白国の青年
第三章 です。
また新しい人達が出てきます・・・。
主人公は3話目くらいから登場予定です。
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(グレオス)
窓から吹く風は爽やかに暖かく、柔らかい陽射しはポカポカと部屋を包みこむ。
ここは白国、漁業と養殖の盛んな島国。島全体が珊瑚礁に囲まれ、白砂の大地に緑溢れる常夏の国。
白亜の街並みが一望出来る侯爵家のバルコニーから、街を見下ろしているのは健康的な肌をした青年。
「また…、街をご覧になっているんですか?」
少し呆れた様子で声をかけてきたバインは、隣にやって来ると手すりに体を預けた。こいつは俺の専属執事になってから、やることがないと煩い。
「ダリオス様からの課題、まだ返答していないそうですが、何をそんなに悩んでるんですか?
市場を充実させたいっておっしゃっていたアレを言えばいいじゃないですか。」
現当主である父上から、課題を出されたのはもう3ヶ月も前。バインの言うとおり、粗方答えは決まっている。
いや、“決まっていた”が正しい。
いざ父上に話す間際になり、急に“本当にこれでいいのか”と不安を感じたのだ。
今までずっと胸に抱いていたはずの想いなのに、実際に言葉にしようとすると、何故か薄っぺらく感じた、あの焦燥感。
このままではいけないと焦るのに、それ以上の答えが浮かぶわけでもなく。ただ納得の出来ないモヤモヤとした気持ちが込み上げてくるだけ。
こんな自分では父上を満足させる事は出来ないと、ズルズル返答を先伸ばしにしている。
「なんだろうな…。この街を盛り上げていきたいと言う気持ちは何一つ変わらないのに、父上に申し上げるのには、これではいけない気がするんだ…。」
父上からの課題は至ってシンプルだ。
“ドラコ侯爵領を、今後どうしていきたいか”
それを俺の誕生パーティーまでに、次期当主の初心として提示すること。
成人して早5年。父上に付いて仕事を覚えながら、領地運営の勉強もしてきた。
おそらく、父上はこれを機にいくつか権限を分け与えるおつもりなのだろう。
ドラコ侯爵領は現在、白国の三大港の筆頭である、このトーン港がある国内最大の領地で、白国の表玄関とも言われている。
王宮まで続く大通りがある唯一の領地であるが故に我が国の交通の要であり、国防の要所でもある。
しかし、そう言われるようになったのも最近のこと。20年前までは、ただの港街でしかなかったこのトーン港を、港湾都市にまで成長させ、そして王都に匹敵する領地にまで導いたのは、紛れもなく父上だ。
その父上が俺に問いかけている気がする。
『俺が造ったこの街を、お前の代でどう導く気なんだ?』と。
たった一人でこの莫大な領地を受け継ぐことが、どれほどの重責かを考えてみても、今のうちに俺の覚悟を知っておきたいのだろう。
「弟がいたらな…。」
今までに何度そう思ってきたか。
「いないものは、しょうがないでしょう?その分、我ら執事が多く控えているんですから、幾らでもコキ使って下さいってば。本当、最近ヒマなんですよ、グレオス様~。」
バインは両手を頭の後に組んで、暇だとアピールしてくる。
このバインを含め、ドラコ侯爵家に仕える執事達はとても有能で、他家に比べると遥かに数も多い。侯爵領の運営は多岐に渡り、そして膨大である為、それだけの人数が必要なのだ。
しかし執事と弟では、そもそも立場が違う。もし弟がいれば共同統治者であるのに対し、執事はあくまでも有能な“部下”に過ぎない。
まぁ兄弟がいたとしても、反りが合わなければ、余計な諍いが起こる可能性もあるし、結局は無い物ねだりなのだが…。
「少し身体を動かしてくる。」
こういう時は動くのが一番だ。身体がスッキリすれば、頭だってスッキリする。
「私がお相手しましょうか?」
「……イヤ、いい。」
申し出を断ると、剣を片手に足早に部屋を後にした。
「だから~、ヒマなんですぅ…。」
残されたバインは眉をハの字にして情けない声を出したが、青年のショート寸前な頭に届くことはなかった。
しばらく剣を振って汗を出せば、ほどよい疲労感と肌にあたる風がとても心地好かった。
「そろそろお昼ですよ~、グレオス様。」
バインの間延びした声が聞こえる。
「もう、そんな時間か…。」
「今日は特に予定もないですし、午後は気分転換に劇場にでも、行かれたらどうですか?
シュバの街から来たっていう、異国の踊り子達が、最近街で人気ですよ。」
……異国の踊り子ねぇ?
バインが言っているのは、最近話題になっている旅芸人達のことだろう。この辺りでは珍しい容姿に、透けそうなほどの薄布を幾重にも重ねた服を着て、ヒラヒラと踊る様子は確かに幻想的ではある。
「フィーが連れて行けと煩いから、既に先週一緒に行ってきた。
確かに、女どもがキャーキャー騒いでたな。だが、何がそんなにいいのか、俺にはサッパリ分からん。
どいつもこいつも死んだ魚のような目をしていて、気持ちが悪いだけだろ。」
アレの何がいいのか。一番気に入らなかったのは、あの表情だ。うつろな目で踊っている踊り子の一体何処に惹かれると?
どんなに整った顔立ちをしていても、あんなに生気のない人間はごめんだ。
「え?もう、行かれたんですか!?さすがフィオリア様は早いですね。それにしても、死んだ魚のような目って…。ああいうのは、物憂げな瞳と言うのですよ?
華奢な身体に白い肌、背中に流れる長い髪は美しく揺れ、伏し目がちな瞳からは今にも真珠の涙が零れ落ちそうではないですか。
しかし、異国の女性というのは皆あのように、たおやかなのでしょうかねぇ?本当に美女ばかりですよね~。」
バインはうっとりと目を細めて空を見つめる。
「お前…。アレをよくそこまで美化できるな。呆れを通り越して、いっそ感心する。
おそらく、あの踊り子達は蒼国人だろうな。大陸にいる奴らは総じて肌の色が薄いが、黄国人はもっと体格がいい。あんな、風が吹いたらとんで行きそうな男は、蒼国出身だろうよ。」
「……………男なんて、いましたっけ?」
バインから表情が抜け落ちる。
「お前…。まさか、気が付かなかったのか?踊り子は女と男の半々だったぞ?」
「半々??確かに胸が小ぶりな子が多いな~って思いましたけど…… えっ? 男ぉ?
いやっ、でも。みんな髪が長くて綺麗でしたよ?風に靡いてサラサラで、白い肌に赤い唇が……って、え?あれで男ぉ?」
この動揺ぶりからすると、完全に男女の区別が出来てなかったな…。
蒼国の男は線が細いヤツが多い。その上、あの踊り子の多くは、まだ少年と言えるくらいの歳の者がほとんどだった。
しかし、全て女だと思ってたなんて。間抜け過ぎだろ。
「大陸では男も女も髪をのばす習慣がある。見に行くのは構わないが、間違っても男の踊り子を食事に誘うなんて、みっともないマネするなよ?」
目下、動揺中のバインは、更に目を泳がせている。マジか。おいっ勘弁してくれ…。
しかし、蒼国ね…。確かあそこは内陸と南国諸国との貿易で成り立つ国だったよな…………ヨシッ!
「バイン!蒼国に行くぞ!お前も来い。」
蒼国の港町が、どこまで参考になるかは分からないが、何かヒントくらいあるだろう。
「え?今からですか?誕生日まで、もう2ヵ月もないんですよ?例えダリオス様の許可がすぐに取れたとしても、陛下の許可や蒼国への連絡を考えると全然間に合わないんですけど…。」
「誰が公式訪問するなんて言った?俺はこれから蒼国に両親へのプレゼント買いに行くだけだ。」
そもそも、公式訪問なんて堅苦しいことなんてしていられるか!ぞろぞろと向こうのお偉いさんを連れて歩いたところで、普段の街の様子なんて分かるわけないし、当たり障りのないとこだけ見せられて『はい終了』では行く意味がない。
「はぁ!?何を言ってるんですか!プレゼント買うなんて、そんな嘘ついて…。侯爵家の長男が勝手に蒼国に入ってスパイ容疑でもかけられたらどうするんですか!?国際問題になりますって!」
「国際問題なんかにはさせねぇよ。あくまで、直接自分の目でプレゼントを選びたいだけだって言うさ。勿論、本当に買うつもりだしな。最低限の許可は取る。」
「~~~~~っ!」
蒼国に行けばきっと何か掴める。そう思うと、久しぶりに気分が高揚してきた。