ドラゴンの問い
「あたしはさぁ、正直、あんたがやけっぱちになって、現実逃避してるとしか思えないわけよ」
「まぁそう見えるとは思います。一応、一貫した姿勢のつもりではあるんですけど、」
「前の世界でも、馬やドラゴンに告白してたの?」
「人族が恋愛対象でしたよ。心に決めた生涯の伴侶は貴女だけですが」
「だからそれ、敬語外して言ってみなさいよ」
「……」
「ほら、嘘臭い」
「ちょっ、ちがっ、胸の内で練習していただけですっ」
真っ赤に染めた顔を背け、口の中でごにょごにょ呟きながら一心不乱に荒縄をこすりつける男。
ドラゴンは今、男に爪を磨かれている。
昨夜、少々夢中になって岩を削りすぎてしまったのが男にバレたのだ。
大樽の馬油に荒縄の束を漬けては、せっせと楽しそうに爪にすり込み、磨き上げていた。
馬の臭いなんかしませんよっ!僕が特別に調合したので、良い香りしかしません!
_確かに良い香りだ。白濁した油の時点ではわからなかったが、体温の高いドラゴンに塗って初めてほのかに花や香木の匂いが漂う。
_香木が魔王城の庭近くにしか生えない木のような気もするが、知らないフリをしよう。
「やり直したい事があるなら、手伝ってあげるけど」
「僕は今、満たされてますよ。命がけのこ、恋をしてい、いるから」
「のん気に爪磨くのが恋?」
「竜族の巣に通うだけでも、毎日命がけですよ。はい、次は後ろ足ですね」
爪、ピッカピカ。
思わず首を近づけ、まじまじと見てしまった。
黄ばみヒビ割れていた爪が、つるりと乳白色に輝き、しかもギザギザだった先は入念に研がれて鋭く尖っていた。
ちょっと嬉しくなるのが、悔しい。
だって仕方ないじゃないか。ドラゴンは光る物が昔から好きなのだ。
「ん?そういえばさ、人族って、ドラゴンの性別わかんないよね?」
「人型でない魔族はわかりませんね」
「あたしが女言葉のオスでもいいわけ?」
「あなたは女性ですよ。とびっきりの美人ですから、見ればわかります」
「あんたの目には人間のメスに見えてるの?」
「ドラゴンのメスに見えてますよ?」
なんだろう、また会話がおかしくなってきた。
男の言葉に嘘はない。装飾過多なセリフを除けば、オスがメスに示す求愛行動の順を守っている。
昨夜の破壊で、衝撃の事実が判明した。
なんとこの巣。男が掘っていた。
巣作り、給餌、身繕い。そして力での圧勝。
一貫した姿勢だよまったく。
後ろ足の爪も磨き上げ、男は満足したのか、やりきった顔をしている。
「あんたさ、自分が壊れてる自覚ある?」
「それはまぁ多少」
「あんのかよ」
「本音より建前が重宝される民族出身なもので。ありのままの言葉は身体に悪いらしく。
衝撃のままに愛の言葉を告げる度、羞恥心で心臓が口から飛び出そうです」
「恥ずかしいならやめればいいのに」
「尻尾触っていいですか」
「聞いてる?」
聞いてますよ、と笑う男を尻尾で巻き取ってやった。
大人しくしやがれ。
「命がけの恋がしたいなら、人族の姫を教えてやるよ。優しくて綺麗な子で、妹大好きな武人の兄が8人いる」
「その人は、空を飛べますか?」
「飛べるわけないだろう」
「空を飛びながら雲に突っ込んで遊んだり、
ゲップをした時に火の球じゃなくて火の輪が出た事に驚いたり、
着地が下手でお尻を地面にこすったり
あと魔族の子どもが手を降ると必ず空中三回転火の輪くぐりをしてくれたりします、むがっ」
あ、咥えちゃった。
すまんすまん。
「見た目だけでなく、生き方そのものに惚れたんです!」
「…動物好きをこじらせたんだよあんた」
「いいや、恋愛感情です!」
「人族に絶望して狂った勇者が、ドラゴンに恋をして、それからどうするの?丸呑みでもして欲しいの?」
「あんたの言葉が嘘偽りのない愛の言葉なら、教えてよ。言葉をぶつけるのが、愛?相手に尽くして何も求めないのが?寿命が残り少ないのに、生涯の伴侶と呼ぶ。
求めていない者に一方的にぶつけるのは、あんたが嫌って逃げ出した暴力とどこが違うのさ」
尻尾を解き、ドラゴンは男を自分の正面に立たせた。
「華々しく散りたいのなら、戦ってやろう。お前を招いた神聖国ランマイに復讐がしたいなら、国土を焼き尽くしてやろう。憐れみが欲しいのならば、美しい言葉だけでなく、お前が飲み込んできた汚い言葉も受けてやろう。
人族、勇者よ。お前は何を望む?」