番外編・ドラゴンと勇者へ来客
転移魔法。
飛行能力を持つ者が多い魔族には無い概念であった。
召喚された過去の勇者が生み出した魔法である。
「実際に自分で行った経験のある場所にしか設定出来ませんし、条件も複雑ですからそれほど便利ではないです」
「便利だろう、一瞬で到着するなら」
「…船の上で転移陣を書いた勇者は、後日転移した際、海に落ちたそうです」
う~んと眉を寄せる魔王と、眉を寄せっぱなしの勇者。
「場所、地点に限定されるのか」
「安全を考慮するなら、目で確認できる範囲での細かな転移をお勧めしますが、有翼の方々なら空中指定も…出来るのかな?試してみればいいんじゃないですか?」
相談には応じているが、態度が投げやりな勇者に、周囲の魔族はハラハラし通しである。
勇者が不機嫌な理由はただ一つ。
ドラゴンがここにいないからだ。
いや、人型の水竜、地竜、火竜ともっさりした男達はいる。竜種の里を代表し、崖の巣に魔王の案内を仰せ使った。
素直で愛らしい火竜は、彼らの突然の早朝訪問を「お客さまだ!」と喜んだが、
勇者は無言。口にこそ出さないが「邪魔だ」と顔に書いていた。
おまけに魔王が、
「火竜、土産があるぞ!」
と宝玉を朝日に煌めかせたかと思ったら、
「ほーらっ、とってこーい!!」
まさかの遠投。
「わぁい!待てー!!」
飛び出す火竜。
「…わかってる。待て勇者、どぅどぅ。
着地が下手な奴の為に、地に落ちない魔法をかけている。念の為に風竜も待機させた。どぅどぅ」
勇者は瞬時に刀を抜き、正確に魔王の心臓を狙って突きを放ったが、ギリギリの所で魔剣に弾かれた。
「俺も色々と命を狙われたが、剣じゃなくて小刀…包丁は初めてだわ」
「彼女はまだ歯を磨いてないのに」
「竜は虫歯にならん。とりあえず話を聞け。おいっ地竜、アレを!」
刃を合わせたままギリギリと力を込める勇者の視界に、地竜が「アレ」を差し出した。
「…伺いましょう」
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「空中に魔法陣を書くのは、光魔法か?難しいな」
「最初は薄い氷を作ってその上に属性を指定せず、単純に魔力だけで陣を途中まで刻みます、空中に投げてから最後の一文字を放つと…このように」
実演する勇者と、
ふむふむとメモを取る魔王様と、必至に書き写すお付きの竜族の人々。
「では次に、予め用意した複写の陣を重ねると、同じものが出現しますので…」
「複写って何だよ」
「あぁっ、まだ消さないで」
「次にいくつか注意点として…」
勇者は基本親切だが丁寧さは無い。
火竜に関する事柄以外は雑だった。
ドッガン。
火竜が崖にぶつかりながら帰宅した。
「勇者ただいまぁ!見て見て!空中キャッチできた!」
「おかえりなさい。それは凄いですね」
「宝玉綺麗ね~どこに飾ろうかなぁ」
「貴女の瞳の輝きは数多の星よりも眩しい」
「勇者気持ち悪い~天井に埋めよっかなぁ」
翼バッサバッサ、尻尾ブンブン。
巨体で跳ねまくるので、地面が揺れて勇者と魔王以外の魔族達がわらわらと逃げ惑う。
「そうだ魔王様、どうしてわざわざ巣まで?」
切り替わりが異様に早いのは若いからか、単純なのか。
「お前の勇者に転移魔法を教わりに来た」
「はぁ。大丈夫でしたか?勇者は物を教えるのが下手ですけど」
火竜は、落ちついている時はちゃんと敬語を使える。
勇者は、火竜が側にいる時は、ちっとも使えない人間となる。
「これは硫黄に似た成分ですね。樹脂光沢があって一見美しいですが熱に弱いので天井に埋め込むのはよい考えです。火竜たる貴女に捧げるならせめて溶解しない鉱石を…」
「勇者いつも言ってるでしょう?要点だけでいいんだよ?」
火竜の喉を撫でながら愛を囁く勇者と
半分以上、理解していない火竜。
甘い空間に取り残される魔王一行。
「そうだ勇者、魔王様の南のお庭をお借りして、転移陣を描かせていただいたら?勇者の説明じゃきっと分かりづらいだろうし」
「必要ならご自分でなされるでしょう」
「……でも、南のお庭はとても綺麗な花園があるのよ?許可していただけたら、勇者と一緒に見に行きたいな?」
「魔王様」
「許可する。24時間出入り自由だ」
魔王様。魔族一の決断力の早さである。
「ありがとうございます魔王様」
「ありがとうございます魔王様。
あ、これをお納め下さい」
空中に先ほどの転移陣を描き、魔力で固定後クルクルと巻筒状にして手渡す勇者。
お忙しい中ご足労様でございました。
お帰りの際はこちらをご利用下さいと、丁寧に転移陣を床に描く。
…先ほど習った知識に照らし合わせると、魔王城の資料室に設定されていた。いつの間に侵入したんだ勇者。
「邪魔したな。また遊びに来てくれ」
苦笑しつつ、転移陣で帰還する魔王一行に、勇者とドラゴンは仲良く並んで見送った。
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「ねぇ勇者、アレなぁに?」
洞窟の隅に置かれた、どことなく見覚えのある物体。
「貴女の脱け殻?脱皮した皮です」
「うぇ気持ち悪い」
「地竜さんがマグマから拾ってくださったそうです。あの鱗を加工して作った服は火に強いとか」
「勇者、古い皮を着たかったの?」
「いえ、貴女へドレスを贈りたくて。
人型になって最初のドレスは一族の女が織るそうですが、火竜の長から許可も頂きました」
ニコニコと驚くべき事を告げる勇者。
鱗に魔力を通し、糸へと紡ぐやり方も教わったけど。布を織るのは初めてだから時間がかかるので、その間にどんなデザインのドレスがいいか二人でゆっくり考えたいと。
人族は知らないはずの習慣を調べていてくれていたのだ。
火竜は頭をそっと勇者の胸にこすりつけた。
「…南のお庭はね、遠くから来た人族が庭師をしてるって。勇者の好きな花があるかもね」
「…それは、楽しみです」
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南の庭で、人族の男がベンチを運ぶ。
最近友人となった、黒髪の男とその連れの為に作った。
一番眺めのよい場所で。自慢の庭を見てもらうのだ。
黒髪の青年と、青年の肩に頭を乗せる連れ合いが、彼の作ったベンチに腰掛ける姿を想像し
庭師の男はほっこりと笑った。
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