06
【大剛、迅疾】
東の森を抜け出て、ノエン達は村落の遺址へ行き着いた。
紛争の煽りで廃墟となる前から、この地域は無人の集落が多く点在していたが
今や住居が崩れ去り、何十年も人が住んでいないようだ。
哀感を醸し出す景観には、唯一つ
破壊を免れた鋼橋があり、森を出たノエンたちの頭上を遮るように続いている。
終戦後に、各地の公道として 中央都市が運営する
高速列車の普及を急進すると共にこうした橋上の道路が設けられた。
この集落の、高架にした道路もその賜物であり、
現在も使用されている道路と繋がっているおかげで、定期的に補修してある。
シャムロックがこの近辺に居ると推測した後城は
その正確な位置を割り出そうと廃墟との間の隘路を目測して
隠れられそうな場所を探していた。
目の前は崩れた廃屋ばかりであの大きな鎧ともなれば
すぐにでも見つかりそうだが、あちこちに塹壕のような溝が掘られ、
隠れようと思えばそこに身を潜めることもできるかもしれない。
「そういえば、お嬢さんたちが余り疲れ切っていないようだから
断ってなかったが、こんな時間に連れ回して悪いな。」
遺址を隈なく注視する後城は、後ろを並んで歩いていたノエンとキーリアに
思い出したように言った。
こんな時間というのも 日を跨いでしまったからだ。
後城自身、元より通り魔なんて他人に任せていればいいと思っていたし
これほど時間が掛かるとはコルカノを発った時には想定していなかった。
予想以上に東の森が複雑だったこともあるが
列国の邪魔が入らなければもっとスムーズにここまで来れたはずである。
「いまさらだよー…」
キーリアは、そういう心配は先に言って欲しいと項垂れた。
普通の少女とは異なる佇まいを持つノエンもそうだが、
キーリアも体力、気力共に十全のようだ。
二人の疲労はあるが足が止まるほど深刻ではない。
その様子に、後城は気遣いを忘れて強引に引っ張ってしまっていた。
「ハハ…ホントにな。」
廃墟を見回し、後城は誤魔化すように苦笑して頭を掻いた。
「でも、なんでこんなに急いでるの?」
キーリアが思うように、碌な休止もせずにここまで
焦心を感じさせる急ぎ足で進んでおり、
それで音を上げないノエンとキーリアのおかげもあって
この場所まで急行していたが、その急いでいる理由をキーリアは気にした。
「犯人を捕まえる為さ。逃げられちゃ困るだろ?
それに、お嬢ちゃん達だって早く片付けて、通りたいって言うじゃないか。」
普通の犯人ならば時間の経過により、逃亡を図ることもあるだろう。
だが、あの威風のあるシャムロック・シャルトリューズは
逃げるつもりがないように思える。それでも、
後城が直接逮捕に乗り出したからにはとっとと終わらせたいのだ。
ノエンの本来の目的はコルカノを通行すること。
通り魔の逮捕協力を自発的に申し出たとはいえ、これは通過点に過ぎない。
だが同時に、ノエンには
一度出会ってしまった以上、危険なシャムロックを
野放しにはできないという責任感もあった。
ノエンに連れ立つキーリアも、目指す目的はノエンと同じだ。
「それは、そうだけど…」
確かに後城の言う通りだけども、何もそこまで急がなくたっていいじゃない
キーリアはそうも思った。
先を行く後城が鋼橋の陰を出て日射に照らされる。
後ろに続くノエンとキーリアも同様に鋼橋の下を潜ると
その瞬時に、気配を感じたノエンは振り返った。
「……待って下さい。…誰か、います……!」
「ん?」
ノエンの視線の先に後城は目を向けると
見覚えのある大鎧が朝日の逆光で陰り、
後城の足下を侵食するように影を伸ばしている。
「待ちわびたぞ、強者よ。」
そこには、バスタードソードを下げ、仁王立ちする甲冑の騎士。
さっきまでは誰もいなかったはずの橋上にシャムロックは立っていた。
「いきなりのお出ましか…。」
捜す手間は省けたが こうも、突然現れては心の準備も儘ならない。
後城はシャムロックの登場に呆れつつ、散弾銃を手に取った。
「どうするの!?」
剣呑とする雰囲気にキーリアは緊張する。
「お嬢ちゃんは下がってな! ……やれるな?」
後城にそう言われ、橋の陰に下がるキーリア。
さらに、後城はノエンに戦闘は可能か 確かめた。
それに対し、ノエンはやる気だ。
「…はい……!」
シャムロックを目して、ノエンは距離を測り
少しずつ足を動かしながら攻撃の手段を模索していた。
橋上という高所にいるシャムロックを
低所にいるノエンにはどうすることもできない。
それは、銃器を手にする後城も似たようなものだ。
{さて、DCS82はあるが 普通に放っただけじゃ、避けられる。
何とか動きが止められれば……}
射撃が上手ければここからでも当てられるかもしれないが
その自信がない後城には、限りのある銃弾を無駄遣いするわけにもいかず
DCS82を使った鎧への対抗策を実行するにも
確実に効果を発揮させる為に、ある程度近付かなければならない。
それも、投げ当てるのならシャムロックが停止した状態でなくては当たるはずもない。
後城も攻撃の手を考えあぐねていた。
敵にしてみれば好条件の位置からわざわざ降りるはずもなく、
シャムロックは橋上から動かずに、臨戦するようだ。
「我輩は、デュランダルの贄に相応しい戦を望む…。」
シャムロックが大剣を揚げる、その予備動作は
後城が見抜いた通り 高速化の前兆。
重たいはずの大剣を軽々と扱い、片手で三回ほど振り回すと
勢いを付けて斜めにした大剣で橋を擦るようにスライドさせる。
大剣がスレスレに橋の表面を抉って砕けた舗装用のアスファルトを巻き上げ、
周囲に散らす。それは橋の下側にいる後城たちを狙うように飛び落ちて
さながら砂利の雨が降り注いだ。
石礫といっても、この橋の素材は鋼鉄が混合している。
雨を凌ぐように傘を差していたとしても忽ち蜂の巣になるだろう。
「…これじゃあ、近付くこともできんな…。」
後城は飛んでくる欠片を後退しながら避け、
ノエンはその合間を縫って何とか突破口を見つけようとしているが
前進できずにいた。
以前、シャムロックが逃走する時に使った手法と同じで、
あの時は土煙による煙幕だったが
大剣による旋回運動でさえ攻防一体の一撃になる。
さすがに全ての路面を掘削するわけではないので永遠には続かないが
これ一つで巻き返され、攻め込み辛い。
銃火器を持つ後城ならまだしも、武器が短剣しかないノエンにとっては
難敵に違いないだろう。
だが、この攻撃方法ではシャムロックも敵を倒すことができない。
鉄屑の雨とて、命中しなければ意味がないのだ。
であれば、これはただの様子見。
騎士道を重んじて、一対一の対決に拘るシャムロックは
相手の出方を窺って獲物を選別している。
それに勘付いたノエンは、橋へどう上るかではなく、
あろうことかシャムロックに背を向けて、廃墟の方へ走り出した。
敵前逃亡、とも取れるその行動に後城とキーリアは
ノエンの意図を察してか 動きを止めて流れに身を任せる。
より活発に動くものを獲物とする、動物的な野性が騎士を模倣したシャムロックに
あるとは思えないがノエンの動きに釣られるように
シャムロックは大剣を持ち上げて橋上から降り立ち、
とても鎧を着込んでいるとは見えぬ速さでノエンを追って行った。
ノエンの後退は 罠、でもあり
シャムロックを橋上から引き摺り下ろす作戦でもある。
それを誘いと見るも、シャムロックは乗じ
後城やキーリアは捨て置いて廃墟へ入った。
一対一に持ち込むには、分断する必要がある。
それをノエンが単独で行動したとあれば、此方から仕掛けることもない。
シャムロックはまず、ノエンとの"戦"に興じたのだ。
集落の廃址は並んで建てられており、
所々で仕切りがなく、繋がっている廃屋もある。
その大半の建物は屋根を失って家屋としての外観も崩壊していたが
ノエンが入り込んだ廃墟の中には建物の状態が比較的維持されている
石造りの家も立ち並んでいた。
そこには、光が差し込む部分と真っ暗闇が途切れ途切れに入り混じって
暗闇においてはシャムロックといえど、ノエンの姿を見失った。
目の先にある光明を近寄ろうとシャムロックが
一軒の廃屋を駆け抜けた時、その背面に
腰を落としたノエンが待ち構えて、短剣で薙いだ。
小腿を狙ったノエンの短剣は素早く鎧に接触する間際に
シャムロックの大剣が床へと突き刺さってそれを防ぐ。
シャムロックに遠慮など最初からない。
建物全体を揺るがすほどの猛烈な突き刺しが床の石材を貫いて粉々にしている。
いつ崩れてもおかしくはない家中で
シャムロックから離れたノエンは闇に身を潜め、攻撃の機会を待った。
夜目が利くノエンにとっては暗がりで戦った方が勝機がある。
しかし、シャムロックもそこまで阿呆ではない。
光がある場所まで行けば何処から来ようと、感知はしやすい。
風が吹き抜ける光に満ちたその一点に天井は存在せず、
明るみに照らされる鎧は精密な意匠が輝いて気品さえ感じられる。
一部分だけ屋根が無くなっただけで建物の中には変わりないが
シャムロックはここでノエンを迎え撃つ気だ。
ノエンは暗中を移動して、シャムロックの背後に回ったが
このまま攻撃を仕掛けても、さっきのように防御される。
ノエンには、確実に攻撃を与えて、シャムロックにダメージを負わせることを
急いでいた。 何故なら、ベルテとの戦闘で破損してしまった短剣と鞘を
これ以上酷使するわけにはいかない。素手では鎧にダメージを与える所か
こっちが傷付く。恐らく、シャムロックが全力を込めた大剣を受け止めれば
あと数回、二回程度で短剣は折れ、鞘は大破するだろう。
そうなってしまえば勝ち目はない。
力の劣る少女が武器を失えば敗戦は必定だ。
あまり短剣と大剣を衝突させずに、負荷を最小限に減らさなくてはならない。
短剣で相手の攻撃を防御するのも
力を受け流すことでもリスクは大きい。
つまり、攻撃はするが シャムロックの攻撃には回避に徹しなければならない。
背後からゆっくりとシャムロックに近付くノエンの手には、
鞘に納めた短剣が握られる。
どちらも柔な素材で作られてはいない代物だ。
だが、シャムロックの大剣には単なる大きな剣にあらず、
秘密があるようで それにぶつかり合えば短剣が破壊されることもあろう。
しかもシャムロック自身の力もある。
構えからして、剣術を修めた武士と見定めれば
良くできた短剣であっても真っ向勝負はし難い。
ノエンが再び攻撃を繰り出そうと
慎重にシャムロックへ接近する時、廃墟の外では
後城が策を練っていた。
鋼索のような細長い道具で建物の入り口を
ブービートラップのように端から端に結んで塞ぐ後城。
道具は、森の中でウィザーと対峙したときに
導火線として使ったチューブの余りものだ。
これには気体も通っていないが耐久性に優れるこの管は
ワイヤーの代用品としても使える。
{奴が向かった先の遺址は集落の中心…。
この建物の配置を見た限りじゃ出口は三箇所。
後はお嬢さんが上手くやってくれるといいんだが……}
後城はノエンとシャムロックが向かった方向と
集落の地形と廃墟の町並みを見て、
廃墟から外へ出てきた場合に面する所を限定し、
トラップを設置しようとしている。
集団の場に設けられる建築様式には一定の法則が現れる。
それは小さな村落であっても同じことだ。
後城はこの一帯の地理や建築に
それほど詳しいわけではなかったが観察によって
ここの特徴を見出していた。
黙々と罠を作る後城にキーリアは小首を傾げながら寄って来た。
「ねぇ、おじさん 何してるの?」
「お嬢ちゃんも少し手伝ってくれるか」
そう言って後城は背嚢から別のチューブの束を取り出し、キーリアに渡した。
「なぁに、これ?」
見た目はワイヤーロープだがよく見ると半透明で空洞があるチューブに
キーリアは目を丸くした。
「まぁ簡単にいえばワイヤーだ。これを今から
反対側まで引っ張っていってくれないか」
後城が指で指し示す、その方はは推定される廃墟の"出口"だ。
ここからの位置で小さい家屋四軒分くらいの距離がある。
この管は何も注入しなければ伸縮して延長できるが
一定の気体が限界の密度を超えると膨張し複数のチューブを繋ぎ合せないと
長くならない。短距離なら、別段それでも構わず
寧ろあの時のように支燃性を高めた方が爆発的効果は上がる。
チューブの表面はトイルネットと同等であり、切断にも強い。
引き伸ばしても耐久性が低下することもない。
「うーん、良くわからないけど。
持ってけばいいんだね!」
「ああ俺はこっちを付けるから、
こういう風にして結んでくれ。」
後城は手本に自分が今し方、繋ぎ終えたチューブを見せる。
伸びたチューブの端とまた別のチューブの端が何故か蝶々結びで結ばれていた。
「りょーかい!」
キーリアは小走りでチューブを手に持って引っ張っていった。
廃墟の中では 互いを探り合い、動きに変化はなかった。
ノエンとシャムロックは明暗に居り、
あと数歩でシャムロックを攻撃の圏内に捉える闇の中のノエンには、
破屋に差す光明が時間と共に増しているように見えた。
実際に、白昼となれば暗闇というアドバンテージを損なってしまう。
決着は急ぎたい 被害は最小にしたい
そんな想いがノエンの手先を逸らせ
慎重になっていた心とは反対に短剣を突き出していた。
当然、シャムロックはそれに反応し
短剣の影だけで判断して振り返りもせず、大剣を自らの背中に回す。
このままではぶつかる、
そう思ったノエンは短剣を咄嗟に引っ込め、鞘に戻して
旋回して大剣を払うシャムロックの攻撃をひらりと躱す。
だが、攻めに転じれば強引にでも一太刀浴びせたい。
ノエンが身を乗り出して光の下へ踏み込むと
見えないほどの速度で短剣を鞘から引き抜いた。
それを先読みしていたのか、シャムロックは大剣を揚げて
高速化し 追いつけぬはずのスピードで短剣に激突する。
しかし、触れたのは短剣の先端だけで、
大剣の一振りを屈んで避けながらノエンは鎧の接合部分に短剣を突き刺した。
はずだった。
手応えの無いノエンの瞳に映ったのはデュランダルの尖った柄の先であり、
短剣が突いたのはシャムロックではなかった。
高速に動けるシャムロックは連続した行動の余韻など露知らず
態勢もお構いなしにこちらの一手先を行く。
再び距離を取って闇へと姿を潜めるノエンに、
シャムロックは大剣を下ろして嘆息したように低く声を響かせた。
「嘆かわしいものだ…。」
「……。」
ノエンはじっとして、身動きをしない。
シャムロックの様子を注意深く見つめている。
「その小刀では、満足に戦えまい……
だが、騎士として相手をする以上、手加減はせぬ。」
ノエンが本調子でないことをシャムロックは見抜いていた。
短剣を凝視すれば脆くなっているのは明白だったが
シャムロックがノエンの短剣に視線を遣ることはちっともなかった。
したらば、シャムロックはノエンの短剣を気遣う些細な動きの変化と
回避を優先する行動からそうだと確信したのだ。
そして、そんな武器で戦うノエンを慨嘆した。
できることならベストな状態で強者と戦いたかった。
それでも、騎士であるシャムロックには容赦する気は毛頭ない。
ノエンは直に感じていた。相手は本気で殺しに掛かってきている。
それは、紛れも無い真剣勝負だということだ。
高速化によって俊敏なノエンの動きにも食らい付いてくる。
あの大剣は厄介、
そう考えていても絡繰りが分からなければ手の打ちようがない。
一つ気付いたことがあるとすれば、
高速行動の前後で大剣の内側から金属の擦れる音が聞こえたくらいだろうか。
その謎を解明することが、あるいは勝利の近道なのかもしれないが
ノエンには今、それがどういうことかを推理する余裕はない。
ノエンが次の攻撃に備えて、廃墟を回り込んでいると
光のある所に止まっていたシャムロックは動き始めた。
「場に乗じるは見事。
然れど、このデュランダル 甘く見てもらっては困る!」
シャムロックが端を発して
手にする大剣、デュランダルを高く掲げたと思うと、
すぐに床に突き立てて、大剣に力を込め始める。
一体、何をする気なのか。
ノエンは少し離れた場所から暗中、柱の陰に隠れて顔を覗かせる。
「我輩のデュランダルは速度だけではない。
大力も兼ねている…!」
シャムロックがデュランダルを床下に深く突き刺した次の瞬間、
唸る地響きを立てて、建物が縦横に大きく震動する。
廃墟が崩壊する。
ノエンは勿論のこと、外にいた後城やキーリアも
大きな揺れを感じてそう予想した。
が、建物はまるで火山の噴火のように、
石壁が飛び散り、家が丸ごと吹き飛んでいった。
建物という遮蔽を失って日光が眩しく照り付ける。
それに堪らず瞑ったノエンが 数秒後に目を見開くと、一気に注がれた光が
周囲を包み込んで、吹き曝しとなって完全に崩れ去った廃墟の瓦礫が
方々に落下した光景が広がっていた。
さすがにノエンも驚きがあったが、
建物がすっかり無くなって偶然 シャムロックを取り囲むように
三角形状に後城とキーリアが立っていて
中でも最初の一声を上げたのは後城だった。
「こいつはまいったな…。」
せっかく仕掛けたトラップも、一緒に吹き飛ばされてしまい台無しだ。
出口を絞って予測していた後城にとって、これは計算外の出来事だ。
失策となればノエンに頼るしかない、と思いきや
後城は割とあっさり態度を変えた。
「仕方ない…こうなりゃ第二プランだ。」
後城がこんなにも冷静でいられるのは、万が一を見越して
代替策を用意していたからだ。本来なら、予定していた通りに事が運ぶはずだったが
こうなっては仕方ない。その別プランにはキーリアの協力が必要だと
後城は彼女を呼んだ。
「お嬢ちゃん!」
「はーい!」
返事をしたキーリアはいつの間にか崩れた廃墟の外側にいて、
地面をせっせと引っ張っている。
芋蔓を手繰り上げるようにキーリアが引き出したのは
あのチューブだ。"出口"に仕掛けたものは吹き飛んでしまったが
それとは別に地面に埋没させておいたチューブがあったのだ。
「念の為の保険が早くも役立つとはな。
お嬢さんには悪いが、もう少しそいつを引き付けてくれ!」
後城はノエンに声を掛けながら、チューブの先と手持ちのDCS82を接続している。
狙いは、当初の作戦通り 鎧の内側からによる衝撃だ。
だが、用意はしていたもののいざ即時に実行できるわけもなく、
幾分か時間を稼ぐ必要がある。それには、ノエンがシャムロックの注意を惹いて
逃げられないようにしなくてはいけない。
「……わかりました…!」
ノエンは覚悟を決めた。明るみに出てしまえばさっきまでの戦法は使えない。
しかも、周囲は隠れる遮蔽物も存在せず
シャムロックと面と向かって立ち向かうしかないのだ。
対するシャムロックはこの状況を楽しんでいるかのようだ。
「術計か…。良かろう、興じよう。」
騎士道に則るのなら、正々堂々とはいえない罠を看過し
それを良しとするとはシャムロックはこれまでと一変していた。
もしかすれば、ノエンの不足を補うべく
後城とキーリアの参戦を許したのではないか。
本人同様に、ノエンの短剣を気に掛ける後城はそんなことを思いながらも
罠の完成に集中する。
しかし、敵の目の前で作っていては種明かしをしているようなものだ。
こんなことで本当にトラップは機能するのか
そんなキーリアの人知れぬ不安を余所に、
廃墟の中央ではノエンとシャムロックが睨み合っていた。
どちらが先に動くか、両者は見極めていたが
シャムロックは自ら力を明かす。
「……気付いていると思うが、我輩のデュランダルの特性は二つ。
一つは速さの"迅疾"。そして、力の"大剛"だ。」
ノエンには既に見せている二種類のスタイル。
それを敢えて、高らかに宣言したのはシャムロックなりの正当な決闘の作法だろう。
「…その真髄は…身を以って知れい!」
大剣を構えて、シャムロックはノエンに突撃する。
もう、短剣が壊れるなどと四の五の言ってられない。
ノエンは大剣の重い振り払いを鞘で受け流し、
短剣の刀身を横に 大剣に触れるか触れないかの間隔を保ちながら
ノエンがシャムロックの鎧の見た目 薄そうな所を短剣で突く。
金属の鈍い音が小さく鳴って、鎧の外面を微かに波打たせる。
それでも、ダメージにはならない。
デュランダルもそうだが、やはりこの鎧も相当厄介である。
遅れて、シャムロックが大剣を引き戻すと
ノエンの横顔に叩きつけられそうになるが、短剣を裏返して
後退と同時にノエンは大剣を自分の頭上に持ち上げるように流す。
手の動きだけでいえば暖簾を潜るときに似ている。
高速化していないとはいえ、通常でも結構な速さだ。
受け流す態勢がなければ危なかっただろう。
力と力が衝突し合うより、密接にくっ付かせたほうが攻撃を往なすことに連動し
刃毀れさせにくい。これは、ノエンが独自に学んだ技術でよく使うが、
相手と至近距離で斬り合う為に非常に危険な戦い方だ。
短剣というリーチの短さが
近接する時間を長引かせ、普通に白兵戦を行うのでは不利は否めない。
そこで、攻撃の受け流しという動作と攻撃を同時に行う
ノエンの剣術が生まれたのだ。
攻撃を逸らすには相手の動きを知らなければならない。
それには観察が一番だが、ノエンはそれを感覚的にやってのける。
ジリジリと間合いを一進一退するノエンとシャムロック。
強気に攻撃を繰り出すノエンだったが
心の何処かで抑制しているのか、短剣の使い様は
シャムロックの大剣を受け流すことを意識していた。
それでは的確なダメージを与えることができず、
無敵の鎧がある限り、深手を負わすのも難しい。
埒が明かないのは、巧みに攻撃を躱されるシャムロックも同じこと。
だが、体力的に ノエンが徐々に追い詰められるのも時間の問題だった。
そんな状況に、ノエンの後方から後城が叫んだ。
「お嬢さん! そろそろだ、準備はいいか!」
どうやらトラップが完成したらしい。
準備と言われても急遽拵えた罠に、ノエンは
ぶっつけ本番で合わせなくてはならんのだ。
ノエンの頷きを合図に、後城が思い切りチューブを引いた。
すると、繋がれたチューブがピンと張ってシャムロックを囲むように
四角い線が浮かんだ。
「爆音に気を付けな!」
後城がノエンとキーリアに注意を促し、
チューブと接するDCS82に向けて、VDI338の散弾を発射する。
複数刺激によって生じた衝撃波はチューブを伝って、寸時に
"出口"を目指す。その出口は、チューブの延びた先、シャムロックの
すぐ近くまで及んでいた。
それは、シャムロックが吹き飛ばした廃墟の出入り口に仕掛けておいた
最初のチューブの残りであり、偶々シャムロックの近くに残留していた。
幸いにも、その部分だけは健在で、それを目聡く見つけた後城が
こっそりと延長チューブをそのチューブの端に触れるように投げ入れた。
完全に繋がってはいないが、少しでも接触しているのなら
流動性のある衝撃波を伝播させることもできると踏んだのだ。
そして、それは成功しシャムロックを下から突き上げるような衝撃が届いた。
その一時に轟音も辺りへ拡散する。
「この程度…っ、大したことも無い!」
強風が吹き付けたみたいに激しく震える鎧に
シャムロックはデュランダルを地面に立てて不動の構えを取る。
衝撃波は通ったが、直接 鎧に衝撃が加えられたわけではない。
連結の甘いチューブの途中で放出してしまった為に
十分な衝撃は得られなかった。
やはり、鎧を壊すには内側から衝撃波を発生させるしかないようだ。
それは後城も分かっていた。
一時的にでもシャムロックの動きを完全に止める、
このトラップはそのためのものだ。
こんな隙を逃すまいと素早くノエンに忍び寄るキーリア。
「ノエン、これを使って!」
耳を押さえて、成り行きを見ていたノエンの
すぐ横まで来て、キーリアがDCS82を手渡した。
これは森の中でも利用した
予め後城が細工した一回の刺激で衝撃を起こすDCS82だ。
受け取ったノエンは即座に作戦の意図を把握し、
一目散にシャムロックへ疾走する。
衝撃が弱まり、シャムロックが動き出そうとした
その直前にノエンは至近でDCS82を鎧の隙間へ押し込んで、短剣で傷を付けると
飛び退き、シャムロックがデュランダルを揚げ
高速化によってDCS82諸共ノエンを切り裂こうとしたのは
ほぼ同時だった。
間に合わなかったか、遠目で後城はそう判断したが
後から閃光と共に衝撃波が シャムロックの鎧の中から発生した。
DCS82の持つ二つの性質が一遍に起きたようだ。
やがて 光の閃きが消え、シャムロックの姿を刮目すると
そこには、鎧の装甲を切り離したシャムロックがいた。
落ちた装甲からは煙が上がっている。
なんとこの大鎧は、外部装甲をパージできる仕組みがあったのだ。
特に、厚みがあった肩と両脚、胴部の重量が軽減され
全体的なフォルムもすっきりした。
鎧としての防御力は減ったが機動力は高まった。
それを見た後城は痛切に困窮する。
「おいおい、そんなのアリか…。」
何も鎧を破壊できるとは思っていなかったが、
後城の算段では鎧を粗方無力化できると目算していた。
しかし、装甲を減らした瞬間に衝撃を分散させたシャムロックの
鎧本体は殆ど無傷のままだ。
これではDCS82が無駄になったも同然である。
まさか、装甲が構えだったとは予想すらしていない。
それは外部装甲を捨て去ることになったシャムロックも等しい。
「この身を現すことになろうとはな…。」
DCS82の衝撃波が強力だった為に奥の手でもある鎧のパージという選択を
せざるを得なかったシャムロックはある意味で、追い込まれていたともいえる。
だからこそ、シャムロックが隠していた更なる切り札を切らせることにもなった。
「こうなれば、我輩の本領をお見せしよう。」
外部装甲を取り払った状態で もし、先程のDCS82のような強烈な衝撃に襲われれば
今度こそ、只では済まない。最悪 鎧は壊れ、丸裸での戦いを強いられるかもしれない。
故に短期決戦をすべく、シャムロックはデュランダルの柄を左にずらし
けたたましい駆動音がしたら、滑らかに変形し始めた。
刀身が右に、柄は中へ押し込まれ側面へと回る。
剣先が横に付いた槍のような形状に変わった。
「剣が…変形した…!」
可変する大剣なんて、ノエンには未知の武器だ。
駆動音と変形機構、とくれば後城はある推測に辿り着く。
「機械の剣か…!」
高速化の"迅疾"や、"大剛"といった性能も組み込まれた機械の作用とすれば
大剣が軽くなったり、重くなるのも不思議ではない。
そう、デュランダルの基本は重量を増減させ
コントロールすることで高速動作や高い威力を生み出しているのだ。
ただし、扱うシャムロックの能力がなければ性能は半分も発揮できないだろう。
機械の大剣もそうだが、本当に恐ろしいのはシャムロックである。
「これぞデュランダルの真の形態」
シャムロックは自慢げに変形したデュランダルを見せ付ける。
変形したことで持ち手が短くなり、以前のリーチはなくなったが
力が伝わりやすく 何より側面に付いた刃が盾の役割を果たし、
前の形態より身を護れるようになった。
シャムロックは鎧での防御は捨て、デュランダルでの攻防に切り替えたのだ。
数分前とは異なる、シャムロックのスタンスにノエンとキーリアは警戒する。
その一方で後城は窮地にあることを自覚していた。
{今のでDCS82は使い切っちまった。
さて…どうするか。}
次の策を考えていた後城は背嚢を漁って、所持品の残余を確認する。
後城の持っていたDCS82はもうない。
あるのは残弾僅かのVDI338と12発の銃弾が装填されたM97S、
チューブ同士を繋げる過程で裂いたワイヤー代わりの管が数本。
あとは、背嚢の底に追いやられた非常食のカロリンだけだ。
正直な所、DCS82とそれを作動させるVDI338さえあれば通り魔の騎士なんて
捕まえられると意気込んでいた後城。現実はそうはならず、
衝撃波の効果も薄かった。ここで、余力が多分にあれば
後城も積極的にシャムロックと戦ってノエンを手助けすることができたが
この装備では正面を切ってシャムロックに張り合うのは不可能だ。
幾ら、鎧が軽装になったからといって弾数の少ない散弾銃や
威力の劣る拳銃で挑むのは無謀である。普通に撃ってしまえば
的中もせず、もしくは当たっても変形した大剣で防がれるだろう。
考えに考えを巡らせる後城はシャムロックを注視しながら、
横目に廃墟を眺めた。
ふと、目にするのは 鋼橋。
それによってある作戦を思いつく。
「お嬢ちゃん、ちょっといいか。」
キーリアを密かに呼んで、耳元で囁く。
「さっきみたいにすればいいの?」
キーリアは後城の作戦を聞いて、手順はチューブを結んだのと同じ要領だと説明された。
「ああ、あの柱と柱の間をな。」
後城が示す向こうには例の鋼橋がある。
それを支える柱に、今度は罠を掛けるのだ。
その間、シャムロックを相手するのは必然 ノエンだ。
「もはや、甲斐を待つこともない。」
後城達の動きを見やったシャムロックだが、関心もしないで
意識はノエンを討つことだけに集中する。
デュランダルを上向きに揚げ、機械が運動する、
シャムロックは刹那の内にノエンへと迫っていた。
その速度は、ノエンの敏捷を超越している。
そして、デュランダルが振り下ろされる前に
本能でノエンは短剣を持ってこれを辛うじて受け止める。
短剣で大剣を直に受けたのはこの時が初めてである。
短剣へのダメージは気になるが、変形後のデュランダルは
ノエンが短剣を使って捌く余裕すらない。
デュランダルの面でノエンを叩き潰すかの如く、シャムロックが伸し掛かる。
何とか耐えていたノエンは、力負けして姿勢を崩してしまうが
短剣で横へと押し退け、難を逃れる。
"大剛"のデュランダルでなくとも、変形したデュランダルは
刀身を横とするので面積が広がって シャムロックが加える圧力が増している。
それはノエンにとっては、受け止めて防御したり
受け流すことが難儀になるということだ。
ならば攻撃は最大の防御といわんばかりに、
ノエンは捨て身の意思で攻め掛かる。
罅割れた短剣の罅裂を避け、なるべく刃の縁をシャムロックへ向けて
繰り出されるデュランダルの下側の刃先から刃元までを短剣で擦りながら
シャムロックに接近していくノエン。
頭の上にはデュランダル、シャムロックが力を入れるか
短剣が少しでも逸れれば脳天から真っ二つになるかもしれない。
そんな危険を冒してでもノエンは、ギリギリまでシャムロックに近付こうとしている。
今、シャムロックを攻めるにはこうするしかないのだ。
大剣の下を通れば、下から持ち上げる短剣が押さえとなり
攻撃方向を誘導でき、次の回避行動へ移しやすい。
ノエンが短剣一本分の近さまで来ると、
シャムロックはさっきのようにデュランダルを押し付けて、
ノエンは力が最大限加わる瞬間に、反発して
短剣で押し遣り、勢いそのままにデュランダルはノエンの真横へ振り下ろされる。
大剣を下げる動作は"大剛"を発揮させ
重くなったデュランダルがシャムロックを鈍らせる。
それに付け入るノエンは
すぐさま片方の手で、短剣の鞘を薄くなった鎧の胴へ突き刺した。
戦闘を開始して、遂にシャムロック自身へダメージが通った。
それでも鎧が邪魔をして、大した損傷にはならない。
無傷と差の無い軽傷だ。
シャムロックは斯程の傷なぞ気にも留めずデュランダルを振り上げ、構えた。
いつもはヒット&アウェイを行うノエンも、
シャムロックの近くを動こうとはしない。
ここで退いては、いつ次なるチャンスが訪れるかわからない。
互いがどう動くか見極めて、両者は静止した。
それを遠くで気にしながら、後城は間も無く第三の仕掛けを終える。
仕掛けは単純で
鋼橋の下にある支柱に、ワイヤーと固定したVDI338は確りと括り付けられた。
後城はVDI338を銃撃して、その反動で柱を崩そうとしている。
橋を壊してシャムロックを生き埋めにしようというのだ。
鋼橋を部分的にでも、崩落させるには二本の支柱を破壊しなければならないが
VDI338単体で二つを一斉に壊すのは無理だ。
そこで、後城は一本をVDI338による直接的な射撃で
もう一本を射撃の反動で張ったワイヤーで破壊しようとした。
それから、キーリアがワイヤーを対面する片側の支柱にぐるぐると結び付け、
後城に作業が完了したことを身振りで伝える。
「よし…。 お嬢さん!!」
それを見た後城が大声でノエンを呼ぶ。
呼応して、硬直していたノエンは我に返ったように シャムロックから離れて
橋の下へ急ぐ。
ノエンに作戦は知らせていないが、後城とキーリアがそこにいることで
何かあるのだろうとノエンは感じた。
シャムロックはノエンの動きを追って橋へと誘導される。
罠があるのは明らかだったが、
今の自分には何をしても無駄だという驕りがシャムロックにはあった。
慢心なんて持ち合わせていないはずの騎士に、
そういった心情の変化が表れたのは
ノエンという好敵手の存在と、デュランダルの真価を解放できたことで
発揚していたからだ。
事実、このデュランダルならば如何なる謀りであっても
どうにかしてしまう性能がある。
ノエンと、それに続くシャムロックが
鋼橋の下まで来たらば、後城はタイミングを見計らって
VDI338を撃ち出す。
射撃は自分の手で引き金を引くのではない。
銃把に引っ掛けたワイヤーを後城の足下へ伸ばし、それを踏みつけることで
少し離れた所から散弾を射出できる。
この時、VDI338の銃身から銃床をワイヤーで固め、
固定した。これには、射撃の反動を抑えるのと
セーフティを切ったVDI338を犠牲にしてまで威力を最大限高めようと試みたのだ。
バーテックス社製の銃火器のほとんどには、セーフティが備わるが
これは単なる安全装置ではなく、リミッターとしての機能もある。
それを停止させると暴発のリスクは上がり、銃本体も撃った際に
爆裂するような危険性があるが最大の性能を引き出すことができる。
ボルトアクションであるVDI338は最初に
手動で遊底の後退をし、排莢と装填を行う必要があるが、
撃発時は慣性を利用して散弾が撃ち出される。この慣性利用は、
バーテックス社独自の機構で 連射や装填ではなく、射撃を重視しており、
その為、散弾銃でありながら 射程を伸ばし
弾丸の速度が増せば威力も上がる。VDI338の持ち味は散弾が
貫通性と威力を維持したまま中距離まで飛ぶことにある。
この近さで撃てば、確実に支柱一本は破壊できるだろう。
現に、後城がワイヤーを踏んで発射したVDI338は
瞬く間に、柱を貫通してガラガラと崩れさせる。
そして、片や支柱が崩れれば 対となる柱をワイヤーが圧迫し、
耐え切れなくなった柱が切断されると、
そのブロックの鋼橋は音を立てて崩落した。
ノエンは完全に崩落する前に、駆け抜け 向こう側へ行くと
後から反応遅く、シャムロックは瓦礫の下敷きとなる。
橋の一部は丸々シャムロックに崩れ落ちて、
もしかすると"迅疾"のデュランダルによって高速移動すれば
崩落に巻き込まれずに済んだかもしれないが、シャムロックは
そうはしなかった。後城とキーリアからすれば
自然に、出端を挫かれて間に合わなかったように見えたが
ノエンは、わざと鋼橋の下敷きになったように思えた。
「やったか…!」
土煙を上げる瓦礫の山を見て、後城は到頭シャムロックを打倒したと喜色を露にする。
後城とキーリアの傍まで戻ってきたノエンは余りの呆気なさに
後城とは正反対の気持ちだった。
「……いいえ、まだ だと思います…。」
これで終わり、とはいかないだろうとは後城も予感している。
「そうか…。ま、そうだろうな。
だが、俺にはもう打つ手はない…
残された手段は――」
だが、シャムロックを埋もれさせる作戦も失敗した 後城は御手上げ状態だ。
そんな中、後城は最後の作戦を提案する。
後城は耳語するように、ノエンとキーリアに作戦を告げ、
意思を確かめた。
「どうだ、やってみるか?」
「うん!」
キーリアは二つ返事に作戦に賛同し
ノエンも今は、そうするしかないと考えた。
「…分かりました。」
しばらくして、
シャムロックは"大剛"のデュランダルで訳無く、瓦礫から脱出する。
廃墟を吹き飛ばしたときと同じだ。
しかし、
立ち上がったシャムロックの周辺には誰もおらず、ノエン達は姿を消していた。
逃げた……いや、違う。
シャムロックはすぐにノエン達が廃墟の奥に隠れていると感付いた。
「命を永らえさせるか……。」
後城の最後の作戦…
それは、時間稼ぎだった。
ノエン、キーリア、後城の三人は散り散りに廃墟の中へ入り込み
とにかくシャムロックをやり過ごそうというのだ。
時間が経てば解決するわけではないが、
妙案も浮かばない後城には、神頼みとも取れるこの行為に縋るしかなかった。
これも一興として、シャムロックは廃墟を漫ろ歩きしながら
気配を辿り、先ず目を付けたのは
決着をつけようというのか 好敵手とする、ノエンだ。
それを察知していた
ノエンは廃墟の曲がり角でシャムロックを待ち伏せる。
廃墟は完全な暗闇ではなく、随所に光が見えたが
たとえ自分の姿が見つかっても、影に気を配れば問題ない。
短剣の耐久力は限界に近かったが ノエンは護らず、攻戦を選んだ。
シャムロックがノエンに気付いて、デュランダルを持ち上げるより速く
全力を加えた短剣が大剣と鎧を擦り抜け、胴体に直撃する。
その攻撃は軽傷を負わせた部位を精確に突いた。
さすがのシャムロックも今度ばかりはダメージを受けたが、
そのままノエンを斬り倒すようにデュランダルを振るった。
ノエンはデュランダルを短剣の鞘で受けて、大剣の軸を逸らし 攻撃を避ける。
さらにノエンはそこから、よろけたシャムロックに連続して
短剣を、鎧が隠し切れない喉頸を狙って突き刺そうとする。
だが、シャムロックもやられっぱなしではない。
体勢を整えつつ、手早く高々と揚げたデュランダルが
駆動すれば "迅疾"となって、ノエンを上回る動きを可能にする。
短剣が喉へ当たる前に、デュランダルの刃がそれを防ぐ。
そして、高速の動きでノエンに何度も斬りつけると、
ノエンは短剣と鞘を使って、ガードして
凌ぎながらも、壁際まで追い込まれる。
ノエンを追い込んだシャムロックは大剣を下げ、
"大剛"のデュランダルと化して強力な薙ぎ払いをする。
ノエンは必死に、鞘とその後ろに短剣という二重の武器で食い止め、
致命傷を免れたが廃墟の奥まで吹っ飛ばされてしまう。
よろり 起き上がるノエンの手に握られた短剣は遂には折れ
鞘はボロボロに砕けていた。
ここで、ノエンは武器を失ってしまった。
そこへノエンとの戦いに終止符を打つべくシャムロックが近寄ってくる。
「これまでだな…小さき強者よ。」
ノエンは折れた短剣を突き出して抵抗して見せるが、
シャムロックは躊躇わず、 デュランダルが振り下ろされる。
死を決した瞬間、死角から飛んできた小石がシャムロックの頬を掠めた。
ノエンのピンチを救ったのは、意外にもキーリアだった。
キーリアは辺りに転がっていた石壁の小片をシャムロックに投げつけると
注意を向かせ、ノエンを助けたのだ。
「鬼さん、こっち!」
シャムロックを挑発するキーリアは ノエンから引き離そうとした。
「やはり…煩いか…!」
邪魔立てするのが少女であってもシャムロックは憤りを隠せずにいる。
キーリアをノエンを鈍らせる枷と見るシャムロックにとって、
キーリアのこの行動は余りにも 鬼一口だ。
ノエンはそんなシャムロックの敵意がキーリアへ向いてしまったことを危ぶむ。
「…逃げて…っ!」
キーリアに向かって歩むシャムロック、
ノエンを助けられたとキーリアは喜びながら廃墟の奥へシャムロックを誘う。
「だいじょーぶ、ノエンさんは心配しないで!」
「まずは、惑いを拭って進ぜよう。」
シャムロックはノエンに吐き捨てるように言い放ち、
キーリアを追って廃墟の闇に消える。
ターゲットは完全にキーリアだ。
ノエンは吹っ飛ばされた衝撃で足の痛みが増していた。
今すぐには追いかけられない。
仮に追いかけられたとしても武器が無い状態ではキーリアを護ることもできない。
ノエンにできることは、キーリアを信じて 少憩するしかなかった。
半壊した廃墟の建物が軒を並べる村落の北に、
一つだけ二階建ての廃屋が存在した。
そこへ逃げ込んだキーリアは、シャムロックが追ってきていることを
確認しながら、細長い回廊に差し掛かった。
キーリアが息を整えていると、後ろから追ってきていたはずのシャムロックが
高速移動によってキーリアの面前に先回りしていた。
「逃げても無駄だ」
「わぁ!早いねー…」
「抵抗はせぬ方がいい…。苦しまずにしてやろう。」
「嫌だよーっだ!」
キーリアは、あかんべいをして踵を返し
回廊の角を曲がった。
"迅疾"の前ではキーリアがすばしっこくても意味を成さないが
シャムロックが回廊を回り込んでも、キーリアはいなかった。
階段はまだ先にある、壁に囲まれたこの狭い回廊から
何処へ行ったというのだろうか。
シャムロックはキーリアを捜して、
周囲を見回すが特に変わった所はない。
児戯に苛まれる必要はないとデュランダルで廃墟ごと打ち壊そうとすると
キーリアは背後から、シャムロックの肩を小突いた。
「こっち だよー」
反応して、シャムロックはデュランダルを振り回すが
キーリアは難なく避けて、
楽しんでいるかのような足取りで回廊の角へ引き返す。
武器を持たないキーリアには、攻撃することも防御することもできないが
こうして"遊ぶ"ことはできる。後城の提案した時間稼ぎには持ってこいだ。
ただの子供と思っていたが、シャムロックはその認識を変え始める。
気配を殺し忍ぶことに関してはキーリアは天才的だ。
危機を回避する方法も心得ている。
だとしても、手玉に取られるものか。
シャムロックはキーリアに構わずにこの廃墟一帯を壊滅させようと
"大剛"のデュランダルを発動する。
それに気付いたキーリアが曲がり角から覗き込むと
シャムロックは瞬時に詰め寄り、"大剛"ではなく"迅疾"のデュランダルで
キーリアの頭を掠める。大剣は回廊の内壁にぶつかり、大きな傷跡をつけた。
キーリアに邪魔されるとしても
強引にでも、"大剛"のデュランダルで
廃墟を全壊させれば手っ取り早いはずだが、
どうにも、シャムロックは全力で"大剛"を使うのを躊躇しているようだ。
キーリアは、それでは大剣への負担が大きいのではないかと考えた。
機械を組み入れたデュランダルでも物体の脆弱さはある。
構造が複雑であればあるほど、その内面に生じる負荷も強まる。
"大剛"のデュランダルをフル稼働させるには膨大なエネルギーが必要なはずだ。
それを酷使すれば、デュランダルが自壊する恐れもある。
キーリアがデュランダルの下を潜り抜けて先へ。
シャムロックも、デュランダルを引いて胸元まで寄せると
上向きに抱え、"迅疾"を駆動させる。
目にも止まらず高速に、キーリアの行く先を立ち塞ぐと
上段、中段、下段を順番に斬り払い
愈々キーリアは逃げ場を失って廊下に転倒する。
これでは躱せまいと、シャムロックがデュランダルを打ち下ろす。
身を捩ったキーリアは、階段の近くまで来ていたことで
転げてシャムロックの攻撃を回避する。
廃墟の一階に転落して、キーリアは壁にぶつかってしまうが
怪我はなかった。
「…ってて、危なかったぁ。」
服を叩きながら立ち上がるキーリアを見下ろして、
シャムロックは痛感する。
運が良い、ということでは片付けられない
キーリアの底知れぬ可能性を。
「…惜しい、か。」
思わず口に出して呟くシャムロック。
ここで、殺すのはあまりにも惜しい。"戦士"として、もっと成長してから
再び闘争したいと思ってしまったのだ。
そうなるとシャムロックは退く素振りを見せる。
「あっ、何処行くのさ!」
キーリアは階上で背を向けて去ろうとするシャムロックを呼び止める。
ノエンの方へ行くのではないかと危惧した。
「興が冷めた。」
シャムロックはそれだけを言い残し、キーリアの前から歩き去った。
追おうとするキーリアは、
廃墟の外へ飛び出すと
ノエンの居た方向とは逆の方にシャムロックの後ろ姿があった。
廃墟の二階の割れた窓から地上に降りたようだ。
それにキーリアは安堵する。
{良かったぁ…ノエンの所じゃなくて…。
あれ、でも何処に行くんだろう?}
ノエンの居た場所に戻ったのでないとすれば、
シャムロックは何処へ行ったというのだ。
―――【誇り高き不帰】
ノエンとキーリアを捨て置けば、残った相手は後城のみ。
シャムロックは後城を標的にして村落を駆け巡り
小さな廃屋の物陰に後城を発見する。
「見つかったか…!」
後城はM97Sを構えた。
だが、拳銃如きでデュランダルに勝てるはずもない。
かといって、何も持たずしてシャムロックと対峙するのは心許ない。
だから後城は撃たないにしろ、拳銃だけは握り締めた。
{ま、…逃げるしかないよな……}
格好悪くても時間を稼ぐには逃げるしかない。
後城はノエン達と別れた後、村落の中でも特に路地が多く、
廃墟も複雑な区画を選んで隠れていた。
障害物も多く、シャムロックといえどそう簡単には追いついて来れないはずだ。
しかし、後城が建物の裏手を進んで路地裏の一所を通り抜けたところで、
先にはシャムロックが立ちはだかっていた。
シャムロックは高速移動と驚異的な身体能力で跳躍し、
屋根を飛び越えて先回りしたのだ。
シャムロックはデュランダルの剣先を後城の方に出して、宣する。
「我輩は騎士としての戦いを望む…!」
逃げ隠れしないで堂々と戦おうと申しているのだ。
それに、後城は溜息を吐く。
{……やれやれ、付き合ってられないな。
それにしても……}
遭遇した時から後城は、シャムロックの見た目もそうだが
"騎士"という言葉に引っ掛かりを感じていた。
「…やけに"騎士"に拘るな。既に廃れた階級だと思っていたが…」
後城の独り言のような問い掛けなんて、無視して
攻撃すると思っていたが、シャムロックはそうはしなかった。
「だからこそだ……。我輩には果たす義務がある。」
矛を収めたシャムロックは続けて、
ハーロムゥトの一件は知っているか、と後城に問うた。
騎士の概念が廃れた理由に、ある一国で起きた事件が大きく関与している。
西端紛争以前、今では旧時代の西方では
騎士国家として名高い西の強国、ハーロムゥトがあった。
数々の騎士団を擁するその国では主従の関係性とは別に
傭兵のように引き入れられる拝命騎士という存在がいた。
騎士の任命には政府の許可を得た有権者に限られるが、
一部の権力者たちは拝命騎士を奴隷のように扱った。
拝命騎士を利用した自慢や私欲の為の武力行使が横行し
国内の至る所で騎士同士の揉め事が起き、
いつしか、騎士は貴族たちの力の象徴となっていった。
騎士を雇える者は栄え、騎士を持てぬ者は敗者の烙印を押される。
その弱者と強者の縮図は格差を生み、スラムの拡大を助長させていた。
そんな事態を憂うハーロムゥトの国主は
西方諸国の中心国であるセントエルマの国王に判断を仰ぎ、
結果 不当な騎士の国外追放という処断が下った。
忠義に厚い騎士は、仕えるべき主に切り捨てられたのだ。
その後、ハーロムゥトが行った騎士の放逐がきっかけで
荒む騎士の中には、略奪行為などの蛮行を繰り返す不名誉な騎士も現れ、
騎士の評価は見る見るうちに失墜していった。
西洋の騎士は戦役で活躍する兵士や主君を守護する称号
という意義を違え、徐徐に 恭順する騎士の身分ではなく、
今では技芸や理念を伝承する文化的な概念だけが残る。
シャムロックは、そんな騎士の廃退に異議を唱え、
喪失した騎士の本分を取り戻そうと、力を誇示しようとした。
それが、通り魔というやり方であっても 自分達の存在意義を欲していたのだ。
その歴史を、後城は思い返した。
「騎士の没落については聞き齧ったことはある…。
それで、お前さんの果たすべき義務とやらは何なんだ?」
通り魔事件を引き起こした動機が、騎士の中興というのであれば
世間に存在を認めさせる為の示威とも取れるが
それと、シャムロック本人がどう関係しているかは見出せない。
「我輩は、かつての拝命騎士"シャルトリューズ"を継ぐ者。」
「西方の領主、シャルトリューズが代々分け与えた字の名家か。
まさか騎士にまで発展しているとはな。」
どの国でも姓氏が同一になるのは珍しくはないが、
領主であるシャルトリューズはその名をある複数の家名として授けたといわれている。
勿論、無作為ではなく 後世に名を残すよう
初代シャルトリューズが無名の家門に第二の姓を与えた。
それには拝命騎士として貴族に召し抱えられた騎士の家系も含まれていた。
継承者となると、その一族の末裔か、
何らかの形で譲り受けたということなのだろう。
「そして…最後の騎士となったシャムロックは我が亡父。」
シャムロックとは、亡き父親の名前だった。
西方の文化では子供に自分の名を継がせることもあるが
これは勝手が違うらしい。名と共にシャムロックの遺志を継いだのだ。
「それで、シャムロック・シャルトリューズってわけか…。」
細々と騎士の理念を伝承し続けたシャムロックの父は西端紛争に参加し、戦死した。
当時は既に騎士の概念が風化していたがその存在は
子であるシャムロックに受け継がれた。そうして、
騎士の後継としてシャムロック・シャルトリューズは誕生した。
「我輩には、騎士の意思を継承し 本懐を遂げる使命があるのだ。」
行動を起こすには十分な動機だったが、
後城はそれならば、他にも方法があったのではないかと指摘する。
「…ちょいと、気になるんだがな。
何故、通り魔なんてことをした?」
「我輩は騎士の矜持を復古させたいのだ。」
「その手段が人々を襲うことか?」
「力の誇示に大義はいらぬ。だが、信念なき者達を導けなかったのは
我輩の不甲斐無さよ……。」
騎士の本分を尊重するなら、通り魔という卑劣な方法ではなく
社会的貢献を果たすような騎士道に準ずる方法もあるはずだ。
況して、このシャムロック・シャルトリューズには、
最初からそういう考えを計画できるとは思えなかった。
「一体、誰に唆されたんだ」
「言っても儘なるまい。」
「おおよそ、見当は付くがな…。」
一太郎たちが推測していた黒幕、その心当たりは後城にもある。
そいつがこの通り魔事件の裏で画策した張本人なのだろう。
会話が途切れると、シャムロックはデュランダルを構えてゆったりと後城に近付く。
「語らいは終わりだ…。」
今度は戦う気満々だ。
後城はそれから逃れようと後退りする。
「…生憎、俺は戦いが嫌いでね。
退散させてもらうよ。」
「逃げられると?」
「この地を知っているのは俺の方だ。
…当然、退路も確保したさ」
後城は後ろへ下がりながら 壁を背にして、
壁と壁の隙間に開いた縦穴に身体を滑り込ませて反対側の道へと行き着く。
シャムロックは、穴を通らずに少し迂回して後城を追う。
その向こうの路地は、屋根を飛び越えた時に
行き止まりであると見えていたから急いで追うことをしなかった。
シャムロックが回り道をしてやって来ると、
その路地は確かに袋小路で 後城は壁と向き合っていた。
逃げられない、そう考えるシャムロックに
後城は振り返りもせず黙々と手を動かした。
手には紐があり、それを何度か引いていると
壁の上から垂れ幕が下りた。
これは 廃墟に隠れていた間、
家屋に散乱していた布切れを後城が持ち出して
壁に掛けたものだが そこをすり抜ける後城はまるで手品のように
奥へと姿を消す。
実際は見えないほど狭い横穴が廃墟の亀裂に繋がって
抜け穴として体を潜り込ませただけなのだが
垂れ幕によって偽装され、シャムロックからは完全に死角になっていた。
短い間に、後城はこの区域の地形を観察眼と目測で把握し、
この逃げ道を作っておいたのだ。
壁の向こうへ行った後城は、追ってこられないように
M97Sで廃墟の脆い部分をやや的外れに撃ち抜くと
崩れた建物によって抜け穴が塞がれた。
「残念ながら、一方通行だ。」
後城はその足取りで遠ざかっていく。
この程度の土石ならば"大剛"のデュランダルで破砕できたが
全力を出せぬのなら、容易ではない。
力をコントロールしなければ益々廃墟を崩れさせるだけだ。
その繊細な作業をするよりも、迂路を辿った方が早いが
ここは奥まった場所で、廃墟に取り囲まれており
大きく迂回するしかない。
さらに、向こうから飛び移って来た時は階段状になっていたが
こちらから見上げると結構な高さだ。これでは、跳躍するのも一苦労だろう。
いずれにせよ多少、時間は掛かる。
考え無しに逃げ込んだと思いきや
後城は、ここへシャムロックを誘い出したのだ。
ノエンとは毛色が違って、
知略を巡らす後城を、新たな好敵手と見定め
シャムロックは兜の内に笑みを浮かべたようだった。
廃墟を通り抜けた後城は村落の中央にある広場へと到達する。
そこに、後城を見つけたキーリアが走り寄って来た。
「あ、おじさん!」
「お嬢ちゃんも逃げ切ったようだな…」
キーリアは階段から転げた拍子に軽く膝を擦り剥いていたが
まだまだ元気で、平気なようだ。
キーリアの無事に安心した後城はノエンの行方を気にする。
「お嬢さんは…?」
片腕を押さえるノエンは足を引き摺るようにして現れた。
「…ここに、います。」
「ノエン!」
キーリアは真っ先にノエンに駆け寄ると
その傍らで後城はノエン体調を案じた。
「大丈夫か?」
「…はい。……それで、敵は…?」
返事をすればノエンは毅然とした様子で顔を引き締め、
シャムロックの所在を聞いた。
「すぐにやって来るだろう。どうやら、時間稼ぎもここまでだな。」
あの場からは簡単に出て来れないとはいえ、
シャムロックを止めておくのは無理だろう。
最後の策である引き伸ばし作戦もこれで終わりだ。
これ以上長引かせることもできるかもしれないが、
後城達の体力を考慮してもあまり得策とはいえなかった。
元々、次の手が思い付くまでの作戦に過ぎない。
後城の悲観的な意見に、キーリアはふためく。
「えぇー!?どうするの!」
キーリアの、焦りは尤もで、
後城も思考を巡らせていたが まったく方法が浮かんでいなかった。
「……情けないが俺には何もできん。」
気抜けしたように後城が失意する。
手は打ちつくした。こうなれば戦力外、後城の出る幕はない。
すべての希望を背負うようにノエンは意思を表明する。
「…あとは、私が やります。」
「ノエン…。」
後城はそんなノエンを少しでも助けるべく
持っていたM97Sを差し出した。
「コイツを使うか?」
一発撃っただけで、残りは11発装填されたままだ。
普通に扱ってもシャムロックに通用せず、後城には手に余る。
だが、ノエンはそれを拒んだ。
「いえ、無駄になってしまうので……。」
銃を使用するのに躊躇ったのではない。
ノエンは、剣術だけでなく銃火器もある程度、使いこなせる。
ただ シャムロックと戦うには銃よりも
短剣などを用いた近接格闘に持ち込む方が遣り様はある。
拳銃は却って邪魔になるやもしれない。
だから、ノエンはM97Sを受け取らなかった。
「だが、ソイツじゃあ あの大きな剣には勝てないだろう。」
後城が目を遣る短剣はその刀身を殆ど無くし、
柄のほうが長いほどだ。折れたことで残った部分が尖り、
鋭さは増したが、これでデュランダルと剣戟するのは無謀である。
ノエンの腰に装着される鞘は原型を留めず、防御に使うこともできまい。
「あ、なら これがあるよ!」
装備の頼りなさを補おうと、
キーリアはポシェットから取り出したDCS82を見せた。
これには、後城も驚き 手にとって確かめる。
「おいおい、コイツは俺の持ってきたDCS82じゃないか。
なんでお嬢ちゃんが持ってるんだ」
「えへへ……二個取っておいたの。」
後城からくすねたDCS82は二つあった。
一つは、ベルテとの戦いで消費したが もう一個あったことに
今の今まで忘れてしまっていたのだ。
「まったく、手癖の悪いお嬢ちゃんだ。
しかし、VDI338も無いし それだけじゃ発光するだけだぞ」
後城が言う通り、単なる刺激だけでは
通常のスタングレネードと何ら遜色はない。
VDI338を鋼橋の崩落に使用し、一緒に埋没してしまった現状では、
一度に複数の刺激を与えられる手段がない。
だとしてもノエンはそのDCS82を貰って、懐に入れた。
「…でも、有り難く使わせてもらいます。」
何処かで使える時があるかもしれないと思ったのだ。
「……そうか。お嬢さんに任せるしかないものな」
なす術も無く後城がそう納得していると、
キーリアが遠方から接近する騎士を目撃する。
「あっ、来るよ…!」
シャムロックだ。
奴はノエンの前に降り立つと、デュランダルを掲げて佇立する。
「決着を付けようぞ。」
「頼んだぞ、お嬢さん」
後城に背中を押されて、ノエンはシャムロックに向き合う。
手にする武器は、刃を無くした短剣。
決死の中に生存を取り混ぜて、ノエンはシャムロックへ距離を縮めた。
短剣の刀身がない分、リーチは極めて短い。
これまで以上に至近で戦わなければ敵の攻撃を許すだけだ。
早くも、シャムロックは"迅疾"のデュランダルを繰り出し、
高速の動きで薙ぐ一瞬、ノエンは短剣の鍔を器用に立てて 攻撃を防ぐ。
この短剣は、攻撃力はなくなったが、防御するだけなら逆に好都合かもしれない。
刀身で大剣を受け止めることに掛かる負荷は
刀身自体に及ぶ為に 折損しやすくするが、折れてしまった短剣だと
柄を握る手元に負荷が行き届く。力の使い方としては、
折れている上体のほうが扱いやすく防御に関して言えば
見た目以上に耐えられる。
武器の内面を思い見れば
刀身は攻撃性のある素材、柄や鍔は防御性の強い素材とで
それぞれ異なっているからこそ耐久力があるのだろう。
しかし、短剣の先端がこれでは 攻撃力に乏しい。
いくら相手の攻撃を凌げるといっても防戦一方でしかない。
鍔を盾のようにして、シャムロックの猛攻を防いでいたが
攻め手を欠いたノエンは 案の定、苦戦しているようだ。
それを見守るキーリアは後城に助力を求めた。
「おじさん、何とかならないの!」
「今は…お嬢さんを信じて見守るしかない…。」
下手に手出しをしても、ノエンを援護する所か
足手纏いになるだけだ。
後城は今にも飛び出して行きそうなキーリアを制し、
熟視するしかないのだと諭す。
シャムロックの怒涛の攻撃を、
短剣の柄頭や鍔の端っこで防守するノエン。
しかし、ノエンを追い詰めるようにシャムロックは 猛烈に
"迅疾"と"大剛"の性能を使い分けてデュランダルを振るい、
ノエンは何時とは無しに廃墟の奥地に退かされていた。
だが、負けまいと デュランダルの重圧に押されずノエンは接近し続ける。
肌に切創を作りながらも、シャムロックと渡り合おうとしていた。
通常のデュランダルであればまだいいが、
"大剛"の一撃を受け続ければ如何に耐久性のある短剣だろうと
刀身のように折れてしまう。
それは、攻撃を防いできた短剣の柄や鍔を見れば
磨り減って表面が毀れそうになっているのも瞭然だった。
ノエンが倒されるのは時間の問題。
遠くで観戦する他ない後城とキーリアはそう想定してしまう。
シャムロックと戦闘するノエン当人にも
自分が消耗してきているのを実感していた。
対して、兜でその表情は判ぜぬがシャムロックは
息も切らさず、いつまで経っても動きに乱れはない。
無尽蔵の体力か、それとも
特殊な呼吸方法を体得しているのか
シャムロックの余力は有り余っている。
歴然たる劣勢を覆すべく、
砕けた短剣の鞘の欠片を手に、ノエンは打って出た。
デュランダルを振り出したシャムロックの動きに合わせて、
ノエンは鞘の破片を空中にばら撒いた。
破片にシャムロックの視線が注がれることもなく、
無意味に地面に落下したが、それはノエンの次なる行動を隠す為のものだった。
手元に隠し持っていた鳳梨型の小さい金属を
シャムロックの目の前で投げつけた。
それを打ち落とそうとデュランダルが接触した時、
破裂した金属が激しい光を放った。
閃光は、投擲したノエンにも影響したが
瞑目していたおかげで動きに支障はなかった。
炸裂音は我慢するしかないが一個だけならさほど大音響ではない。
ノエンは、キーリアから貰ったDCS82を使ったのだ。
DCS82の形状は数種類あって、鳳梨型はコルカノの詰所の倉庫に
残っていた旧型で、性質に差は無いが容器の素材は若干異なる。
このチャンスを逃せば次はないだろう。
閃光によって動きを止めたシャムロックの腹部へ 狙い澄まして短剣を突き刺す。
幾度となく、攻撃を命中させた箇所である。
多少なりともダメージにはなるはずだ。
しかし、短剣を押し込んだ先はデュランダルの剣鋒で、
敢え無く、ノエンの賭けは失敗に終わる。
本能がそうさせたような無意識で、シャムロックはガードしていたのだ。
切り札も無くなって、ノエンは死をも覚悟した。
「終幕の時は来た。…強者よ……」
戦いの決着を先見するシャムロックはノエンとの間合いを詰めながら
デュランダルの高速攻撃でノエンを攻め立てれば
ノエンは食い下がって短剣で防御する。
刃の尖端、鍔だけでなく 持つべき柄さえも使って
短剣全体で攻撃を受け流していたが
最後にシャムロックが払ったデュランダルの一撃が
短剣を勢い良く弾き、ノエンの手を離れ 滑り落ちる。
「これで、終わりだ…!」
刹那の攻防に生まれた僅かな隙。
シャムロックは、回避行動を取る一寸もない無防備のノエンに
"迅疾"から"大剛"へ転化するデュランダルを打ち下ろした。
短剣を弾かれたノエンには防ぐ手段はない。
避ける間も無く、ノエンへと大剣は迫り 両断したように見えた。
「ノエーーン!!」
絶叫するキーリア。
その横で息を呑む後城は
時間が止まっているような錯覚の中、
廃墟の荒れた路上を猛スピードで突っ込んでくる乗用車を目視する。
鉛色の車体を加速させ、後輪を滑らせながら
シャムロックに衝突した。
明らかに衝突させることを意図した速度である。
車体は凹んだが、ぶつかったシャムロックも大きく撥ね飛ばされた。
シャムロックだけを撥ねると車はノエンの手前で急停止した。
「おや、誰か轢いてしまったか?」
降車する白衣の人物は、冷淡にもそう言いながら
トランクを引き下げて登場した。
危機に瀕していたノエンは顔を上げると、その人物と目が合う。
「…漣…!」
「ちょうどいい所にいたな。」
鮮やかな琥珀色の短髪を靡かせ、恐らく年中白衣姿なのだろう
彼女こそ、異端商会の代表を務める霜夜漣その人だった。
「どうしてここに…!」
表情をあまり変えないノエンが柄にも無く目をぱちくりさせる。
霜夜漣がこの場に現れることはそれほど予想外なのだ。
「完成したコレを、渡そうと思ってな。」
漣はノエンに向かってトランクごと放り投げる。
ノエンがそれを開けると中には
丁寧に包装された勝色の、麻布の袋があった。
「これは…?」
「後は"実戦"で使ってみることだ。
ほら、相手が来たぞ。」
漣は碌な説明もせず、何かが包まれている袋だけをノエンに与えると
シャムロックが起き上がってきたことに注意させる。
「また…妨げが入ったか。」
崩れ掛る廃墟の壁を退けながら、シャムロックは這い出てくる。
「全然応えてないよっ…!」
キーリアは遠目に、シャムロックの動作から
ダメージすら利いていないことに恐れを感じる。
軽くなった鎧とはいえ、元が頑丈であり、瞬間的に
デュランダルで防御姿勢を取ったシャムロックは車に撥ねられてもへっちゃらだ。
「仕切り直しだ…。」
迫り来るシャムロックに身構えるノエンが手に持つ袋は
長物で、細い竹刀袋を連想させる。中身の確認もしないが、
ノエンはこれが武器だと直覚していた。
「漣、下がってて。」
「私の心配は止せ。目の前の敵に集中しろ…」
漣は言うまでもないと、ゆっくりノエンから離れていく。
先に、シャムロックが動く。
デュランダルを上段に持ち上げ、弧を描くように振り払い
ノエンに攻めかかる。
その遠方で、静観する後城はノエンが持つ袋に注目した。
「ありゃあ、なんだ?」
ノエンが袋を構えて、前に出すと
金属と金属が突き当たるような音を響かせ、デュランダルと激突する。
「何っ!?」
シャムロックは妙な手応えを感じた。
真正面にデュランダルとぶつかっても平気な布などはない。
袋ではない、その中にある物が計り知れない強度を持っているのだ。
激突した衝撃で袋は破け、中からは
漆塗りが映える鞘が現れる。
刀剣、それも刀という形容が相応しい 武器を納める黒色の鞘。
漣が土壇場でノエンに渡したのは、今では現存するものも少ない
刀匠に鍛えられた刀剣だった。
ノエンは袋にある状態の時から、手にした瞬間 理解した。
愛用していた短剣とはまったく異なる特徴に困惑することなく
使いこなせると確信した。
分かる、この武器の扱い方。
この重ささえも 手に馴染む………これなら、いけるっ!!
鞘を小脇に抱えて、ノエンは少し屈んだ体勢でシャムロックに突進する。
さっきまでとは見違える動きでシャムロックを攻撃圏内に収めると
デュランダルが繰り出される前に、鞘を鎧の横っ腹に叩きつけた。
鎧がガタガタと揺らめき、シャムロックをよろめかせる。
だが、態勢を戻したシャムロックはすぐに、反撃に転じ
デュランダルで空を斬った。
凄烈な攻撃だったが、
ノエンが鞘を垂直に立てれば、デュランダルの一撃は防がれる。
そこから、鞘の縁を滑らせてデュランダルを逸らせば
シャムロックの空いた懐に、ノエンは鞘で突いた。
短剣の攻撃とは違い、鎧越しでも確実にダメージを与えられているようだ。
それも、鞘に納めたままで十分通用するのだから
抜刀すれば鎧を貫通できるかもしれない。
デュランダルが再び振り上げられるまでの僅かな間、
ノエンは立て続けに鞘で鎧を強打し、シャムロックを揺さぶると
衝撃が全身を突き抜ける。鎧に蓄積されたダメージが
生身のシャムロックに至ったのだろう。
新たな武器を手に入れたノエンは、
シャムロックを圧倒していた。
「凄い、ノエンさん…」
無敵だと思われたシャムロックを相手に、
優勢となったノエンをキーリアは眺め入った。
シャムロックはノエンを近づけさせまいと
デュランダルを力任せに振り回し
高速回転させ、ノエンはそれを鞘で受け止めつつ、後ろへ下がる。
「フ…、フハハハハ! 良いぞ、これだ…
この機を待っていたのだ!……強者よ!!」
自らを打ち負かすかもしれぬノエンの目覚ましい動きに、シャムロックは愉悦する。
戦士として、騎士としての宿敵を欲していたシャムロックにとって
この展開は喜ばしいのだ。
そこから遠く、
廃墟の陰から戦闘を凝望するキーリアは隣にいた後城に疑問を投げかける。
「あれって剣を納めるものだよね…。
ノエンさんは何で剣を使わないの?」
ノエンが武器としているのが鞘であることは目に見えたが、
そうであるなら なぜ抜刀しないのかキーリアは不思議だった。
しかし、それに答えたのは後城ではなく
ひょっこりとキーリアの横で瓦礫に座していた漣だ。
「待っているんだろう、勝負が決する瞬間を。
時が来れば使うさ……その為のものだ。」
腕を組んで脚を交差させる漣は、戦闘に注視しながらも
差し置いた車を見つめているようだ。
「あんた…一体、誰だ?」
後城は気にもなる。突如現れては溶け込み、
ノエンの知り合いらしいことは推し量れたが 正体は不明瞭だ。
「あの子の保護者みたいなもんだ。」
漣は多くを語らず、それだけ言ってあとは黙る。
後城もこの際、何者かは詮索しまいと
追究せずにノエンの戦闘に視線を向けた。
戦いは拮抗しているように見えたが、
実際はノエンが上手だ。
数分前には、シャムロックがノエンを圧倒していたものの
今では逆転されている。
武器がノエンの手に渡ったからだけではない。
こうなることが分かっていたかのようにノエンは無自覚に、
力を温存していた。
戦ってる本人にしてみれば、まったく そんなことはなく
死に物狂いで奮闘したはずだが、心の奥底で諦めきれない
生存への執着が 余力を残し、反攻のチャンスを心頼みにしていたのだ。
そうでなければ鞘を扱う体力すら皆無で、
微塵も動けなかっただろう。
まだ、剣は抜かぬままノエンは鞘を前面に出し
ジグザグに走ってシャムロックの攻撃を誘った。
これまでの長時間の戦闘で、デュランダルにもガタが来ていたが
シャムロックは尚も いや、もっと全身全霊でデュランダルを扱う。
"迅疾"による、高速化の直後に
ノエンへデュランダルを振るうも ほんのちょっと届かず、
間合いを調整しながらノエンは距離をさらに縮める。
が、そこでデュランダルは変形し、元の形状へ戻ると
リーチが伸びてノエンの頬を掠った。
一度変形すれば、二度としないと思い込んでいたが
実はいつでも形態を変化できたのだ。
ただ、変形をするとデュランダルの中核に負荷を掛けてしまい、
自壊を増進させる可能性があった為に、使わないでいた。
ここに来て、リーチを自在に変化でき
攻撃の仕方も異同であるとなれば 間合いを把捉して
攻守を切り替えるノエンにとって厄介ではあった。
それでも好転、揺るぎ無し。
一滴の血が頬を伝ってもノエンは立ち止まらず、
鞘を以って、シャムロックの頭部や脾腹、脛に突き当て
鎧に衝撃を与える。
眩むシャムロックだったが、踏み止まってデュランダルを素早く変形させ、
胸先まで引き戻すと 幅広となった大剣の刃が鞘を防止する。
立て直す暇なんぞ与えるものか、と
攻め抜くノエンは鞘をしなやかせて鎧の側面に打ち打擲する。
邀撃するシャムロックは常に"迅疾"の構えを心掛け、時に"大剛"を用いて
臨機応変にデュランダルを変動させながら一歩も退かない。
押すも押されぬ鍔迫り合いだ。
鞘は特別なもので、デュランダルに引けを取らないばかりか、
大剣にはない柔軟さがある分、デュランダルより長持ちするかもしれない。
長期戦となれば、体力に際限無いシャムロックと
武器で勝るノエンとで一向に戦いが終わらぬだろう。
後城やキーリアには、そんな懸念さえあったが
思いの外、戦闘は終決を迎えようとしていた。
デュランダルを真の形態にし、
刃を横に立てると シャムロックは天高く掲げる。
強く力を込められたデュランダルは、
本来 不可能であるはずの"迅疾"と"大剛"の相対する性能を同時に発現させた。
大力にして迅速。それが一斉に発揮されれば最強のデュランダルとなろう。
シャムロックはこの一撃に己の全力を宿らせる。
身を捻り、大剣を大きく引いて柄を握り締め 一足前へと出した。
今となっては防御はいらぬ、 守ることを捨てた構えで
攻撃だけにすべてを注ぐ。
「我が騎士の魂、このデュランダルに懸けて!」
そして飛び出すように駆けたシャムロックは態勢を維持したまま、
ノエンを大剣の攻撃範囲に入れる。
身構えもせず、ノエンは凄く落ち着いて 肩の力を抜いた。
シャムロックが差し迫れば、左手で 佩した鞘に触れ
その時を待つ。
カウンターをしようとしているのだ。
振られるデュランダルがノエンの面前へ突き出される。
その一瞬、ノエンが鞘を掴んで前へと踏み込んだ。
このタイミングに踏み出せば、自分から斬られにいくようなものだが
恐れることなく、ノエンは遅々として抜刀する。
須臾であるが、集中力極まるノエンが感じる 時は緩緩で
シャムロックが動いていないように思えるほどだ。
鞘から抜かれた刀は、デュランダルがノエンを斬るよりも速く
シャムロックの胴を貫く様に払われ
ノエンは勢いを保ったまま、そこを過った。
確かな手応えを感じて、ノエンは鞘に刀を納める。
これで、決しようというのか。
シャムロックがデュランダルを振るった頃には、
ノエンは通り過ぎており、シャムロックは致命傷を受けたことに気付く。
刀が切り裂いたのは、短剣でダメージを受けた部分と同じだ。
体力が有り余っていたシャムロックといえども
こう何度も正確な攻撃を当たられれば死に瀕する。
倒れそうになる所を、突っ張って堪えると
鎧には罅が入り、デュランダルはその動力を停止して動かなくなる。
鎧も、デュランダルも
限界は超越していた。
シャムロックは
消え入りそうな小声で 見事、とノエンを褒め称えると
鎧を軋ませ、直立不動のまま絶命した。
終わってみれば手も無く、
騎士は自身の宿運を最後まで貫徹し、
生きるという意志を持ち続けた少女に敗北したのだ。
呆然とする後城やキーリアの横で、漣はすっと立ち上がる。
「…どうやら決着が付いたようだ。」
それに釣られて、キーリアは起立して、
慌ただしくノエンの傍に駆けつけた。
「ノエンっ!」
事を為したノエンは集中が切れ、
今になってどっと疲れが押し寄せる。
ノエンもまた、限界に近かったのだ。
そんな足取り覚束無いノエンを支えるようにするキーリアは、
シャムロックの背後を一瞥してノエンの手を引く。
鎧に割れ目は入ったが完全に破壊されたわけでない。
死して尚、その生き身を晒さず 息絶えているとは思えないほど
堂々とした死に様だった。
強敵の最期に感銘を受けるノエンを余所に、
漣は無感動に帰社を宣言する。
「さーて、帰るぞ。」
「待ってくれ、何処へ行くつもりだ?」
それを止めたのは、後城だ。
コルカノ警備隊の一員として、無断で通行するつもりなら放ってはおけない。
「ガナンだ。」
と漣は端的に言う。ノエンと漣が知り合いなら
ノエンが目指すガナンタウンと符合する。
予想通り、漣の帰るべき場所もガナンタウンだった。
「それなら今、連絡して通行できるようにしないとな。」
そう言いつつ後城は携帯通信機を取り出した。
コルカノは厳戒態勢でその出入りは通行禁止されている。
だが、通り魔事件が落着したとなれば 警戒する必要はない。
警備隊に連絡を取って、シャムロックを討った報告をせねばなるまい。
少しの時間が掛かると見て、漣はノエンと共にいるキーリアの方に向いた。
「ふむ……そうか。
君がノエンの保護した民間人だったか?」
「えーと、私 キーリア・メル・ハウエル!
アルルって呼ばれるよ。」
自己紹介をするキーリアに漣は直截、誘った。
「では、アルル。 一緒に来るか?」
「いいの!?」
「ちょうど人手も欲しいしな。商会に入ってもらうことになるが…」
関わり合ったノエンのこともそうだが、
状況を鋭く推察した漣はキーリアを適材と判断して異端商会に引き入れた。
そうでなくとも、ガナンタウンまでは連れて行く腹積りもあったが。
「よろしくお願いします!」
キーリアは頭を下げるようにして、異端商会の世話になることを受け入れる。
それから、後城が連絡を完了する。
「話は付いた。確認したところ、臣月達もやってくれたようだ。
これで問題なく通過できるだろう。」
折悪しく電話に応答したのは警備隊の一人で、
一太郎や雨月は不在のようだったが 聞けば、
あちらも通り魔を全員確保したと言う。
これにて通り魔事件は解決し、
コルカノの通行禁止も解除されることとなった。
漣は素直に、謝意を表し 自分が乗ってきた車のドアを開ける。
「感謝する。…じゃ、乗り込んでくれ。
そうだ、どうせなら送ろうか?」
ノエンとキーリアに乗車を促すと
ガナンタウンの道中であるコルカノを通るとなって、
後城も同乗するかと訊ねた。
「いや、俺は徒歩でいい。後処理もあるしな」
本当は車に乗って、直ぐにでもコルカノへ戻りたかった後城だが
シャムロックの死体をこのままにするわけにはいかない。
壊した鋼橋の件もあって、色々と面倒が重なっている。
車に乗り込む手前、キーリアは車体の凹みを気にする。
「この車、大丈夫なの?」
「少し拉げただけだ。エンジンは動くから安心しろ」
漣の持論では、どんなに外観が壊れていようが
使えればいいのだ。シャムロックと衝突した車の外傷はかなり目立ったが
動力機関に影響はない。タイヤも変わり無く発進には支障なさそうだ。
先に乗車するキーリアは後城に元気良く手を振った。
「じゃあねー、おじさん!」
その後、ノエンは後城へお辞儀をして、車へ乗った。
二人が乗ったのを確認すると漣は運転席に座ると
シートベルトもしないで、車を発車させた。
荒っぽいながらも軽快な走りで車は廃墟を去り、
間道を通ってミッドウェイ上の道路からコルカノを経由するようだ。
それを見送って、後城はまたも 通信機を手にした。
「…さて、臣月達を呼んでコイツをどうにかしないとな。」
シャムロックを移送し、
鋼橋の修繕を依頼する………
遣る事は他にもまだまだある。
後城はぐったりとしながら 一太郎たちの到着を待った。
ちょうど、正午を過ぎた頃。
ノエンがシャムロックを打ち倒した その時を同じくして、
不穏にも央都へ迫る軍勢の影があった。
軍勢は、中央都市の門を前にする。
聖堂教会の紋章を塗りつぶした神聖な光輝が描かれた御旗を掲げて。
今、まさに大きな兵乱が起きようとしていた。




