叔父と甥
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(ギルバート)
昨夜、十文字が捕縛された。この男を捕まえるために、今までさんざん罠を仕掛け、捜査網を張ってきた。しかし、幾ら追い詰めても いま一歩のところで、すり抜けるように逃げられ、その度にどれだけ臍を噛んできたことか。
それをたった二人の少年が捕まえたなど、到底信じ難い話だった。
我々が十文字捕縛に手こずったことで、ついに第三騎士団までが動きだしたと聞いた時の苦々しさは、今も記憶に新しい。
だが流石と言うべきか、第三騎士団が動き出してから、捕らえ損ねた下っ端が次々と表に出てきた。
ある者は満身創痍の状態で、またある者は拘束されて。広場や公衆井戸の近くなどをフラフラと歩いていたり、拘束の上 放置されていたり。
どいつも逃げる気力を失い、大人しく捕まる姿など、もう異様としか言えない。
そして今回、とうとう十文字まで…。
十文字は剣の腕こそイマイチだが、誰よりも卓越した情報収集力を持ち、頭の回転が早い男だった。少なくとも、たった2人の少年が捕らえれるような小者ではない。おそらく、この件も第三騎士団が絡んでいるはずだ。
“黒騎士”と呼ばれ、姿を一切見せない謎に包まれた第三騎士団。一体どういう者達なのか。
そしてもうひとつ気になったのが、あの二人の少年だ。強面で知られ、騎士達からも恐れられている第三隊長のトムが、少年達に“ちょび髭”などと呼ばれてどこか嬉しそうにしているらしい。
いや、トムだけじゃない。幾人もの団員が二人を気に入り、熱心に入団を勧めていると聞く。
しかし、あれほどの剣の腕を持っていながら、商人の仕事があるからと勧誘を断り続けている。
黄国とを行き来する商人 兼 護衛をしているそうだが、その腕は護衛の域をとうに越えている。
国内外の商人や貴族と独自のパイプを持ち、あの若さでやたら顔が利くのも気にかかった。
猜疑的な見方と思われるかもしれないが、長期的スパイをするのに、これほど適任な人材はいないだろう。
誰の懐にも自然に入り込み、広い交友をもつ。おのずと情報が少年に集まるのは想像に易い。そして、あの腕があれば暗殺だって問題なく出来るはずだ。
頑なに騎士団への入団を拒む様子からも、既に少年達には己の主人がいると推測出来た。
問題は“あの二人の飼い主が誰か”だ。
流石にこれ以上 野放しにするのは危険だと動き出したタイミングで、まさかのアゲート様からの擁護。
「あの二人をお前はどうみる?」
セレス達が出て行った扉を見つめながら隣に声をかけた。
「………。」
クラウドは返事をせず、目を細めて何やらずいぶん考え込んでいる様子だ。
今回、あの少年達の人となりを見極めたかったのだが、あの若さで既に腹芸にも慣れているのか、単に胆が据わっているのか…。この部屋に入るだけで、緊張を隠せない騎士も多い中、あの少年の受け答えは実に堂々としたものであった。
まぁ、少なくともアゲート様の権力を傘にきるような人間ではなかったし、不用意な言葉で言質を取られるようなマネもしなかった。その辺りはさすが、アゲート様が目をかけているだけはあると言ったところか。
しかし、あのセレスと言う少年。見れば見るほど、アゲート様に似ていた。どこがとは言い難いが、強いて言うならば醸し出す雰囲気と瞳の強さだろうか。思わず、隠し子なのかと邪推してしまったが‥‥弟?まぁ、その真偽はさておき、ごく親しい間柄だと言うことは間違いなさそうだ。
結局“身内”と言うのも何なのか、判然としなかった。なんとも曖昧な言葉である。純粋に血縁ともとれるし、自分の傘下の者ともとれる。
この、アゲート様の言葉の使い方や話し方は、今に始まったことではないが、時々この難解な物言いが恨めしくもなる。
しかし『優勝する』ときたか…。
“今春の人事は、御前試合の成績が大きな影響を与えるだろうね”
一月前にアゲート様がしたこの発言によって、毎年参加している奴等は血が滾ってしょうがない様子だし、下級騎士達も千載一隅のチャンスとばかりに浮き足立ってる。
そして近年稀にみる多さの参加者の中には、隊長クラスだけでなく、今では出場することが稀になってきた各団長達までがいるのだ。
あのセレスと言う少年は、毎年決勝トーナメントに上がるほどの腕だそうだが、万が一、並み居る団長達を抑えて優勝するなんてことになれば、とんでもない騒ぎになるのは必定。各団の面目を保つためにも、誰もが納得出来る形に収める必要が出てくる。それこそ、アゲート様の言う大抜擢だってありうるだろう。
……まさか、あの少年はそれを狙っているのか?だとすれば、とんでもない大胆な計画だな。
「今年の御前試合は荒れそうだ。」
「………………。」
長い沈黙に、ふと目をやると、クラウドはまだ目を細めたまま、微動だにしていない。
「クラウド?」
「………あぁ、すみません。」
「どうした?」
一体さっきから何を考え込んでいる?
「いえ…。子供の頃に王都のある丘で、可愛らしい女の子に会ったんですが‥‥。」
「……………………また、唐突だな。」
正直、どう捉えていいか分からんぞ。
「‥‥その女の子は、意思の強い瞳が印象的な、笑顔の可愛い子で‥‥。」
「………お前がそんなこと言うのは珍しいが、その話は今度、酒でも飲みながら詳しく…」
「その子の名前が『セレス』なんです。」
「…ん?」
今、セレスと言ったか?さっきの少年と同じ名か。女の名でも使えない事はないが…。
「とても驚きました。少年達を待っていたのはずなのに、扉を開けたらあの時の女の子がいるのですから。
私の記憶の中の彼女は、美しい銀髪をしています。先程のセレスの髪は灰色‥‥。何かを塗り混んで、色を変えているのかもしれません。
しかし‥‥まさか御前試合に毎年出てるなんて‥‥。こんなことなら興味ないなどと言わず、私も一度くらい試合を見に行けば良かった。」
ちょっと待て。
「クラウド、しかしさっきの少年は男だろ?アゲート様の秘蔵っ子で『弟』だと…。」
「いいえ。『弟分』と言ったのは私達です。セレスは否定しませんでしたが、向こうからは『兄様』としか言いませんでした。それに…銀の髪に青い瞳の組み合わせと言えば…、誰かを思い出しませんか?」
おいっ。それ、とんでもないぞ。
「お前はアレが王妹殿下だとでも言う気か!?」
あの愛らしくも儚い方とさっきの少年が同一人物だと?セレシア様は御身体が弱く、人前には滅多にお出にならない。それどころか、王族が必ず出席する宴でさえも、体調を崩して途中退席することが多い。
いつ身罷られても不思議じゃないとさえ噂される、たおやかな方。だからこそ、王族としては珍しく、あの歳まで未婚、で、いらっしゃる…。あの歳まで…、ん…?
そう言えば、一時は成人まで生きられないと言われてなかったか? 今いくつだ?確か…18歳、か。…とっくに成人してるな。
「信じがたいですが、そう考えると辻褄が合うんです。」
『よく似た雰囲気』
『アゲート様の身内』
『銀髪に青い瞳』
なるほど、女性と考えれば身体が小さいのは当然だ。男性に混ざれば少年のようにみえても不思議ではない。だとしたら一緒にいるアルはなんだ?姫の護衛か…?しかし、近衛にあのような少年いたか?
そもそも‥‥
「雰囲気が違い過ぎるだろう。」
あの妖精姫が少年の格好して剣を振り回すなんて、一体何の冗談だ。
「私も、今までセレシア様を拝見して、髪と瞳の色から、あの子を連想したことはあっても、本人かもしれないと考えたことはありませんでした。
いつも、アゲート様の後ろに隠れているあの儚げな姫が、裏では元気いっぱいに王都を闊歩しているなど、誰が想像出来るでしょう。しかし叔父上、もしセレシア様が病弱と言う話が故意に流された噂であったならどうでしょう?うちの王家なら、これくらいのこと平気でやりそうではありませんか?」
「……確かにあの人達なら、やりかねん。」
考えるだけで頭が痛くなってくるが、あの方々なら逆に率先してやりそうで怖い。
「そこの扉を開けた時から、私にはずっとセレスが女性にしか見えませんでした。もし今後、セレシア様にお会いする機会があれば、同一人物かどうか確実に分かると思います。」
……あぁ、そう言えばお前は変装を見破るのが得意だったな。
「あの少年がセレシア様だとは…とても信じられないが…。もしそれが本当であれば、一体何を考えて…。」
「……支える柱…」
「?」
何の事だ?
「いえ、すみません。何でもありません。
ところで、隣にいたアルは近衛でしょうか?」
「いや。一応レオナルド殿にも確認してみるが…おそらく、近衛ではないだろう。‥‥先ほど兄弟のように暮らしてきたと言っていたな。」
「えぇ。」
クラウドは苦々しそうに頷く。なんだ?今度は随分、面白く無さそうな顔をするじゃないか。
へぇ、なるほど‥‥。
「………アルが『護衛』だといいな?」
「はっ?いや、私は別に…。そう言う訳では…。」
その後もクラウドは言い訳のように言葉を重ね続けたが、
本当に違うと言うのなら、そんな顔しているのは、どうしてなんだろうなぁ?