御前試合 1
開始の鐘が鳴り、各ブロックごとのトーナメント表が貼り出された。
それぞれ自分のブロックの場所に移動し、担当者から対戦順などの説明を受ける。
どうやら今年の予選ブロックは、過去の成績上位者から順に各ブロックへと一人ずつ振り分けていったようだ。
その結果、各ブロックごとの実力は偏りがなくなり、有名どころが順調に上がって行きやすいトーナメントが出来上がっていた。
つまり決勝トーナメントに優勝・入賞経験者が勢揃いする可能性が高い。
初戦から激しく潰し合うことはなくなったけど…、その分 試合が進むにつれて熾烈な争いになりそうだ。まぁ、観客にとってはそちらの方が盛り上がるかもしれない。今年は特に午後の部が見応えありそうだ。
おかげさまで私もアルも順調に勝ち進む。
アルのブロックが若干荒れていると聞いて、試合の合間に見に行くと、ちょうど試合が始まるところだった。
アルとその対戦相手が指定位置に着いた途端、観客席からは大きなブーイングと共に盛大な歓声があがった。
…え?何コレ。
観客のヤジを振り払うように、試合開始の声がかけられる。宣誓後、型で数度 軽く相手と剣を合わす。そして型が終わった時のことだった。アルが素早く、相手の足を狙って切り込んだ。対戦相手は、かろうじてそれを剣で防ぐも、バランスを激しく崩した。
こうやって改めて見ると、アルの動きってずいぶんトリッキーなのかもしれない。思わぬ場所への攻撃に相手が動揺しているところを、下から喉をめがけて剣が一気に突き上がる。ここまで間、開始からわずか。驚くほど早く勝敗がついて、アルに軍配が上がった。
なるほど…。
反則を取られる前に、さっさと勝負をつけてしまおうと言う作戦のようだ。アルは先入観や固定観念が薄いからか、動きが予想しづらい。初めて剣を合わせる相手なら特に有効な作戦だと思う。
奇抜な動きに翻弄された対戦者達は、ろくに剣も合わせないうちに隙をつかれることになる。もし、自分が同じ立場になったら悔しくてしょうがないだろうな…。
アルのブロックほどではないが、他にも番狂わせで盛り上がっているところがあるようだった。一般人が隊長クラスに勝ったと大騒ぎしている。
残念ながらそちらまで見に行く時間はなくて、様子が分からなかったけれど、どんな剣士が決勝に上がって来るかとても楽しみになった。
予選トーナメントも大方終わり、終わったブロックから休憩に入りだす。何とか無事に勝ち進むことが出来、ここまでは無難に終わった。しかし大変なのはこれからだ。朝は芋洗い状態だった控え室も今は閑散としていた。
昼休みの間、会場は[午後の部]用に組み直されるため、全ての観客が一旦建物の外に出される。
勝ち残っている出場者達も、おのおの昼食や休憩を取りに出たようだ。
控え室でアルが戻るのを待っていると、廊下を見覚えのある人影が通り過ぎていった。横顔が少し見えただけだけど、おそらく間違いない。あれ、ディスターだ。もしかして隊長クラスに勝った一般人って、ディスターのことなのだろうか?
そうこうしているうちにアルが戻ったので、ちょうど良い空き部屋を探し、弁当を広げた。
「やっと、アレから離れられる…。俺、コレが終わったら2度と試合なんて出ない……。」
アルが小さく呟く。その声はあまりに疲労がにじんでいて思わず苦笑する。よっぽど嫌なんだろうなぁ。
「アルお疲れ様。あと少しだから…。」
「あぁ…だな。…そう言えば、お前も頑張ってたじゃん。3戦目のヤツとか、苦手なタイプだっただろ?上手いこと誘い出したなって思った。」
その言葉に驚く。他の出場者に比べると腕力が劣る分、速さでそれをカバーして相手を追い詰めるのが私のいつものパターンだ。けれどそれが防御に優れる相手だったりすると、全て簡単に受け止められて、こちらの体力が消耗していくだけになってしまうのだ。私にはその防御を押し切るだけの力強さもないので、やがて攻撃に疲弊したところを相手に狙われてしまう。
だから今回、速さで押せないと分かった時点で、逆にこちらから攻撃するのを極力控えた。防御に優れる者は攻撃を苦手とする者が多い。なので、何とか相手の攻撃を引き出して、その粗を突くことで勝つ事が出来た。
「見てたの?」
「俺、待ち時間長かったから。」
そう言うと、アルは私の頭を大きな手でポンポンと軽く叩く。小柄なわりに大きく温かいアルの手にどこかホッする。
すると今度は、髪の毛をワシワシとかき混ぜ始めた。そろそろ止めて欲しい、ボサボサになるじゃないか。軽く睨むとアルはフッと笑い、手を引いて大きく伸びをした。
「さっき、ディスターがいたよ。」
そう話すとアルは前を向いまま、言葉だけで返す。
「あぁ。仕事みたいだな。」
「もう、話したの?」
試合中どこかで会ったのかな?
「いいや。お前の兄貴に聞いた。」
それこそ どういうことだ。兄様から聞いたってことは試合が始まる前から知ってたってこと?
「それっていつ?この前、アルだけ残った時?」
兄様は忙しいから、屋敷にも滅多に帰ってこない。私ですらこの試合の話を聞いて以来、一度も兄様に会えてないのに。
「…アレは別件。アイツらのこと聞いたのは最近。」
「…………。」
最近会ったんだ…。いつ二人で会ってるんだろう。
「何?」
「…兄様とアルって、何だかんだ言って仲が良いよね?」
仲間外れにされたような気分で、少し不貞腐れたように言うと、アルはあからさまに嫌な顔をする。
「…………心外だ。俺は最近、都合のいいように使われてるだけな気がしてきたぞ。」
「そうかな…。私より、頼りにされてる気がするんだけど…。」
「ん?なに?それってヤキモチなの?俺に?それとも兄貴に?」
面白いものでも見つけたかのように、ニヤニヤ笑いながら寄ってくるので背中を向けると、アルは更に後ろから近寄り肩に顎をのせてきた。
近いわっ!離れろ、息がかかる!
試合後の汗と男っぽい匂いに動揺してしまう。そう言えばアルって男なんだよなと、何故か当たり前のことを思ってしまった。だって兄様は、いつも香水のいい匂いしかしない。
「………兄様に、会いたいな。」
「やっぱりガキだな。」
アルはパッと離れると椅子に深く座り直し、足を組んだ。
「ブラコンってのは俺からしたら充分ガキだ。」
うっ…。ブラコン…。否定出来ないのが悔しい。
あっそう言えば…。
「ディスターがいるってことはスティーブも居るの?」
あの二人はペアになることが多いのに、さっきはディスターしか見なかったから気になってたんだ。
「あ~、いねぇよ?」
へぇ珍しい。二人は何の任務に当たってるんだろう?
「別々に行動してるの?」
「…………お前さぁ、」
アルは呆れたように、頬杖をつきながらこちらをみる。
「何?」
「アイツらは、もうお前のチームじゃねぇんだよ。別チームのことは不干渉だ。それくらいわかってるだろ?」
急に冷たい水を被ったような気分になった。
黒騎士はチームごとの独立性が強い。仕事の性質上、お互いのチームのことは不干渉がルールだ。スティーブ達とチームを組んでいたのは、以前の話であって、今では別チーム。解散した以上、もう皆との関わりはない。仕事の内容だって、確かに私が聞いていいものではない。けれど、それを言うならアルだって一緒じゃないか。
「…じゃあ、なんでアルは知ってるの。」
何で兄様はアルにだけ話したの?何でアルは私には教えてくれないの?
「お前、あんまりガキ臭い事言ってると決勝トーナメントで叩き潰すぞ?俺はお前の保護者じゃねぇし、兄貴でもねぇ。べったり甘えたいなら他をあたれ。」
まるでアルに依存している心を見透かされたようだった。
そうだ、よく考えれば分かることだった。兄様だって何もないのに軽々しく話したりなんてしない。アルが知っているってことは、つまりアルが個人的に兄様から、それに関連した任務を受けてる可能性が高いってことだ。
「……ごめん。」
よく考えもせず、勝手に拗ねたことが恥ずかしくなってくる。
「お前なぁ…。」
謝った私に対し、アルは困った顔をした。
そんな顔しないで…。
「分かってるっ。」
アルが個別任務を任せてもらってるのも、兄様がアルを信頼しているのも、私が何も知らされてないのだって、アルが悪いわけじゃない。
兄様からもっと信頼されたいとか、アルに教えて欲しかったとか、そんなのは全部 私の我が儘だ。ついアルに甘えてたんだ…。もっと気持ちを引き閉めなくちゃ。
まだ何かアルが言いたげな様子だったけれど、それ以上、お互いに口を開くことはなかった。