ドラゴン、考える
男の上半身を咥えたドラゴンは、
そのままノッシノッシと巣の入り口へ歩いてから、そっと口を開いて解放した。
きょとんとした顔で驚くだけで、やっぱり怯えていない。
「…今日はもう遅いから帰って」
「えっ、あぁもう陽が傾いてますね!遅くまでお邪魔しました!明日は何をお持ちしましょう?」
「…鳥っぽい肉」
「はいっ、お任せ下さい。ではまた明日」
「あ、ちょっと火の球吐くけど気にしないで」
「はい。お休みなさい」
にこにこと笑いながら手を降り、男は崖から飛び降りた。
別に見送るつもりはなかったが、
遥か下の森へ落ちる男を確認してから、
大きく息を吸い、首だけでなく上半身を仰け反らして、空に向けて火の球を吐いた。
ガッガッガッガガガッ!
……ふぅ。
ちっともすっきりしない。
ノッシノッシと洞窟の奥に進み、岩肌に両前足の爪を立てた。
ガリガリガリガリッ!
ガリガリガリガリッ!
…かなり掘り進めてしまったが、すっきりしない。
近くに火山が無くてよかった。今ならマグマに飛び込んで、潜水?記録を打ち出せそうだ。
…で、だ。
どうしよう。どうもしようもないけれど、
どうしよう。
ノッシノッシと巣の中を歩き周り、座っては立ち、立っては壁に打ち付けて、ドラゴンは混乱していた。
どうしよう。気持ち悪いの無くなっちゃった!
あがあがと尻尾を咥えながら暴れるドラゴン。
何を企んでいるか読めず、不気味だったから感じていた気持ち悪さが無くなってしまい、
代わりに、男から紡ぎ出された言葉が
次から次へと脳裏に浮かび上がる。
いや違うし!今発情期じゃないし!
大体、ドラゴンってのは、口説いたりなんかしないのだ。強いオスが圧倒的な力の差を見せつけ……られてるけどね!あたしの攻撃余裕で受け止められてたわ!
……鼻歌、聞かれてた。可愛いって。
あがあがあが。
尻尾を噛まずにいられない。
脳裏に浮かぶ言葉一つ一つ、しっかり覚えている自分にも腹が立って仕方が無いのだ。
そうしてしばらく尻尾と戯れていると、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
…寿命が近いのかもしれない。
この10日間、男が腹を空かしたそぶりはなかった。崖を登る為の道具が入った袋は見たが、水筒は無い。彼は水すら口にしていない。
人族に詳しいわけではないが、獣は寿命が近づくと、食事を取らなくなる。
考えよう。ちゃんと。
尻尾から口を離し、身体を曲げて丸くなり、金色の瞳をゆっくりと、閉じた。
………
「おはようございます!あぁ!朝日に照らされる貴女はやっぱり美しいですね!鱗の一枚一枚が宝石のようだ!」
くけ~ッくけ~ッ。
今日も男はやって来た。腰に沢山の鳥をぶら下げて。
とりあえず一羽ずつ、丸呑みする。
「うんうん。いつ見ても無駄のない食事風景ですね。あえて美しく尖った牙は使わず、飲み込む瞬間に舌で巻き取る連携。喉から響く骨を押しつぶす音は朝に相応しいって、ぶわっ」
いつもは食事の時だけ線を越えるドラゴンが、今朝はそのままの位置で男を見下ろしていたかと思うと、長い舌で、男を下から上へ、ペロリと舐めた。
「いや、その」
「…昨日一晩考えたんだけどさ」
「はい?」
「…あんたが敬語を使うのって、照れ隠し?」
…。
男の耳が最初に染まり、顔から首、手首までが真っ赤に染まった。
ドラゴンの長い舌が、再び下から上へと舐める。
「え?あのっ、え?」
何故か両腕で胸を隠す男。
もしかすると、1を10で返すのは臨機応変に対応出来ないからではないかと読んでいたのが、当たったらしい。
ドラゴンは身体を伏せ、金色の瞳を合わせた。
「最初に聞きたいのは、魔王様を攻撃する意思はあるのかどうか。
次に神聖国ライサナと現在も繋がりがあるのか」
「魔王様へ攻撃の意思はありません。
神聖国とは旅立ちと同時にこちらからの繋がりは切れています。去年までは監視がありました」
「証明できる物はある?」
証明?と首をひねり、自らを見下ろす。簡素なシャツとベスト。
鎧や剣は国を出ると同時に売って路銀に替えた。
鞄を肩から降ろし、中身を一つずつ出してみる。小刀、縄、砥石、火打石、着替えと布、乾燥させた草は傷口を巻く用だ。
「…むしろ、勇者として証明する方が難しそうね」
「あぁ、それならこれが」
くるりと背を向けてベストとシャツを脱ぐと、背中を晒した。
「……焼印?魔法陣でもないし、見たことがない文様だけど」
「奴隷印です。えっと確か、左上が神の奴隷たる証明で、花びらは反抗、葉は逃亡の度に焼印されたので、証明と言えば証明かも?」
反抗と逃亡。
男の背中は一面、花弁と葉の焼印跡で重ねられ、覆い尽くされていた。
背中だけでは足りなかったのか、首や腰、二の腕の内側にまで焼印跡は残っている。
思わず舐めようとしたけれど、男が飛びあがって逃げる。
「あ、いやこれは、綺麗なものではないので」慌ててシャツを羽織って隠してしまう。
魔法で消せないのかを聞こうとして、やめた。
熱風を浴びて、炎を浴びて。大汗をかいても男はいままで決して袖を捲らなかった。
手首に残っていたのは、手枷の跡。
美しい言葉だけを届けたいと男は言った。
人間になんかならないで欲しいと呟いた。
__ねぇ。ライサナでどんな扱いを受けたの?
あんたはそんなに強いのに、どうして焼き印を押されたの?
どうして笑っていられるの?
ひどい目に遭ったのに、その話をしないのは何故?
聞けば、男は答えるだろう。
きっと他人事のように、小さな声で淡々と。困ったように、目を逸らすのだろう。
…だから、聞いてあげない。
「あたしはドラゴンで、あんたは人族だね」
「はい」
嬉しそうに目を細め答える男。
「気持ち悪いって言ったけどさ、あんたの目の色は好きだよ。あたしと一緒だからね」
「え?」
「目の色だけね!あんたが好きってわけじゃないからっ、唯一の共通項を指摘しただけだから。何さっあたしに似ていたら文句でもあるわけ?」
「いや、あれ?最近、鏡見てないから」
「はぁ?」
「光栄です?」
「そこは断言しなさいよ」
ふんっと鼻から熱風を吹きかけると
男は楽しそうに声をあげて笑った。
それでいいのよ。