ハニートラップ
はじめまして。
人生初の執筆です。生ぬるい目で見守っていただけると有難いです。
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(ルークス視点)
「もう!あっち向いちゃダメ。」
男の膝の上に座っている女が、両手で男の頬を挟み、無理矢理に自分へと向かせる。相手の男は苦笑しながらも、女を見つめる瞳は甘い。
大衆酒場を兼た作りのこの宿は、夕飯時にもなれば宿泊客以外にも多くの人で賑わう。
あの場違いなほど甘い雰囲気を漂わせている二人も、きっと食事に寄ったのだろう…。
しかし、甘過ぎる雰囲気のせいで完全に周囲から浮き、ずっと悪目立ちをしていた。
男の方はおそらく下級貴族。私服に帯剣し、襟元を着崩している風情は危うさと色気があり、店にいる女性達の視線を根こそぎ惹き付けている。
確かに男から見ても整った顔立ちをしていると思う。しかも年若く、甘え上手で要領の良いタイプのように見受けられる。
癖のない黒髪と漆黒の瞳もエキゾチックで更に男の魅力を引き立てる。東方の領地に行けば、このような黒髪の人間が多いと聞くが、この辺りではあまり見かけない顔だ。
しかもこの男、貴公子然としているわりに、どこか声をかけやすそうな気安さがある。もしかしたら庶子なのかもしれない。まぁ、どうだとしてもあの歳で女遊びとは、家の者はさぞ頭の痛いことだろう。
そして、連れている女はとびきりの美女。珍しいピンクブロンドの髪に夜空を映したような青い瞳。あと数年もすれば、匂いたつような美女になるだろう。あの若造には正直勿体無い。
料理を食べつつ、つい視線で女を追ってしまう。変わらず膝の上で、あの男に甘えているのが何故か気に入らない。
今は口づけをねだっているようだ。
……ちっ、いいな。
首に絡ませている細い二の腕も、男の手が置かれているくびれた腰も、女性特有の曲線と耳に残る甘い声が、周りの男達の欲望をいたずらに刺激している。
「今夜、女を手配しますか?」
俺を見て気を回したのか、護衛の中でも古株の男が声をかけてきた。隣に座るその男はいかにも「今日ぐらい目をつむりますよ」といった表情だ。確かに、この町での仕事はあらかた片付いた。あとは押収したものを分けて、どのようにカードを切るか、ゆっくり考えればいいだけだ。
だが、そんなに分かりやすい態度だったかと、やや気恥ずかしくなる。取り合えず苦笑しながら「必要ない」と断った。
自慢じゃないが、俺は今まで女に困ったことがない。俺の立場を考えればそんなものだろうし、特にこちらから仕掛けずとも、女の方から勝手に寄ってくるのだ。相手の女を選ぶ時も面倒くさい女でなければそれで良かったし、言い方が悪いかもしれないが、側に侍る女にたいして興味などなかった。それなのに先程からずっとあの女が気になって仕方がない。
とうとう人目をはばからず、密着して口づけを始めた二人に、どこからか従者風の少年が近づき、何やら揉めはじめた。
流石にこちらの席にまで内容は聞こえて来ないが、従者の少年の怒りを抑えた強ばった声色くらいは分かる。女に向ける視線がずいぶん険しい。
男は従者の少年に渋々頷くと店主に会計を支持したようだ。坊っちゃんは、お帰りの時間か…。
女もそれを感じたのだろう。膝から降り、隣の椅子に座り直すと、退屈そうに二人の男性を横目で見ながらグラスを傾ける。
会計している間、女は店の中を気だるげな様子で、視線をさ迷わせていたが、俺に気が付くとふわっと微笑んだ。
……今、絶対に俺を見て笑ったよな?
急に鼓動が早く打ちつけ始める。
従者に急かされた坊ちゃんは女と名残を惜しみつつ、何か耳元で囁いて金を渡すと去って…って。
え?女を置いてくのか?
何故、家まで送ってやらない。一体どういう関係なんだ。恋人じゃないのか?金を渡したってことは…、まさかアレで娼婦?いや、しかし……。
相手の男が居なくなると、女がいるテーブルの周りの男達が妙にソワソワし始める。これはまずいな…。散々当てられた男達の目には邪な光が浮かんでいる。
それに気付いているのか、いないのか。残された女は愁いを含んだ表情で、頬杖をつきながら、ゆっくりとグラスに残った酒を口に含んだ。
不意に流し目で俺を捉えると妖艶に微笑み、そのまま頬にある手の薬指で自分の下唇をそっとなぞる。
酒で濡れた唇は少し開かれ、ぞくぞくするほど艶かしい。
――俺を誘っている。
それに気付いた時にはもう目が離せず、沸き上がる高揚感に支配された。他でもない、女は俺をご指名だ。護衛の制止を振り切り、女のいるテーブルまで行けば、周りの男達から射るような視線を浴びせられた。悔しそうな男達の視線に優越感を感じながら、二人にならないかと女に声をかける。
あからさまな言葉に、我ながら余裕が無いと内心つっこむ。まるで青くさいガキのようにがっついているじゃないか。普段らしからぬ自分の性急さに舌打ちしたい気分だが、ここを逃すと間違いなく他の男にかっさらわれてしまう。
俺の言葉に女は少し驚いた顔をしたが「お兄さん、お金持ち?」と小首を傾げ、可愛いらしく聞いてきた。
……可愛いらしい仕草のわりに、言ってる内容は少しも可愛くない。
こうやって改めて間近で見下ろすと、服も質の良いものを着ているし、手入れの行き届いた綺麗な手をしている。
娼婦独特の淫靡さは無いし、妖艶でありながらどこか清廉な雰囲気が漂う、何とも不思議な女だ。
わけありの令嬢だろうか。下級貴族の娘が金に困って愛人になるのは、さほど珍しいことでもない。大金が援助出来るのなら、こちらに乗り換えるとでも言うのかもしれない。
まぁ、話は後でゆっくり聞けばいい。
女の質問に「浴びるほどある」と答えてやると、立ち上がって満足そうにその身を寄せてきた。
抱き寄せれば、張りのある肌に豊満な胸、髪からは爽やかながらも花の蜜のような香りがする。
女の様子からてっきりもっと甘ったるい匂いがするものと思っていた分、その意外さに更に興味が湧いた。
つい先程までは見ているしか出来なかった女が、今俺の腕の中にいる。そう思うと、たちまち気持ちが逸ってくる。
味見とばかりに、口づけをしようとすれば、女は焦らすように指先で遮り、俺の唇を軽く摘まむ。
何だコレ!よけい焦れる。
クスクス笑いながら、代わりに頬へキスをされるが、正直それでは全然足りない。
クソッ!
満たされない欲求に、衆人の中にも関わらず襲いかかりたくなる衝動にかられた。
そんな俺に気付いているのか、女は耳元で「二人になってから…」と囁く。吐息が耳にかかりゾクゾクする。
いっそ抱え上げて走り、すぐにでもベットに押し倒したいという衝動を無理矢理抑えながら、冷静を装った。
護衛達にはここで待つように伝え、女の肩を抱いて、店の二階にある部屋へと向かう。
護衛達が少し呆れた様子で肩をすくめ、互いに視線だけで会話するのが目の端に映ったが、それは見なかったことにした。
部屋に入り、扉を締めると同時に女が俺の首に腕をまわす。フワッとまた蜜の香りが漂う。
ベットまで我慢できず、女の背に腕を回してきつく抱き締め、うなじに唇をあてた瞬間。何か、首にチリッと痛みが走った。
急激に目の前が暗くなり――――。
「****?」
――女の声がどこか遠くに聞こえた。
基本、毎日一話ずつ更新するつもりですが、
まだ投稿の要領が掴めてないので
色々失敗するかも…。