御前試合 2
決勝トーナメントは各予選ブロックの優勝者8名で行われる。午後の観客が入り始めた会場に、対戦表が大きく貼り出された。さすがに[午後の部]ともなると錚々たる顔ぶれだ。
A‐1 デイビス(船団:総長)
A‐1 ダン(第二騎士団:隊長)
A‐2 レオナルド(第一騎士団:団長)
A‐2 ディスター(一般人)
B‐3 ウォレス(第一船団:団長)
B‐3 アル(一般人)
B‐4 アゼツライト(第二船団:団長)
B‐4 セレス(一般人)
試合は番号の若い順、つまり1→2→3→4といった順に行われ、それぞれの勝者がA→Bの順に準決勝を、更にその勝者が決勝を行う。
そうこうしているうちに[午後の部]の始まりを知らせるトランペットが響き始め、決勝トーナメント出場者は各々の控え場所に収まった。
楽隊の調べが、明るく軽快なものから荘厳な音色へと変わると、国王様を初めとする王族、側近の貴族が現れ、それぞれ御着席になった。
決勝トーナメント開始が告げられ、船団のデイビス総長と第二騎士団一番隊のダン隊長が控えのテントから現れる。
デイビス総長は久し振りの出場にも関わらず、ブランクを感じさせない、その雄大豪壮な剣は素晴らしく、ダン隊長にさえ反撃を許さない力強い雄姿は正に眼福ものだった。
続くレオナルド団長の豪胆なる雄々しさも見応え充分で、あの冷静沈着なデイビスを熱くさせ、荒々しく剣を打ち合う様子に惹き込まれた観客は多い。
そして、アルの相手は第一船団のウォレス団長だ。ウォレス団長は合理的なタイプで、剣筋に無駄がない。見た目は、ちょいワル風の格好いいオジサマだ。
試合が開始して間もなく、アルは何故かウォレス団長に向かって突っ込んでいく。すると驚いたことにウォレス団長がアルの剣を素手で握り、そしてアルを蹴り倒した。
って、えぇぇぇぇぇぇ??
あのウォレス団長が反則!?あり得ない!
何故か鬼の様な形相をしてアルを睨み下ろしていたウォレス様は、アルの手を見て急に顔を緩め、爆笑し始める。何が何だか理由が分からない周囲をよそに、血だらけの手の平でアルを引っ張り起こすと、背中をバシッと叩いた。
あっさりと負けを認めテントに下がるも、まだ笑いが止まらないようで、漏れた笑い声が聞こえてくる。アル…、一体 何をした…。
私の初戦相手は第二船団のアゼツライト団長だ。アゼツライトことアゼーは、この国の第二王子。つまり私と同じ年の甥でもある。王族でありながら、船団で汗を流す姿は親近感があると、庶民派の王族として市民から絶大な人気があったりする。
アゼーの剣はこれぞ王道と言いたくなるくらい正統派の剣で、太刀筋がとても美しい。でも…うん、落ち着いてやればきっと大丈夫。私は心を落ち着かせて向かい合った。アゼーは歳が同じだからか、私が相手となると、どこかムキになるところがある。だからその対抗心をくすぐればいい。剣を交えながら一言、二言と煽るような言葉をかけてみれば案の定、肩に余分な力が入り出し、粗が見え隠れしだした。
こうなれば、もうこちらのペースだ。剣を打ち込むスピードをあげ、アル仕込みの意表をつく攻撃を混ぜる。徐々に余裕がなくなり、昔の悪い癖が出たところを狙って剣を弾いた。
勝負がついた後も、アゼーはまだ納得出来ないといった顔で悔しげにこっちを睨んでいる。この様子だと、今度王宮で会ったら色々言われそうだな…。アゼーの負けず嫌いは未だ健在らしい。
席に戻ると間を置かずして二回戦がはじまった。
デイビス総長とレオナルド団長はどちらもすこぶる体格がいい。二人とも所謂、ゴリマッチョだ。気品漂うゴリマッチョでムキムキ。見ている分にはいいけれど、対戦することを考えると憂うつ過ぎる。一太刀でも当たれば、即、昇天しそうだよ。
二人の攻防は、剣が交わる度に火花が飛ぶんじゃないかと思うほど激しかった。男と男、いや筋肉と筋肉のぶつかり合いは、熱く、迸る汗は宙に舞う。激しい鍔迫り合いを繰返し、最後は若さが物を言ったのか、勝利の雄叫びをあげたのはレオナルド団長であった。
先ほどの熱い試合に、観客の興奮が冷めやらぬ中、アルと私の試合が始まる。まずはいつもどおり宣誓の後、型に入る‥‥て。
………あれ?
なんでアル、そんな歪んだ笑いを浮かべてるんだろう?疑問に思っていれば、型が終わると同時にアルが恐ろしい程の殺気を放ちだした。
いっ……!!最初から全力!?
「ペースってもんを考えなよっ!飛ばし過ぎ。」
アルの剣を受けながら文句を言う。
「これが俺のペースだよ。」
他の出場者と違って、アルの奇抜な手や不意討ち、どこを好んで狙うのかもよく知ってるから剣を受けることは出来るけど…
けど、けどさ…
何でそんなドス黒いオーラを出してるわけっ!?
「俺のノルマ、もう終わったんだよね。」
は?ノルマ? あ、ベスト4ね…。
「つまり、これ以上やりたくないし、もう勝つ必要もないってこと。」
そう言うとアルはニタァと悪い笑みを浮かべ、遠慮なく急所をしとめにかかってきた。いや、待って、これ受けそこなったらマジで死ぬと思う…って、分かったっ!こいつ今までの鬱憤をここで全部晴らす気なんじゃ…。
気づいたのが少し遅かった。試合だから反則はしないだろうと油断してた私の股間をアルに思いっきり蹴り上げられた。酷い鈍痛がはしる。ふざけるな!と脇腹に剣を力いっぱい叩き付ける。
男性じゃないから悶絶まではしないけど、蹴られれば痛いものは痛いっ!絶対に後で殴ってやる!
紛れもない反則でアルは一発退場。退場のくせに、何なの?その、どや顔!本当、お前、何なんだよ。
参加者や、観覧席から送られる同情のこもった目がつらい。
控え席に戻るのに、痛みから思わず前屈みにゆっくり歩いていると、審判や会場の係員がすれ違いざまに腰をトントンしてくる。何それ、おまじない?
本来なら多少の傷は自分のテントで治療してお仕舞いなのに、前代未聞の反則にしばらくの休憩措置までとられた。
有り難く晒し者になりながら、少し離れた医療テントで休ませて貰うことに…。纏わりつく哀れみの視線がうっとおしいと天幕を閉めて貰うと「では患部をお見せ下さい。」って…。
隣で脇の骨折治療を受けていたアルが痛そうに爆笑してるのをイラッとしながら横目で見て、「休むだけで大丈夫」と丁寧に断った。
隣で「蹴られる方が馬鹿なんだ」とアルが耳打ちしてくる。あぁもう、馬鹿はお前だ。
アルとセレスは普通に戦っていては、とても勝てません。なので、アルは意表をつく作戦を、セレスは心理戦を使い、必死に勝ちをもぎ取りにいきます。