挨拶回り
「すみません、クラウド様…あっいや‥‥"クラウド"まで、一緒に連れ回してしまって…。」
あぁ、慣れない。
この数日で驚いたのは、クラウドが私達をすんなりと受け入れたことだ。アゲート兄様の後ろ楯があるとはいえ、得体のしれない人間を急に団長として据えろなんて、反発されて当然なのにもかかわらず、クラウドはどこか楽しんでいる様子なのだ。
人望、実力をともに備え、次期団長と言われていたこの人が、異も唱えずにこうして隣で笑っているから、騎士達にも多少の混乱はあったものの、拍子抜けするほど友好的に受け入れてもらえた。
混乱を抑えるのに時間がかかると思っていたから、こんなに早く挨拶回りに出られるなんて…本当に予想外でしかない。
『第二騎士団も新体制となりましたし、何かしたいことはありますか?』とクラウドに言われた時なんて、あまりの友好的な態度に裏があるんじゃないかと訝しく思ったくらいだ。
正直、何を考えてるのかは、まだ分からないけれど…。
「いえ、セレス。私の方こそ、お礼を申し上げなくてはいけません。付き添わせていただいて、ありがとうございます。貴重な体験が出来ました。本当に驚くほど顔が広いのですね。正直、意外でした。」
今日は朝からずっと挨拶回りをしている。各総長、団長、それから町の有力商人達のところに顔を出して、就任の挨拶と世間話。
既に皆、知り合いばかりだから、特に真新しいことはなかったけど、クラウドにとっては新鮮だったらしい。
商人達の反応なんて「あぁそう」と至極アッサリしたもので、大変だったのは世間話の長さ。まるで主婦の井戸端会議のように区切りなく長い。
けれど、この井戸端会議にこそ貴重な情報があったりするので無下に出来ないのが悩ましい。今日中に全部回れるかな…。
比較的すぐに済むと思っていたウォレス団長も、私を見つけるなり近寄ってきて「もっと船団にも顔を出せ」と大きな手で頭をグリグリと捏ねまわして離してくれないし、アゼツライト団長 (アゼー)は、まだ拗ねているのだろうね。あまりにも始終ムスッとしているから、さっさと帰ろうとすれば「何故もう帰る!」と怒り出し、薄情者扱いだ。
まともな対応だったのはデイビス総長とギルバート総長くらいかな?商人達なんて、就任話そっちのけで、今までの取引をどうするのかと言う話に重点が置かれていた気がする。
商人とのやり取りに関しては、貴族のクラウドには驚きと戸惑いが多かったのだと思う。
そこで、ふと疑問が浮かんできたのでクラウドに尋ねてみた。
「ギルバート様の就任の時はどうだったの?」
さすがに私みたいに商人まで挨拶して回ってないだろうから、貴族中心だったのかな?
「さぁ、どうでしょう?私が副団長に就く以前から、団長でいらっしゃいましたし、私が副団長になった時も、皆様には夜会等でお会いした機会にご挨拶する程度でした。」
「へぇ~。」
私からすると、そちらの方が意外だけど。貴族ってそういうものなの?う~ん。どうやら私には、商人魂が身体に染み付いているらしい。挨拶大事!!
「セレス、疑問が幾つかあるのですが、今お聞きしても?」
「いいよ。何?」
馬車はゆっくりと次の目的地まで進んでいる。歩いても良かったんだけど、今日は1日がかりになりそうだったし、たくさん移動するから馬車を出してもらったのだ。
合間に休めるし、馬車の中でクラウドとゆっくり打ち合わせも出来るから、いい選択だったと思う。
「各船団長方と親しいことにも驚いたのですが、その割に私達と、ほとんど面識がなかったのは何故ですか?」
“私達”って、クラウドとギルバード様のこと?
「あぁ、ちょっと…ね。騎士団は避けてたから。」
「何故?」
クラウドが珍しく眉を寄せる。
「特別、何かある訳じゃないんだけど…。ただ、その…何となく?」
兄様とセレスの繋がりも、今までは公にしてなかった。付き合いの長い何人かの商人は、何となく気付いてるっぽかったけど。暗黙の了解で、敢えてそこに触れてくる人間はいなかった。駆け引きに長けた商人ほど、無闇に踏み込むと危険な部分ってのは敏感に察した上で、それなりに付き合うのだ。大切なのは信頼と利害関係。
船団長達二人は身内のようなものだから良いとして、微妙なのはなまじ面識がある近衛達なんだよ‥‥。
近衛は第一にしかいないけど、騎士団同士、第一と第二は、何かと交流も多いから、用心にこしたことはない。
「…とは言っても、御前試合の常連メンバーとは会えば会話くらいするし、町を歩けば第二の人達ともよく会うから、全く交流がなかったわけじゃないよ?」
ギルバード様やクラウドは御前試合に出ないし、町を巡回するような立場じゃないからたまたま面識なかっただけだ。
クラウドは表情を消して、質問を続ける。
「商人達とも、付き合いが長い様でしたが…。」
「そうだね。もう10年近くの付き合いになるかな?初めのうちは私が小さな子供だったこともあって、当然のように門前払いだったんたけど、最近ようやく認めて貰えるようになったばかりだよ?」
本当、今でこそ、応接室に通してもらえるけど、初めのうちなんて言葉通り、つまみ出されていたんだ。
黒騎士の仕事の合間に、商隊の護衛に付いたり、小さい商談からコツコツと信頼を築いたりして、やっとまともに相手してもらえるようになったんだよね。
「商隊の護衛が一番割りが良かったな。護衛は重宝がられるし、ついでに自分の買い付けも出来きるからお得だよねぇ。試合に毎年参加するようになったのも、護衛の仕事を貰い易くする為ってのもあったしね。」
「護衛に買い付け…?」
「ん、主に黄国に行ってたんだ。向こうでいいものを探して、それを仕入れてこっちで卸してって感じ。これからは暫く出来なくなるけどね。
あっ、そうだ。せっかく伝手もあるし、定期的に第二騎士団から交替で商隊の護衛を出すってのはどう?
騎士団と商人との太いパイプが出来るし、恩を売っておいて損する相手じゃない。騎士達には他国を見せるいい機会になるし、国境のポートガス領にいる地方騎士達との交流は、いい刺激になるハズだよ。あそこの騎士達はすっごく強いからね。あと実戦も積める。街の警護とは違って、盗賊は急に集団で襲いかかってくるから、いい肩慣らしになるよ。」
「それは面白そうですね。宿舎に戻ったら一度話を詰めてみましょう。街にとって騎士団の存在が大きく変わりそうだ。
しかし‥‥船団といい、商人といい、貴方はどこに行っても人気者でしたね。アゼツライト様までもずいぶんと…。」
アゼー?あの人は大人げなく拗ねてただけだと思うけど…。
「まぁ、身分に拘らない人だから、その分、気安いのかもね。」
アゼーは第二王子という立場があるから、私のように自由に動くことなんて出来ない。それが理由かは分からないけれど、やたらとつっかかってきたり、拗ねたり。なんと言うか、同じ歳なのに弟っぽいのだ。それなのに、少しでもこっちがお姉さん風をふかしたものならスゴい剣幕で怒る。
「王都にいる主要な者達は貴方と懇意であったのに、私達だけ蚊帳の外だったとは…。聞けば聞くほど悔しいですし、妬けます。」
ん…?別にそこまで…。
これって、軽く責められてるんだろうか?ごめんなさいって言うところ?
思わず首を傾げると、それを見てクラウドが少し笑った。
「セレスは可愛いですね。」
「!?」
何で、ここでそのセリフ!?
思わず固まった顔を両手で揉みほぐしながら身構えたとき、最後の目的地である第一騎士団の宿舎に着いた。
まぁ、いいや。謎のセリフより、今は挨拶回りの最後の大詰め、レオ殿が先だ。気持ちを切り替えて腰を上げる。
「クラウド、今日はアルがいないから、後ろから来るのは頼むね?」
「?」
少し不思議そうな顔をしたけれど、次の言葉で納得したようだった。
「第一は、いつも熱烈な歓迎をしてくれるから。」
騎士団の宿舎の前で馬車から降りる。降りてきた私を見て、初めて誰が乗っていたのか分かったのだろう。
私に気付いた騎士達がまるで号令をかけるように声を張り上げた。思わず笑いが込み上げる。
『付いてきて』とクラウドに言うと、私は走りだした。
ここ最近、毎日のように足を運んでいるから、すでに勝手知ったる場所だ。向かってくる騎士達を素手で薙ぎ払いながら前に進む。
最近はそんな様子を見て、板を抱き締めながら遠巻きに涙ぐむ騎士がいる。どうやら修理が追い付かないらしい…、ごめんね?
奥に進むほど、廊下や壁に尋常ならざる刀跡が目立ち出す。
バンッ!
最奥の扉が開くと、既に抜き身の刀を持ったレオ殿が現れた。思わず口の端が上がった。
レオ殿の登場で後ろから追いかけてきた騎士達が、サッと波が引くように居なくなった。いつまでもいると巻き込まれるからね。
「これはこれはレオ殿。毎度お出迎え痛み入ります。この度、第二騎士団 団長に就任致しましたので、ご挨拶に参りました。」
嫌みなくらい、恭しく礼をとり挨拶を述べると、レオ殿の顔が分かりやすく歪む。
「それは何の冗談だ。お前が第二の団長だと?馬鹿馬鹿しい。」
鼻で笑うレオ殿も、後ろのクラウドが目に入ると、サッと表情が変わる。
「この馬鹿はともかく、クラウド殿まで…どうされた?」
ねぇ、ちょっと…。私とクラウドに対する態度、違い過ぎない?まぁ、しょうがないのだけど…。
クラウドは私と同様に礼をとると、レオ殿に向き合う。
「新団長就任のご挨拶に、共に回っているのですよ。既に各所を回り終わり、こちらが最後です。」
クラウドの言葉にレオ殿は信じられないと言った表情でセレスを仰視する。
「レオ殿、そんなに熱く見つめられると、溶けてしまいそうです。」
大袈裟に恥じらってみせると、レオ殿は汚いものでも見たかのように、鼻にシワを寄せる。
「それくらいでお前が溶けて消えるのであれば、幾らでも見てやろう。遠慮なく骨まで溶けろっ!」
う~ん。レオ殿は今日も情熱的。
でも、今までなら即座に振り上げられていた剣が、クラウド効果か、未だに鞘に納められている。
やっぱり、積み上げてきた信用の違いだろうか…?