第三騎士団 登場
想像以上に男が食い付いてきて驚いた。こちらから声をかける予定だったのにまさか本人から来ちゃうなんて…。まぁ、結果オーライだからいいけどね。
硬派な見た目のわりに、女に手が早いタイプだったな。部屋に入る前にキスを求められるなんて思わなかったから、男の性急な様子に内心ドキドキした。
余裕があれば、この睡眠薬(針)も、ベットかソファの辺りで使ってあげれたんだけどね。床に倒れるのは痛いよね。
「ごめんね?」
男の意識は徐々になくなり、その大きな身体は力を無くし崩れてくる。せめて頭を打たないように支えて床に寝かせると、部屋のドアに鍵をかけた。
男を放置したまま、先にスティーブとディスターを呼ぶために窓を開けて合図を送れば、二人は2階にもかかわらず、まるでそこから入るのが当然とばかりに軽やかに入ってきた。
部屋に入って早々、スティーブはこちらを見てニヤニヤしながら口笛を吹く。
「着替えを渡すのが勿体ない眺めだね。その髪色も可愛いじゃん。」
……はいはい。
そんなことはどうでもいいから早く着替えを渡してください。
「予定通り、ベットに移動させたら情事があったっぽく細工するから、二人は先に例のものの回収を始めて。」
「らじゃ~。」
「了解。」
スティーブとディスターは手早く鞄や机を探し始める。
さて、こちらも早く済まそう。その場でスティーブが持ってきた服にさっさと着替えると、先にベット周りから調べ始める。
……ここには、何も無いか。
入口に横たわる男を担ぎ上げて、ベットに寝かせると躊躇なく全裸にした。
あらわになった体躯はよく引き締まり、その鍛え上げられた筋肉は眼福ものだ。随分と良い体躯をしているけれど騎士か何かだろうか?
脱がした服はベットの周りに無造作に散らして、男の首元と胸にキスマークをつける。
「わぁお、情熱的~。」
後ろからいちいちスティーブが茶化すけれど、反応を返すのも面倒なので、もう無視。でもそれくらいでめげないのがスティーブだ。
「全裸の男に跨がる美女。せっかくそそる画なのにソイツも意識が無いなんて残念だよな。あぁ、何て勿体無い。
でも酒に酔ってた訳でもないだろ?目覚めた時にさすがにおかしいって気付くんじゃないか?」
う~ん。まぁ確かに“普通の眠り薬”なら、こんな小細工しても意味がないだろうね。でも‥‥。
「これ、特別に薬神様に作っていただいた薬なんだ。使った前後の記憶が曖昧になる作用が含まれてるみたい。」
「うわっ。それ厄神の薬かよ…。絶対、幻覚系が入ってるよ。怖っ。」
“ヤクガミ”は第三騎士団所属の、ある薬師のあだ名だ。突出した調剤の腕で薬神と評される稀代の薬師。彼が調合した薬は、他のものと比べ物にならないくらい効能が高い。薬師達の中では神格化さえされている彼を、何故か一部の黒騎士達は厄神と怖れる。
残念ながら本人にお会いしたことはないし、その恩恵を受ける身としては、これほど素晴らしい薬師様をなぜ厄神などと呼ぶのかが分からない。理由を知っている者も、この件に関してはみな一様に口が重くなるので、謎のままだ。
まぁ何があったにしろ、薬神様の薬は恐ろしくよく効く事には違いない。この薬の神様は特に毒や幻覚系が得意らしい。
…うん、絶対に敵にしたくない。
「……なんか段々とソイツが気の毒になってきたわ、俺。」
「え~?そんなこと言われると、やりにく…」
「いつまで遊んでる気ですか?」
ディスターの冷たい声が背中から聞こえた。ちょっ、マジ怖い。
スティーブのせいで怒られたじゃないかと非難を込めて睨んだのに、当の本人は飄々とした様子で「コワイ、コワイ」と呟きながら作業に戻っていった。
ちっ。後で覚えてろよ。
スティーブのことは後にするとして、目の前に集中する。事後の偽装って、こんなものでいいだろうか?いまいち加減が分からない。
一度ひいて全身を見れば、割れた腹筋が綺麗で目が惹きつけられた。
なるほどそれなら…と、最後にヘソの脇にもうひとつ跡をつけて適当にシーツをかけた。
さぁて、私はどこから探そう。めぼしいところはディスター達がもう探してるから…。ぐるっと周りを見渡せば、ベットの脇の壁に腰丈の扉があるのが見えた。取っ手には南京錠がかかっている。
ここ、すごく怪しくない?
針金を使って解錠する。この作業もずいぶん手慣れてきたな。いつでも立派な泥棒になれそうだ。
開けて見れば旅行鞄が3つ。このスペースはトランク置き場かな?中にあるうち2つの鞄はほぼ空で、残り1つは鍵がかけられている。もちろん、これも開けちゃうけどね。
中身は…。
………よし、ビンゴ!
「あったよ~。」
声をかければ、スティーブが足早に近づいてくる。
さっきとはうって変わった真面目な顔で書類を確認すると、私に向かって口の端をあげた。どうやら間違いないようだ。スティーブは中身を抜き取ると胸にしまい戻っていった。
特に他に欲しいものは入ってなかったので、鞄もクローゼットも元通りに施錠し直してベット脇から離れた。
ベットルームから出ると、スティーブは熱心に書類を読み、ディスターは何やら写しとっている。
ローテーブルに並べられたモノにざっと目を走らせれば、罪状・許可証・執行命令などの文字が並んでいた。
おや、ベッドの兄さんはあの筋肉で、騎士じゃなく官僚だったのだろうか?
いくつか書類を斜め読みしてみる。どの内容も興味深いけれど“うちには”関係ないものばかりだ。それでも出来ればゆっくり全部読みたい誘惑にかられるが、あまり欲を出すと危険だ。こういうのは引き際が大事。
「あまりのんびりしてると薬が切れて目を覚ますよ。それ写すの手分けする?」
ディスターに声をかけると、小さく首をふった。
「大丈夫です。これが終わったら、私も後を追います。一人で十分ですから、先に行ってて下さい。」
「ふ~ん。じゃあ、任せる。」
「はい。」
目当ての物は回収したし、さっさと出ようとすると何故かスティーブに止められた。
「ねぇ。アイツさぁ、このままは気の毒過ぎない?俺、同じ男として、いたたまれないんだよね…。」
「………。」
そう?
スティーブは首を傾げている私に近付き、髪に挿してある花を一輪抜き取ると、眠っている男の指に絡めた。
これでよしと何やら満足そう…って、それだけ?
「あ~…、これは?」
「なかなかいいでしょ?一夜の情事に花を残して去る女。」
・・・・さっきと何が違うの。
いやまぁ、花が増えたんだろうけどね。この花があっても何も変わらない気がするんだけど…。
スティーブは私を見て呆れた顔をすると「分からないなら別にいいよ」と肩をすくめて先に出ていく。
……コレ(花)が重要だってことは理解した。でも…分からん。