所変われば
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(グレオス)
蒼国の港町。『龍宮亭』と書かれたこの飯店は、2階が全個室の料亭風で、1階はセルフサービスの食堂となっている。
白国には無い、この“セルフサービス”という仕組みが面白い。
まず、どれでも1皿=1コインで食べることができる。安価なわりに店の者はみな親切で礼儀正しく、初めての客にも嫌な顔ひとつせず丁寧に対応してくれる。それなのに頑として給仕だけはしない。これぞ異文化。
この町の1日に慣れてくると、俺達は周りの客に話しかけたり、町を散策したりしながら過ごした。
そして、この数日で分かってきたこともある。例えば、この町にいる大半が移動中の他国民で、そのために入れ替わりが激しいこと。そして、これだけ人が集まるにも関わらず、食事以外に娯楽がないこと…。意外と質素な国民性なのだろうか…?
白国を意気揚々と出発したのは、つい先日なのに、既に行き詰まりを感じている。
………なんだかな。
「食事は、上手いけどな…。」
フォークを片手に、揚げた魚と野菜を炒めたものを見ながら話しかける。
「えぇ、でも…、なんと言うか。」
バインは複雑な表情をする。あぁ、俺も本当に何て言えば良いか分からん。あまりにも想像と違い過ぎる。
この町は、どうも淡白で生活感がないのだ。人当たりは良いのに、どこか冷たい印象があり、多くの人が行き交うのに何故こうも殺風景なのか。
これが貿易立国?市場が充実すると、こうなるとでも言うのだろうか?
いや、そもそもこれは街と言えるのか?
隣に目をやればバインが不安そうな顔をしている。
「分かってる。このままでは帰れない。明日からは王都にでも行ってみるか…。」
店を出て港に向かう。これが蒼国の港湾都市……。確かに、整備された道を荷馬車が途切れることなく通り、多くの木箱が船に積み込まれていく様子は圧巻だ。
けれど、何というか………面白味がない。
活気はある。誰もが急いでいて、充実した顔をしていると思う。
しかし、活気があっても『華やかさ』はなく、笑顔があっても『笑い声』は聞こえない。
………そうか、この違和感の正体が分かった。
普通なら存在するはずの“子供”がいないのだ。白国であれば、どこにでも見かける、遊ぶ子供の姿がここには無い。
本当、うちの港街とは何から何まで違う。
待合所として使われている港のテラスまでくると、不意にバインが声を上げた。
「あっ、そうだ。グレオス様、今のうちに残りのお金も白国のダガーから、蒼国のマルクに全て両替していいですか?」
「あぁ、そうしてくれ………って、オイッ!あれ!」
バインの方を向いた瞬間、目の端に写った人影に目を見開く。あそこにいるのは間違いない、我が愚妹だ。おそらく変装でもしたつもりなのだろう、白国の娘がよくする、ごく一般的な格好をしている。
……だが、そもそも白国の装いが、蒼国において異国の服になると何故分からない。異常に目立っているぞ。
バインも俺が見ている方向を見て驚き、口を開けたまま呆然と呟いた。
「…えっ?フィオリア様が、何故ここに…?」
本当だ、何故いる。
急いで駆け寄り捕まえた。つい腕を強く掴んでしまったが、多少痛くとも自業自得だろう。
「さぁ、どう言うことか説明して貰おうか?」
話を聞くと何のことはない、このじゃじゃ馬娘は俺が蒼国に出かけたと聞いて、すぐに追いかけてきたようだ。相変わらず無駄に素晴らしい行動力をしている。
父上には、書き置きをひとつ残してきただけらしく、聞けば聞くほど頭が痛くなることばかり…。
こちらはこの事態に頭を抱えたくなっていると言うのに、当の本人は、そんなことお構いなしで膨れっ面だ。
「私だってもう子供じゃないのよ?お兄様ばかりずるいわ!ちゃんと準備だってしてきたし…。ミーナだけじゃなく、護衛にエリオスだって連れてきたもの。それに…、お兄様達にだってちゃんと会えたじゃない?」
……色々突っ込んで説教したい。
まず、ちゃんと準備してきたなら、白国の服で彷徨くような馬鹿なマネしないだろ。
気温の高い白国の服は、こちらに比べて男女共に露出が多い。白国なら良くても、普段 主に長袖を着用するこの国で、年頃の娘が肌を露にした服で歩けば、必要以上に注目を浴びるに決まっている。
それから、エリオスは護衛になどならん。ただのミーナの幼馴染みの商人だぞ?男と一緒なら安心だとでも思っているのだろうか?
あぁ、くそ。言いたいことは山ほどある……。
だが、まずこれだけはしっかり伝えておかなくてはいけない。
「……これから父上に手紙を書く。お前達のことを心配しているだろうからな。無事に俺と会えたことを伝え、返事を待つが…おそらく返事と一緒に迎えが来る。そうしたら、その迎えと一緒に帰るんだ。いいな?
出来るだけいい宿をとってやるから、お前はそれまで部屋で大人しくしていろ。約束が守れるなら一度くらい、一緒に蒼国の王都を回ってやってもいい。」
「………………。」
さすがのフィーもこれ以上はマズいと思ったのか、下を向いて殊勝な顔を見せている。
まぁ、ちょうど王都に移動するところだったし、向こうで宿を取り直して、帰る前に少し買物にでも付き合ってやれば、フィーも気がすむだろう。
ただしその前に、しっかり反省してもらうがな!!
……この時、俺はすっかり忘れていたんだ。コイツが大人しくしている時は、一番 注意が必要なんだってことを。気付いていればバイン一人に任せたりせず、絶対に離れたりしなかったのに。
―――せっかく蒼国に来たのですもの。行きたいところが沢山あるの!早くしなければ、お父様のお迎えが来ちゃうわ。だからお願いっ!お兄様が戻って来る前に………ね?
=新しい登場人物まとめ=
【白国 ドラコ侯爵領の人々】
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ダリオス=ドラコ (父:領主)
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グレオス=ドラコ (嫡男)
《専属執事》 バイン
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フィオリア=ドラコ(妹)
《侍女》 ミーナ
《商人》 エリオス
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