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白飛びするほどの照明をあなたに  作者: 辺理可付加
番外編 『冬と舞台少女』
17/17

L.I.P. to you!

「あ、え、い、う、え、お、あっ!」


 レッスン室、稽古まえの発声練習中。

 それは唐突にやってきた。


「どうかした? 透子(とおるこ)ちゃん」

紀平(きひら)さん」


 隣で同じく発声練習をしていた少女が顔を覗き込んでくる。

 私は答えるより先に、自身の唇に人差し指で触れた。


 白い肌にポツッと染みる赤。

 雪椿、などと言っている場合ではない。



「唇が、切れました」

「あれま」



 外は冬、カレンダーは12月。

 私たち都立折川(おりかわ)女学院音楽高等学校・舞台演劇科

 舞台に生きる少女にとって、憎くて仕方ない季節がやってきた。


 冬というのは、とにかく空気が乾燥する。

 空気だけ勝手に乾燥する分には好きにしてくれたらかまわないのだが、


 問題は人間も乾燥するということ。


 これも『心が渇く』などという輩は勝手にしたらいいが、


 物理的に喉はやられやすいし、風邪も引きやすいし、

 今みたいに唇も切れやすい。


 本番どころか、日々の練習でセリフを言うのすら一苦労になるのだ。


 また稀なケースだが。

 一度役柄の関係により裸足で舞台に立ったときは、この世の全てに怒りを覚えた。

 早急に地球の表面は全面床暖房に張り替えられるべきである。

 SFの近未来社会は歩道をムービング・ウォークにしている場合ではない。



 とまぁ、私たちは人一倍、冬を憎む理由と経験があるのだ。

 この季節になるとみんなマスクをするし、学内のあちこちに加湿器が現れる。

 決して主語がデカいことはなく、学校関係者各位の総意であると主張したい。


 が、逆に言えばケアは丹念にしているからこそ、

 今日の私は油断していた。


 最初に唇を湿らせるとか、いきなり大口を開けないとか。

 そういう作業を怠ってしまった。


 その結果がこれである。


「おのれ、冬め、冬め」

「透子ちゃんがTUBEの過激ファンみたいになってる」

「私はミスチル派です」

「私はスピッツかな。ていうのはどうでもよくて。大丈夫? このあとの練習やれそ?」


 彼女、紀平吉良(きら)は純粋に私を心配してくれているのだろう。

 しかしその発言は、


「問題ありません。私を誰だと思っているのですか」

「透子ちゃん」

「私は演劇界のサラブレッド。唇の負傷ごときで演じられなくなるほどヤワではありません」


 父は実力派俳優、母はオペラ界の歌姫(ディーバ)

 そして自身も本学76期生次席である私に対して愚問であり、


「何より準主役(ミルタ)の私が、この程度で抜けるわけにはいかないでしょう」

「そうだね」

「紀平さんも、そのはず」


 何より、今回の主役(ジゼル)

 私を次席に追いやった張本人である、


 主席の彼女が言うのは、痛烈な挑発とすら言える。


 あぁ、紀平吉良。私の最大のライバル。

 私の演劇人生において唯一膝をつかせ、屈辱と嫉妬を与えた女。

 しかして私が憧れ、尊敬し、愛してやまない、


 私の立つ舞台に求めてやまない少女。



 そんな私の感情を知ってか知らずか、


「うん。私もやっぱり、相手役は透子ちゃんがいいな」


 彼女は無邪気に愛らしく笑う。


 紀平吉良からも私が必要とされている


 その事実に胸がキュッとして、


「であれば、あなたも気を付けた方がいいですよ。荒れた唇ではアルブレヒトに捨てられてしまう」


 照れ隠しが口から飛び出るばかり。

 しかし、


「大丈夫だよ。こまめにリップクリーム塗ってるから」

「くっ!」

「く?」


 それにすら思わぬカウンター。

 まさかこんなところでまで意識の差を見せつけられようとは。


 決してそんなことはあるまいが、


『これが主席と次席の違いだ』


 と言われている気分になる。

 舞台やオーディション以外でも敗北感を叩き付けてくるのが紀平吉良である。

 私が勝手に感じているとも言う。


「唇が切れなければ……冬でさえなければこんな気持ちには……」

「なんか闇堕ちしてる?」

「冬なんて嫌いだ……冬なんて早く明けてしまえ……」

「あーぁ、拗ねちゃった」


 彼女は私の気持ちに気付かないだけに、反応もそこそこドライ。

 あまりこちらを気にせず、


 私の様子を見て少し怖くなったのだろう。

 改めて塗るべく、リップクリームを取り出す。


 と、


「あ」

「どうかしましたか」


 紀平吉良は唐突に抜けた声を出す。

 私を掻き消すほどの天才である彼女だが、意外と普段は間抜けなところもある。

 あざといぞ。


『エリート特有の、近寄りがたい雰囲気』

 と称されることも多い私が、またわずかな嫉妬を込めて彼女を見ると、


「リップクリーム、出しすぎちゃった」


 紀平吉良はそれを私の方へ向けて、えへへと笑う。


「まったく、何をしているのですか」


 舞台少女として大袈裟に呆れた態度を取ると、


「んー」


 彼女も演技掛かって人差し指を頬に立て、



「そうだ。透子ちゃん、もらってくれる?」



「は?」


 思いもよらないことを言い出した。


「いやいやいやいやいや!?」


 あの紀平吉良の!? リップクリームを!?

 彼女の唇に触れたものを!?

 私の唇に!?


 私と紀平吉良が!?

 そういうことを!?


「あ、あああ、あ」


 舞台の上ですらアガったことのない私が、かつてないほど取り乱すと、


「ぷっ、うふふ、あははは! 冗談だよぉ!」

「じょうだん」


 彼女は実に愉快そうに笑う。


「じょうだん」


 2回目をつぶやくと発言内容を理解し、顔がカーッと熱くなってくる。



 私を、私の思いを弄んだか紀平吉良っ!!



 こんなこと口には出せない。

 その分キッと睨み付けると、


 彼女は怪しい笑みを浮かべていた。


「だって血が出てるし、感染症の危険とかあるもんね」


 なんとも艶やかな、人の心を惑わす魔性の笑み。



「傷が塞がったら、また今度ね」



「また、今、度」


 私は魅入られたようにボーッとオウム返ししながら、

 リップクリームがポケットにしまわれるのを眺める。


 また今度、とはいうが、季節が過ぎればあれは登場しなくなるだろう。

 であれば、



「はーいみんな、整列ーっ」



 と、ここでレッスン室に先生が姿を現す。


「ほら、透子ちゃん、行こ」


 他の生徒たち同様に集まっていく紀平吉良の背中を眺めながら

 私は()()()()つぶやいた。


 まだ12月だし、唇の赤切れくらいすぐに塞がるだろうが、

 それでも、



「冬よ、終わるな」



 と。











                ──Fin──

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