3-3.
『でも、少しだけ足りないの。輝きが、眩しさが』
この言葉に自覚はあった。
私が紀平吉良に届かないもの。
なんなら誰より私が一番よく知っていて、だからいつも悩み苦しんでいるのだ。
しかし同時に、面と向かって言われた衝撃は大きかった。
単純にショックということもある。
が、それ以上に、
私をこのうえなく照らしてくれているはずのあなたが、
あなたによって輝いている私を、最も近くで見ているはずのあなたが、それを言うの?
何やら絶望に似た寒気が私を襲う。
結局夏休みのあいだ、私が彼女の実家を訪れることはなかった。
気まずい、というよりは怖かったのだ。
もし次紀平吉良にあったとき、私が何も成長していないと。
失望され、見放されてしまうのではないかと。
だから私は実家に籠り、ずっと家族に稽古をつけてもらって過ごした。
なぜだろう、彼女と会わない夏休みは一年生のときにもあったのに。
この夏は、なんとも言えない寂しさがあった。
どうにも『Chartreuse』のケーキと紅茶が恋しくて、
どうしても店の近くを通ることができなかった。
それでも時は過ぎる。
どのように過ごしても、日々は重ねられていく。
気が付けば夏休みは明けており、二学期が始まった。
私は非常に緊張していた。
もう滅多なオーディションや舞台でも、『程よい緊張』しか持たない私が。
歯の根が合わなくなるような緊張を覚えていた。
どれだけの観客や業界人に品評の目を向けられても平気なのに。
『足りない』と断じられてから稽古に明け暮れ、進化したはずの日々。
それから初めて紀平吉良のまえに己を晒すことに、恐怖を覚えていた。
そんななか迎えた、最初の演劇の授業。
「はーい。二学期最初の課題の、担当分けをしたいと思いまーす」
先生は稽古場のホワイトボードをマーカーで真っ二つに分ける。
役者と裏方である。
本学の舞台は裏方も生徒がやっている。
役には限りがあり、生徒の数にも定数がある。
そして私たちのあいだにはオーディションがある。
残念ながら、全ての生徒が舞台に立つことはできないのだ。
そうして役にあぶれた者が、裏方に回って授業に参加する。
しかし、それは一年生のあいだの話。
二年生以降は少し事情が変わってくる。
このころには、だいたい分かってくるものなのだ。
『自分に才能があるかどうか』
が。
現実問題として、本学を卒業した者全員が役者になれるわけではない。
それは絶望的に狭き門であり、
高校レベルでオーディションを勝てない生徒に、果たして未来があるだろうか。
そうして一人、二人、もっと、もっと。
少女たちは夢に見切りをつけていくのである。
では、そのあとは?
本学は音楽高校であり、ここは舞台芸術科である。
舞台を諦めてどうするのか。
退学や転校でもするのか?
それとも一般大学進学を目標に、勉強だけして流して過ごすのか。
それはそれであんまりである。
なので学校側から水を向けるのだ。
『手に職付ける、ではないが。せっかく本学本科に進学したならではの技術を学ぶ方に回らないか?』
と。
そのため、一年生までの『とりあえず全員オーディション』から、
『オーディションを受ける者と、最初から裏方に回る者を分ける』かたちに。
「はーい、じゃあ、裏方がやりたい人ー!」
これは一学期からそうだった。
なので今回も。
先生の音頭に合わせて何人か、手を挙げる人がチラホラと。
こう言ってはなんだが、私の中では厳しい争いに敗れた者たち。
私とて紀平吉良に敗れてばかりだが、それとはもっと違う次元で敗れた者たち。
だが、勝てない勝負に深入りするのはやめた、もしかしたら賢い敗者たち。
そう、いつもの傲慢さと、少しの親近感と、ある種の尊敬を持ってその一団を眺めていると、
「はーい!」
そのなかに、一際真っ直ぐ手を挙げる、
紀平吉良の姿があった。




