見えてるようで、見えないもの。
人の心を殺すことなど実はたやすいことで
その重大なる罪に人はなかなか気づけないまま過ごすことを日常だというのなら
そんな世界は滅びてしまえばいい。
空っぽのままベッドに寝転がって、窓枠の外の空を見上げ街灯りに負けた星を探す。
見えないだけで、そこにはあるはずなのに。
環境が悪いとか空気が汚れてるとか、そんなの関係なく星は星のまま美しいはずなのに。
わたしには見えない。
見えないから、わからない。
この孤独感は何なのだろうか。
この寂寥感は何なのだろうか。
時折無性に泣きたくなるのはなぜなのだろうか。
時折無性に壊したくなるのはなぜなのだろうか。
でも結局何もできず、体を抱えてうずくまる。
眉間のしわが濃くなるだけ。
おなかの中のもやもやだとか締め付けられるような感じだとかが増殖してくだけ。
アメーバみたいに。ワラジムシみたいに。(いや、見たことなんてないけどさ)
泣きたいけど泣けないの。
けっこう、つらい。
「そういう時は、俺のとこに来いっていってるだろーが」
大きな手がサラサラ髪を撫ぜる。
言葉は乱暴なのに、この手つきだけはいつも優しい。
疲れてるはずのこの人のベッドを占領してるわたしはひどいと思うのだけど、いまはこの人のにおいに包まれてる安心感の方が強い。ごめんね。
「で、今度は何があったわけ?」
「………なんも、ない」
「うそつけ。なんかなけりゃ、どうして学校であんな顔してんだよ?」
「地顔です。ほっといてください」
「心ここにあらずで笑っても、楽しくないだろ。お前も、周りも」
うるさいうるさい。
ちゃんと普段通りだったはずなのに、なんでこの人にはわかってしまうんだろう?
「泣きたいの我慢してもどうしようもないって、前に教えたよな」
「泣いてない」
「まだな」
「………あのね」
「ん」
「クラスの子とね、仲よかった、最近。話しかけられるようになって・・・」
「みたいだな」
「先週、水族館行く約束してたの。でも彼女は来なくて、4時間待ってたんだけど来なくて。
結局ドタキャンで、一人で見てたんだけど」
「………つっこむのはあとにする。そういう時は俺を呼べばよかったのに」
「……でもね、きいちゃった今日。放課後教室で、みんなで笑ってたの。
わたしが待ちぼうけにされても待ってるか、賭けてたんだって」
髪を撫ぜる手がぴたりと止まった。
「二時間後まで待ってるか確認して、笑ってたんだって。
……別にね、期待してたわけじゃないんだ。今までだって、そういうこといっぱいあったし、今更。
………でもね、彼女、言ってたの。ボランティアなんだって。教室で孤立してるわたしに声かけてあげるのは、やさしさなんだって」
上掛けを握る手に力が入ってしわを作ってしまった。
見ていたはずだった。見えてなかった。
やさしくされるのに舞い上がってしまって、声をかけてくれるのがうれしくて。
あんな子だとは思わなかったなんて、わたしが彼女に言えない。
「だって、わたしだって、誰でもよかったんだもの」
声をかけてくれる人、やさしくしてくれる人。誰でもよかった。一人にならなくて済むなら。
どんな子かなんて見ないまま、与えられるままにやさしい言葉や態度を享受して。
ばかなのはわたしだ。ボランティアだったのに。ほんとはやだったろうに。
だから。
「せんせいも、やだったらわたしからはなれて。ボランティアなら、もう充分よくしてもらったから・・・」
「おろかもの」
ばちん
……でこピンされた。手加減なくでこピンされた!
「いったーっ!!?」
「なんで、そこでそう辿りつく。短絡的にものを考えるなと何度言えばわかるんだ?あ?」
思わずとび起きたわたしをせんせいの鋭い視線が刺す。……ほんきでおこってる?
でも次の瞬間、強い力に締め付けられた。抱きしめられてると知ってるのは、この腕の中に閉じ込められたことがあるからだ。
「お前は、俺じゃなくてもよかったのか」
声に本気の怒りを感じて、体がこわばる。
違う。違う違う、そうじゃない。ただわたしは。
「これ以上傷つきたくないとか、だまされるのはもううんざりとか、お前が思うのもわかるよ。
お前もいい加減学習しなさいよ。そいつのは偽善だ。悪意だ。ボランティアややさしさなんかじゃない。
あんなのに傷つけられたからって、俺と別れる理由になんてなりゃしない。俺が許さん」
「でも最初は、義務感で声かけてきたんだよね。先生として、孤立するわたしに。」
「最初がそうでも、今は違う。ボランティアで、14も年の離れたしかも生徒に手なんか出すもんか」
声が少し、力なく聞こえてしまうことに、うぬぼれていいですか。
「大体俺が、ボランティアでどうでもいい生徒に家の鍵あげたり、やさしくするような人間だと思うか?」
首を振る。けど、知ってる。
そんなこというけど、本当にやさしい人だってこと。
やさしいから、厳しいこともできるし言える。本当にいやなことはしてこない。
態度は最悪だけど、まなざしがまっすぐで、『わたし』を見てくれてることも、知ってる。
涙がわいて出てきた。
人の心を殺すことなど実はたやすいことで
その重大なる罪に人はなかなか気づけないまま過ごすことを日常だというのなら
そんな世界は滅びてしまえばいい。
かつてそんなことばかり思って過ごしてた。
騙されたり、裏切られてばかりだったから。
「ど、どうしていつも、まちがうのかなぁ?人見る目がなさすぎっ」
「でも、そのおかげで俺と会えたんだろ。俺はお前のその損な性格も純粋に人信じるところもまとめて好きだ」
「な、泣いてる時にくどくの、禁止いいぃ……ううぅ」
見えないだけで、そこにはあるはずなのに。
環境が悪いとか空気が汚れてるとか、そんなの関係なく星は星のまま美しいはずなのに。
わたしには見えない。
見えないから、わからない。
人も一緒なのかな。
他人が完全に見えるはずない。
でも、確かに、そこに、ある。
ひややかなとげとげした感情だけでない、あったかくてふわふわした感情。
ほんとのやさしさ。
この人は与えてくれる。惜しみなく。
窓枠の外に見えるかすんだ星空は、汚れた空気のせいで淡く発光しているようにしか見えないけど。
きっと明日も晴れるだろう。