初めての**
第一騎士団の鍛錬場に、アンバランスな一組が対峙していた。
「ねぇ、レオ殿。何で誰も審判してくれないの?少し怖がられ過ぎじゃない?」
鍛錬場に一緒に来たものの、遠巻きに見る野次馬はどんどん増えるのに、審判をかってでる騎士が何故か一人も現れない。
御前試合でのレオ殿の暴れっぷりを思い出せば、確かに腰が引けるのも分かるけどさ、どれだけ恐がられてるんだか。
「審判なぞ要らん。そもそも戦いは倒れた方が負けだろう?」
レオナルドが人の悪い顔をして笑う。倒れた方が負けって…。
「レオ殿は、絶対に倒れないだろっ!!」
「なら、お前が倒れればいいだけだ。」
なに、その無茶苦茶な言い分。
結局、審判不在のまま試合を始めることに‥‥と言うか、これで試合と言っていいのだろうか?
容赦なく、剣がうねりをあげながら襲ってくる。
う~わぁ、嫌。
どうすればいいの、この筋肉ゴリラ…。
レオ殿を倒すには大砲がいるんじゃない?これを審判無しで倒すって、無理だし!
逃げたらダメだと分かっていても、命の危険を感じて、つい無意識に剣をかわしてしまう。
「いい加減、身体に受けろ!その曲がった性根も少しはマシになるっ!」
いや、無理無理無理無理無理。
「こんなの身体に受けたら、性格直る前に死ぬわ!」
あ~っ! もう、どうする!?
このまま避け続けてても絶対にスタミナ負けする。なんたって相手はゴリラだ。前回だって膝をつかせただけで、戦闘不能にした訳じゃない。
何より、審判がいないのが一番イタイ。
倒せない、判定勝ちもない。何この、出口の無い感じ。
だからといって負けるのも論外。あんな剣を打ち込まれたら、何年もベットとお友達になってしまうし、何より、負けたらレオ殿との関係が完全に修復出来なくなる気がする。
じゃあ、どうするんだよ!
あ~もう‥‥アレやってみる?でも、これもある意味 卑怯じゃ…?いや、そんなこと言ってられない。でも、レオ殿に通用する?もし、スルーされたら違う意味でも凹む事になるんだけど。
くそっ、一か八か…。
「レオ殿!一度だけ!
一度だけ、貴方の剣を受けとめる。
でも、二度は無理だからっ!」
下腹に力を入れ、剣を両手で持ち直す。レオ殿は獰猛に笑い、正面から剣を降り下ろした。……来た!
ギンッ!!
刃が交わる音が重く響いた。
ギリギリギリと刃が鳴る。
うっ、これ以上は無理‥‥。徐々に横にずらしながら、体を移動をして剣を左に一気に流す。
狙うはレオ殿の剣先が下がった一瞬。
そのまま胸に飛び込むと、レオ殿の後頭部を鷲掴みにして引き寄せ、唇を重ねた。
奇をてらった行動に、レオ殿の動きが止まる。唇が離れ、目があったタイミングで“セレシア仕様”の笑顔を作る。
目を見開く様子に、レオ殿がひどく動揺しているのが見てとれた。この隙にすかさず剣の柄をわき腹に打ち込む。
あの笑顔が、特に男性に効果的なのは過去に実証済みだ。ただ男の格好をしているし、どこまで効果があるか分からなかったけれど…。
しかしどうやらレオ殿からは十分な動揺を引き出せたようだ。予想以上にそういうのに弱い人なのかもしれない。
「はぁ…。はぁ…。貴方は、そっちの人…だったのですね。」
あがった息を整えながら言うと、その言葉にレオ殿は何故か驚愕の表情を浮かべ、項垂れる。
うずくまる巨体に一礼し、急いで建屋に戻った。
するとクラウドとイーレ殿がちょうど出てくるところだっ。
「……おや?また負けましたか。」
遠くでうずくまって動かないレオ殿を見て、イーレ殿は軽い口調で呟く。
「いいえ…。まともにお相手しますと、とても敵わないので、不本意ながら、またズルをしてしまいました。」
たった一撃、レオ殿の剣を受けただけでこれなんですと、筋肉疲労で震えが止まらない手を見せれば、イーレ殿はそれを一瞥した後で淡々と答える。
「それでも勝ちは、勝ちです。」
う~ん。やっぱりこの人も曲者っぽいんだよな。
「逞しいレオ殿であれば、すぐにまた立ち上がってくるでしょうが、私はもうこれ以上、剣を握ることすら出来ないので、今日は急いで帰りますね。」
クラウドに顔を向けると小さく頷いた。どうやら話し合いは上手くいったようだ。
後はイーレ殿に任せ、レオ殿が復活してくる前に足早に第一騎士団を後にした。
**********
(イーレ)
慌てて帰るセレス殿達の背中を見送ると、レオがうずくまる場所まで歩く。
『またズルを…』と言うからには、何かを仕掛けたのだろうが…。たいした外傷もないのに、未だに立ち上がる気配のない様子に首をひねる。
剣の腕でいえば間違いなくセレスよりもレオの方が勝る。しかし猪突猛進なメンタルをつついてやれば、意外と誰にでも勝機があるのは親しい者ならば知っていることだ。
ただ、後々のことを考えると恐ろしくて、今までメンタルを攻撃する剛胆な者がいなかっただけの話。
前回は手っ取り早く激昂させていたが、今回はまた違う方から攻めたようだな。
レオの気力をここまで撃沈させるなんて一体何をしたのか…。
「そんなに効いたんですか?」
「っ!!ふざけるなっ!男の色仕掛けなど効く訳がないだろうっ!」
急に立ち上がり、食い付きそうな勢いで弁解を重ねる。それ、僕に言われても困るんだけど。
「へぇ………なるほどね。」
「だからっ違うと!男からのキスなど、気持ち悪い。だ、誰でも驚くだろっ!男の癖にあんな匂いをさせて、柔らかくて……イヤ!…あんなヤツは男と認めんっ!」
「……ふ~ん。柔らかいのが分かるくらい密着したら、良い匂いがして、思わず男に見えなかったってこと?」
「なっ!」
顔を真っ赤にして、固く拳を握っているレオに思わず溜め息がでる。
「だから、前から言ってるだろ?お前の思想は漢らしいけど、全ての敵が正面から来る訳じゃないんだよ。もっと柔軟に対応出来るようにしろって。
セレス殿と交友を深めることは、君にとってもいい刺激になると思うよ?」
「俺に男色の趣味はないっ!!」
そっちじゃねぇよ。
………時間が、かかりそうだな。
再度深い溜め息をつくイーレだった。
**********
第二騎士団に戻ると、目敏く震える手に気付いたアルが、それは楽しそうに、しつこく問い詰めてきた。
そうしてるうちに、なんだかんだと結局全部白状するはめになるのはいつものパターン。アルは本当にしつこい。
そのうちファーストキスだ、祝盃だ、と騒ぎだし、翌日には何故か何本ものワインが第二騎士団宛てに届いていたのは悪夢のようだった。
スティーブから届いた大量のワインを見て、私が顔をひきつらせたのを、アルはまた何度も指をさして笑う。
お前は何がそんなに楽しいんだ。