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03

   【フロウズ】


静謐(せいひつ)に収束した今回の事件を討議するグランド・カテドラルでは

新たな報せによって多数の司祭たちが混乱していた。


「……背教ですと?」


「莫迦な…マグダレン司教が反逆などと……」


教徒は口々に疑念を述べた。

ティスア・マグダレンの離反は央都末端のアースリーをも震撼させる。

ここには、穏健派とはいえ、マグダレン教派の信徒も少なからずいた。

彼等は何も知らされず、信奉する主宰に切り捨てられたのだ。


「ヘオフォンでは円卓協議が開かれるようですね」


「我々には何の御達しもありませんが…」


教会の最高評議である円卓協議に参加若しくは参観できるのは

限られた上位聖職者と認定された助祭以上の資格保持者のみで、

時には中央議会の議員が列席することもある。

協議は教派に関わらず会合するが進行は典掌(てんしょう)教会の総代が行う。


内事に情報は秘匿されてきたが、部外へ洩れるや

登時、反乱の一報が伝播した。

それほど、ティスア・マグダレンの背教は注目を惹いた。


央都に根付くかつての、十字教派時代の逆乱以来の

希有な出来事。―あってはならないことだった。


それでも教皇側が今まで、叛意(はんい)を知っていながら捨て置いたのは

すぐに鎮圧できると自負していたからだ。

だが、実際起こってみれば

ティスア一派は教皇勢が考えるより想定以上に、強大に膨れ上がっていた。

下っ端は見放し、外部の力を取り入れ、異端の連合を結成した新生マグダレン教派は、

そのまま中央に攻め入ると思われたが突如転進し、行方を晦ませた。

しかも、教皇ですら新たなマグダレン教の全貌は掴めていなかった。

離反したたった一党に最大勢力の宗教全体が出し抜かれたのだ。


重く伸し掛かる陰鬱な様子がその場を静寂にさせる。

誰もがマグダレン教の反乱を未だ信じられずにいた。


そんな中、一人の修道士の言葉が空気を一変する。

「今すべきはアースリーの治安です。

 我々には我々のできることをしましょう。」


それは至極尤もだ。

何せ、急な呼び出しで何処も彼処も人員不足は否めないし

アースリーの事件は一応落着したとはいえ

人民すべてが大人しく平生に戻ったわけではないのだ。

特に耳が早い連中は一般には出回らない噂を流布したがる。

場所によってはもはや暴動に為りかねない状況でもあった。


適役としては特殊対策機構がする仕事なのだが

特殊対策機構は元々、アースリーの大部分が管轄外であり、

教会主位のテアトルムに関連して、全面的な責任が教会にはある。


正論だが、事実を受け止めきれずに動揺する教徒たちはざわついた。

しかし、司祭は賛同し行動を起こした。


「そうですね…

 安寧を取り戻す事が急務でしょう。」


司祭は立ち上がって、遠巻きの 二人の修道女に声を掛ける。

「クルセイヴィア、アルマリー。 貴女達は先に戻っていなさい。」


「司祭様……!?」

修道女二人が声を揃えて驚いた。


「私にはすべきことがあります。」

そう言い残し、

司祭は決意したようにグランド・カテドラルを飛び出していった。



ヘオフォンは地下に存在する白き城砦だ。

均しく整った真っ白な四角い城は神々しさよりも 寧ろ、無機質な規律を思わせる。

内装もシンプルで、地方の聖堂の方がよっぽど教会らしいだろう。

その上、円卓の会議室は(すこぶ)る異質だ。

教会は西洋の性質であるが、それにしても魔術的な要素が強い。


円卓の中心には水晶のようなものがあって、

壁際には呪術の道具が装飾に使われている。

魔法は信者が欲する"奇跡"とは異なり、祈祷の埒外だ。

教会の人間が扱う方術は奇跡の延長であって、完全ではない。

魔術もそうかもしれないが使い様は全く別物だ。

一部ではそういった異端な信仰もあるが、教会が魔術を認可しているわけでも

概念を知っているわけでもない。ただ、それが

何らかの不思議なちから(魔力)を以って、儀式などを高めることは

承知していた。だから、ここにそんな飾りがあるのだろう。


長大な円卓の真正面には額縁に沿って紋章が、宗派を分かつ(しるし)として

三箇所 異なる紋様が描かれている。

一つに、光り輝く聖鳥を竜紋に模した紋章。

また一つに、オーバル(楕円)とロズンジ(菱形)が重なった

エスカッシャン(盾形)を基本にした紋章。

三つ目に、十字にアンク(エジプト十字)を吊るしたようなケルト十字風の紋章。

これらは順に

聴衆、典掌教会、聖堂教会を象徴し、

そこに適した者が紋章を目印に座す。

ここでいう聴衆とは参観者及び信仰者を表する

典掌教会と聖堂教会以外の第三者のことである。第三者には議員も含まれる。

聴衆の発言者は議員であれば優先されるが、観覧に徹することも多い。


続々と着席する位階の高い聖職者たちが

各教派の代表とする人物を議席の前部へ座らせる。

それ以外の者は後ろに待機し、主な発言権は代表者にある。

これは、多数の論者を交えると紛糾してしまう恐れを避けるためだ。

よって、代表者の発言に教派の総意が前提に求められる。


会議室に入って正面に座す典掌教会

総領のワシリー・フォマは厳然たる態度で口を開く。

彼だけは他の聖職者と違って法服ではなくスーツだ。

老いを感じさせない白髪が厳威を印象する。

「突然の召集ですが、今をもって円卓協議を始めたいと思います。

 知っての通り、議題はマグダレン教の背信についてです。」


協議が始まると、一層雰囲気は厳粛になった。


教派が細分し、人数が多い聖堂教会の代表は

教皇派にして、大司教のラバルム・アリクスと

ハザック補佐司教、マグダレン穏健派のカヴォッド司祭だ。

アリフは離宮に赴いており、協議に間に合わなかったので

アリフ教派は参加していないが助祭のネフマッドが代理で列席していた。


「…此度の問題、どうするおつもりか」

ラバルム大司教が開口するとその補佐役のハザックも続いた。

「警備は何をしていた。 浮ついていたのではないか!」


ワシリーは報告書を片手に、ハザックの怒声染みた語気に答える。

「その警備の大半がマグダレン教派の者です。

 そこへテロルが重なり私共の目も其方へ集中してしまった。」


「大体、テロリストをのさばらせておくから

 斯様な事態になるのではないか」

ハザックは尊大に言い放った。


テアトルム公開に併せて、警備の強化を進言し、

その一手を担ったのがマグダレン教派だ。

防備は民間と特殊対策機構を除いて教会が主体となって、

幅広く対応する為に統制し易さを挙げ、同じ教派の者を中心に構成していた。


延いては"淡紅の灰"の蜂起と重なり、

あらゆる点で後手に回ってしまったことが

ティスアの反乱をいとも簡単に実現させる結果となった。


荒れた議論を払拭すべくネフマッドは静かに言う。

「猊下は憂いております。一刻も早く、ティスア司教を捜さねば。」


「彼奴らの軍勢は集結した後、姿を消したというではないか」

そんな報告を受けたハザックは迅速な行動で部隊を組織し、

ティスアを追跡する一団を指揮していたが吉報は一つもなかった。

新生マグダレン教は異邦人と合流した後、忽然と消え失せたのだ。


ハザックと対面するカヴォッド司祭は顰蹙(ひんしゅく)しながら肯定した。

「軍などと卑陋(ひろう)な事を。しかし大勢であるのは確か。

 それを見失うとは……」


「我等の知らぬ(みち)があるようだな。

 それも、これは計画的だ。何処に陥穽(かんせい)があってもおかしくはないぞ」

ラバルム大司教が冷淡に言い、

議場が不穏な空気に包まれる。


司教の立場であったティスアは各所の聖殿は論無く、

ヘオフォンの至る所に潜り込める。

グランド・カテドラルとヘオフォンとを繋ぐ地下迷宮には

未使用で封鎖された部分が数多くある。

そこを通れば気付かれずに移動できるかもしれない。


ワシリーは円卓を叩くように、注目を集めると咳払いする所作をしてから話した。

「議事を纏めるに、早急な対応をしなければなりません。

 総大司教の返答は?」


教皇を例外として、教会の最高権限を持つ総大司教である

ヴァイナス・ゼフィールは協議の最終的な決定権を持つが

ヘオフォンから離れた聖庁に居る教皇の傍らに付き添っている。

その為、協議に参加することは滅多にない。

今回も連絡員として配下の修道士を派遣している。


修道士は背後に控えて、恐々とワシリーに語った。

「………総力で司教の捕縛を、と。」


ワシリーは少し押し黙ってから、

「…余り、実力行使は進みませんが そうも言ってられませんね。」

と言って、協議を締め括り、具体的な決定事項を告げた。


「……すべての使徒と高等神官に通告を。

 "辰の徒"も総動員します。」


昔と比較して、規模は現在が最も莫大だ。

その勢力が一点に集うのは

前代未聞の珍事。未曾有の一大事である。


宣教者である使徒は普通の修道士らと比べて

規格外に方術を博し、より実戦向きだ。

取り分け、法外使徒と呼ばれる者達は

教会の特殊部隊である"辰の徒"に所属する者もおり、

単独での力量が途轍もなかった。


それらを呼び集めるとなれば教会とティスア一派の総力戦といっても過言ではない。

異端の者を招き入れたとはいえ、一教派の反乱なんぞ高が知れている。

教会の面々は一様にそう、軽視していた。

 ―この時は。


粛々と繁栄してきた央都に動乱の風が吹き荒れる。



暗き世界の果て ……… 其処に何も無く

唯唯虚無が拡がってゆく。


無限と思える時間の中で魂と肉体は乖離し、闇の土塊(つちくれ)へと還る。


ここは暗黒の領域。

生者は死滅し、死人は失する。

そこでは何もかも"無"であり"()"である。


茫茫たる虚空の一点。 宙に浮かぶ 彷徨する気魂を導くように

一条の光が空間を貫いた。それは、細やかで 優しく、

魂を引き上げると 今度は荒々しく覚醒を促した。


「……きよ。

 ………起きよ。」


「…ぅ…………ここは…」


「気が付いたか」


赤衣の男が眼を開き、見上げると

黒色の袈裟を羽織った天蓋の御仁がいた。


「マスター黒煙(ヘイイェン)…」


「市の場末だ。今しばらく休め、(えん)よ」


上半身を起こした男は消失したはずの炎陽だった。

彼に外傷はなかったが今の今まで意識は現世から遠ざかっていた。

死の世界に近い、そんな場所に封印されていたのだ。


黒煙(ヘイイェン)が救わなければ完全に滅失していたかもしれない。


「どうやら、妨げる者が居た様だな…」


異変を悟って黒煙(ヘイイェン)が駆け付けたとき、テアトルムには誰も居なかった。

炎陽の僅かな痕跡を辿って、スラムの地下街へ足を運び、

廃墟で意識を失っていた二人を見つけ出した。

これは、隠密に長けていた黒煙(ヘイイェン)だからこそ発見できたといえる。


「使命を全うできず、面目次第もありません。」

炎陽は顔を伏せた。

任された責務を遂行する所か仲間を掏り替えられ

何もできなかった自分を悔やんだ。


そうして想起すると、仲間を心配しだす。

「 …はっ!?、そうだ陽氷は……!」


「案ずるな。隣の茅屋(ぼうおく)で休ませておる。」


此処はアースリーの市街を外れた林中の破屋だ。

任務を終えれば東国へ帰り、央都に滞留する予定ではなかったが、

万が一に備えて、黒煙(ヘイイェン)は隠れ処を幾つか用意していた。


(すだれ)の向こうで眠る、陽氷の姿を見て、安堵するも

炎陽は少し疑った。


黒煙(ヘイイェン)はそんな様子の炎陽を片目に、付け加えた。

「あの(ひょう)は実相だ。」


今度こそ安心した炎陽だが、落ち着くと

黝簾(ゆうれん)の存在を"夢幻"のようだったとうわ言を吐いた。

「……一体なんの怪夢だったのか。」


「諸行は幻夢に非ず、異形を成すあれの真如は分からぬが

 彼の者が出張れば遅かれ早かれ、全滅していただろう。」


黒煙(ヘイイェン)の言う彼の者とは、枢機卿のことだろう。

カーディナルがテアトルムに現れることは分かっていたが

時間的に、任務を達成して撤収する入れ違い様に

出くわすことなく央都を去るはずだった。


だが、実際は黝簾(ゆうれん)に邪魔され、任務も成し遂げられずに終わった。

幸か不幸か、黝簾(ゆうれん)によって

廃墟に転移させられた事でカーディナルとは遭遇しなかったが

目的が侵入者の掃討であるカーディナルと違って、謎めく黝簾(ゆうれん)

ある意味枢機卿よりも恐ろしく思えた。


「…尚早。吾の予見に至らず招いた失錯、許せ炎。」


「何を仰いますマスター、俺達の力が足りなかったのです……!」


炎陽の未熟さは自身も、師である黒煙(ヘイイェン)も了知していた。

そこで、黒煙(ヘイイェン)

まだ床に就かなければならない炎陽に、質すように(げん)を発した。


「……力を欲するか…?」


それに対する炎陽の返事は朗々としていた。


「はい…!」


「であれば、行け。五明大山へ

 そこで(すべ)を研くのだ。」


五明大山は北の連峰の一端にある霧深き山。

青天であろうと、霧は晴れず、標高はそれほどないが

至る所に凹地が点在し局所で天候が不安定に変化する。

また、夜間でも消えぬ霧は登山者を惑わし、

複雑な地形からか転落事故も多発している。


今では悪魔の山として恐れられ、地元の住民は近付かなくなった五明大山だが

古くから修験者たちが修行の場として山に籠もったという。

外術(げじゅつ)の開祖、風伯太陰(ふうはくたいいん)こと淵源(えんげん)師範が

遍歴した果てに辿り着いた菩薩の聖地こそ、五明大山なのだ。


かつて、黒煙(ヘイイェン)も外術の修行で半年ほど五明大山に籠もったという。

鍛錬には打って付けの場所だ。


"志"ある者がそこで修行を経れば、蘊奥(うんおう)の理を得る。

外術はそれそのものでは"(のろ)い"だが

"(まじない)い"として、(くし)びの力を身に宿し、

元より備わっている"氣"と融和することで身心を超越させる。


方術と外術の大きな違いは

ちからの拠り所が自己にあるかないかということだ。

言ってみれば、外術は呪術を己身(こしん)を依り代として発現させるようなもので、

方術の祈祷による奇跡とは正反対の本質だ。


炎陽はどこか気抜けした感じでまだ完治していなかったが

それでも、五明大山へ出発する準備を終えると、

早くも央都を発とうとしていた。


「マスター、陽氷は……」


「氷も、修練は要るだろう。

 目覚めれば吾が送ろう」


「…頼みます。」


「良いか、炎。決して、"力"を使うのではないぞ

 正しく、己と向き合うのだ。」


「はい……!」


こうして東の刺客は次なる道を歩み出した。



時を同じくして、

廃坑を進むロサード・グライスは分岐点に差し掛かっていた。


地図には載っていないが左に、軽便な線路が続く。

廃れる前は、鉱夫が使っていた土砂運搬用のトロッコが走っていたのだろう。


右には洞門が 先へと続き、そこを抜ければ央都のテリトリーを脱す。

場所にして、アースリー西端の青青とした海嶺と湿地帯方面へ出る。


通称、"蒼の地表"と呼ばれる西方の一角は大洋に囲まれた島国が偏在する。

中央都市に流れ着いた者の多くはその群島の出身者が多いといわれる。

今でこそ鎖国状態に近い央都だが、開拓始期の頃は首府集権の

多国籍連盟国家として誕生し、他国との交流も旺盛だった。


ロサードは、迷った末に右へと進んだ。

どちらにしても西端に通るのだが、地図に記載されていない左側の道は

もしかすると行き止まりになっているかもしれないからだ。


追っ手はいないが、追われていないとはいえない。

時間を掛けて、見つかるなんてヘマはしたくなかった。


進みながら、ロサードは己が今後を思案した。

"淡紅の灰"は離散し、孤立したロサードが央都から遁走(とんそう)できても

一体、何ができようか。


「とりあえず、セイブシティで潜伏して情報を集めるか…」

央都から西に、一番近隣の都市 セイブシティは小さな商都で

央都界隈では非常に賑わいがあった。

その為か、諸方から情報も集まりやすい。

そして、

"淡紅の灰"が古くから愛顧していた情報屋がある。


そこで、"淡紅の灰"中興の足掛かりを掴むのだ。

いずれ来るであろう反攻の時の為に。



―――【on a knife edge】


ミッドウェイの地下を南下し、

通路の折り返し、ノエンは廃棄物処理施設に着いた。

とはいっても、施設は閉鎖されて久しく

芥の一つもありはしない。


ゴミを持ち運ぶクレーンと、コーナーに廃品を積むスペースがあるだけだ。

少し離れて、作業者が利用する小屋が一軒建ち、

その中で硝子越しに仕切られた二つの部屋が何やら意味深長だ。


「ふぅー……まだ着かないの、ノエーン」

キーリアは小屋の前面に作られた

質素な腰掛けに座り込んで、浮いた足をぶらつかせた。


「まだ。」

その横の、ノエンは返事をしながら携帯を取り出した。


数秒間の電波送信の後、事務的な声が聞こえてきた。

『こちら、異端商会総合受付でございます。』

ノエンの端末による通信は霜夜漣直通の専用回線なのだが、

不在の場合や5秒以内に応答がない場合、

通常回線として受付にコールする。


「漣に繋いで」


『取締役なら先程、お出掛けになりました。』


「…何処?」


『存じ上げておりません。』


思い立ったら即行動、が信条の漣は周囲に何も告げず

急に居なくなることも多々ある。


ノエンは、仕方なく別の手段に頼ることにした。

「………

 博士はいる?」


『暗条博士、お電話ですよ』


暗条弓弦は神主の子息で央都唯一の神社の後継者なのだが

全く方向性の違う発明家・技術者といった類を目指して放浪し、

設備が良いからとの理由で異端商会に転がり込み、

日夜研究に明け暮れていた。

ノエンが商会に入ってからは、一目惚れしたように

過剰な興味を持ち、以来

ノエンにとってはあまり相手にしたくない人物だ。


『ん?ああ!ノエン!!

 無事かい?!』


「いいから、漣はどうしたの」


『代表? それが、突然出て行っちゃってねぇ。

 後のことは頼むって、こっちも大忙しだよ』


漣は即断すれば顧みず、勝手に動くが

率先して、飛び出す事は珍しかった。

漣が留守にするほど火急の要件ができたのだろうか。

ノエンはそんなことを想いながら、現状を簡潔に伝えた。

「…今、ポイントに着いた」


弓弦が受話器片手に、ガサゴソと何かを探しているらしい音がしたらば

ぎこちなく説明しだした。

『んー、あー、あったコレね。

 えーと、小屋があるから、そこの裏口から専用の隠し通路に出て、

 通り抜ければ最短で辺境のコルカノ近傍に到着するはずさ』


辺境の街、コルカノは

異端商会の所在地であるガナンタウンと関所たる城砦都市ウォールフォートの

国境に位置し、央都の領内へミッドウェイを通じて行くには

避けては通れない小都市だ。言わば、正門方面に於ける央都の玄関口である。


「……了解。」


『じゃあ早く戻って来てね!』

ノエンに執拗な弓弦がこうも早々と通話を終えるとは

よっぽど忙殺されているのだろう。


目の前の小屋は、どこを如何見ても把手(とって)は一箇所しかなく、

入り口一つの簡易的なプレハブ小屋だ。


裏口なんてあるはずもない が、

これも漣による"通路"の延長だと考慮すれば仕掛けがあるに違いない。

鍵となるオブジェクトがあれば、秘密の裏口を見つけ出せるだろう。


ノエンは廃棄物処理施設に関して、仔細を聞かされていなかったが

概ね類推できる。


四面を見回し、ノエンが二台のクレーンに目を止めた。

一台は操縦して可搬するタイプのもので、小型のクローラークレーン。

もう一台は定置されていて移動しないが、クレーンの幅が広く、

一度に大量の物体を持ち上げることができる。


通常、廃品はブロック状のパックに纏められる。

それに付けられた輪を引っ掛けてクレーンが吊り上げるのだ。

尤も、処理施設にクレーンは必須ではないのだが

この施設の設計上、焼却炉が上層の段に設置しており、

施設の自動化を目的とした機械化運用の試験も兼ねてクレーンが配置された。


固定された大型クレーンにはウインチがあり、

その結束部分のワイヤーが(くび)れていた。

補助装置であり、滅多に使われないので

老朽化が進行したか、と考えるのが普通だが

ノエンはクレーンの不自然さに気付いた。


ワイヤーだけが綻びそうで、

他の機械は新品同然。

廃棄物処理施設として稼動する直前に閉鎖されたようだった。

それならば、ここが比較的小奇麗で、無臭な理由も納得できる。


では、なぜ一部分のワイヤーだけ

使われた形跡があるのだ。


それは、ワイヤーを利用した特殊な操作で、裏口が生起する。

ということだ。


使用者は通路を設計して完成させた漣なのだろう。


「ノエンさん、どうしたの」

クレーンの前で立ち止まって、静止するノエンをキーリアは見つめた。

ウインチのワイヤーが鍵なのは分かったが、どうすればいいのか皆目考え付かない。


キーリアをチラリと横目に、ノエンはクレーンのウインチを指差した。

「……ねぇ、あのワイヤーどう使うか分かる?」

物は試しと、キーリアに相談してみる。


「そんなの簡単だよ。」

キーリアはすんなり答えた。


「わいやーってゆーのは、繋索したり、結索する為のモノでしょ。

 どこかに架けるとかー、結んだりって感じで。」


キーリアの回答は模範だった。

そりゃそうだろう、とノエンも思ったが

括れる要因は重量がその部位に掛かったか 意図的に細くしたか。

或いは他の可能性だが、不自然に狭窄(きょうさく)された部分ではない、

別の、弛みを見つけた。


弛みは括れた箇所より先にあり、弧を作る形で垂れ下がっていた。

よく見ればワイヤーの先っぽはどこにも繋がれておらず上側に掛けられている。


「よーし、私がやるよ!」

それでも、物思いに耽るノエンを押し遣ってキーリアがワイヤーを手に取った。

キーリアはワイヤーを二、三回巻いて

ウインチから伸びる環のある突起に通し、先端をクレーンの端に強く結んだ。

それから括れた部分を引っ張って、

ワイヤーが切れそうなくらいびっしり張らせるとクレーンを起動させた。

電源は接続していないが予備動力だけで最小限の動作はする。


そうして、クレーンを上に傾けると、

小屋の方から開錠したような音がした。


「はいっ、終わり!」


習熟している手早さにノエンは呆然とした。


「…何で分かったの」


「うーん……直感かなぁ」


それは明らかに、手慣れている経験者の仕方だ。

とても勘とかで片付けられる話ではない。

しかし、キーリア当人ですら 自然と体が動いた という風な

不確定な実感しかなかった。

聞けば、キーリアは少し記憶を失っている節がある。


失った過去に何らかの関係があるのか。

ノエンはキーリアに、底知れぬ潜在性を感じていた。


「さぁ行こう!」


キーリアは大手を振って、ノエンを導引した。


小屋に入ると、

隔てていた硝子の壁がスライドして、出口が出現していた。

これが裏口なのだろう。


キーリアが先に進んで、ノエンを手招きする。


「あと、どれくらいなのかな」


「ここからは直通……。だから、もうすぐ」


地下通路は廃棄物処理施設に立ち寄らずとも、最終的に

地上へ出ることができるが、裏口から進んだ方が

近道であり、コルカノ裏門の隣地に通じている。

人目を避ける上でも、こちらから行ったほうがいいのだ。


「そっか!

 ずっと地下続きでお日様見てない気がするよっ」


「…今は夜だと思うけど。」

躍動するキーリアに呆れながら、ノエンは慳貪(けんどん)に物言う。


ノエンが思う通り、外はすっかり日が暮れて

子の刻になろうとしていた。



 ―央都辺地・森林区画

闇夜に紛れて、森の中を逃げ惑う集団がいた。

それを追撃する、一人の男。


「……対象を捕捉…!」

追撃者の独特な法衣は僧侶の五条袈裟に似ていて、

組紐(修多羅)を右肩からぶら下げ、神札が巻かれた仮面で顔の半面を掩蔽(えんぺい)する。

この姿は差異あれど、基本的に組紐ではなく、無色のストラを首から掛ける。

それは、機密の守護者"辰の徒"の証明だった。


鬱蒼とした樹海を直走る四人の修道士は、全員マグダレン教傘下の信者だ。


「くそっ、もう追っ手が来たぞ!」


「聖教主様の援軍はまだか!!」

聖教主、其れはティスア・マグダレンが新たに名乗った称呼で

教皇の最高権威、"聖座"を趣意する。


追撃する男は、片手にサンスクリットの紋様が刻印された長剣を握り、

それを軽く振るえば、真空の衝撃波が放たれて

修道士の行く手に聳立(しょうりつ)する大木を真っ二つに切断した。


周章する修道士へ 迫撃しようと、追撃者が長剣を切り上げる。

あわや修道士たちが絶体絶命か、

そんな所で、唐突に 空間を引き裂くような雷撃が垂直に走った。


「なんだか面白そうな事になってるじゃないの」

樹木の枝条に立つ 派手な男が修道士たちの前に着地した。


「おお……!あなたは、異教徒のメルキアル殿!」


衣裳は羽織に略肩衣。追撃者と見比べても両者は似通っていたが

配色は対照的に極端な橙色が目に付くような純色。

人となりが色濃く表れているようだ。


ティスアが新生マグダレン教派として招待した異邦人の一人、

メルキアルは西方諸国の僧正で 異端を体現する人物。

変わり者と有名だ。


「尖兵として先駆けたからには手柄の一つも挙げないとねぇ…」


「排除対象が増えたか…」


冷淡に長剣を向ける追撃者を見て、メルキアルはある事に気付く。


「おや、その法衣……"辰の徒"か」


「如何にも。我は"辰の徒"五位、名をスアードと申す。」


「律儀だねェ……今から殺されるってのにさ。」


「教皇に仇なす逆賊に加担する者よ、 裁きを執行する。」


スアードが長剣を地面に突き立てると、

背後から九つの刀剣が現出し、空中を漂う。


愕然として、修道士が声を上げる。

「けっ、剣が宙に……!」


剣は、それぞれ異なり 剣先を地面に向けて、整列し 浮遊している。

しかし、その高さはばらばらで まるで個々が意思を宿しているようだった。


「それがそっちの武器かい。だが鈍刀(なまくらがたな)じゃ俺は斬れんぜ」


腕を回して奮い立つメルキアルは懐から、

歯車のあるガントレットを取り出し、左右の腕に装着した。


「時代は進化した!

 見ろ、これが科学と道術の融合だァ!」


唸って、拳を突き出すと、

モーター音が轟いて、歯車が回転した。

やがて"ギア"が回転によって熱を帯び、煙が上り

スパークしたと思えば、可視するほどの高電圧の電流が発散される。


「……!」


それから、メルキアルは腕を軸に、大きく旋回した。

加速していくスピンが 体に電流を纏わり付かせる。


電気は肌に直接触れているように見えたが、実は間隔があり、

全身を包み込むようにメルキアルは強力な電磁波に覆われた。


「電磁加速の我流結界だ!触れたら即木っ端微塵だぜ」


風に吹かれた落ち葉がひらひらと舞い込み、

メルキアルの言葉通り、触れた瞬間、消し炭になった。


見るからに危険な、帯電したメルキアルに

対してスアードは落ち着いていた。


スアードがメルキアルとの距離を目算すると、

地面に刺した長剣から手を離し、浮いている刀剣の中から一振りを掴む。

その剣は、右端にあったが

スアードが手を伸ばすと手近に引き寄せられた。


剣は聖剣カーテナによく似た剣鋒の無い 刀身が半分折れたような形をしている。

それを右肩から、剣先を下に向けるように構え

腕を捻りながら前へと繰り出した。


「九紫の一刀。」

したらば

低空の衝撃波が放たれ、猛烈な熱風が吹いた。


その風は、メルキアルの電磁波を祓うように、消失させ

彼の背後に連なる木々を切り刻む。


修道士達は何が起こったのか分からず仕舞いだったが

メルキアルは冷や汗をかいた。

結界が無ければ、死に瀕するほどの一撃だと感じたのだ。

肌が焼け付くような熱を、電磁波を越えて体感し、

それは、()の枢機卿に 比肩するくらいの灼熱だ。


"辰の徒" 噂には聞き及んでいたが、

直面してみると、想像を絶する実力と思わせられる。


だが、メルキアルも西方では名の知れた使徒。

退くわけにもいかない。

それに、これでようやく拮抗して、本気が出せると

好敵手に出会えた事に内心 喜悦していた。


「なら反発させて撃ち出す、レールガンならぬレールカノンだ!」

メルキアルはそう言うと、再び ガントレットを駆動させ、

今度は最高速度でギアを回す。

耐久限界の一歩手前で放電されるスパークは、右腕を中心に凝集していき

電荷が集束する。そこへ 加速した電力を推進力として、発射させる。


厳密には、相転移するエネルギーそのものを撃ち出している為

レールガンに相似する"兵器"の名称ではないが

構造上似ているのと、イメージがカッコいいから採用しただけである。


「塵となって消えろォォォ!!」

メルキアルは渾身の力でレールカノンを撃つと、吼えた。


スアードはそれでも無反応。

先程の刀剣を宙に戻し、別の剣を手に取った。

見れば幅広の西洋剣だが、先のほうは錐状のように鋭利だ。

「九星剣……八白の太刀。」


静かにスアードは横に薙ぐ動作から、手を裏返して

鋭角に切り上げ、また 手を払って切り下げる。

そうして、三角形の軌跡を空に描いた。


その軌跡は空中に刻まれると回転するような揺らめきで

レールカノンの激烈な電流をを掻き消す。


そして そのまま三角形の軌跡は、メルキアルを貫いて

見果てぬ彼方へ飛び去った。


「嘘…だろ…」

全力を完膚無きまでに打ちのめされたメルキアルは力尽きる。


長剣を地面から引き抜くと、九つの剣が消えた。

「七つ、使う程でもなかったか。」

メルキアルを相手に用いた刀剣は二本だったが

残りの七種はさらにその上を行く。


圧倒的だ。

これが精鋭たる"辰の徒"。


その姿に、修道士達は恐慌して平伏する。

「ひぃぃぃ……!お慈悲を!!」


「貴様達には既に、救いを乞う資格もない。」

スアードは長剣を構え、刃を突き立てた。

そして、一太刀にて 修道士達は黙する。


スアードが長剣を納刀し、立ち去る間際

高空の樹上から法衣の人物が降り立った。

「貴殿にしては聊か手間取ったようだな」


「……ヴィロンか。」

彼は同じく"辰の徒"で階位は4。

この序数は序列であるが実力差を表しているわけではない。


「先刻、下命を拝した。邪宗なるマグダレン教派に参ずる者を討滅せよと。」


「なればこそ、我が先立つ事は先見の明か。」


「そうだな。奴らが一派であるのは自明。

 俺は西方編隊に合流して追討する。

 貴殿は本隊に戻ってくれ」


「…心得た。」


スアードとヴィロンはそれぞれ別々の方向へと飛び去った。



央都の正門から南部の荒野を越え、

広大な森林地帯を抜ければ辺境の街 コルカノが見えてくる。


「さぁさぁ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」

コルカノの市場は盛況だ。

ここらの地域は商人が建国したとあって出店に力が入っている。

色々な人種が共生し、旅行者なども立ち寄る華やかな街。

だが、それだけに揉め事も多い。


「おい、人様の足許見やがって!

 ここはボッタクリか?!」

市場の一角に、売主に掴み掛かる荒くれ者がいた。


「とんでもございません!お客様の言い値で売らせていただきますよ!」


「そうかい、ならこの一組でこれと同じ金額でいいなら買うぜ」

荒くれ者が指差したるは最底辺の価格の物品。

それと品々を同等に取引しようというのだからあくどいことだ。


「は…はぁ。それは何とも……」


「ん~?駄目だと?

 別にいいんだぜ、他にも店はありゃあな」

挑発的に、目線を他方の売店へと向ける。


「い、いえっ。それで、宜しく……」


「…へっ!いい買い物したぜぇ」

そんなこんなで店主を言い包めた荒くれ者は足早に立ち去ろうとする。


「待ちな、お客人。」

そこにスーツの男が呼び止める一声。


「……なぁんだ?オメェは」


「手前さん、猛々しいな。ソイツは何なんだい?」

スーツの男は荒くれ者の内ポケットを睨んで指摘した。


「…あぁ!これは!」

荒くれ者は今に、気付いたが ポケットから出てきたのは

あるはずもない封筒だった。


五重(いつえ)定紋の封書、盗んだんだろう?」

五重定紋、この地方では知らぬ者はいないとされる高名な家紋。

それが描かれる状袋とは極秘の密書であると示唆する。

一見にして、無価値なものだが

中身の情報は一国の政治をも揺るがすほど。


それを盗んだとあらば大罪人だ。


「知らねぇ!俺は知らねぇんだ!」

荒くれ者は覚えの無い封書の存在に、焦りと不安を隠せない。

声を荒げて弁明する。


しかし、スーツの男は聞く耳持たず。

「それでは、ご同行願おうか」


「まっ、待ってくれ!第一オメェは……」

お前は一体何者だ。

そう言い掛ける荒くれ者に、スーツの男が示す手帳の刻印。


地方政庁直属の公式官吏、通称 "公官"の身分証明だ。


「お分かりか?」


「!!!」

荒くれ者は観念して手錠された。


スーツの男が、荒くれ者を拘引して部署まで送り届けると

一服して、胸襟を開く。

「いやぁ職権濫用は楽しいなぁ」


「商人を救う名目で何をやってるんですか」

諭すように現れた童顔の青年が横槍を入れる。


「権兵衛、オレたちゃ央都から外されたならず者だぜ。

 小さくとも 罪を罰して何が悪い」


「まだ根に持ってるんですか。

 あと僕の名前は臣月一太郎です。」


「あー、はいはい。じゃ臣月君、後は頼んだ」


「ちょっと!後城(しつき)さん!」


後城俊次、並びに臣月一太郎。

彼らは少し前までは

特殊対策機構の、上層幹部に任命されていたエリート中のエリートだった。

公官も特殊対策機構と同じ体系であるが

待遇等において、それが地方勤務と央都市内勤務とでは雲泥の差がある。


更には、後城俊次は何の因縁か、

今や国境警備隊と辺境の取り締まりを掛け持つ始末。

その境遇に納得していないからか、度が過ぎる行為を繰り返していた。


一太郎はこのところ、

そんな自作自演に近い後城の行動にほとほと手を焼いていた。

先の逮捕にしても、悪辣な客を取り締まるべく

感心するような妙手で封書を忍ばせたのだ。

封書は、過去に取り扱った事件のものを利用し、

定紋は本物だが中には何も入っていない。


彼らが左遷された理由は外事交渉に失敗した上層部の汚名を被らされたからだ。

公然には優秀な人員二人による地方への奉公という形で手打ちとなったが

実際は、単なる蜥蜴の尻尾切りに過ぎない。

当然、それは当人たちが真実を知らぬまま 処理された。


一太郎は根が生真面目なので辞令を快諾する。

後城は飄逸(ひょういつ)に検挙したりするなど勝手をしていたが、

この状況に対する憂さ晴らしでしかなかった。


「後城さん、待ってくださいよ!」

部署を出て行く後城を追いかけ、一太郎は呼び止めた。


「なんだ、まだ何かあるのか」


「報告にあった例の通り魔、最近

 この近辺に目撃されたようです。」


「…ああ、あの自称騎士っていう奴か。」


「ええ。まさか、コルカノまで及んでいるとは思いませんでしたが」

央都でテアトルムが完成した頃、コルカノを含めた南方地域の一部では

騎士を騙る通り魔が出没していた。

前々から被害報告は受けており、遭遇地点が不規則な所為で

特定できていなかったがウォールフォートの川沿いで

めぼしい情報が寄せられ、徐々にコルカノ方面に近付いているようだった。


「……それで?」


「いや、それでって…。僕ら一応、警備隊も兼任してるんですから」


「分かってる、出入りの監視を強化するんだろう。」


洋風の甲冑を装備し、西洋剣と盾を持ちながら徘徊する通り魔、

自身をシャムロック・シャルトリューズと名乗ったそうだ。

西方諸国を治めた領主の始祖、

シャルトリューズの名を騙るとは不届きな奴だ。


署内の一室に急遽設けられたホワイトボードと捜査道具一式。

ボードには重要な情報となる用語や

プロジェクターで映し出すスクリーンが張られている。

対策会議と題して 後城や一太郎他数名の警備員が集められた。


「書類は集めてくれたか?」

警備隊長の雨月宗司が部下の警備員に声を掛ける。


「それが、これといった情報もなく…」


椅子をクルクル回転させながら後城は何気なく尋ねた。

「目撃はされてるんだろ?」


「有力なのはウォールフォートでの一件くらいですね。」


「犯人像は皆目見当付かずか」

苦心する雨月。

被害報告や目撃情報は多々あれど、正体を掴める内容はなかった。


「ただ、監視カメラの映像などで外見は判明してます」


「あー、だから西洋の鎧ってことだろう」

後城がスクリーンに再生された静止画を一瞥して答える。


「そんな目立つ格好で何故、忍び込めるんでしょうね。」

ウォールフォート周辺は南部の鉄壁と称され、

城砦から見渡される監視網と巡邏する警戒網が厳しい地帯だ。

それを堂々と逍遥するなどと不可能な話である。


「聞けば、不可思議な術を使うらしいじゃないか」

怪我程度で済んだ被害者からの談によれば、

通り魔は方術に似ているようでどこか違う奇妙な技を用いたという。


「教会の登録者を照会してみましたが、当該する方術はありませんね。」


教会を快く思っていない後城は反感する様子で再確認した。

「いけ好かないな。

 こっちに来てるって話はホントなのか?」


「今までのルートから割り出すと、コルカノに接近してるのは事実です。」


「まぁ何にせよ、警戒するしかないわな」

なんともいい加減な後城だったが言う事は尤もだ。


「少ない情報を頼りにすれば、早朝に現れる可能性が高い。

 今はまだ夜が明けてないが、持ち場についた方が良いな。

情報では、日中に鎧の偉丈夫が目撃されている。

それが件の通り魔かどうかははっきりしないが不審者であるのは間違いない。


「では、警備班を二手に分けて

 ミッドウェイ方面とウォールフォート方面に分担するという事で。」

一太郎が手早に部隊を分割し、南北の入り口に割り振った。


「臣月、どちらか指揮を願いたいのだが。」

雨月は一太郎の手腕を買って、指揮官を頼んだが

一太郎は後方での統括を志願した。

「僕は署内で情報整備します。後城さんはミッドウェイの方に」


「おいおい、何で俺が」


「あなたも一応警備隊なんですから」


「後城では心許ないがミッドウェイ方面から来る確率は低いだろう。

 以上、各自解散!」

本命はウォールフォート方面の入り口で、

雨月が統率して、隊の半数以上が割かれた。


渋々、重い腰を上げた後城が小さくぼやく。

「誰も期待せんのね。」



その頃、ノエンとキーリアは長い通路を抜けて

遂に日が差す地上へと出た。


ミッドウェイから続く瀝青の道路を逸れた竹林に隠れた場所、

古井戸に偽装された出口から二人は這い出てきた。


「やっと抜け出せたー!」


雲間から差す朝日を浴びて、キーリアは大仰に腕を上げた。

思わぬ足止めで随分時間が掛かってしまった。


後に続いて、ノエンが上がって来たが 最後の段差で少し躓いた。

「ノエン、大丈夫?」


「…うん、何ともない。」


思ったより体力を消耗していたようだ。

未知の大国に単身、踏み込み 連戦したのだから無理もない。

ノエンはそれを隠すように気丈に振る舞った。


「それにしても…ここ、ドコだろうねぇ」


そこはコルカノの入り口に程近い、竹藪だが

獣道ということもあって、見知らぬ遠国の景観を一眸(いちぼう)するようだった。


ノエンはポケットから出した絵地図を広げ、現在位置を測った。


「歩いて数分。……コルカノに近いのは確か」


「うーん、私もこっちに来たことないからなぁ」

キーリアは書類上、行商の一団の連れとなっているが

素性が不明瞭な点が多く、何処から来たのか何処で生まれたのかなど

わからないことだらけである。央都を、アースリーを出国した記憶は無いが

それらしい僻地についての知識はあった。


ごく自然に、如何にも各地を周遊したかのように語れるのも

本人の自覚が欠如している所為だ。


藪から顔を覗かせると、街道が見える。

さらに奥には拱門がある、それがコルカノの入り口なのだろう。


人の通りは絶無だが、この時勢で夜更けに訪問する旅行者も変だ。

なるべく人目は避けたほうがいいだろう。


そんな矢先、哨戒する警備員がやってきた。


「おい、貴様!そこで何をしている!!」

見つかった!

と思ったが、警備員の対面に、怪しき影一つ。


ノエンたちが潜む陰からはよく見えなかったが白銀の誰かがそこにいた。

「その甲冑……まさか…!」

西洋の大鎧を纏ったアーメットヘルムの人物を見て、警備員は理解した。

コイツが噂の通り魔だと。


騎士は鎧袖より、取り出したる巻物を少し広げて

一文を確認すると 帯刀したバスタードソードを抜いた。


「くっ…隊長に報告しなければ」

警備員は少々、尻込みしたが 毅然と通信機に手を掛けた。


それを見逃さず、騎士はバスタードソードを頭上に掲げて公言した。

「我輩は騎士である。」

呆気にとられる警備員が捉えられぬ速さで突き抜ける騎士。

「な…にを。」

瞬間移動したという形容が相応しい機敏な動きは

重たいプレートアーマーを着用しているとは思えないほどだ。


音もなく警備員を一蹴した騎士は

再び構え直し、十字に見立てたバスタードソードを掲げて言う。

「騎士道は一騎討ちあるのみ。」

奴は通信によって増援を呼ばれると思ったのだろう。

飽く迄も騎士に準ずる通り魔は自分勝手なルールを押しつけ、

"正々堂々"の戦いをするのだ。


離れた所で静観していた、ノエンとキーリアは藪の間で身を隠している。

「ノエンさん、何だろうねあれ……」


「…分からないけど危険。」

ノエンは通り魔のことを知らなかったが、

巨大な剣を持って現れたのだから、そんな異常な奴を危険視するのは正しい。


ノエンは何とか気配を絶って、やり過ごそうとしたが

騎士は剣を納めると、辺りを見向きもせずに低く籠もった声を発した。

「隠れている者よ、出でよ。」

そのとき、ノエンは感じた。

尋常ならざる威圧感を。


こいつはただの通り魔じゃない。

ノエンはそれを知らずが、逃れられまいと

騎士の面前へと躍り出た。

キーリアも後に続いてノエンの後ろで待機した。


「我輩は、シャムロック・シャルトリューズ。」

騎士が名乗りを上げるのは、刃を交えるに足りる相手と出会った時か

名を馳せさせる時。 ノエンを好敵手と把捉したのだ。

「手合わせ願いたい」

非常に好戦なシャムロックは改めて剣を抜いた。


「……嫌。」

ノエンは全く乗り気ではない。

それもそのはず、どうにかここまで戻って来たが

ここで時間を食うのも、騒ぎになるのも避けたい。

何より、これ以上無駄に体力を消耗したくなかった。


「そうであるか。ならば、仕方あるまい。」

シャムロックは構えを解き、退く素振りを見せたが

片足が後退すれば、次は一歩前進した。

そして、高速に驀進(ばくしん)し、バスタードソードで大きく切り払った。


「ノエンっ!」

キーリアが声を上げて飛び出す。

それを庇うように、ノエンはキーリアの前へ出た。

「…下がって。」


重量級の一撃が水平に叩きつけられる。

ノエンは短剣の真っ芯で受け、力を外へ流す。


「我輩のデュランダルを受け止めるとは。」

どうやら"デュランダル"と命名されているらしいバスタードソードは

多種の金属からなる合金の特別製で、その重量は並の大剣を軽々と凌ぐ。


「…重い……!」

それは疲れた身体で受け切るには余りにも烈々たる猛撃だった。

危うく弾き飛ばされそうになる衝撃に、辛うじて踏ん張り

後ろへ押されただけに済んだ。


「久しい(つわもの)、我輩のデュランダルも愉絶の至りよ。」


重武装にしても、素早く

重さを感じさせないが、反対に攻撃や動作には破壊力が表れ、

強力(ごうりき)。対極の二面を両立している。


「だいじょうぶ!?」

キーリアが慌てて駆けつける。

蹌踉(そうろう)するノエンを支えて立ち上がらせた。

「先に行って」


「イヤだよ!ノエンさんも!」


助け合う二人の光景を目にし、シャムロックは一思案した。

「煩いか。我輩が断ち切って進ぜよう。」

"デュランダル"を一度下げ、弧を半周するように剣を持ち上げた。

狙いはキーリアだ。一対一の勝負をする為、

互いの弊害となるキーリアを除外しようというのだ。


「ノエンはやらせないんだからっ!」


迫り来るシャムロックに物怖じせず、立ち向かうキーリア。

すぐに護ろうと身構えたノエンだったが思うように体が動かない。

「足が…っ」

ノエンが少女だろうと、そこまで脆弱ではない。

だが、今までの蓄積された負担が祟って足に及んだ結果なのだろう。


キーリアの胴体まで、あと数センチという距離で

鉛が横切った。シャムロックも誰もが、それに目線を釣られた。


鉛が放たれた方を見やれば、スーツ姿の男が立っていた。

後城俊次だ。

「今のは威嚇だ。現状、不審人物への発砲は許可されている。」

手には一挺の拳銃、M97Sが握られる。

従来の既製品をバーテックス社が一新させた現行の最新拳銃である。

公官にも正式に支給される護身と抑止の為の銃で、

部分的に電子対応している。メタリックブラックが基調な優れものだ。


「ちょっと怠業しにきたら…ツイてるんだか、ないんだか。」

後城はサボりに街道まで出てきたようだ。

しかし、警備員が倒れた現場を見て、即座に緊急事態と判断した。

そんな行動が偶然にもノエンたちを救ったのだった。


「…妨げるか。」

シャムロックは一旦、キーリアから遠ざかった。

ノエンとキーリアもまた、距離を置く。


「お前さんが通り魔かい。そっちのお嬢さん達は、置いといて

 先ずは手前をどうにかするか」

後城がノエン達に視線を送った。だが、共通して敵でも味方でもない

第三者とする両者は注意はすれど、事態が好転したわけではなかった。


「三人…いや、二人か。どちらか一人ずつ相手をしよう」

シャムロックはこの状況においてもポリシーを曲げない。

思わぬ邪魔とはいえ、差し向かいで戦うのを絶対とする。


けれど、後城には関係ない。

連繋して一気に片付けたいところだ。

またも、後城は視線をノエンに向け、目で共闘する事を提案した。

が、気付いていないか 無視したか

ノエンは黙ったままシャムロックを刮目している。


{こりゃ一人で何とかするしかないか}

後城は捜査官としては優秀だが、射撃は人並みより多少上程度。

さっきの発砲も威嚇と言ったが実はシャムロックに直撃させようとしていた。

だが結果は命中せず、殿(あらか)みたく際立った戦闘スキルを持ち合わせていない。

だからこそ、正体の知れぬノエンでさえ

協力してくれればと思っていた。


シャムロックを注意深く観察する後城とノエン。

その二人を鉄の(つら)から見定めるシャムロック。

 静かに睨み合う三者。

薄らと朝日が上天に顔を出し始めたとき、

一斉に動き出した。


シャムロックは後城の方へ剣を向けたが 後城はシャムロックを、

後城からの敵意は無いと見て、ノエンは先に障害であるシャムロックを撃破しようと

奇しくも目的が一致した。共闘せずとも協力する形となったのだ。


「我輩の騎士道を汚涜(おとく)するか」

シャムロックは憤ったようだが変化はない。

後城の方へと歩み寄りながら

ゆっくりと、バスタードソードを縦にし 天高く持ち上げた。


{手前は動くときに剣を上げる。それが敏捷のカラクリか}

助けに入る寸前に、シャムロックの動作を瞬時に記憶していた

後城はそう考えた。行動に移るとき、シャムロックは毎回 剣を掲揚する。

その高さに違いはあれど動作の始原となっているのは確かだろう。

剣の動きが起因して、高速化する そんな技。 方術でも未聞だ。


ノエンがキーリアを控えさせて、

短剣を片手にシャムロックの側面から少しずつ前進した。

シャムロックはそれに気付いていたが、後城へ真っ直ぐ歩を進める。


M97Sを後ろに隠し、後城はギリギリまで待った。

見るからに頑丈な鎧越しではダメージは与えられない。

せめて、至近距離で射撃して有効な手段を見出さなければ活路はない。


剣を縦にしたまま、シャムロックがその攻撃圏内に後城を収めた。

そして、振り下ろすのを端緒に

ノエンが短剣を、シャムロックの鎧の結合部を薙ぎ払うと同時に、

後城がヘルムに当てるように撃った。

同じタイミングで攻撃したことでバランスを崩したシャムロックの

重い一撃を動かし、後城は難を逃れた。


近くに止まっては危険だと、ノエンと後城は即刻後退し、様子を見る。

着弾は東風によってずれたが命中はしている。

ノエンの攻撃も当たった。が、無傷。

鎧の外傷さえ見当たらない。


「報告通り、硬い鎧か。厄介だが必ず何処かに欠陥はある」

ウォールフォートでの最有力情報によれば

甲冑は途方もなく強固で 仮に

大砲によって被弾したとしても小さな傷が付く程度らしい。


「射向けの脇、その関節が狙い目だな。」

射向けとは鎧の左側。ノエンが攻撃した側面の

同じ箇所の接合部ならば脆くなっているはず。


{百中とは言い難いがやってみようか。}

さっきはノエンと上手く挟撃したが

連繋できるとは思えない。

後城は一人でも、シャムロックを打破する一手に賭けた。


シャムロックはそんな後城の目当てを知ってか知らずか

バスタードソードを下げて、周囲を廻旋し、

地面を削って砂利を飛ばした。


それは攻撃ではない。攻撃の予備動作みたいなものだ。

そして、剣を起こし、舞い上がった土埃を

剣の狭隘(きょうあい)な面で打擲(ちょうちゃく)した。

すると、土砂が混じった烈風が吹き、視界が閉ざされる。


これでは撃とうにも 文字通り、的外れになるだろう。


風に煽られる顔を腕で防ぎながら、薄目に 考える後城。

{今までと違う動きだと?!}

後城が読んだシャムロックの規則性、 剣を上げるという動作が

反対に、後城を当惑させる。


勝手にそう決め付けていただけで行動の基準ではないのか。

だが、後城の推理は半分当たっていた。

高速移動や素早い動作をするには剣を上に、

速さを犠牲にしても、広範囲への攻撃や別のパターンを作るには

剣を下げなければならない。それは、あのバスタードソード自体に

細工がある事を暗示しているが、このとき、

後城もノエンも分かってはいなかった。


「また相見える事を希求する。」

そんな声が聞こえた後、

煙塵が晴れた。


見れば、そこに騎士の姿は無く、

ノエンとキーリアが後城と同じような状態で立っていた。


「ありゃ、逃げられたか。奴さん身形(みなり)に似合わず足早だねぇ」

後城は頭を掻きながら、一安心したような、迷惑がるような

複雑な心持ちで呟いた。


それから程無く、遠方より警備員が次から次へと集まってきた。

それを察知して、シャムロックは去ったのだろうか。


数人の警備員が状況を把握して、

シャムロックに討たれた警備員を運んでいく。

後から、臣月一太郎が走ってきた。

「やっぱりこっちに現れましたか、後城さん」


「遅いぞ臣月君、何をしていたのかね。」


「先に巡回していた警備員からの連絡が絶ったので

 雨月さんに総指揮を代わって貰ってたんです。」

情報支援に就いた臣月一太郎が

定時連絡していた通常警邏の警備員から応答が無くなったので

数人の警備員を連れて様子を見に来たというのだ。


「せめて…君がいればな、捕縛できたかもしれんのに」


「あ、それ。もしかして発砲したんですか。」

後城が携えたM97Sを見て、一太郎は驚いた。

「名瀬課長と違って後城さん射撃下手だからなぁ」


「俺は平和主義者なの!」


後城は名瀬殿(あらか)と長年の同級生で幼馴染の間柄である。

まさに順風満帆なボンボンとありふれた庶民とで

比較されるのを後城は昔から嫌っていた。


「あちらの方は、民間人ですか?」

一太郎が見やれば、

キーリアが寄り添うように疲れたノエンを担いでいる。


「うーむ。わからん」


「分からないって…」


「まぁ、兎角 付いて来てくれるかなお嬢さん」

後城は質問すべき事があったが、何はさておき

署で話すことにした。

ノエンも、抵抗する煩わしさから 小さく頷いた。



―――【不調和の鏗鏘(こうそう)


中央都市の官庁"タワー"から出張して、ここ

第二十四会堂 二階の一部屋に高等役員のエネルア・パーキンソンが腰掛けていた。


「君達がここに呼ばれた理由は、分かっているか」

高圧的な態度で、エネルアは高級な椅子を回して、腕を組んだ。

呼び出されたのはテアトルムのシアター管理者、ヘリエと

その供人 エニュオである。


「責任なら、僕にあります。」

エニュオは潔く認めた。


「エニュオくん……」


自分を庇護したエニュオを憂うヘリエは

モルデンと並んで重責を取る立場にあったが

エネルアはそれは詮無き事として、特に譴責(けんせき)しなかった。


「呼び立てたのは誰が善悪かを決めるためではない。

 今回の騒動で、教会の面目丸潰れだが、

 教皇猊下の取り成しで体裁は保たれた。

 しかし、件の背教にしても問題は山積みなのだ。」


エネルアは立ち上がって、隣室のドアを開けた。

「こうして、アルテュール議員にお越し頂いたのも

 今後の方針を提案して貰うためだ。」


中央議会"ベネラブルナイン"の議員であるアルテュールが

直々にここまでやって来るのは珍稀。

入室するなり、白いスーツに身を包んだアルテュールは口を開いた。


「テアトルムは一時閉鎖、並びにアースリーには

 一定の立ち入り禁止区域を設け、外出時の検問を行います。」


「しかし、それでは民衆が……」

エニュオは反論しようとするが、

言葉を掻き消すようにアルテュールは冷然と語った。

「斯様な現況では致し方ありません。

 近々、開催される国際評議に向けて整備しなければ。

 ……手落ちがあってはいけないのです。」


中央都市は世界全体から見て、第二の首府と目される

大都市だが、教会と中央議会という二つの基柱が無ければ

滅亡してしまうような不安定な国だ。


如何なる瑣事であろうと、

国内の問題は内々に処理し、他国の締盟と是認を損ねてはいけないのだ。


教会が央都に傾いた今猶、強力な勢力を保持する西方諸国連合や

北東列国連盟、宗祖の総本山である南部の堂奥修道院など

端々に大国若しくは大国に対等の影響力を持った"国"が存在する。


欠点の露顕はそのまま弱みに繋がるのだ。


「いいですか、貴方方には以上の実施を監督してもらいます。」

新たに任された仕事は

テアトルム閉鎖の立会い、禁止区域と検問の都督だ。

劇場の管理・運営に比べれば楽だがヘリエは不服だった。


その後、数分して二人は退室した。


会堂の廊下、ヘリエは吐露する。

「とんだことになっちゃったわねぇ。

 出世なんてするもんじゃないわ…」

以前の職務、ガイドの仕事は面倒だったが

責任という面で下役のガイドと管理者では段違いだ。

彼女自身、上司に呼び付けられた経験がなかった。


「まったく、しっかりして下さいよ。

 補佐役としての僕の立場もあるんですから。」


「あら、今更地位なんて気にするの?エニュオくん」


エニュオは早歩きしながら、聞こえないくらいの小声で独り言のように言った。

「僕がいなけりゃ、誰が貴女を守るっていうんですか」


「エニュオくん……!」

それに感銘するヘリエ。


気恥ずかしそうに角を曲がったエニュオを止めるように、

別室から出てきた一人の男が、二人の間に割って入った。

「熱いね、ご両人」

テアトルムのエントランスで警備主任を務めていたヘーン・アニシュだ。


「ヘーン隊長!もう動いて大丈夫なんですか」


「ああ、君のおかげで助かった。」


回復を施したエニュオはヘーンが瀕死の重傷だった事を知っている。

エニュオの応急処置の後、すぐに病院へ運ばれたが

元気そうで エニュオはホッと胸をなでおろした。

「そういえばどうして、ここに」


「俺も責を問われてね。テアトルムが封鎖された以上、お役御免ってわけさ」

ヘーンはそう言いながら苦笑した。

「しかし、解せないのは俺が誰に襲われたか、なんだけどな。」


「監視映像にも何も映っていませんでしたが

 何があったのでしょうか。」


在らざるもの、黝簾(ゆうれん)が関わった事象は全て抹消される。

それが災禍を招く存在だとしても、誰も不明なままその時を迎える。


「さっぱり思い出せん。記憶のどっかで一糸漂っているんだが…」


ヘーンと黝簾(ゆうれん)は直接関与していないが

ヘーンと交戦した炎陽と陽氷が黝簾(ゆうれん)によって"改竄"されているので

襲撃された事実は残っていても、襲撃者が誰かを特定することはできない。


心残りであっても、やがては失する記憶の切片となり、薄れる。


「隊長はこれからどちらへ?」


「本部に戻る。なにやら合同作戦があるらしい。」


「合同?」


「対策機構の連中とさ。恐らく、司教の捜索に関することだろう」


「そうですか…。僕も何かできればいいんですが」


「あんまり気負うな。

 それじゃ、またな」

ヘーンは手を振り、反対側へ歩いて行った。


「はい、お気をつけて。」


「あの人、あんなキャラだったかしら」


「騒々しいのは敵前だけみたいですよ。」

ヘーンが(かしま)しいのは注意を向かせる為の工夫であったり、

虚栄心から生まれるものであるが、それは敵の前だけなのだ。


「僕らも行きましょう。」

そうして、ヘリエとエニュオは、テアトルムの方へ歩き出した。



コルカノの署内。衝立で区切られる急拵えの対策会議室の裏で、

後城に連れられたノエンとキーリアは

互いに簡単な自己紹介を経て、事情聴取を受けていた。


「するってえと、お嬢さんはこんな折に旅出したと?」


「……はい。」

ノエンはしおらしく答えた。


央都の四囲の都市部には

ミッドウェイなどの行路の交通記録が通知される。

中央の風習のようなもので、半日毎に更新する。

情報無くして、正式に通行許可が下りることはない。

それも、このタイミングでは出入国が容易なわけがない。


いつものノエンなら見舞われないアクシデントに浅慮となったか

旅人として道中、コルカノを通行する旨をノエンは供述した。

この場合、下手に質問されるより旅人と偽証した方が手っ取り早いと思ったのだ。


「俄には信じ難いですね。」


「権兵衛、オレたちが疑っちゃあおしめぇよ」


「後城さん そうは言っても身元不詳の少女二人なんて怪しすぎますよ。

 あと、権兵衛じゃないです、一太郎です。」


「まぁ、そっちのお嬢さんはともかく

 小さいお嬢ちゃんは旅券を持ってるんだし。」


ノエンが疑惑される一方でキーリアは旅券の手続きで央都を出国した為、

コルカノへの不法入国とはならないし、コルカノを通る事に問題はない。

だが、依然としてこの時期にミッドウェイを通って来るとは常識的ではない。


騎士の通り魔とアースリーでのテロル、といった事件が重ならなければ、

生じなければ事無く、コルカノを通り過ぎたはずだ。


「この時代、偽造しようと思えば幾らでもできますよ」


「臣月、手前はこんな幼気ある少女を逮捕しようってのか?」


「いや、そんなことは……

 せめて、親御さんに確認が取れれば。」

更に不審であったのは、不確かな由緒。

旅券の正当性はあるがそれだけでは正否を判断できない。


ノエンもキーリアも自分自身について知らないことが多かった。


「ともあれ、コルカノ(ここ)を通過したいんだったよな」

ぶっきら棒に後城は言う。

「残念だが、今は無理だ。

 先の、騎士野郎の所為でこちとら出入りの規制に見廻りと大忙しよ」

一太郎は 後城さんはそんな仕事してないでしょ、と言いたげな眼差しを向ける。

素知らぬ顔で背ける後城は気怠い様子で椅子の背もたれに寄り掛かった。


「そんなぁ、急いでるんだよ!」

キーリアは反駁(はんばく)して焦燥を身振りで表す。


「気持ちはわかりますが、この場に滞在してもらうしかありません。」


「宿は手配する。代金は心配しなくていいぞ、臣月君が払うから。」

ノエン達を宿無し無一文と見抜き、後城は折り合いをつけようとした。

拠点は提供するから、引き下がって言うことを聞いてくれと。


「何を勝手に…! でも、雨月さんに掛け合えば……」

流石の一太郎も 嫌厭(けんえん)し、警備団長の雨月を持ち出した。


「おい、あの堅物が出費するのか」


「あの人はそんな吝嗇(りんしょく)じゃありませんよ。」


雨月が担うのならば、

それで決着と等閑(なおざり)に後城は一纏めする。

「…と、いうことだ。通り魔が捕まるまで大人しくしててくれ。

 コルカノも住めば都だ」

最後に、取って付けたような言葉を加えて、

ノエンらの方へと椅子を回した。

すると、そこにノエンはいなかった。


「……あれ、あの少女達は何処へ行った?」

目を丸くする後城と一太郎。

彼らが語らった数秒の、目を離した隙に

ノエンとキーリアは姿を消していたのだった。



署をこっそり抜け出したノエンとキーリアはコルカノの入り口、

最初にシャムロックと遭遇した地点にいた。


埒が明かないと思惟するノエンは

自主的に動くことを決めた。強行突破も出来得るが

ノエンの損耗が、必ず先へ進めるという確実性を減らしていたのだ。


「ノエンさん、こんなところに来て何するの?」

キーリアはノエンを案じていたが、手助けする気持ちを優先した。


ノエンは地面と睨めっこするように、満遍なく眺め回す。

「現場検証は捜査の基本……」


「ナニそれ」


「…昔どこかの書物で読んだ。」

ノエンの知識の大半は、幼少期に過ごした古本屋の古書で学習した。

雑多な諸本を読み漁ったがすべてが良い影響を与えているわけではない。


キーリアは少し頭を捻る。

「犯人は現場に戻ってくるってやつ?」


「たぶん違う」


数分ほど、

宛ら、落としたコンタクトレンズを探すみたいに

一通り調べ尽くすと、キーリアは残念そうにぼやいた。

「なんにもないねぇ……」


「ここには無いのかも…。……移動しよう」

ノエンは何の当てもなく此処らを踏査していたのではない。

確証を持って、調べていた。ノエンはあの戦闘中、

シャムロックの鎧の細かな欠片が飛び散ったのを、見ていた。

それが何の様にして、欠けたのかまではわからないが

欠片が今でも、現場に残留しているはずだった。


是が非でも手蔓を掴もうと、躍起になるノエン。

少女が現場から去ろうとしたとき、後城と一太郎が現れた。


「待ちたまえ、お嬢さん。」


数分前に、出会った後城をキーリアが指差す。

「あ、さっきの…」


「困りますよ、出て行かれては。

 近辺は危険です、戻って下さい。」

一太郎は少女達を純粋に、公官として民間人を保護しようとしていた。


だが、ノエンの返事は一般人らしからぬ少女不相応の意見だった。

「……私たちがその、通り魔を捕まえます。」


「そんなこと…」

できるはずがない。いや、させられるわけがない。

一太郎は公官として、制止せねばならない。


「こいつぁ驚いた。……お嬢さんは普通の女子(おなご)じゃないのだろう。」

反して、後城は 驚愕したと口に出すも 予想通りといった感じで

ノエンが異彩であることを突飛に 深く、浅く表現した。


「後城さん何を……」

一太郎もノエン達が普通でないことは理解していたが、

後城の考えに追従する価値観を持ち合わせていなかった。


「オレが保証しよう。だが、探索するのなら同伴する。

 そのほうが効率もいい」

後城は申し出る。少女の御目付けと引率を買って出たのだ。


「後城さん!民間人を巻き込むなんて反対です!」


一太郎はそう訴えたが、後城は聞く耳持たずだ。

「臣月、手前はどうせ来れんだろう。なーに、心配いらん

 今回はショットガンも持参するしな」

自信満々の後城は主に要衝の警備隊に支給される

散弾銃"VDI338M"を背負っていた。

例によってこれも、バーテックス社の代物だ。

警備隊も兼任しているとはいえ、本業は公官の後城が触れる事はないが、

これならば、一発くらいは命中するだろうと傲然(ごうぜん)と帯出してきたのだ。


「何時の間に持ち出したんですか。ってそんな問題じゃな…」


「ならば、お前は説得できるのか?あんなに(かたく)なな少女を」

そう言って後城は 揺るがぬ意志のノエンを見やった。


ノエンの様子に気圧され、一太郎も同調しようとするがやはり正論を説く。

「それは…しかし、民間人の それも、

 子供を同行させるなんて非常識ですよ!」


「いいか臣月、オレらは公官。お役所仕事の公務員と同類で

 公的に認められているがその実、落魄(らくはく)した流人(るにん)

 解決の為なら手段は選ばん、誰の手でも借りる。」

後城は自分達の処遇を揶揄して堅実・忠実な役人と異なり、

人事の転換に遭ったからこそ、咎められるような無骨な方策も取れるというのだ。


「………それが後城さんの考える最善最短の方法なんですね。」


「ああ、そうだ。」


「……僕は止めましたからね!」

後城へ責任を転嫁する事を言い含めて、一太郎は自分を納得させた。

保身の為ではない、

そうでも言っておかないと後城も受け入れないだろうと思った。


「お嬢さん達もいいかい。

 オレもこのまま手を拱くのは性に合わないんでな。

 微力ながらお供させて貰う。」


「…わかりました。」

ノエンは承諾する。確かに、自分達だけで探し出すのは困難だろう。

後城のことは初対面で、知らないが

捜査官という肩書きに自惚れていなければ頼りにはなる。


そう、後城は、意図して公官の呼称を用いなかった。

公官自体がマイナーな印象である所為もあったが、

より身近にイメージしやすい捜査官と自己紹介していた。


「では、行こうか。

 臣月君、後はよろしくな」

後城は去り際に一太郎の肩に手を乗せた。


面倒な処理や事務は毎度、一太郎へ任せる。

後城のいつもと同じぞんざいな調子だったが、一太郎は気付いた。

「はぁ……喰えない人だ。」

異物感を覚え、一太郎はポケットを探った。

ズボンのポケットに便箋が滑り込んでいたのだ。



ノエンが後城と共に街道を歩き始めてしばらく、

道沿いの街路灯の幾つかが途中で破損しているのを見つける。


街灯の裏側に回ってみると引き裂かれたような鋭い傷がある。

それは芸術的に彫刻され、鋭角に剪断(せんだん)する直前の一筋。


「これは……?」

ノエンは奇妙にも、その痕が人為的につけられたように思えた。


「数日前の、見廻りでは報告になかった。

 最近になって壊れたようだな」


付近に散らばる小石を蹴飛ばしながら、キーリアは率直に聞いた。

「通り魔の仕業?」


「さぁな、それはわからんが。だが、痕跡はある」


街灯の下、道端にノエンは着目する。

「……この痕」

街灯の損壊も目立ったが、さらに目に付くのは街道脇の地面が抉られていたことだ。


「範囲は小さいが刀痕に似ている。あの騎士が使っていた大剣を

 振り翳したときに衝撃として刻まれたものだろう。」


後城が衝撃の余波と決め付けたのは

直接、大地を削った規模ではなく、小さく一箇所に収まっていたからだ。

それは、大きな力によって副次的に生じた痕跡だと思われる。

これだけでもシャムロックという通り魔が危険極まりない事が感じ取れる。


その劈開(へきかい)した地面を見ようと、キーリアが覗き込む。

「うーん、でもこれだけじゃ居場所が判明しないよ!」


「そうでもないさ。犯人の経路は掴めた。

 これまでの行動からすれば、次に奴が来る場所も目星は付く」


「本当!?じゃあ早速行こうよ!」


「まあ、待ちなさんな。此処いらで休憩と致そうか」

そう言って後城は街道途中のベンチに座った。


「私は疲れてないよ。」


「お嬢ちゃんは元気だな、だがおじさんはヘトヘトだよ…」

殿(あらか)と同年の後城はまだ小父さん呼ばわりされる齢ではないが

疲れを装って自分を卑下したのだ。

それは、ノエンに対する配慮だった。


「…お嬢さんは右足、大丈夫かい」


「!?」

後城のさり気ない一言にノエンは動揺する。


「見てりゃわかるさ。重心がふらついて右足を庇うようにしている。」


「…平気、です」

ノエンは意固地になっているのではない。

まだ余力があるのも本当だ。

それでも、後城が見抜いた通り、足元が覚束無くなっていた。


「そうか。まぁ、ノンビリとはいかないな。

 サクッと終わらせよう」

そうして後城はスッと立ち上がり、今度は徐に反対方向へ歩き出した。


「でもでも、何処からどうやって捜せばいいの!」


「いいかお嬢ちゃん、捜査が進展するのは意外な所からだ。

 現場の観察も重要だが、観点を変えるのも必要だ。」


「つまりぃ……どゆこと?」


「何故、奴さんが目撃されたウォールフォートではなく

 こちらからやってきたか」


木陰に寄り添い、後城は顎を押さえるように思索に耽る。


「奴は…シャムロック・シャルトリューズは

 複数犯だ。」

後城の出した結論は意外なものだった。


「…ふくすーはん?」


「しかし、統一性はない。だから、連中は同じ目的であるが、

 連帯して組織された集団ではない。

 個々がシャムロック・シャルトリューズを騙っているんだ」


もしも、シャムロック・シャルトリューズが数人いるとすれば

出没する場所や時間にバラつきがあって、

時間的に到達不能な反対側の場所に出没するのは可能だ。


組織ではないが同一行動をする、なんてことは手引きした者がいなければ

まず実現し得ないだろう。仮に犯人達が集団活動を得意としても、

"集団"である以上、どこかで統一される。今回の通り魔でいえば

鎧の見た目や人々を襲撃するという目的が等しく統制されているが

そもそも、そういう輩は理念で共感して協力しようとする。

根底に志操無くして人は連帯感を分かち合えないのだ。


それが、組織性の無い共通の犯罪者となると

事の計画者がいる。必然に第三の介入があってこそ成立する。


黒幕の拿捕(だほ)。それこそ後城の描いたシナリオだった。


「それだと逮捕は難しいんじゃないの?」


キーリアの言うように、組織された集団なら一人を捕まえて

一網打尽にすることもできるだろうが、別々の犯人なら

一人ずつ確実に捕らえていかなければならない。


だが、後城は向こう見ずにあっさりだ。

「そうだな。まぁ他の奴は臣月達に任せればいずれ捕まるだろう。

 恐らく、お嬢ちゃん達が出くわしたアイツが最も危険だ。」

そんな他力本願な自信は

一太郎に託した信頼と、予め手を打った磐石な布石によるものだろう。


交戦したシャムロックを一番危険視するのは、ノエンも同意見だ。

相対したのは僅かだが、短絡的にあれが見境もなく人を襲う通り魔には見えない。

騎士道という基準で自己を縛り、明確な意志を持って行動している。


そんな奴ほど常識に反する狂気に浸れば厄介な事この上ない。

それも、正しく理に適っていると思い込んでいるのだから(たち)が悪い。


「さて、頃合いを見て東に行くぞ」


「東に何があるの?」


「奴さんがいるんだよ、たぶんな。」


ここは、街道を少し北上した辺り。ミッドウェイの継ぎ目で

コルカノを望遠できる位置だ。此れより東へ進めば

岩窟が散在する樹林へと入り、突っ切ると沃地(よくち)の田園が開ける。

田野の先には東国の群落がある。

その殆どは過去、西端紛争の侵攻に遭い、廃址(はいし)となっている。

後城はそこにシャムロックが潜伏していると推測した。


「それと 歩きながら、作戦会議だ。」


後城が先導して、ノエンとキーリアは東道を往く。


「お嬢さんに無茶言うが、奴を引き付けて欲しい。

 奴はすばしっこいからな。上手く誘導してくれ」

普通なら、民間人の 少女にこんな事を頼むはずもないが

シャムロックに立ち向かうノエンを、後城は適任と見た。


言うなれば囮。

最も危険が伴うであろうその役所(やくどころ)

ノエンは洒落(しゃらく)、一言返事をした。

「……はい。」


「奴の鎧は堅いが部分的にガタがきている。

 本来は何てことない攻撃も、決定打にはならないが有効だった。」

ノエンが薙いだ短剣は 鎧の左側、胴の結合部に当たって

続け様、後城の銃弾がヘルムより右下へ風に流されたが的中し

この時 ほんの微細な破片が飛び散ったのを目視する。

それが後になって鎧の小さな小さな一片だと判った。


鉄壁の大鎧も不朽ではないのだ。


自らのすべき事を再確認し、ノエンは問うた。

「……具体的な手段は…?」


「地道に集中攻撃して外殻を壊すか、鎧の内面へ振動による衝撃を与えるか、だ」


大別して、二つの仕様がある。と後城は分けて、口上したが

脆くなっているとはいえ、一辺倒の攻撃では時間も掛かる。

よって、外殻の破壊と並行して内側からの攻撃をするのが望ましい。


「ノエンが誘って、集中的に攻撃したとして、

 鎧の内側への衝撃なんてどうするの。」

キーリアは役割について否定も肯定もしなかったが、

ノエンが軸となるであろうこの作戦には、二者の演者が須要だ。

ノエンの一人二役では荷が重い。それだけが気遣わしい。


「それはオレの役目だ。

 …ショットガンとコイツでな。」

後城は腰に提げたホルダーから小さな筒状の金属を取り出した。


「それ、なーに?」

興味津々に詰め寄るキーリアを止めて、後城はホルダーにその物体を戻した。


「手榴弾、のようなものだ。

 警備隊が制圧任務で使う特殊な爆発物でな、

 一度に複数の刺激で起爆し、炸裂する。

 爆傷は期待できないが衝撃による振動はピカイチだ。」


後城が手にする小型爆弾"DCS82"は、

スタングレネードの要領で、爆発自体の威力ではなく

爆風などの衝撃によって扉の破砕や局地制圧を目的とした非致死性兵器である。


これによって、鎧の内から衝撃を与えようというのだ。


「さぁて、行こうか。

 この森を抜けて行けば奴がいるはずだ。」


そして、ノエンと後城、キーリアの三人は街道より東進し、

森林の獣道へと分け入った。



同刻、コルカノの署内では。

定時哨戒を終えた雨月が、装備を隊員に配備するため倉庫を点検していた。


「おい、臣月 装備品のDCS82が見当たらないが知らないか」


「……まさか、後城さんが…」

一太郎は後城がVDI338Mを拝借したのは見知っていたが

DCS82の行方は存ぜぬ。だが、

状況的に後城が同じように持って行ったと余念があた。


「ん?後城がどうしたって」


「い、いえ、なんでも。」


一太郎が何かを隠しているような様子だったが、

気にせず点検を続ける雨月は問い詰めはしなかった。

「そういえば、保護したっていう民間人はどうしたんだ」


雨月の言う民間人とはノエンとキーリアのことだ。


「その件は、保留ということに。」

これまた歯切れの悪い回答だったが 一太郎に構わず、

整備のチェックシートを片手に雨月は倉庫を出た。


「?……まぁ、いい。俺は警備に戻る。屯所は任せたぞ」


「はい。あ、ちょっと待ってください!」

すぐさま通り過ぎて署を出ようとする雨月を一太郎は呼び止める。


「なんだ」


「通り魔の捜索に僕らも参加しませんか」


一太郎はそう提案した。されど、雨月は顔を(しか)めた。


「…俺達はコルカノの警備隊だ。他所の防衛に口出しできん」


雨月が率いる警備隊はコルカノ一帯を防衛するのが任務であって、

通り魔が襲撃して来ない以上、守りを空けてまで出征するわけにはいかない。

更にテリトリーがあり、その土地の域外では軍備を保有する集団或いは個人が

許可無く侵す事を禁じられており、最悪、国際問題に発展する恐れがある。

無論、コルカノの自警団も例外なく該当する。


「それはそうなんですが……」


普段、自発的に事件に関わろうとしない気質の一太郎が

退かない理由を気にして、雨月は譲歩する。

「それとも犯人の確証でもあるのか?」


「ええ。それが…後城さんの残したメモによれば」

一太郎はポケットに入れられた便箋を取り出し、広げて見せた。


「アイツの書置きだと?……聞こうじゃないか。」

不真面目な態度が特徴の後城だったが

殊、事件に関しては抜きん出た洞察力が発揮される。

解決を模索する手腕、真相に辿り着く推理。

それだけは雨月も信用していた。


(くだん)の通り魔、第一の犯人は自分等が追う。第二の犯人は……」


「ちょっと待て、なんだその第一、第二というのは」

聞き覚えのないワードに雨月が質疑する。


「…犯人は一人じゃないってことです。」


「どれもが甲冑を装備した人物の仕業と報告を受けたが、

 犯人グループは敢えて、模倣していたのか」


集団(グループ)じゃありません」


「組織されていないのに、同じ格好でいて同じ意思があるのか?」


奇妙なことに、通り魔たちは組織化されたかのように行動していた。

それを不思議に思うのは当然だ。


「統率無くして組織立った行動を取る、通り魔は

 元々単一の指導者によって糾合(きゅうごう)されたのかもしれませんね。」


一太郎は一つの可能性として、通り魔を集めた首謀者がいると考えた。

それは少しの違いはあったが後城の予想する黒幕説と同一である。


「ふぅむ……。で、俺達警備隊が動いて、何とする。」


「先程の続きですが、第二の犯人以降 総じて5人が

 ウォールフォート近隣、ミッドウェイ、

 地下の坑道と鉄道の脇道に隠れていると推察したようです。」


後城が予想した明確な犯人たちの位置は

これまでに挙がっていた信憑性に欠ける情報も含めた

目撃証言や実際に目にしたシャムロックが単独犯でありながら

複数の場所に出没した行動範囲、時間などから

(いささ)か強引ではあるが大まかな所在にこじつけた。

そしてそれは細かな誤謬(ごびゅう)はあれど、

犯人たちが潜伏する場所の特定となった。


「ウォールフォートの方はそっちの防衛隊に一報するとして、

 ミッドウェイか…今の央都はまだ増援を遣せるほど復旧しちゃいないだろう。」


央都の事件は早急な対応によって大事には至らなかったが

同時に起こったティスア教派の反乱が央都の、教会勢力を混乱させた。

央都上層には教会と密接な関係があり、爆破されたビルの残骸を撤去する、

交通の整備といった表向きの名目で"復興"作業に追われていた。


「メモと一緒に印の付いた地図もあります。

 後城さんが大体の位置を割り出したんでしょう」

便箋に折り畳まれて貼り付けられていた皺くちゃの紙片を机上に広げる。


その紙片はコルカノ周辺の地図を切り取ったようで、その範囲には

一太郎が言った四箇所を収め、赤い二重丸や矢印の記号が幾つか書き込まれている。


「アイツは怠けてるように見えてちゃっかりしてるからなぁ」


「問題は地下ですね……。」


地図に矢印で囲ってある部分は地下を意味している。

地下の構図は一太郎も判然としないほど複雑で地図上には描かれていない。


「それについては心配ない。隊員の中に坑道に詳しい者と

 地下駅舎の駅員だった者がいる。」


「そんな経歴の持ち主が居たんですか」


「ああ、今じゃ珍しいがな。」


地下駅舎とは、その通り地下鉄道の駅であるが、

それの駅員は現代では風化した職業だ。

現在使われている地下駅舎は人々の交通手段ではなく、

主に物資の輸送に利用されている。

その為、無人化運転が進み、能率を求めて実用するケースが多い。

そういう意味では無人のトランスポーターは希覯(きこう)ではない。

それが正常に運転されているかは問題視されるが。


「では、僕達は三箇所巡って犯人を捕まえると。」


「…それはいいが、コルカノの自警を疎かにするわけにはいくまい。」


「ええ、ですからパトロールしている隊員も呼び戻して

 余剰戦力を警備に回しましょう。」


今、署内で待機している隊員はいない。雨月と一太郎の二人だけだ。

襲撃に備えて警備を強化している為に、

今も尚、コルカノ市内と近隣を巡回しているのだ。


「アイツの思い通りは癪だが、市民の安全を考えても犯人を野放しにはできんな。」


「早速、手配しましょう。」


「しかし三箇所か。敵がどの程度の輩かわからんからな、

 部隊を分散させるのは得策ではないか」


「そうですね。

 ミッドウェイの方はともかく、先ずは地下の犯人を捕まえましょう。

 深部まで逃げ込まれれば追跡できませんから」


いくら隊員が優秀でも、自治権が絡むと大規模な捜索はできない。

コルカノの情勢にしても、他の都市に救援を要請するのは厳しい。

地下の最奥まで逃げ込まれればその先に犯人がいると分かっていても探せないのだ。


「人選はどうする」


「雨月さんと僕と道を熟知している隊員二人、それと

 犯人を取り押さえる確保要員二名の計六人による小隊を構成しましょう。」


コルカノの警備隊は公官の後城と一太郎を除いて総員12名余り。

城塞都市であるウォールフォートに比べても小規模で

どちらかといえば小村であるコルカノは

特殊対策機構の延長にある警備組織から派遣される警備員が少ない。


「分かった。隊員は俺が選出しよう」


「頼みます。僕は連絡が済み次第、合流しますので。」


「では、俺は準備に移る。」

倉庫を出た雨月は早速と、隊員に集合を掛け始めた。

一太郎も、備え付けの通信端末を手にウォールフォートへの連絡をする。



そんな両者のいる分署から遠く離れて、東の森林では。


先頭を行く後城に続きノエン、遅れてキーリアの三人が

森の中頃を過ぎた所で足並みを揃えるべく立ち止まった。

「随分歩いたな……」


言いながら後城は近くの切り株に腰掛けた。

「どうだい、お嬢さん方 疲れたかい?」


「……大丈夫。」

ノエンは片足を少しよろけさせたがすぐさま立ち直した。


「へーきだよ!」

キーリアは底無しの元気でいっぱいのようだ。


「こっちが勝手に連れ回して何だが、無理はしないでくれよ。」


後城は徐にポケットを漁ると、二つの包装紙を取り出した。

「っと、そうだ。これ……いるか?」

布に似た材質の包装紙は小さく四つ折りされており、中に何か入っているようだ。


「なぁに、コレ?」


「"カロリン"だ」


「………」


「栄養価の高いビスケットでな。手間要らずの非常食、味は五種類

 そいつはチョコレート味だ」

後城がキャッチーな台詞を述べつつキーリアに一つ差し出した。


キーリアは、受け取って包装紙を丁寧に剥がすと

中にあった洋菓子のような固形物を口に含んだ。

「ふーん……。

 結構おいしーね!」

見た目は普通のビスケットらしからぬが味はまともなようだ。


「ほれ、お嬢さんの分も…」

後城がカロリンをノエンに手渡そうとした瞬間だった。


何処からとも無く物体がノエン達の横を過ぎ、高速度で地面へと突き刺さる。


「何だ!?」


「!……金属?」


よく見れば釘、鉄の釘だ。それも、かなり大きい。


「一体なんだってんだ」


「あっち……!」

ノエンは釘が飛んできた方向を指差した。


「あ、おい お嬢さん!」

慌てて後城とキーリアが追いかける。


森の奥地でノエンたちが見つけたのは剣山のように並べられた釘の山だった。

刺々しくもどこか美しささえ感じられる釘の整列は明らかに人為的なものだ。


「なんだこれは…」


「………」


儀式的な様態を思わせる異様な光景は

ノエンにただならぬ緊張を(もたら)していた。


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