笑んで先を続ける。


「『月砂』は、この棚にある黄色の石が一般的ですが、稀にゴールドや無色透明の物が採れます。無色のものは国宝級の価値がありますから無理としても、ゴールドなら貴族の方であれば手の届く値段でしょう。

 『月砂』は砂漠の多い黄国で、水を呼ぶ石と言われる縁起物ですし、贈りものに相応しいと思いますよ?」


「……詳しいんだな。」


「えぇ、私も商人の端くれですから。このリガード街は別名で“商人の戦場”とも呼ばれています。ここは、商人と商人が互いの目と腕を競う場所なのです。その戦場で長年店を構えているヤハウェは間違いなく一流の商人ですよ。」


「……なるほど。」


「リガード街を勧められたと言うことは、その方におそらく商人だと思われたのでしょうね。観光や旅人と思っていれば中央市場を勧めてくれたと思います。

 中央市場であれば宝飾品全てに鑑定証が付きますし、その品質を国で保証しておりますから、一般のお客さまは中央市場の方が安心してお買物できますよ?」


 グレオスは少し考え込むと、セレスをしっかりと見据えて口を開く。


「……ちなみに君の目に、私はどう映っているんだ?」


「そうですね…。リガール街で初めてお買物をなさる白国(オパーリア)の貴族男性、と見えています。

 歳は20前後、お金もある程度自由に使え、町の破落戸になら遅れをとらない程度に武芸にも通じていらっしゃる。けれど、商人としてのノウハウはお持ちではない。」


「……その通りだ。」


 グレオスは軽く肩を落として項垂れた。


 ほどなくして、ヤハウェが箱いっぱいの原石を持って現れた。その質の良さは棚にあるものとは比べものにならない。


「あぁ、いいね。……コレとコレ、あとコレもいい。このあたりの大きさなら加工しやすいし、質も申し分ない。いくら?」


「小さいのは63、これくらいになると105、こっちは208だ。」


「キリが悪いね。60、100、200にしてよ。」


「ちっ。」


 ヤハウェは威嚇をするように、睨み付けながら舌打ちをする。随分ご立腹だ。


 そんな様子を余所に、グレオスは原石を見ながら思案している。結局、ここで買う気なんだね?


「耳飾りにするとして、2個で200万か…。」


 グレオスが呟く。そう言えばさっき、耳飾りと腕輪って言ってたな。


「そうですね…お勧めは母君に月砂のゴールド2個と小さい黄色を6個くらいに、他の宝石でピンクか水色のものを合わせるとかですね。父君には腕輪用にこちらの大きいゴールドの月砂とそれより少し小さい黄色の月砂2個に、他の赤い宝石を合わせてみると肌に映えると思いますよ?」


「何か、値段を聞くのが恐いな…。」


「まぁ、選ぶ石にも寄りますけど、だいたい耳飾りがゴールド(中)100×2に 黄色(小)30×6と ピンク20×4で 460万。そして腕輪が ゴールド(大)200×1に 黄色(中)100×2と 赤20×6で 520万。合計して 980万くらいです。」


「無茶を言うな!!」


 あはっ、だよね。さっき、480万で悩んでいたんだから、予算もそれくらいだろうし。

 でもね?最初にふっかけるのは、よくあることなんだよ?


「ふふっ。では、母君の耳飾り用に月砂のゴールド(小)60×2と黄色(小)30×4で 240万。父君は腕輪ではなく指輪に変更して月砂のゴールド(大)200と黄色(小)30×6 で380万。全部で620万と言うのは、どうでしょうか?」


「……………。」


 目の前に宝石を並べて、イメージしやすいようにし、増やしたり減らしたりしながら説明する。


「まだ高い?そうですね…。でしたら、月砂を使うのはメインだけにして、残りはアイスストーンにするのはどうでしょうか?

 アイスストーンは蒼国(サフィニア)の山で採れる宝石で、反射する柔らかい光が透明度の高い氷に似てることから、アイスストーンと呼ばれています。蒼国(サフィニア)原産の宝石の中では、一番人気のある宝石ですよ?」


 そう、ここからが本命だ。ドラコ侯爵夫妻に着けていただけるなら、是非、蒼国(サフィニア)産を勧めたい。


黄国(シトリア)の宝石と蒼国(サフィニア)の宝石で宝飾品をつくるのか…。それも面白いかもしれん。」


 よしよし。


「ねぇ、ヤハウェ。アイスストーンのピンクや黄色や透明ある?本当は赤が欲しい。」


「………ふん。小さいのしかねぇぞ。」


「いいよ。あるだけ出して。」


 ヤハウェは、余分な宝石をしまうと、もう一度、奥に取りに行く。


 空いた時間で売り込み開始だ。


「アイスストーンは、そのほとんどが水色から青色をしています。これはあまり知られていないのですが、実はアイスストーンにはピンクや黄色、赤色なども存在します。けれど数が少なく珍しい上に殆ど市場に出回ることがありません。

 その上、蒼国(サフィニア)では深い青色であるほど人気が高くなる石なので、その色から遠のくほど安価になります。希少価値でいえば断然、青よりも赤やピンクの方が高いですし、青に劣らず美しいのですけどね。」


「そうか。」


 ヤハウェが持って来たのは、小さな皮の袋がいくつも入った箱だった。


「さすが、ヤハウェ。たくさんあるね。ちなみにいくら?」


「………選ばせてやるから、お前が値をつけろ。」


 まぁ、相場を知ってる私に下手な値段付けたら、そこから値切られちゃうもんねぇ。在庫を全部出してやるから、こっちにも利益が出るように値段付けろってとこかな?


「ふ~ん。じゃあ……。」


 たくさんある中から、小さいものを選び、粒を揃える。選んだのはピンクを2つ、透明を2つ、赤を4つ。それぞれに、ひとつ5万の値をつけた。


「これなら、母君の耳飾りに月砂のゴールド(小)60×2と、アイスストーンのピンク5×2と透明を5×2で 140万。父君の指輪に月砂のゴールド(大)200×1と、アイスストーンの赤を5×4で 220万。合計360万マルクになりますね。」


「あぁ…、それくらいなら…。」


 グレオスが頷いた途端、ずっと静かに見守っていたヤハウェが俄然商売づく。


「毎度!カットはどうする?」


「?」


 ヤハウェが次の話を進めようとするが、グレオスは理解出来ていないようだ。


「えー、つまり…。ここにあるものは全て原石ですから、磨いたりカットしたりする必要があります。それを、この店でやるかどうか、するとしたらどうしたいかを聞いているんですよ?」


 キョトン顔だったグレオスはようやく理解出来たのか、ヤハウェに返事を返す。


「帰国してから、うちの細工師にやらせたいと思っている。」


 途端にヤハウェは無言で作業に戻ってしまった。それを見て不安になったのか、グレオスがこちらを窺う。


「大丈夫ですよ。では、購入だけですね?」


 売買が決まった宝石を包み、残りの宝石を片付けているヤハウェに更に要求する。


「ヤハウェ、販売証明書をつけて。それから白国(オパーリア)の職人宛てに、この宝石の扱い方の注意点を書いたものも用意してあげてね。

 あと、白紙の鑑定書もあるよね?私の名前で鑑定書つくるから、それも頂戴。」


 そう言うと、ヤハウェが顔を歪めた。


「そいつ、お前の何なんだ?やたら親切過ぎて、気持ち悪ぃ…。」


 失礼な。



 グレオスはしばらく複雑そうな顔をした後、意を決したかのように口を開く。


「君は、店主と旧知なんだよな?だとしたら俺…、また騙されていないか…?」


「くはっ!」


 思わず、思いっきり笑ってしまった。それを見てグレオスが慌てる。


「オイッ!」


「ははっ!心配するの遅っ!それ、今更だしっ!で、でも大丈夫、みんな本物だから。

 ほらっ、さっき、鑑定書も付けてあげるって言ったよね?心配なら、中央市場の宝石店に入って、それを見せてみればいいよ。それに、この親切だってタダじゃない。」


「…………。」


 途端にグレオスが警戒をあらわにする。


「今日はリッチで美味しい夕飯が食べたいなぁって思ってたんだ。買物を手伝ってあげたんだから、勿論それくらい奢ってくれるよね?」


 下から覗き込むように首を傾げると、グレオスは顔をふっと緩めた。


「飯が目当て……?まぁ、しょうがねぇな。だが、連れがいるからそっちとも一緒になるぞ?」


「そんなの気にしないって。お腹いっぱい、美味しいものが食べられればそれでいい。」


 グレオスはしょうがないなといった顔をして店を出た。


 何この人、根っからのお人好しか。その気になれば騙し放題だよ?逆に心配になるわ…。



 夕飯の前に宿屋に寄るとのことで、宿に向かって一緒に歩いていると、グレオスは一切警戒する素振りも見せずに、フランクに話しかけてくる。なかなかの大物だ。


 話題はやがて、宝石の話に戻る。


「そう言えば、アイスストーンは何であんなに安いんだ?」


「ん~、簡単に言えば、自国の特産だから量があるのと、輸送コストが価格に乗ってないからかな。距離を運ぶとどうしても盗賊に合いやすいからね。護衛の費用って結構高いんだよ。

 それにさっきのは小さい上に原石だから相場で言うと1万くらいかな。5万をつけたのは、小さくても質が良かったから。

 それにアイスストーンは、さっきも言ったけどほとんどが青系なんだ。ピンクや黄色、ましてや赤なんて本当に珍しいんだよ?しかも、同じ大きさで揃えることが出来るなんて、ヤハウェの店くらいだね。」


「そうか…。つまり、俺の見る目がなかったってことか。それはかなり悔しいな。しかし、何から何まで本当にすまない。宝石を買うのが、あんなにも難しいとは思わなかった。おかげで助かった。ありがとう。

 そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はグレオス。今日、君に会えた幸運に感謝する。」


「私はセレス。よろしく。王都では、わりと顔が利くから、何かあったら相談にのってあげるよ。勿論、タダじゃないけどね?」


「あぁ、心しておこう。」


 真っ直ぐな心を持った、こんな人もいるんだね…。本当、誰かさん達とは大違いだ。

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