表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

勇者、汗をかく。


「大丈夫です!この線から先には絶対行きませんからっ!ごめんなさい!」


洞窟の隅で尻尾を内側にしまって

シクシクと泣くドラゴンに、黒髪の男は一昼夜謝り続けていた。


自分は怪しい者ではない。勇者と呼ばれているが、異世界から無理矢理召喚されただけで、危害を加えるつもりはないと、汗だくになりながら必至に説明をし…


それからも男は線の向こう側に毎日現れた。

いや、来ないで欲しい。


良く肥えた牛や豚を手土産にするのはともかく。

何故、花冠で飾る?

そもそも、かなりの崖ですけど?


まぐまぐと牛を丸呑みする間、

男は身振り手振りを加えて、気持ち悪いセリフを吐き続けた。


「気持ち悪いとは心外ですね。嘘偽りのない、純粋な愛の告白ですよ!」

「装飾過多で嘘臭い」

「美しい貴女を前にすると、自然と美しい言葉だけを届けたくなるのです!」


ふんっと鼻から熱風を吹き出し、歯を剥いて威嚇するドラゴン。


「バカバカしい!あんたみたいな奴は例えドラゴンになっても、私が人族だとしても、恋愛対象になるもんか!」


どうだ!言ってやったった!鼻から熱風を再び吹いたが、男は小さく笑っただけ。


…人族になんて、ならないで下さい。


初めて、小さな声で呟く男。


「例え話だって言っただろう!あんたの顔なんて見たくないっ、もう来るな!」

「嫌です!」

「即答するなっ!」

「じゃぁ見ますよ?遥か彼方からガン見しますよ?正面でこうしている間は遠慮して見られない、全身を舐め回すようにガン見しますよ?」

「嫌だぁ!」


首を仰け反らし、大きく息を吸って勢い良く炎を吐くドラゴン。

勇者は片手を上げて魔方陣を指先で描き、灼熱の炎を漏斗状に吸い込んでしまう。

「あったかぁい」

「も~!も~!」


ジタバタと四肢を踏み鳴らし、悔しさに洞窟の壁に頭を打ち付けるドラゴン。

黒髪の男は始めこそ炎に吹き飛ばされていたくせに、今ではびくともしない。

日々確実に強くなっている。


ずるいっ!とドラゴンが睨むと、

勇者なもんで。と申し訳無さそうに謝る男。


「勇者なら魔王様の所に行けばいいじゃない!捻り潰されちゃえ」

「まさか魔王様は貴女のお父様?

お付き合いにはご挨拶が必要ですか?」

「お父さんじゃない!挨拶いらない!」

「僕の中では生涯の伴侶は決定事項なのですが、届け出の必要があるなら

これから魔王城へ行って届けて帰ってきます」

「違う!もう!もう!」


1に対して10で返すので、会話にならない。

そしてこんなに怒っているのに、

ちっとも怯えないから尚更腹が立つ。

鉄をも溶かす炎は、綺麗だなぁとうっとりと見上げ、

生物全てを震え上がらせる咆哮は、

なんと力強いと褒められ、

岩をも切り裂く爪でさえも、これを塗ると艶が出ますよと、馬油を樽で差し入れする始末。


これならば怯えるかと、口をあんがっと大きく開いて牙を見せつけると

「舌が、とっても、ピンクです」

何故か頬染め照れる男。


とってもピンクって何だよ。

ただのピンクとどう違うんだよ。

どちらかって言うと、さっき丸呑みした牛の血じゃないのか?


もうやだ疲れた。ぐったりだよ。


尻尾と首を伸ばしたまま、ズシンと倒れ込むドラゴン。

洞窟が揺れて天井からパラパラと石が降るが、知るものか。


「あ、あの、線を越えてますがっ、俺後ろ?奥に行った方がいいですかねっ」


何を今さら。


すっかり不貞腐れてしまったドラゴンは、ギロリと金色の瞳で男を睨みつけた。

人族にしては背が高い部類だろう。

それでも床に顎をべたりとつけたドラゴンの頭頂部に届くかどうか。

珍しい黒髪と、珍しくもない浅黒い肌。

いつも高い位置から見下ろしていたのでまともに顔を見るのは今が最初だけれど。普通?

顔の良し悪しはわからないが、

生物として大丈夫かと心配してしまいそうな、柔らかな顔立ちである。


「耳の後ろ」

「えっ、えっ?」

「掻いてよ。爪が届かないの」

「は、えっと失礼します」


そろりと立ち上がり、恐る恐る手を伸ばしていた男は、指先が鱗に触れるとほっと息を吐き出して、

ゆっくり、ゆっくり。鱗の隙間を掻きはじめた。


「…あんた、さぁ。寿命もう無いんでしょ?」


瞼を閉じたドラゴンは、囁くような声で語りかけた。


「前の勇者をね、魔王様は捕虜としてすぐ人間のお医者さんに見せたんだよ。証人だったし。そうしたら、色々分かってさ。勇者は、人族が持てる一生分の魔力を無理矢理押し込められるんだってね。だから、強いけど。

…長くは生きられないって」


きっと男も知っていたのだろう。

鱗の隙間を掻く手は止まらなかった。


「魔王様は、病気なら治してやれたけど寿命は病気じゃないから、どうしようもしてやれなかったって。

神国に、せめて元の世界に帰してやれって言ったけど」

「魔王様はお優しい。…我々を召喚した魔方陣は、到着と同時に燃やされました。…きっと彼も、感謝しています」

「そっか。あのさ、魔王領には人族の里があるのね。…こっそり、連れてってあげようか?あの里なら、あんたが多少珍しくても、ゆっくりできるよ?」


ドラゴンは、最近できたばかりの人族の里の話を面白おかしく続けた。

最初に移住した家族、井戸を掘るのが下手過ぎて、魔王様が黙ってられなくて工事に手を出してしまった事、

人族の酒が魔族に人気があり、

魔族側の行商人と仲が良い話…。


男は掻くのをやめ、ゆっくりと鱗を撫でながら聞いている。


人族の里に行くまでに、お気に入りの湖があるから寄ってもいいし、

ちょっと遠回りになるけれど、海で遊ぶのも楽しいよ。


ドラゴンは目を閉じたままだったから。

男がどんな表情で話を聞いているのかはわからなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ