人の繋がりこそ
港町と王都を結ぶ大通りは、早朝から出店や、流れの商人の露店が軒を連ね、道行く人で賑わいを見せていた。
王都の西側に位置する大闘技場には、すでに所狭しと観客がひしめき合っている。
前が見えないほどの人混みの中を縫うように進み、ようやく控え室までたどり着く。
御前試合[午前の部]では、エントリーされた出場者の予選トーナメントが行われる。闘技場を大きく四分割し、各ブロックの試合を同時進行する形だ。
[午前の部]の観覧は毎年無料開放されるため、それを目当てにした市民が、開始前から門の前に大勢集まる。観客席のほとんどが町に住む一般市民で埋め尽くされ、試合の歓声にはヤジも多く飛び交い、お祭り騒ぎとなる。
対して、国王陛下が御在席される[午後の部]では、予選を勝ち上がった出場者の決勝トーナメントが行われる。観覧席は全てチケット制に変わり、その大半が貴族と裕福な商人で占められる。そして出場者にも、会場に簡易テントで控え席が設けられるので[午後の部]は、出場者自身も試合を観覧をしながら参加することが出来る。
とはいっても、最初は全ての出場者が例外なく大部屋に入ることになっていて、ウォーミングアップをする者は、会場の端へと移動し、出番を待つのだ。
試合が進めば、控え室の人数も徐々に減っていき、ゆとりも出来るが、開始前の現在においては、一般の観覧席にも負けない混雑ぶりである。
身支度を済ませると、落ち着けそうな場所を探し、アルと二人で腰を降ろした。本来はとても広い部屋のはずなのに、ガタイの良い男達がこれだけ集まると、やはり狭いし熱気がすごい。
まもなく始まる試合に興奮しているのか、多くの人が立ったまま、知り合いを見つけては会話をしている。その歓談には程好い緊張感があり、胸が高鳴る。
出場者達の話題の中心は、やはり成績優秀者への昇格の話が主で、みんなの期待の大きさを表すように、普段以上に気合いが入っている。
そんな様子を眺めていると、入口の方から見知った男達が現れた。こちらに気付くと手を振って近づいてくる。
「おぅ!お前ら。めずらしく早いじゃないか。」
「やぁ。セレスにアル。十文字を捕まえたんだって?もう、いっそのこと君らも騎士団に入ればいいのに。」
このむせ返るような熱気の中でも、変わらず爽やかな雰囲気を纏う2人は第二騎士団のライアンと第一騎士団のユリウス。そしてその後からもう一人。
「セ~レス~!お前、相変わらず小っせーなぁ。ちゃんと飯食ってるかぁ?最近、全然うちにも寄ってくれないからさぁ、母ちゃんが心配してたぜ?時間があったら今度、顔出してやってよ。
あっそうだ!今日、これ終わったらおやっさんとこで打ち上げやるんだ。セレスとアルも良かったら一緒に飯食いに来いよっ!」
最後に来た、威勢がよくて声が大きいのがトビーだ。この3人は御前試合の常連組の中でも特に親しい。御前試合のジュニア版にあたる登竜試合に参加していた頃からの長い付き合いだ。もはや悪友とも言える。王都での遊び方やその他諸々を教えてくれたのは、他でもないこの3人だ。
「久しぶり。あっ、ライアンにはこの間会ったけどね。みんな元気そうで良かった。」
「それにしても、アルもついに出場かぁ。ずっと剣は興味ないって言ってたのに、どんな心境の変化だよ?しかもずいぶん年季の入った剣を持ってきたな。…うわぁすげぇ、相当使い込まれてるのに歯こぼれ一つしてないぞ。」
癖毛で人懐っこい笑顔のトビーは鍛冶職人だ。日々鉄を打つからか、その身体は騎士とはまた違った逞しさがある。
最近ようやく自分が鍛えた刀を店に出させてもらえるようになったと照れるその姿は、大きな身体に反してどこか可愛い。
ライアンに第二騎士団へ呼ばれてヒドイ目にあったことを話すと大笑いされ、ユリウスが冗談混じりに言う。
「それは君らが悪いよ。だから早く騎士団に入れば良いのに。第一においで。」
「それを言うなら第二だろ?」
ユリウスが第一に誘えば、すかさずライアンが第二へと勧誘する。そして、このいつもの2人のやり取りは、やはりいつもの通り、次第に所属する騎士団の自慢勝負へと変わっていく。
久しぶりに皆が揃ったことにテンションが上がり、軽くじゃれながら近況報告をし合っていると、ずっと静かだったアルが「型の確認してくる。」と素っ気なく出て行ってしまった。
「……アル、どうしたんだ?」
いつもと違う様子にトビーが心配そうに尋ね、それに対してライアンは肩をすくめた。
「何か悪いものでも食べたんじゃないか?あいつの場合、緊張するような可愛い心臓なんて持ってねぇだろうし。」
………ライアン、貴方の中でアルってどんな人間なの。呆れているとユリウスが苦笑しながら言う。
「アルはずっと心ここに在らずって感じだったよね。初めて御前試合に参加するって聞いたから、アルもようやくやる気になったのかと思ってたんだけど、あの様子だと、参加すらどこか嫌そうだし…。」
さすがユリウスはよく見てる。
実は、アルが御前試合に参加することになって、ちょうど良い機会だからと、剣の作法を一から勉強することになったのだ。そこでアルの意外な弱点が明らかになった。
今までどんな武器を渡しても、そつなく扱い、あっと言う間に使いこなしていたあのアルが、剣に限っては驚くほどダメだったのだ。
黒騎士の仕事の時は、いつも鞭のような動きをする金属製の巻き尺のような武器と、手のひらサイズのレイピアを好んで使っている。どちらも特殊な武器で、アルはこれを“デンデン”“メーチ”と名前を付けている。
黒騎士では、剣よりも身体に忍ばせる暗器の方が何かと都合がいいのだ。だからといってアルが剣で戦えないかと言うと、そうではなくて、実は熟年の剣士を楽に倒せるくらい強かったりする。
では何がダメなのかと言うと、蒼国で『型』と呼ばれている独特の動きが全く出来ないのだ。この型は実戦で使うようなものではなく、どちらかというと作法とか儀式的な要素が強い。
つまりアルの剣は完全に『実戦に限る』ものなのだ。そして更に、アルにとって最大の難関が“ルール”。
そもそも自由人のアルにとって“ルール”自体が、敵に等しい。御前試合の話を聞いてから、この数ヶ月、アルはただひたすらルールとの格闘の日々だった。
蒼国で行われる剣の試合は、まず宣誓をして 型から始まる。けれどアルは既にここから酷い拒否反応があって、そして大抵はルールに引っかかり違反負けをする。
アルは強さとは違う初歩的な部分で、とんでもなく手間取っていた。
ルールブックを見ながら『足、ダメ』『手、ダメ』『初め、正面』とぶつぶつ言うアルの姿は不気味でしかなく、この数ヶ月間 溜め続けたストレスはそろそろ限界に近いのだろう。まぁそれも今日で終わるので、あと少し頑張って欲しい。
「アルさ、実戦ならいいんだけど、試合は好きじゃないみたいで、ここのところずっとイライラしてるんだ。」
そう話すと皆、不思議そうな顔をする。
「何がそんなに嫌なんだ?」
だよね。…本当に何がそんなに嫌なんだろう。
「初めの宣誓が特に嫌みたい。あと型のかまえも。」
そう答えると、ライアンは困った顔に変わる。
「基本が嫌いじゃどうしようもねぇな。まぁそれでも、アイツが自分で参加するって決めて今ここにいるんだから、その辺は何とかするだろうさ。
………それより、今日お前が力んでる理由は何だ?別にアルが気になって、とかじゃないだろ?」
あ~。見透かされてたか。
「……今年は何が何でも優勝したいんだ。」
私の言葉に三人が驚く。
そりゃそうだよね。
「今年は、なりふり構わず勝ちを取りに行くつもり。ヤバイ時はルールのギリギリのことだってやる。」
表情から本気で言っていることが分かったのだろう。3人は言うべき言葉を探していたが、少ししてユリウスが口を開いた。
「………それは、今年の御前試合が春の人事に影響するから?」
「うん。」
素直に頷く。
「今まで僕らがどれだけ入団を誘っても、ずっと断ってきたよね?なのに急に、どう言うことなのかな?」
「…………。」
ユリウスが疑問に思うのも尤もだ。今年優勝したいと言うことは、役職付きなら入団したいと言ってるのと変わらない。今までずっと誘いを断ってきて、今更 野心的に優勝を狙うなんて、誰でも変だと思うだろう。思わずうつ向くと、ユリウスが小さくため息を吐いた。
「話せない、か…。あのねセレス?僕らだってバカじゃない。セレスとアルが何か言えないことをずっと隠してるってことくらい知ってるよ。」
え?
驚いて3人の顔を見上げると、3人ともが、何とも言えない苦い表情をしていた。
「昔、3人で決めたんだ。きっと君達には、よほどの理由があるのだろうから、2人が話してくれるのを僕達は待とうって。だから…今日もこれ以上、尋ねたりはしない。
けれど、勘違いしないで欲しい。僕らは君達が困っているときに助け、苦しんでいるときに力になる準備がいつでもある。だから尋ねないからと言って『知らないから関係ない』なんて勝手に線を引くなよ?
僕らは君達にとって、困った時に『助けて』と言える友人なんだと思って待っててもいいよね?」
「もちろんっ!」
ユリウス、ありがとう。ありがとう皆。でも、そのセリフは何かズルい。そんなこと言われたら泣いてしまいそうになるじゃないか。
いつか…皆に全部話せるときが来るといいな…。
アルが控え室に戻って来ないまま、御前試合開始の鐘が鳴り始めた。