ドラゴン、炎を吐く
アダムとイブのように
ロミオとジュリエットのように
たとえどんな結末になろうとも
僕はどうしても彼女に出会いたかった
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貴女のそばにいるだけで
僕は海を泳ぐ魚になれる。
貴女が微笑むそれだけで
僕は空を渡る鳥になれる。
「いや、あんた人間だから」
「高揚する心の動きを例えたのです!
上昇する一方の脈拍と体温以外で、僕は言葉でしかあなたに気持ちを伝えられない!僕は無力だ!」
おいおいと地面に伏せて泣き出した黒髪の青年は、今日も嘘泣きで居座るつもりだろう。
参ったなぁ。
後ろ足でボリボリと首のあたりを掻きながら、ドラゴンはため息をついた。
魔王さまぁ。多分コレ、勇者じゃないです。
あ、鱗剥がれちゃった。
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神聖国ランマイが、国家存亡の危機を迎えたのは、前年に異世界から勇者召喚を行ったからだと周辺国は噂する。
大陸中央、魔族を統べる魔王が、大陸に点在する国家へ『領土に侵入すんなボケ』と非常にシンプルな国境不可侵宣言を行った直後、
神聖国ランマイからの勇者と名乗る男が魔族の村を襲い、返り討ちに合った事件は、世界を飽きれさせた。
神聖国は関連を否定したが、捕縛された勇者の高価な装備には全て神聖国の紋章が刻まれており、なにより勇者が
「魔王を倒せば姫様と結婚させてくれるって言った!出発前夜に男にしてもらった!」
と姫様の身体にある黒子の場所と数を証言したのだから、
本来なら言い逃れできない。
だが知らぬ存ぜぬと勇者の引き取りを彼が死ぬまで拒否したので、
『人間への魔石輸出もうしねぇから』
魔王のブチ切れ宣言。
_空気読めよランマイ
_調子乗るんじゃねぇぞランマイ
周辺国もブチ切れ。
気がつくとランマイは他国との食糧の輸出入さえ困難になり、国家が傾いたのだ。
「あ、それ山本君だ」
「知り合いなの?!」
「僕らが召喚されたのは二年前です。山本君達は三年前かな?」
「僕ら?三年前?」
思わず首を伸ばして聞いてしまった為に、ドラゴンの熱の篭った息が勇者に直撃し、ぼさぼさの前髪と眉毛がチリチリに焼けてしまった。
「あ、ごめん」
「熱い吐息、ごちそうさまです」
気持ち悪いなぁとドラゴンは眉をひそめたが、眼光が鋭くなって格好いいと男を喜ばせただけ。
「あんたがランマイの事を知らないって言うから説明したけど、本当に知らないの?」
「召喚された先が異世界なのはすぐわかりましたが、魔王を倒せの一点張りで質問の余地無かったもので」
しれっと答える男が嘘をついているのかどうか、ドラゴンにはわからない。
そもそもこの男、出会った時からわけがわからなかった。
10日前、お空を散歩中にふと尻尾に違和感を感じた。何かが、絡んだようなへばりついたような?思わずぶるりっと降ると、黒い何かが谷底へ落ちてゆくのが見えた。
人間?まさかね。
なんとなく嫌な予感がしたので最近見つけた巣へ飛んだ。
崖の中ほどにある洞窟はドラゴンの大きな身体が入ってもまだ余裕がある。
ここなら大丈夫。身体を丸めてそのまま眠った。
翌朝、尻尾に男がへばりついていた。
生まれて初めて咆哮ではなく、悲鳴をあげてしまった。
今思い出しても恥ずかしい。
夢中で炎とありったけの魔力を放ち、男を崖から吹き飛ばした…のに。
次の日。巣の前には、花冠を飾ざられた牛が、んも~と鳴いていた。
崖に牛?牛に花?
ぱちくりと目を見張るドラゴンの視界の端に、黒髪の男がまた現れて
「昨日は脅かしちゃったから、新鮮な肉で喜んでもらえればなって、食べて下さいっ!」
言うなり、自ら崖を飛び降りた。
え?人間?…ほんとに人間!?
牛は丸呑みで美味しく頂いたけどさ。
翌日も、やっぱり黒髪の男は現れた。
「あの、初めて見た時から決めてました!お願いしますっ、僕と付き合って下さい!」
気持ち悪いセリフを吐きながら片手を差し出すので、
「お断りです」
前足で丁寧に、捻り潰した。
…ここでようやく、ただの人間でない事に気づく。
前足で丁寧に、硬い岩に擦り付けているのに、爪の隙間からきゃっきゃと喜んでいる声が聞こえたのだ。
ウロコ、総立ち。
咆哮ではなく、悲鳴でもない。
ドラゴンの絶叫が響き渡った。