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勇者と冬の雨


針のように細く光る雨を窓越しに眺めていた。


夜のうちに音もなくひっそりと降り、

人が往来を初める明け方には止んでしまうであろう、そんな、冷たいだけの冬の雨。


傘をさすほどではなく。雪のように見上げてもらえるわけではない。

肩を濡らした水滴も、手で払われて消えてしまうほどの、霧雨。


それが、勇者が覚えている、この世界に来るまでの最後の記憶。


「貴女は、優しい」

「優しくないよ。あたしはあんたを捨てる計画なんだから」

「人里、湖、海。魅力的ですね」

「あんたがどんな世界から来たか知らないけど、綺麗だよ。ドラゴンのあたしが言うんだから、間違いない」


尻尾がゆらゆらと揺れる。

あぁ、綺麗に決まっている。

彼女が言うのだから、間違いない。


「でも僕は、貴女の隣にいたい」


ふんっ。

不満気に鼻から熱風を吹き出すドラゴンをなだめるように、目の端を掻く男。


「僕はね、前の世界では、通り雨のようにしか生きられませんでした。

冬の、雪にもなれない、冷たいだけのつまらない雨。仕事も、人間関係も、のめり込むほどの熱意もなかった。この世界に召喚されて最初に思ったのは『やり直せる』だった」


何もかもが違う異世界で。

武器など持った事のない、拳を固めて人を殴った事もない男が投げ出された剣と魔法で命を奪い合う、血の冷めぬ日々。

魔力の使い方を覚え、同時に召喚された勇者達と競い合わされながらも、男は生き延び、強くなろうとした。


「強くなったんじゃないの?」

「そうだけど、よく考えたら、俺は別に前の世界で強くなりたいなんて思ったこともなかったんだ」

「何それ。召喚時の人選ミス?」


あははっと声をあげて笑い

男は力が抜けたように腰を降ろすと胡座をかき、額をドラゴンの頬に寄せた。

火竜である彼女の体温は高く、硬い鱗に押し付けた男の額にぬくもりを伝える。


_召喚された夜からずっと。男の中で降り続けた、冷たいだけの雨。

理不尽な暴力に晒され、泣き叫び続けた夜も、魔法を覚え、躊躇無く剣を振り降ろせるようになっても。

雨は降り続けていた。


彼女に出会うまで。


「…恥ずかしいけど、一目惚れは本当なんだ。いやその、第一印象は、格好良いっ!って思って」


さすがにぎょっとして目を見開くドラゴン。

ん?え?


「多分、そのお気に入りの湖で、水浴びしてるのを見て、綺麗だなって」


水浴び?火竜が水浴びするわけ…

先月滑ったね!湖の淵で滑って転んでバッシャーンとあれ落ちたんだよ!

恥ずかしい。まさかあの時からガン見始まってた?!


「なんかこう、憧れかなって思ったし、種族違うし、でもこう、空を飛んでる姿が楽しそうで。気分によって鼻歌が変わってるのを聞いて、あれ、

可愛いなって」


火の球吐きたい。沢山吐きたい。


だめだやっぱりこの男はわからん。

突然告白始めて何なの?

いや、出会った瞬間から告白してたけど!してたけど!


装飾過剰な白々しいセリフが懐かしいだなんてどうして何で。


いや、ドラゴンなりに考えていたのだ。

勇者の行動の意味を。

勇者は強い。だが魔王様には叶わない。

最初の勇者が捕虜になった際に、召喚されたのが1人ではないことを、魔族側は把握し、警戒していた。

魔王に直接挑むのならまだいいが、

捕虜となった勇者のように、やけになって魔族の村で暴れられては叶わないからだ。


『人外の魔力与える前に、距離考えろやぁ!』


魔王が統べるのは大陸中央。

点在する人族の国家は必ずしも隣接しているわけではない。


何年もかけて魔王城を目指しても辿りつけず、途中で寿命が尽きてしまうのだ。


そりゃ、やけっぱちで暴れたくもなるだろう。


勇者は強い。ドラゴンですら殺せないほどに。だが、魔王城は遠い。


てっきり、ドラゴンに取り入るか、ブチ切れさせて魔王城に運ばせるつもりだと思ってた。


…けど、毎日毎日アホで気持ち悪い事を言う為に通う男は、連れて行けとは一言も口に出さず、ドラゴンを褒めるばかり。


…寿命がもう近いのかな?

…迷っているのかな?


だからドラゴンが折れて提案したのにっ、


この男、ちっともブレてなかった!


「…だから、その、やり直したいってのは人生そのものじゃなくて、

命がけの恋をしたかったんだって、

貴女に出会って僕は、」


あんぐ。


パニックになったドラゴンは、思わず男の上半身を咥えた。



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